第17話 最初の目的地
ディストラの説明を聞いたユージンは、ジャンヌや王国のほとんどが無事だったことにひとまずほっとした。
そして凄まじい違和感を持つ点について突っ込む。
「いや、ちょっと待て。俺の聞き間違いか?あれから何日経ったって?」
ユージンの顔を引き攣らせながらの質問に、ディストラが答える。
「3日だよ」
「マジかよ……」
ユージンが天を仰ぐ。
その理由が分からないディストラは、眉根を寄せた。
「どうしたの?」
ディストラの質問に、ユージンも眉間に皺を寄せて、答える。
「俺は……俺がここに来てから、既に30日は経過している」
「……は?」
「恐らく、二つの世界で時の流れが異なるんだろう。こちらの世界では、あちらの10倍ほどの速度で時間が進んでるようだ」
30日と、3日。
概算ではあるが、10倍の時間の開きがあるとユージンは判断した。
「え?いや、嘘でしょ?そんなことってある?」
動揺するディストラに、ユージンが首を振る。
「嘘じゃねえよ。まあしかし、ある意味都合が良いな。それなら、こちらで魔王を倒すのに手間取っても、向こうで過ぎる時間はそう長くはない。これが逆だったら完全に浦島太郎だ」
「ウラシマ……?」
ユージンの謎の言葉に、不可解な表情を浮かべたディストラ。
「いや、こっちの話」
それをユージンは肩を竦めて流す。ディストラもそこは気にせず、話を戻す。
「でも、本当に?」
「本当だって。こっちの世界に来て30日間、俺は死ぬ気で鍛えたんだからな」
若干昏い瞳でそう言うユージンを、ディストラはまじまじと見つめ、
「確かに、ちょっと雰囲気変わったよね。俺と良い勝負できそうに見える」
「ああ。剣だけならまだ及ばないだろうが、何でもありならディストラにも負けねえよ」
「お、言ったね?じゃあ試してみようか」
楽しそうに手合わせに誘うディストラだが、ユージンは肩を竦める。
「後でな。まずは、今後の方針を決めて、この国の代表と話し合わないと」
「そうだね。と言っても、今後の方針って、その魔王とやらを倒しに行くんでしょ?」
「そうだが、魔剣がそれじゃあな。普通の剣を貰うしかないか……」
ディストラから受け取った、半分になった魔剣を哀しそうに見つめるユージン。
「魔剣の分は、俺が力になるよ」
ディストラの目的も、ユージンと同じくマナスカイに戻ることであるため、当然のように彼も旅に同行する気でいる。
そして、ユージンもそれに頷く。
「ああ。期待してるぜ、ディストラ」
◆ ◆ ◆
「という事で、残念ながら魔剣は使えそうにありません。なので、普通の剣を一振り頂いて、彼も加えて旅に出ようと思います」
ユージンとディストラは、イサークといつの間にか合流しているルキオールに状況を説明した。
イサークは、腕を組んで難しい顔をした後に、小さく溜め息を吐いた。
「そうか。せっかく召喚した剣が使えなかったのは残念だ。剣については、業物を用意するが……」
そこで、イサークはちらりとルキオールに視線を遣る。魔剣のないユージンを旅に出して良いものか、ルキオールの意見を聞こうということだ。
ルキオールは、この一月余りのユージンの努力と成長、そして現在の実力を鑑みて、ひとまず最低水準ーー悪魔と「戦える」程度に達したと判断して、頷いた。
「そうですね。少数精鋭で悪魔を討伐していき、成長していけば、こちらで想定している魔王の力に届く可能性は十分あると思います」
やや厳しい、というより、現実的な評価に、ユージンは苦笑する。
「それと、少し、気になることが。ユージン様、その剣を少しお借りしても?」
ルキオールが、ユージンの持つ魔剣を指してそう請うた。
ユージンは頷き、剣を手渡す。
ルキオールは、魔剣の柄や鍔をじっくりと眺め、しばらく思案した後に、
「やはり、似ている」
そう、呟いた。
「似ている?何にだ?」
同じ疑問を抱いた一同を代表して、イサークがルキオールに訊ねた。
ルキオールははやや呆れ顔で答える。
「千年前の勇者の剣にですよ。仮の方の宝物庫にあるでしょう。勇者を称えて作られたフレスコ画ですよ」
「ああ!そんなモノもあったな。……いや、まるで俺が忘れっぽいみたいな顔をしてるが、その絵に描かれている剣のディティールを覚えているお前の方がおかしいからな」
割とまともな反論をするイサークだったが、ルキオールは取り合わない。
確認しに行きましょう、と言って、一行を促して主塔に向かった。
さすがに宝物庫においそれと入るわけにはいかないため、ユージンとディストラは宝物庫の近くにある美術品観賞用の部屋に通された。
それから間もなく、横6×縦3mほどあろうかという巨大な石板が運び込まれてきた。
「これは、千年前の勇者様が魔王を倒した功績を称えて作成された壁画です。元々は千年前の魔王との戦いの最前線であったナルセルド王国にあったものですが、かの国は500年前の戦いで滅んでしまいました。その後、我が国の調査隊が向かい、いくつかの工芸品などを回収してきて、仮の宝物庫に保管しているのですが、その内の1品です」
ネアン帝国の宝物庫に至る経緯は若干気になるものの、ユージンはスルーして壁画に注目する。
中央に1人の男性が立ち、その左右に2人ずつ、計5人の男女が描かれている。当然、中央の男性が勇者なのだろう。
その左腰には剣が下げられており、その柄と鍔が細やかに描写されている。
そしてそれは正に、『セブン・フォース』と瓜二つなのだった。
「確かに、同じだ……」
柄に一列に並んだ菱形とそれを取り囲む糸の様な装飾。それは、マナスカイやスフィテレンドでは他にないものだが、ユージンにとっては馴染み深い、「日本刀」の柄を金属で再現したものだった。
もちろん、馴染み深いと言っても本物ではなく、写真や模造刀等の話だ。
『セブン・フォース』を見たときに、異世界になぜ日本刀のようなデザインが、とも思ったが、ユージンがこうして異世界にいるのだ。
千年前に日本から誰かが召喚されて、その人物がデザインを伝えたとしても不思議でないと、そう納得していた。
「だが、なぜ、これが千年前にある?」
ユージンの疑問に、ディストラが答える。
「『セブン・フォース』は千年前に作られたものでしょ。似た物が召喚を通じてこちらにあってもおかしくないんじゃないの?」
ディストラの回答に、イサークとルキオールがなるほど、と頷くが、ユージンは首を振る。
「お前、さっきの話を忘れたのか?こっちの世界は、向こうよりも時の流れが10倍速い。ということは、こちらの千年前はあっちの百年前だ」
「時の流れが10倍?」
ユージンの言葉にディストラが、そうだった、と納得するより早く、ルキオールが食いついてきた。
ユージンは、イサークとルキオールに先ほどは言っていなかった事情を説明した。
「そんなことが……。文献には載っていませんでしたね。と言っても、我が国はあまり召喚関係は強くなかったので文献もあまりないのですがね。ヴァナル王国やその友好国では、盛んに研究されていたようなのですが。しかしそういう事情ならば、そちらの世界の百年前に、ユージン様の剣を参考に剣が作られ、その剣を持った者が勇者として千年前のこちらの世界に召喚されたのでは?」
ルキオールの説明は、筋が通る。
だが、ユージンは腑に落ちなかった。
「そんな凄い剣を作る技術が、百年前のマナスカイにあったのか?少なくとも今のクゼールやその周辺の国にはないだろう。千年前の魔剣が作られた技術は、魔剣大戦とともに失われたと言われても納得するが、百年前の技術が何の理由もなく消えるとは考えづらい」
「それは、確かに……」
ユージンの意見を、ディストラも否定しない。
しばらくその場に沈黙が流れる。
それを破ったのは、イサークだった。
「まあ、この画の剣の出自をここで議論しても仕方あるまい。ルキオール、わざわざこれを持ってきたということは、何か有用な情報があるんだろう?」
ルキオールが頷いて、説明を始める。
「はい。この千年前の勇者が使用した剣――こちらでは、聖剣と呼ばれていますが――、現存すると言われています。ただし、使用者を選ぶらしく、この千年間使われたことはありません。ユージン様がご自身の剣の召喚を望まれたので、これまでお話はしませんでしたが、そうでなければこの聖剣を探しに行くことを提案しようと思っていました」
「なるほど。今回ユージン殿の剣が使えなくなったので、改めて聖剣を探してはどうかと言いたいんだな?」
「ええ。人を選ぶという事なので、既に決まった剣のあるユージン様には使用できないと思っていたのですが、この剣の類似性を見ると、むしろ使えるのではないかと」
「ふむ。どうだろうか、ユージン殿」
ユージンとしては、『セブン・フォース』が折られて消沈していたところだ。
同じではないにしても、似た性能を持つ可能性のある剣があるのならば、それの捜索には大賛成である、が。
「その聖剣は確かに手に入れたいですね。ただ、そう簡単に手に入るものなんですか?」
RPGなどでは、『聖剣』はだいたい相当な苦労をして手に入れるものだ。でなければ、簡単に盗まれるなり悪用されるなりしてしまうだろう。
その手に入れる苦労がどれだけかが、ユージンは気になった。
それに対してルキオールはあっさりと答える。
「場所は、概ね分かっています。ネアン帝国から北東に少し行ったところにある学術国家ミッドフィア。そこが、千年前の勇者が最後に暮らした場所です。その国内に、彼の終の棲家があります。その家を訪れ、聖剣に認められれば、聖剣が手に入るそうです」
「詳しいなお前」
「もちろん調べましたから」
軽口を叩くイサークとルキオールに、ユージンが言う。
「なるほど、ただ行って聖剣に認められるかどうか確認するだけなら、大した手間でもないですね」
「ええ。ただ、最終目的地である魔王の本拠地への最短ルートからは大きく外れるので、それが手間といえば手間です」
ネアン帝国から見れば、北西に行くのが魔王の所在地への最も近いルートである。
北東に向かうとなると、真逆とまでは言わないものの、それなりに遠くなることは目に見えている。
「それは仕方ないでしょうね」
多少遠回りをしたとしても、もしそれで聖剣を手に入れられるのならばそれに越したことはない。
ユージンは、ルキオールに力強く頷いて見せた。
「学術国家ミッドフィア、か」
これから始まるユージンの長い旅の、最初の目的地が決まった瞬間だった。
第1章終了です。




