第16.5話 ユージンが消えた後のクゼール
皆様に忘れられているであろうもう一つの世界、マナスカイの話です。
魔法陣から発せられる強烈な閃光が『嘆きの丘』を包み、やがてそれが収まった頃。
光の中心にいた少年の姿は、忽然と消えていた。
その様子を間近で見ていた3名は、皆一様に唖然とした顔をして、周囲の様子を伺い、少年の姿を探す。
しかし、彼の影も形も、3対の眼が見つけることは無かった。
やがて、捜索を早々に諦めた1名が口を開く。
「その様子じゃ、お前たちの仕業じゃないみてーだな。そもそも魔剣があるのに魔法が発動したことが謎だが……」
3人の中で最も背の高い1名、狐の獣人カイナが、残る2人を、特に栗毛をポニーテールにした少女を見て言う。
対する少女ジャンヌも、仲間だったはずの青年を見て、言い返す。
「という事は、あなたでもないってことね」
では一体何が起きて、彼は消えてしまったのか。
先程目にした光景から、何が起きたのかを考えようとする少女を、隣で倒れる少年が制する。
「ジャンヌ、今は、自分の身を守れ……」
胸から血を流すディストラの言葉に、ジャンヌはハッとする。
そうだ、ユージンが消えたことは非常に重大な事であるが、現に今ここに彼はいないのだ。
ならば、今ここにいる自分達がすべきことは――。
ジャンヌは、ゆっくりと腰に下げた剣を鞘から抜き、カイナに対して構えた。
魔法が使えないのだ。カイナに遠く及ばないのは分かっていても、剣しかない。
そんな覚悟を秘めた少女の瞳を、カイナは鼻で笑う。
「わざわざお前達を殺すつもりはねーよ。お前達ごときは俺の敵ではないし、これから先も敵になりえない。ただし」
カイナは、警戒する2人に近付き、しかし途中で止まった。
そしてそこに落ちていた剣を拾い上げる。あの光の直前に、カイナがユージンの手から弾き飛ばした七の魔剣『セブン・フォース』だ。
「これは、邪魔だ」
言うや否や、カイナはそれを宙に放る。
「待っ――」
ジャンヌが制止を掛けるより早く、カイナは四の魔剣『デリュージ・ファンフ』を七の魔剣『セブン・フォース』の刀身に向けて全力で振り抜いた。
そして。
一瞬の拮抗の後、キンッ、と甲高い音を立てて、『セブン・フォース』は真っ二つに折れてしまった。
「そん、な……」
自分達の希望であったはずの、魔剣と、勇者。その2つが同時に、破壊され、消失した。
ジャンヌは、目の前の現実に、思わず膝をつく。
それを眺めるカイナは、冷徹に告げる。
「俺はこれからクゼール王国を堕とす。その次は他の国だ。大陸北部は戦乱に突入するだろう。お前達も、死なないようにせいぜい頑張るんだな」
そうして、かつてのユージン達の仲間であり、師匠でもあった狐の獣人は、『嘆きの丘』を下って行った。
◆ ◆ ◆
残されたジャンヌは、カイナが去ってしばらくして周囲にマナが戻ったのを確認すると、ディストラや兵士を回復させる。
その後、彼らと共にひとまず状況把握のために王城に向かうも、到着する前に結果は知れた。
城から落ち延びて来た一団に出会ったのだ。
その中の1人から、ジャンヌに声がかかった。
「ああ、ジャンヌ!良かった、無事だったのね」
「サローナ殿下!ご無事で!」
サローナ=クゼール。クゼール王国の第一王女である。
少女ながら戦闘能力が高いジャンヌは、女性の貴人の護衛として就くことも多く、この第一王女の護衛も多くこなしてきた。
その結果、同い年という事もあり2人は心を許す仲となったのだった。
王女一行と合流したジャンヌ達は、人間の友好国がある東に進路をとりつつ、王城の状況を聞く。
その説明によると、謎の襲撃犯達は、カイナが来るまではヒットアンドアウェイでゲリラ的に戦っていたのだが、カイナが来るや否や攻勢に転じ、魔剣の力もあり、あっという間に城内は制圧されてしまったということだ。
彼の目的は、クゼール王国を支配して傀儡国家とすることだったようで、王族を始め人的被害はあまりなかった。
その事もあり、クゼール王ヘロディオスは被害が大きくなる前に降伏し、国政にカイナの送り込んだ人材を受け入れる決断をした。
しかし、カイナの今の目的がどうであれ、いつ翻意して国家破壊に及ぶか分からない。
そのため、保険としてひとまず第一王女を他国へと亡命させるべく動いたのだった。
サローナの動向についてはカイナも承知していたようだが、特に妨害は受けなかったため、一行は出来るだけ物資と人員を確保し、まずは王城から北に逃げ、『嘆きの丘』の麓から東に向かう計画だったらしい。
その途中でジャンヌ達に遭遇したのだ。
「カイナ=マレーラに、勇者も七の魔剣ももう消えた、と言われたから、貴女達も、と思ったのだけれど」
馬車の中で話しかけてくるサローナに、彼女の護衛として馬車に同乗したジャンヌは暗い顔で答える。
ちなみに、ディストラは外で徒歩である。
「私達は、敵にすらならない、と捨て置かれました。七の魔剣も、破壊されてしまいました。申し訳ありません」
カイナが放置した剣を回収していたジャンヌが、刀身が半分になった魔剣を見せる。
「そう……。王城ですらあっさりと陥落したのだもの。貴女達が敵わないのも無理はないわ。それで、ここにいないという事は、やはり勇者様は……」
カイナに殺されたと予想して目を伏せるサローナに、ジャンヌが首を振る。
「いえ、殺されてはいません。ただ、どこにいるのかも分かりません。彼は、文字通り消えてしまいました。私達の目の前で」
「消えた?」
「はい。何らかの転移魔法だとは思います。ユージン自身はもちろん、カイナが魔法を使った様子はありませんでした。ですが、突然起動した魔法が、彼をあの場から消失させました」
「そんな事が……」
「ある意味、助かりました。あの魔法がなければ、ユージンは確実に殺されていたでしょう」
今この場にユージンはいない。けれど、恐らく死んではいない。
それは、希望になる。
ジャンヌは頭を切り替えて、そう思うことにした。
「でも、勇者様がいなくなったのは事実なのね」
「そう、ですね。魔剣も破壊されてしまいました」
これから、どうしていくべきか。重い命題が、17歳の少女達にのしかかっていた。
◆ ◆ ◆
それから丸2日掛けて、一行は東隣の友好国、アズール王国に入国した。
すでに早馬が大まかな状況を伝えていたため、一行は賓客として滞りなく入国でき、そのまま首都に向かう手はずとなった。
首都までは、さらに南東に5日ほどかかる。
ひとまず最初の街の領主邸で1日身体を休めましょう、という侍従の提案に、慣れない野宿(とはいえ、王女にはしっかりとしたテントに簡易ベッドは用意されたが)に疲労していたサローナは同意した。
その夜、久々に気を張らずに済むベッドで、ジャンヌやディストラは泥のように眠った。
翌朝、ようやく落ち着いて話ができると、ディストラはジャンヌのもとを訪れた。
「どうしたの?」
サローナの侍女と同じ部屋を宛がわれていたジャンヌは、ディストラの訪問に首を傾げる。
「ユージンの事で、少し話がしたくて。魔剣は持ってる?」
「ええ。ちょっと待ってて」
そう言って、ジャンヌは丈夫な布に包んだ剣を持って廊下に出て来た。
「はい」
「ありがとう」
魔剣を受け取ったディストラは、それをしげしげと観察する。
その様子を、ジャンヌは不思議そうに眺める。
「それがどうしたの?」
「いや、あの時、初めてこの剣の力が発動しただろう?それで、何か変わったかなと思って。あと、もしかしたらユージンが消えたのもこの剣の力かな、と」
言いながら、ディストラは七の魔剣『セブン・フォース』の柄を観察する。
非常に細かな細工がなされたそれは、正に芸術品と言って良い代物だった。
小さな菱形が一直線に並び、その周囲を細かな放射状の凹凸が占める。この凹凸は、美しい曲線を描くだけでなく、使用時には滑り止めの役目も果たしている。
鍔はやや厚みのある楕円形であり、刀身や柄に対して垂直に配置されている。ここにも凝った細工がなされており、柄との統一感が美しい。
一方の刀身は、ディストラが使っているものとよく似た幅のブロードソードであり、鈍く輝いているが、装飾は施されていなかった。
「うーん、たぶん、あの魔法にその剣は関係ないわ」
魔剣を具に観察するディストラに、ジャンヌが残念そうに言った。
「なぜ?」
「確かにその魔剣の力は良く分かってない上に、あの場でその力が少し発現したわ。でも、魔法が発動した時にはユージンの手を離れていたし、剣が勝手に魔法を発動するなんて聞いたこともないわ。誰かが剣を触媒に魔法を行使した可能性はあるけど、それもやっぱり魔法を使ったのは剣よりも人ってことになるし」
ジャンヌの言葉に、ディストラは肩を落とす。
魔法に関しては、ディストラは素人同然だ。研究者でもあるジャンヌの知識には遠く及ばない。
「そうか。……じゃあ、ユージンを転移させた魔法は、誰が、何の目的で行ったんだろう」
「分からない、けれど……」
そこでジャンヌは、何かを躊躇うかのような表情をした。ディストラがそれを問う。
「何か気付いた?」
「ん……まあ、可能性の話なんだけどね。あの時、ユージンを取り囲んだ3色の魔法陣。どこかで見た記憶があるなって思って、考えてたんだけど……。ユージンを召喚した時に現れた魔法陣と、似てたのよね」
「……つまり?」
「もしかしたら、別の世界に召喚されたのかもしれないわ」
ジャンヌの出した可能性に、ディストラは目を丸くする。
「別の世界って、ユージンの元居た世界?でもそこには魔法は無いって言ってなかった?」
「その世界じゃないわ。違うとは言い切れないけど。最も可能性が高いのは、隣の世界『スフィテレンド』よ。元々、私達の召喚魔法もその世界から召喚する事が多いのよ。だから、逆もしかりね」
ユージンが、この世界に居ない、という可能性を示されて、絶句するディストラ。
その様子に、ジャンヌが苦笑する。
「まだ、分からないわ。可能性の話よ。『嘆きの丘』は、私達にも解析できない様々な魔法が施されているみたいだから、そのうちの何かが発動したのかもしれないし、誰かが目的をもってユージンを転移させたのかもしれない。でも少なくとも、ユージンを害する目的である可能性は低いわ。あのままであればユージンは死んでいたのだから」
ジャンヌの考えに、なるほど、とディストラも納得し、一つ頷く。
「であれば、俺達は俺達にできることをしないとね。ユージンが戻ってきた時に、『お前ら俺がいないと何もできないんじゃないか』とか言われないためにもね」
ディストラの言葉に、ジャンヌもくすりと笑う。
「そうね。一つは、その折れた魔剣を何とか修復できないか――!?」
ジャンヌが、ディストラの持つ『セブン・フォース』に目を向けたその時。
2人の足元に、突如として魔法陣が出現した。そして、周囲のマナが魔剣を中心に急激に収束を始める。
ジャンヌはほとんど反射的に、マナの収束点を判断して、そこから少しでも距離を取ろうと飛び退いた。
だがジャンヌほどマナ感度の高くないディストラは、何かが起きているのは分かるが、何が起きていてどうしたら良いのかが分からず、足元で光を増す魔法陣に呆然とするのみ。
その様子を見たジャンヌが、慌てて叫ぶ。
「ディストラ!魔剣を離して!」
しかし、ディストラは咄嗟に大切な魔剣を投げ捨てるという判断ができなかった。
先ほど、ジャンヌが魔剣が原因ではないと断言したのも良くなかったのかもしれない。
ひとまず魔法陣から退避しようと、魔剣を持ったまま移動するも、魔法陣はそのままついてきてしまった。そしてその間にも光は強まり――。
「こんな、ことって……」
ジャンヌの目の前から、少年と折れた魔剣が再び消え去ったのだった。




