第15話 皇族の、秘密?
ルキオール=ラルヴァンダートは、ネアン帝国現皇帝の第1子である。
ただし、公式な記録としては皇帝の甥、すなわちイサークの従弟とされている。
事情は、そう複雑ではない。
ルキオールの母親は、上流階級ではあったが平民だったからだ。
現王妃の幼馴染であり侍女であった彼女は、王妃が皇帝と結婚して王宮に上がる際に王妃の強い希望で、特例として平民でありながら王妃の侍女を継続した。
そして、なかなか子ができない皇帝夫婦を慰めているうちに皇帝に気に入られ、なし崩し的に手を出されてしまった。その結果、妊娠した。
親友に手を出された王妃は皇帝を一発殴り、同時に、嫉妬を感じつつも彼女の妊娠を喜び、皇帝の側室になることを勧めた。
だが、王妃の気持ちを察するルキオールの母親は、側室にはならず、お腹の子供も皇帝の子ではなくラルヴァンダート家に養子に出すことを提案した。
ラルヴァンダート公爵家は、ネアン帝国の中でも殊更特殊な家系である。
いや、家系と表現するのも微妙である。
かの家は、「皇帝の血筋の保険」なのだ。
ラルヴァンダート公爵家の後継ぎは、現公爵の息子でないことも多い。次期公爵は、次期皇帝に最も血が近いものが継ぐことになっているのだ。
そういう事情から、ルキオールがラルヴァンダート公爵家に養子に出されることに大きな不都合は生じなかった。
ちなみに、こういった家であるため、ラルヴァンダート家の後継ぎは「次期公爵」と呼ばれ、「公爵子息」と呼ばれることはほとんどない。
そしてルキオールが産まれてから数年後、ようやく王妃は待望の男児を出産し、その後も2人の女児を出産する。
ルキオールは年齢も血筋も近いことから、皇太子の側付きとして幼い頃から共に過ごし、そのまま現在に至る。
だから、彼らの関係は、公式な場では皇太子とその側近だが、2人きりの時は兄と弟のそれに近かった。
ちなみに、ルキオールの母親は今はラルヴァンダート家で侍女をしている。
これらの事は全て、公表はされていないものの、公然の秘密として社交界では常識であった。
ラルヴァンダート公爵家の後継ぎは、現皇帝の弟か、長男以外の子息であることがほとんどなのだ。
そして、特例として注目された王妃の侍女が妊娠し、その子供がラルヴァンダート公爵家に養子に行ったとなれば、誰でも気が付く。
しかし、そんな貴族の常識を、孤立していたフラールは知らなかった。
知る必要もなかったし、あえて教えるようなことでもなかったので、誰も教えなかった。
そして、兄姉含めた周囲の誰もが、まさかフラールがそれを知らないなどとは思ってもいなかった。
それに気付いて悪用したのが、例の男である。
フラールが周囲の誰かに少しでも相談していればこんなことにならなかった、とユージンが言ったのは、こういう事情をあの時点で何となく察していたからだった。
フラールは何も、ルキオールが自分が皇子である事を知ったときに、イサークに対して謀反を起こすような人間であるとは思っていない。
それでも、2人の仲はぎくしゃくするだろう。そして、この若さで次席魔法士として活躍しているルキオールは、それだけの実績がある。
そのルキオールを次期皇帝にと擁立する一派が現れ、国が二分されてしまうことを、フラールは何より恐れたのだった。フラールが2人や周囲に相談できなかったのは、そういう理由だった。
また、両親にも相談できなかったのは、ルキオールの存在は皇帝の浮気の象徴であり、2人の仲が悪化してしまうことを恐れたから。
だから、フラールが相談できる、信頼できる人物は姉しかいなかったのだ。
結局、すべては杞憂だったのだが。
◆ ◆ ◆
事情を話し終えたイサークは、ユージンにどこまで予想していたか等の感想を求めようとして、
「そんな、私の今までの我慢はいったい何だったの……」
いきなり俯いて泣き出した妹にぎょっとした。
「え、何だどうしたんだフラール」
「フラール様?」
「うぅう~」
泣き止む様子のないフラールの背中を、ユージンが立ち上がって撫でてやる。
「まあまあ、2人とも。説明は後でしますんで、ひとまず泣かせてやってください」
ユージンとフラールの仲が良さ気なのは構わないのだが、気丈なフラールがひたすら泣き続ける光景を始めて目の当たりにした2人は、お互い顔を見合わせて首を傾げるのだった。
ひとしきり泣いて、落ち着いたフラールから、婚約の経緯を聞いた2人は、口をあんぐりと開けて唖然とした。何の冗談だと問いたい気分ではあったが、フラールは至って真面目である。
2人が事態を飲み込むのには数分の時間を要した。
やがて思考を復活したイサークが、話を切り出す。
「フラールの婚約は破棄するとして、だ。どうして相談しなかった」
イサークのフラールを責めるような口調に、ユージンがスッと目を細める。
「だって、2人の関係が変わっちゃうかもしれないって思ったから」
確かに、2人がこの秘密の事を全く知らなかったとしたら、事実を知った時にかなりの衝撃をもたらした事だろう。
「それはそうかもしれないが、その秘密を皇太子である俺が知らない方が問題だろう。それに、俺達以外でも誰かに相談すればよかったのだ」
「そうだけど」
しょんぼりと俯くフラールを、ユージンが擁護する。
「イサーク殿下の言う通り、フラールにも問題はあったと思います。でも、フラールの様子に気付けなかった貴方達も、兄として問題があると思いますよ」
ユージンに言われ、ぐっとイサークが押し黙る。ルキオールは先ほどから渋面のままだ。
ユージンは、強い口調で続ける。
「確かに彼女の心は多分その辺の令嬢よりも強い。でもそれは皇族である責任感と誇りから来るものだ。彼女が婚約者に対してどんな気持ちでいたか、「我が強い」などの色眼鏡を通さずにちゃんと見ていれば分かったはずだ」
「……反論の余地がありませんね」
ルキオールが首を振る。そしてフラールに向かって静かに謝罪する。
「申し訳ありません、フラール様。近くに居ながら、貴方の心を見誤っていたようです」
そして、どっかりとソファの背に凭れ掛かり、天井を見上げたイサークも続く。
「そう、だな。ドリファが嫁いで行くとき、お前の事を頼むと念を押されたのに、これじゃあいつに顔向けできないな」
ドリファとは第一皇女の名前だったなと、どこかで聞いた情報を思い出すユージン。イサークは、深く溜息を吐いてフラールに向き直る。
「悪かった。もっとちゃんとお前の事にも気を配っておくべきだった」
頭を下げるイサークに、フラールが首を振る。
「ううん、私が、もっと周囲の人達と話して、コミュニケーションを取っておけば良かった。身内に理解されていればそれで良いなんて閉じ籠った思考でなければ……」
しんみりとした空気が場を支配する。
ユージンは居たたまれなくなり、パンパン、と手を叩いた。
「はいはい、コレにて一件落着!これからも兄妹仲良くしましょう!」
強引に締めようとするユージンを、フラールが胡乱な目で見る。
「貴方、全然一件落着って顔してないじゃない。何か気掛かりがあるんでしょう?」
フラールに突っ込まれ、ユージンはドキッとして身体を硬直させた。
「今日に限ってやけに鋭いじゃないか。ちょっとビビったぜ」
「ここ数十日一緒に居るのよ?それくらい分かるわ」
それを聞いて、イサークとルキオールが顔を見合わせる。
フラールは、決して誰かの顔色を読むのが得意ではなかった。むしろ、その性格もあり苦手な方だった。
その彼女からこんな言葉が出てくるとは。
「フラール、成長したな」
「ええ、ユージン様のお陰ですね」
兄2人からの暖かい眼差しに、フラールが恥ずかしそうに顔を背ける。
「ちょっと、止めてよ。子供の成長を見守る親のような視線は」
「いや、良いだろ別に。兄なんだから」
イサークがニヤニヤと笑う。
「そうですよ。兄のようなものですから」
ルキオールはニコニコと笑う。
「いや、というかルキオールさんは本当の兄なのでは」
「そうよ。ルキオール様は私が妹だと知っていたのでしょう?なぜずっと敬語で皇女として扱っていたのよ」
フラールの質問に、ルキオールは困ったように答える。
「いえ、私の立場は今までもこれからもずっとラルヴァンダート公爵家ですよ。当然、皇族の方々には敬語で接します。唯一、イサークだけには付き人として指導する必要があったので、2人の時は対等の立場として話しますがね。フラール様だけではなく、両陛下やドリファ様に対しても敬語を抜いたことはないです」
「その割には私の扱いが雑だった気がするのだけど」
「それについては、確かに若干気が緩んでいるところはありましたね。どうせ皆知っていることだし、誰も気にしないので」
「都合良すぎない?」
「これが処世術と言うものです」
悪びれないルキオールに、フラールが頬を膨らませる。
「じゃあ、これからも私に対しては臣下として振る舞うの?」
「もちろん。というか、これまでフラール様が私を兄だと知らないと思ってなかったので」
「まあまあ、諦めろよフラール。ルキオールさんにも立場ってものがあるだろ」
未だ不満げなフラールをユージンが宥めにかかるが、そのせいで彼女の矛先がユージンに向かった。
「貴方は少しくらい立場を考えたらどうかしら」
「え?こんなに考えてるのに?」
「どう考えたら私に対する態度がそんなに雑になるのよ」
「自分の胸に聞けば?」
「本当にムカつくわね、貴方」
「いやあ、照れるぜ」
「褒めてないわよ。そしてそうやって誤魔化そうとするところも狡いわね。でも誤魔化されないわよ。何を気にしているのよ」
話を戻され、ユージンは肩を竦める。これは、誤魔化せないな、と。
「ジョアン=ウラバンだよ。彼の計画はあまりに杜撰すぎる。正直成功する確率なんて万に一つくらいだ。たまたま、フラールがこれまで誰にも相談しなかったから続いていたにすぎない。さすがに、それが分からないほど愚かではないだろう。成功すれば儲けもの、失敗しても良い、と考えるには、皇族を欺いて無理矢理婚約するというのはリスクがでかすぎる。何かまだ、裏がある気がするんだよな」
イサークが頷いて同意する。
「私も、まさか皇族を脅すなどというリスクを冒すとは思っていなかったので、あの男に対する判断が甘くなった部分がある。確かにフラールと結婚すれば多少の権力は得られるだろうが、こうして露呈してしまえば、下手すれば極刑だ。奴はなぜそんなリスクを冒した?」
イサークが眉根を寄せて考える。ルキオールも似たような表情で考え込んでいるが、答えは出なかったようだ。
「本人を尋問した方が早そうですね。罪人の思考というのが、常人には理解不能であることはままあります」
ルキオールがそうまとめて、一同は頷き、その場はお開きとなった。
◆小話:フラールの変化◆
ゾーイ「ん~、な~んか、最近、フラール様変わりました?」
フラール「そうかしら」
ゾーイ「表情とかが~、前より柔らかくなった気がしま~す」
フラール「そう?じゃあそうかもしれないわね」
ゾーイ「え、にゃんでそこで意味ありげにユージンを見るんですか?え、え?えぇ~!もしかして!」
ユージン「待てゾーイ。お前は多分今すごく面倒くさい勘違いをしている」
ゾーイ「えー!だってだって!そういうこと?そういう事にゃのユージン!?」
ユージン「違う。お前が何を考えているかは大体分かるが違う」
ゾーイ「どうなんですかフラール様!」
フラール「ふふ、さあどうかしらね」
ゾーイ「ええぇ~!」
ユージン「おいマテ、そこは否定しろ?」
ゾーイ「ええぇ~!」
フラール「ふふふ」
ゾーイ「ええぇ~!」
ユージン「うわー、めんどくせー。もう知らねー」
ゾーイ「ええぇ~!」




