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召喚勇者と七つの魔剣  作者: 蔭柚
第1章 2度目の召喚
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第13.5話 フラール=ネアンの過去

 フラールが、身内以外を頼ろうとしなくなったのはいつからだっただろう。


 少なくとも子供の頃は、普通の子供と同じように、周囲の大人を頼っていたように思う。

 この国で最も尊い身分に生まれた、2人目の女児である。周りの大人からは大いに甘やかされ、我が儘に大人を扱き使っていた。


 そんな少女を、兄や姉は多少は咎めるものの、度を越した要求や酷い癇癪は起こさなかったこともあり、結局は可愛さの余り許してしまっていた。



 1つ目の小さな事件は、フラールが8歳の時に起きた。


 皇女として比較的活動的だったフラールは、淑女教育の時間にこっそりと抜け出して王宮を探検することがままあった。その度に大捜索がなされ、見つかったフラールは当然教育係に、時には皇帝である父にも叱られるのだが、あまり堪えはしなかった。

 しかし、彼女が脱走する度に、お目付け役の侍女達は彼女以上に強く叱られ、酷い時には罰を与えられることもあった。


 そんなんことを露知らぬフラールは、真摯に身の世話をこなしてくれる侍女たちを彼女の味方と認識していた。そして特に年齢の近かった少女の1人に、抜け穴の1つを「ひみつよ」と言いながら教えてあげた。


 当然のように、翌日にはその抜け穴は塞がれてしまった。

 秘密といったのに、どうして大人に教えたのかと憤るフラールに、10代半ばの侍女は「危ないことをなさってはいけません」 と悪びれなく答えた。


 今になって思い返せば、完全にフラールに非があるのだが、当時の小さい皇女にとって身近な侍女の裏切りは衝撃で、周囲の人間は味方に見えても自分の都合で簡単に裏切るのだ、と認識した。



 それから、フラールは個人的な秘密は身内である兄姉やルキオールにしか話さなくなった。

 そして同時に、相手からどう思われているかなんて分からないから、自分は自分のやりたいことを素直に口にする、という方針も打ち立てた。


 これはフラールが皇女だから許されてしまったことであり、彼女も年齢を重ねるにつれ、それだけでは良くないと学ぶことになるが、彼女のキャラクターはこれを機に概ね確立してしまった。

 そして不幸なことに、彼女が我の強い皇女だと知られるにつれ、彼女に意見したり諫めようとする人間が現れなくなり、少女の社交性の成長を遅らせるのだった。


 その事について、彼女の姉ドリファは気付いており、気に病んではいた。

 だがちゃんと話せば根はいい子である事がすぐに分かるのだ。だから父や兄に、妹の周囲の人間を、彼女を叱れる人間にするように、と強く要望することもなく、自分が折を見て注意をするに留めた。


 しかし、ここに誤算があった。

 フラールが真に心を許しているのは身内のみであったため、「根はいい子」と理解できるほど彼女に食い下がれる人間など皆無だったのだ。


 このため、社交界でのフラールの評判は「我の強い皇女様」となり、身内以外に特別親しくする友人もできなかった。


 だがそれでもフラールは、昔からそんなものだと思っていたため、そこまで気にしていなかった。


 2つ目の小さな事件は、そんな時に起きた。


     ◆ ◆ ◆


 当時フラールは14歳、王妃が懇意にしている侯爵家でのお茶会での事だった。


 母に連れられて参加したお茶会では、大人のテーブルと子供のテーブルに分けられ、フラールは当然の如く母と離れて子供のテーブルに着席した。

 周りは、フラールと年の近い上位貴族の令嬢ばかり。フラールには特別仲の良い友人はいなかったが、可もなく不可もなく周囲と会話していた。


 会の最中、ちょっとお手洗いに、と席を立ったフラールを、1人の令嬢がこっそりと追った。

 そして偶然を装い、2人きりの場面でフラールに話しかけてくる。


「フラール様の扇子、とっても素敵なデザインですね!」

「あらそう?ありがとう」


 パッと見は大人しそうな子なのに、意外と声は溌溂としてるのね、とどうでも良い感想を抱いたフラール。

 扇子についても、数えきれないほどあるものの1つを、今日の衣装に合わせて侍女が選択しただけのもので、特に思い入れなどはない。


 それを、その少女は羨ましげに見る。

 その視線があまりに熱いため、フラールはやや引きながら扇子を差し出した。


「そんなに欲しいのなら差し上げるわ」

「いえいえ!そんな滅相もない!あ、でも、もしよろしかったら、同じ細工の物を作らせたいので、少しだけお借りしてもよろしいですか?」

「どうぞ」


 あげるのも貸すのも変わらない、とばかりに、フラールは扇子を少女に手渡し、そのままテーブルへと戻った。

 それからしばらくして、お開きにしようかという場面で。何やら参加者の控室のどこかで、騒ぎが起きていた。


 話を聞くと、参加していた貴族令嬢の所有物に、葡萄ジュースが引っ掛けられていたということだった。

 しかも、その令嬢がフラールの事を嫌っている高慢ちきな子供で、その場にフラールの扇子が落ちていたというのだ。


 皆の視線が、自然とフラールに向かう。


 何の心当たりもないフラールは、現在扇子を持っているはずの先程の少女に視線をやる。

 そしてフラールが何か言う前に、少女が自白しだしたのだ。


「あ、あの、すみません。私がやりました……。マリエッタ様にはいつもいじめられて、悔しかったから……」


 いかにも、フラールの視線に脅されているかのように、おどおどと。


 大人の誰かが、呟く。


「でも、フラール様の扇子は……」

「あの!そ、その、私、お借りしたんです!あんまり素敵な扇子だったので、私も似たものを作ってもらおうと思って!」


 その健気な様子に、その場に居た誰しもが、彼女はフラールをかばっているのだ、と感じた。

 一方のフラールは、この期に及んで自分が嵌められたことに気付かないほど愚かではなかった。


 しかし、だからといって何ができるわけもない。何せ、彼女が言っていることは全て真実なのだ。否定のしようがない。


「そうなの、フラール?」


 母親からの探るような視線を受けても、フラールにできるのは、


「彼女の言うとおりよ、お母様」


 肯定する以外になかった。まったく質が悪い。


 フラールが被害を受けた令嬢マリエッタをちらりと窺うと、その表情はショックを受けているそれではなく、ほくそ笑む、という表現が最適だった。


 フラールが肯定したことで、実行犯は自首した少女となり、少しの謹慎を言い渡されていた。

 それでその場はお開きになったが、その場に居た貴族のフラールへの疑いが晴れることはないだろう。


 完全にしてやられた。


 だが、とフラールは思う。

 だからと言って何だというのだろう。


 自分の評判があまり良くないことは承知している。今回の件で、それがさらに悪化するかもしれない。

 けれど、それで自分が変わる必要があるのか?答えは否だ。


 帰りの馬車の中で、本当に何もしていないのかと訊ねる母親に対し、フラールは実際にあったことと彼女の推測――加害者と被害者がグルで自分は嵌められたこと――を伝えた。

 なぜあの場でそれを言わなかったのかと訊ねる母親に、フラールは、あそこで言っても言い訳にしか聞こえない、と返す。


「やれやれ、この娘はイサークに似たのか、気が強いだけじゃなくて心も強いんだから。でも、それが逆に心配なのよねぇ」


 母親の明らかに聞こえる大きさの声の独り言を、フラールは黙殺した。


 多くの人に理解を求める必要はない。

 他人を信用しても騙され、頼っても裏切られるだけだ。本当に大切な人が信じてくれれば、それで良い。


 自分がやりたいことをやる。それは今までもこれからも変わらない。

 ただ、自分の胸にある皇族としての誇りと義務を忘れなければ、それで良い。


 それで、良かったはずだった。


 世間でのフラール評が「傍若無人な我が儘お姫様」で定着し、本当の彼女を理解しようとする者がいなくなった頃、フラールの前に、1人の男が現れるまでは。



 ジョアン=ウラバン。

 彼がもたらした情報は、彼女が果たすべき義務を決定的に崩してしまうものだった。


 フラールは、もちろん、最初は誰かに相談したかった。だが、彼女が相談できる身内の中で、その情報による影響がなく、相談できるのは、姉だけだった。

 しかし、姉は先日嫁いでしまった。フラールの足で数か月はかかる距離の国の王妃として。


 あんな男の妻になどなりたくない。そして、あんな男に権力を持たせてはならない。

 でも、誰にも相談できない。


 扇子事件以降、フラールの心の強さを見誤っているイサークは、彼女がウラバン子爵の求婚を受け入れた事に対し、意外だと思いはしたが裏を疑いはしなかった。

 誰にも相談できず、この国の行く末を案じた少女は、ついに、自らの死が全てを解決すると結論付けてしまう。


 しかし、皇女が簡単に死ねるはずがない。

 フラールが自殺などしようものなら、あの男は報復に情報を暴露するだろう。


 誰が見てもどうしようもない、という状況で死ななければ意味がない。そんな状況があるはずが――。


 あった。


 勇者の旅に着いていけば良い。

 危険な旅だ。自分が死んでも何の不自然もない。


 そうしてフラールは、ユージンの部屋に突撃した。


     ◆ ◆ ◆


 最初の印象は、何よこの失礼な少年は、という、ユージンのフラール評とほぼ同じだった。

 皇女である自分に対し、ルキオールよりもさらにずけずけとモノを言ってくる。同世代の人間からこんな扱いをされるのは初めてで、最初は苛立ちと戸惑いを覚えた。


 だが、日が経つにつれてそれが心地よくなってきた。


 彼は、フラールの立場も、評判も、知らない、というより気にしていない。フラールという個人に接してくれている。

 それは、立場によって服も言葉も態度も変えなければならない社交界で生きて来たフラールにとって、新鮮で楽しいものだった。


 さらに、彼はフラールの守るべきこの国のために、本気で努力を始めた。

 なんでそこまで、とフラールが思ってしまうほどに。


 血だらけで立ち上がるその姿を見る度に、フラールの心の奥が痛んだ。

 それは、本来であれば自分達が負うべき傷である。皇族の誇りがそう告げていた。


 だから、彼に無理をしないように告げた。

 しかし彼は首を縦には降らなかった。それどころか、こちらの罪悪感を見透かしたかのように、痛いところを突いてきた。


 自分勝手な胸の痛みを理由に、彼の可能性を奪うな。

 そう、言われた気がした。


 それからフラールは、ユージンのサポートを出来るだけやろうと努めた。

 彼のように身体を張ることは出来ない。でも、彼の努力を見て何もしないわけにもいかない、という心に従った。


 その結果、婚約者である男の不況を買ったようだが、フラールにとってはどうでも良かった。

 ただ、面倒で気持ちが悪いだけだ。


 だが、今。

 自分の行動は、結局自分の自己満足のためにやっていたのだと思い知らされた。


 ユージンの努力を、なぜそこまでするのかを、自分は何も理解していなかった。

 この世界を救うという大役を押し付けて、サポートはするからこちらのことを信用して言うとおりに動けと、まるで彼が人形であるかのように扱っていた。

 彼が突然、呼び出された、この味方のない世界で生きる、1人の感情ある人間だと理解していなかった。

 貴族達が本当の自分を理解しようとしないように、彼女は彼を理解しようとしていなかった。


 そんな、詰られても仕方ないと思う彼に、頭を撫でられている。


 理解してくれた。赦してくれた。嬉しい。でも苦しい。苦しめてしまった。苦しめたくない。でも頼りたい。


 そんな様々な感情が、涙となってフラールの体の外に溢れ出ていくのだった。


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