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召喚勇者と七つの魔剣  作者: 蔭柚
第1章 2度目の召喚
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第13話 フラールの婚約者③

 本人と話そうと思った矢先の事である。

 昼食を終え、いつもの広場に向かうユージンの前に、張本人が現れた。

 

 ただし、「お相手」の方だったが。


「お前が勇者か?」


 フラールをつけた際に何度か見たことのある、ユージンよりやや背の高い青年である。

 男にしてはやや長めの藍色の髪と、茶色の瞳。その瞳の奥がどろどろと濁っているように見えるのは、ユージンの偏見だろうか。


「そういうあんたは誰だ?」


 もちろんユージンは、目の前の人物がフラールの婚約者であるジョアン=ウラバン子爵子息であることは把握していたが、初対面である。知らない事を装う必要はあるだろう。


「私はウラバン子爵の長子、ジョアン=ウラバンだ。勇者とはいえ、平民のお前が易々と口を利ける存在ではない」


 身分社会に慣れていないユージンは、かなりイラッと来た。ゾーイに感じるそれとはまた別の苛立ちだ。

 どう返そうかと迷う中、召喚当初にルキオールに言われた言葉を思い出す。


『貴族相手にはできれば丁寧な対応をお願いします』


 もちろんユージンとて、それなりにそれを順守したいとは思っている。

 一応、イサークには敬語を使うし、ルキオールにもおおむね丁寧語だ。最近怪しいが。


 ライリー達騎士は、明らかに年上の人間も多いが、軽く見られないためにもあえて丁寧語は使っていない。生意気だと思われるだろうが、慣れればその方がアドバイスも貰いやすい。


 そして、目の前の人物。

 おそらく、ルキオールが想定していた「面倒な貴族」の筆頭格だろう。

 貴族を尊び、平民を見下す。そういった貴族の中にも、内心は見下していてもきちんと繕える人間が多いだろうが、目の前の男はダメだ。


 わざわざ丁寧な対応をする必要性を見出だせない。

 こういう輩は、こちらが何をしようが評価など一切せず、少しでもミスをすれば、あるいはミスをせずとも執拗に批判してくる。

 ならば、最初から評価など気にしない方がマシというもの。どうせ難癖をつけられるのだから。


「そうか。で、そのウラバン子爵の長子が俺に何の用だ?」


 ふんぞり返る男を、ユージンは乱暴な口調を用いることで静かに挑発した。

 ジョアンの頬がひきつる。


「どうやら口の利き方を知らないガキのようだな」


 鋭い眼光で見下し、威圧してくるが、ユージンにとっては実力の伴わない脅しなど微風の様なものだ。


「用が無いならお引き取り願おうか。俺はあんたほど暇じゃないんでね」

「貴様……!」


 手を出してきたらどうするか。

 さすがに怪我をさせると面倒になりそうなので、さっさと逃げるか、とユージンが考えていると、相手も直接勇者に手を出すのは不味いと思ったのか、振り上げそうになった手をどうにか戻した。


「あまり調子に乗るなよ、ガキが」

「そのガキに簡単に煽られてるあんたは何だ?ガキ以下か?」

「このっ!」


 ユージンの言葉通りにカッとなって振りだされた右拳を、ユージンは左手で軽く弾いた。


「で?早く用件を言ってくれよ」


 自分より体格の劣る少年に、不意打ちの拳を軽くあしらわれたジョアンは、力では敵わないとはっきり悟り、急に冷静になった。


「ふん、まあいい。お前、フラールとよく一緒にいるみたいだから、勘違いする前に釘を刺しておこうと思ってな」


 なんだ、本当にどうでもいい用事だったな、と白けるユージンに、ジョアンは得意気に宣言した。


「フラールは、俺の婚約者だ。どれだけお前が親しくなろうとも、手の届かない存在なんだよ」


 先程の憤怒の表情から一転、にやにやと笑う男を、ユージンは鼻で笑った。


「俺よりも年下のガキに執着するロリコンに言われてもな。少しも羨ましくないんだが」

「ろりこん……?」


 ユージンの言葉に一瞬面食らったようだが、すぐに嫌な笑みを再開するジョアン。


「強がるなよ。今はまだ性格も含め子供だが、数年もすれば絶世の美女になるだろうよ。その日が楽しみだぜ」


 美少女なのは否定しないが、ジャンヌの方が好みだし、などと通じない話はしない。


「そうか。もう行って良いか?」


 これ以上は時間の無駄、というか最初から時間の無駄だった、とばかりにユージンが話を切り上げにかかる。

 それを、フラールの事を諦めたと思ったのか、ジョアンは機嫌よく頷いた。


「ああ。手の届かない花でも、見て楽しむくらいなら許してやるよ」

「そりゃどーも」


 溜息交じりに手を振り、ユージンは男から離れる。


 非常に下らない時間であった。

 だが、収穫がない訳ではなかった。

 直接会話することで、ジョアンという人物の人となりが多少把握できたからだ。


「(想像以上の小物だな、こいつは。こりゃ、フラールの抱える問題も案外ショボいかもしれないな)」


 さっさと直接問い質して解決しよう、とユージンは意気込んで広場くんれんに向かった。


     ◆ ◆ ◆


 その翌朝。


 ユージンは、普段であれば騎士の訓練場に向かうところを、部屋で待機していた。

 訓練場に顔を出さなければ、普段は訓練場で落ち合っているフラールが、様子を見に来ると予想しての事だ。


 フラールとは2人きりで話をしたいが、普段の訓練生活の中では意外と2人きりになれるタイミングがなかった。

 午後にゾーイに席を外してもらえば可能ではあるが、また変な勘違いをされても面倒である。


 そうして待つこと30分、果たしてユージンの予想通りに、フラールが部屋にやってきた。


「ユージン?いるの?」

「ああ、入ってくれ」


 扉を開いて入ってきたフラールは、やや心配そうな表情。


「どうしたの?具合でも悪い?」

「いや、そういう訳じゃない。とりあえず座ってくれ」


 不思議そうな顔をしつつも、ユージンに言われるがままにソファに腰かけるフラール。


「それで、どうしたの?」

「ちょっと2人で話をしたいと思って」

「何よ改まって」


 2人で、と聞いた時にピクリと反応して目を泳がせたフラールだが、すぐにいつも通りの澄まし顔に戻った。


「ゾーイを介してルキオールさんから、召喚魔法に必要な女性の回復は、概ね順調だと聞いてる。そう遠くない内に召喚を行えるだろうと」

「ええ、そのようね」

「召喚が成功すれば、俺はここを発つことになるだろう。だから、そろそろアレについて決着をつけておきたい」


 アレ、という曖昧な表現だったが、フラールには何の事かすぐに分かったらしい。

 表情を引き締めて、頷いた。


「まず確認だけど、フラールの要望は、俺の旅に同行したい。それも、俺の要請という形で、だったな」

「ええ、そうよ」

「じゃあ、そろそろその目的を教えてもらおうか」


 ユージンの要求に、フラールが渋い顔をする。


「世界を救うためよ」

「それは答えになってない。フラールが世界を救いたいと思っているのを疑うつもりはない。だがそれと、あんたが旅に同行することとは必ずしも一致しない」

「なんでよ」

「分かってるだろ。あんたは、世界を救うために自分の命を懸ける必要があれば、それを躊躇わないだろう。だが、その必要性はそうそう生じない。はっきり言えば、この旅にあんたが同行する必要性は見出せない。だがあんたはそれが必要だと考え、望んでいる。その理由を訊いているんだ」


 ユージンの逃げを許さない構えの質問に、フラールが俯いて押し黙る。

 まるでか弱い少女を虐めているようで罪悪感が湧かないわけではないが、ここはユージンにとって譲れないところである。


「理由は、言えないわ。この国の、機密に係ることだから……。でも、信じて!私は、この国を救うために行動しているの!」


 フラールが顔を上げ、必死の表情でユージンに言い募る。

 だが、ユージンは少し目を細めて、訊ねる。


「俺を信用していないのか?」

「違うわ!この世界のために必死になってくれている貴方を信用しない訳ないじゃない。でも、そういう事じゃないのよ」

「いいや、そういう事だ」


 首を振ってユージンの言葉を否定するフラールに対し、ユージンもまた首を振った。


「俺はいずれ居なくなる人間だ。この国の政治や経済への影響力もない。国家機密だろうが何だろうが、その時まで守り通せればそれで良いはずだ」


 若干暴論であることは否めなかったが、ユージンはここで引き下がる訳にはいかなかった。


「あのな、このままあんたの目的がはっきりしないと、俺はあんたを信用することができない。もし、あんたの目的が『この国を救うために、勇者を抹殺すること』だったらどうする?」


 ユージンの突然の仮定に、フラールは数秒ぽかんとする。

 その後に、肩を怒らせて反論した。


「そんな訳ないじゃない!」

「そうかもしれない。でも、そうじゃないかもしれない。あんたが抱えるその国家機密は、俺にとってそれだけの不安材料になってるのが分からないか?」


 ユージンの眉を寄せた複雑な表情に、フラールはハッとする。

 ユージンに対して一方的に要求するだけで、彼の立場に立って物事を少しも考えていなかった事に気付いたのだ。


「それは、……」

「信用しろ、か?皇女のあんたが言えば、あんたがこの国の事を大事に思っていると知っているこの国の皆は信用するんだろうな。だが、俺はこの国の人間じゃない。もう必要なくなったと、いつあっさり裏切られて殺されるかもわからない。俺が殺されて怒る人間も悲しむ人間も、ここにはいないからな。自分の身は自分で守るしかないんだ。そんな俺に対して、国家機密だから言えないけど信用しろ、と言ってくる人間を、信用できるか?いつ背中から刺されるかと怯えながら、旅を続けられるか?」

 

 ユージンの悲しい主張に、フラールをガツンと頭を殴られた気がした。


 ユージンの言う通り、これまで自分の言葉が無下にされたことは無かった。身の危険を感じること感じることもなかった。それはまさに、自分がこの国の皇女だったからだ。

 それに対して、彼はどうだ。


 ネアン帝国が後援しているとはいえ、その土台はいつ揺らいでもおかしくない。どれだけこの国の人間が信用できるのかも彼には分からない。この世界に本当に信用できる味方など誰一人いない。

 そんな状況に、自分達が追い込んだのだ。


 その上で、皇女からの訳の分からない同行の要請。

 彼が怒るのも無理はなかった。


「ごめんなさい。私、自分のことばっかりで、貴方のことを何も考えていなかったわ」


 フラールは素直に頭を下げた。

 そうだ、彼は我が国の平民ではないのだ。異世界から無理に来てもらった勇者なのだ、と、フラールは兄イサークがあの時彼に対してあっさりと頭を下げた理由がようやく分かった気がした。

 そして、貴族社会の縛りにうんざりしているつもりで、しっかりとその習慣が根付いている自分に愕然とした。


 しかし、今は反省をしている時ではない。


「全てとはいかないかもしれないけれど、話すわ。貴方に納得してもらえるように」


 ユージンの目を見て、フラールが宣言した。




「じゃあ、まずは疑問その1。まあこれが全てかもしれないけど。なんで旅に同行したいのか」


「究極の目標は、この国を救うためよ。具体的には、2パターンがあるわ。1つは、兄様が呼んだ勇者、貴方が魔王を倒すことで、兄様の実績を確たるものにすること。もう1つは……」


 今更隠すつもりはない、という口調で話し出したフラールだが、何故かここで言い淀んだ。


「もう1つは?」


 ユージンが問うことで、逡巡していたフラールは、ぐっと決心したように、その言葉を告げる。


「私が、死ぬこと」

「……はい?」


 冗談を言っている顔ではない。

 聞き間違いかとも思ったが、フラールの決意の瞳は、命を懸けると言ったその時のものと同じで。


「なんで、フラールが死ぬことが、この国を救うことになるんだ?」

「そうね。まずはやっぱりそこからね」


 ふう、と溜息を吐いたフラールは、実に嫌そうに説明しだす。


「私の婚約者、知っているかしら。あの男に権力を持たせないためよ。私と結婚すれば、嫌が応にもあの男は権力を持ってしまうわ。でも、私が死ねばそれは起こらない」

「いやいや、話がぶっ飛びすぎだろ。まずは結婚を断れよ」

「それは、出来ない」


 キッパリと言いつつも、ユージンから顔を逸らして気まずそうなフラールに、ユージンが確信を持って訊ねる。


「やっぱり、脅されているんだな?」


 少し迷った末に、こくりと頷くフラール。


「なぜイサーク殿下なりに相談しない?」

「相談すれば、脅しの内容を話すことになるわ。それだけは、出来ない。ごめんなさい、ユージンにも、それだけは話せない……」


 話さないことをまた責められるのでは、と不安そうに上目遣いでちらりとユージンを窺うフラールだが、ユージンもそこは深く訊かなかった。


「まあいい。それで、結婚を断れないから、あいつに権力を与えないためにも死ぬしかないと?」

「そうよ」


 冗談のような方法論だが、フラールは至って真面目であった。


「いや、なんつーか。なにも死ななくても、普通に逃げたり亡命したりできるんじゃないか?」

「私が逃げれば、あの男は秘密を暴露するわ。それでは、逃げる意味が無い。だから、私が、不可抗力で死ぬしかないのよ。貴方の要請という体で旅に同行させてくれと言ったのも、そういうことよ」

「うーん、なるほど……」


 筋は通っている、のか?結婚は回避しなければならない。しかし拒否や逃走をすれば秘密を暴露され、それも回避しなければならない。

 全てを満たすためには、フラールが不可抗力的に死ななければならない。


 そんなバカな話があるか。


「あいつを暗殺した方が早い気がするな……」


 ユージンが物騒な方法を呟いたところで、フラールがスッと視線を逸らした。そ

 れに気付き、彼女をジッと見つめるユージン。


 しばらくの沈黙の後、観念したようにフラールが吐いた。


「ええ、私もちょっと考えたわよ。でも、あの男1人をどうにかできたとしても、子爵家が秘密を暴露してしまっては意味がないもの。子爵家全体をどうにかなんて、私1人ではどうしようもない」


 そうか、この少女は――皇女という身分にもかかわらず、あるいは皇女という身分からくる高い志のせいで、誰にも相談できず1人で抱え込んで、とうとう自らの命を捨てる覚悟までしてしまったのだな、とユージンは悟る。


 ユージンは思わず席を立ち、フラールの隣に立って彼女の頭を撫でていた。


「え、ちょ、な、なに!?」


 フラールは、ユージンの突然の行動に大いに動揺した。

 小さい頃ならいざ知らず、成長してからは、皇女という立場もあり人から頭を撫でられるということはほとんどなかった。せいぜい兄貴分のイサークやルキオールくらいだ。


 同年代の少年による行為は、少女に嬉しいような、恥ずかしいようなむず痒い感覚を与えた。


「いや、1人でよく頑張ったなって思って」


 そして、ユージンにこれまでの孤独と辛さを理解してもらったことで、


「と、当然でしょ、わたしは、おうじょ、なんだから……」


 重い覚悟をずっと1人で背負ってきた16歳の少女は、静かに涙を流すのだった。


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