第12話 フラールの婚約者②
それから数日間、ユージンは自主練の時間を削って情報収集にあたった。
そこまですることか、という気もしたが、これは魔王を倒す旅に出る上で避けては通れない問題であると感じ、決行を決意する。が、隠密の訓練を受けている訳でもない、何の権力もない少年が、王宮というこの国で最も警備が厳重な敷地内でできることなど限られていた。
せいぜい、フラールをつけてみたり、フラール周辺の噂話を集める程度だ。そもそも一部からは胡散臭がられている勇者なので、評判を落としてイサーク達に迷惑をかけないためにも、下手に動くことも出来ない。
ユージンは、与えられた部屋のベッドで、疲労困憊の身体を横たえ、天蓋を睨む。
結局、得られた成果は、ゾーイから得た情報に毛が生えたようなもののみで、イサークやルキオールに聞いた同様の内容を裏付けるものだけだった。
すなわち、
・婚約者であるジョアン=ウラバンは、藍髪茶眼の25歳の青年。ルックスはそこそこ見られる。魔法がやや得意らしいが、普通の貴族で大した特徴はない。
・ウラバン子爵家は、歴史はそこそこ長いが勢いはなく、台所事情もあまり良くはないとのこと。そのため、密輸をしているのではないかという噂がある。ただし、フラールとの婚約に際してイサークが調査を行った結果では問題なしとでている。
・2人の結婚は現在未定だが、市民からは結婚を望む声がある、という噂がある。
・フラールはあんな性格なので、嫌いな人物の求婚を受け入れるはずがないとみんな考えている。社交界での2人は、特別仲が良い感じではないが、仲が悪いという感じでもないらしい。
「(だが、俺が見た限りではフラールは相手を嫌っている……。ここで、皆の認識と相違があるんだよな)」
本当は好きだけど、痴話喧嘩中で、たまたまユージンが見たときだけ嫌っているように見えた。と考えた方が、皆の認識とは合致する。
しかし、ユージンは自分の直感を信じることにした。
「(フラールは、ジョアン=ウラバンを嫌っている。この前提から話を進めてみる)」
ではなぜ、婚約を承諾したのか。
したくないのにしたのは、せざるを得なかったからだろう。つまり、何らかの脅しを受けていると考えるのが自然だ。
そうすると次は、なぜ脅しに屈しているのか、その理由が必要になる。
フラールの立場であれば、大抵の脅しなど一蹴できるだろう。もしフラールの手に余る案件でも、国政の多くを任されている、強大な権力を持つ実兄がいるのだ。イサークに相談すればよっぽどの事でもない限り解決するだろう。
しかしフラールは、イサークに相談すらしていない。
という事は、相談できない事情があるとみるべきだろう。
「(それが、弱みの核心か?)」
例えば、自分と結婚しなければ、イサークを殺す、と脅されているとする。
「(無いな。皇太子を簡単に暗殺できるような状況があるはずないし、だがそうでなければ脅しにならない。そもそも、フラールが皇太子に相談できない理由にならない)」
そう、イサークに相談できない、というところが肝である。
誰かに相談したら自分が死ぬ、といった呪いの類も想像したが、フラールが身に着けているアクセサリー類にはかなり高位の『呪い防止』が付与されているらしく、ルキオール並の才能のある呪術師が数人がかりで呪いをかけない限りは跳ね返されるし、呪いがかかっていればすぐにわかるとのことだった。
ではなぜフラールはイサークやルキオール、あるいは周囲の人間に相談をしないのか。自分の一生を決定づける重要な決断をするのに、相談すらできない事情とは何か。
そこでふとユージンは、自分自身がこの世界を救う決断をした時の事を思い出した。
「(フラールにとって、自分の一生や命よりも大事なもの。この世界、この国。それを、盾にとられているとしたら?)」
彼女は、脅しに屈するだろう。
だが、それはいったいどういう状況だ?貴族1人に世界をどうこうできるとも思えない。
ならばこの国くらいならなんとかなるのか?ユージンは考える。
「(状況次第では、1つの情報が国をひっくり返すかもしれない。例えば日本なら、総理大臣の汚職事件が明るみに出れば、国のトップは簡単に挿げ替わる。王政の国であれば、王太子が実は偽物――)」
今、何かとてもまずいことを考えた気がする。
ユージンは冷や汗をかいた。
「(いやいや、落ち着け。そんなバカな話が簡単に転がっている訳ないだろ。それこそ、馬鹿にされて握り潰されて終わる類の話だ)」
もし仮にイサークが偽物だったとしても、確たる証拠がなければ握り潰されて終わりだろう。
それに、イサークとフラールは容姿的に明らかに実の兄妹だ。イサークが偽物なら当然フラールも偽物の皇族となる。権力にしがみつきたいのならば、それが発覚するのを恐れるだろうが、彼女は皇族であることに責任は感じていても、固執しているわけではないと感じる。
「(だから、これは無いだろう。だが、それに近しい、何かがある気がする)」
答えに近付いている。
そんな感覚を覚えながら、ユージンは眠りに落ちていった。
◆ ◆ ◆
翌日。
ユージンは、騎士に交じって剣の訓練をしていた。
相対するのは、ユージンがこの国で初めて剣を交えた騎士、ライリー。
あの日と同じように、まずユージンが攻める。
しかし今度は以前のように闇雲に斬りかかるのではなく、緩急やフェイントを織り交ぜ、相手に隙を作らせるように動く。この20日余りで格段に腕を上げたユージンの剣は、流石の中隊長といえども右手1本ではしのぎ切れなくなっていた。
そのため最近は、ライリーの左腕には最初から盾が装備されている。
右手に片手剣、左手に丸盾というのがこの国の騎士の標準的なスタイルであり、ライリーもそれに則っている。これはユージンのように盾を持たないスタイルと比較すると、当然ではあるが防御力に勝る。
盾で防御し、相手が隙を見せたら攻撃に転じる。基本的に後手のスタイルだ。
一方のユージンは、盾のない身軽さから、動きや手数で相手を翻弄し、隙を作ってそこを突く先手のスタイル。そのため、運動量が多くなり、体力の消耗が激しい。
ユージンの体力と集中力が切れるまで守り切れるか、というのが騎士との勝負のキーポイントであるが、ライリーが相手だとやや勝手が異なる。
ガキン、と左腕の盾でユージンの剣を弾いたライリーは、驚くべき速度で攻撃に転じ、右腕の剣を振るう。
「くっ!」
間一髪で躱したユージンが、体勢を立て直すために一歩引いたのと同時に、ライリーは一歩踏み込み、攻撃の手を緩めない。
「くそっ!」
そして、防戦一方になるユージン。
体力はまだまだ残っているが、攻撃する暇がない。
ライリーが他の騎士と違うところは、防御主体で鉄壁の防御力を誇りながらも、少しでも隙を見せると一瞬で攻撃に転じ、そのまま攻め切るだけの攻撃能力がある点だ。
剣を両手で構え、相手の剣をやり過ごすユージンの頭に、一旦大きく間合いを開けるという選択肢が浮かぶ。身軽さで言えば、ユージンの方が上である。本気で後退すれば仕切りなおす事は出来る。
だが。
「うおぉ!」
ユージンが吠えた。
そしてライリーの斬撃に正面から立ち向かう。芯を外さずに剣を合わせれば、ユージンの両手の力の方が打ち勝つ。
引かなかっただけでなく、押し返してきたユージンに、ライリーは一瞬目を見開いたが、すぐに冷静にユージンの剣をいなす。そして、ユージンの注意が右手の剣に向いている所で、すかさず左手を振るった。
ゴイン、と鈍い音がして、鋼鉄製の盾に側頭部を強打されたユージンが地面に倒れた。
「いてて……。まさか盾でぶん殴られるとは」
倒れた数秒後にむくりと起き上がったユージンは、右側頭部を押さえて怪我の程度を確認する。
ちなみに、フラールはもはやこの程度の怪我では治癒を断られるのが分かっているので静観している。
「盾は剣を受け止めるだけの道具ではない。今のように攻撃にも使えるし、陽動や罠にも使える。君も無盾のスタイルに拘らずに盾を持ったらどうだ」
ライリーの態度は、ユージンの努力の結果もあって初日と比べれば軟化している。このように普通にアドバイスも送ってくる。
ただし、「勇者と認めない」発言については未だに撤回する気はないようで、ユージンのことも「客員騎士」のように扱っている。
「いやあ、やっぱり動きが鈍くなる盾はちょっとね」
「剣では捌ききれない攻撃を受けたらどうするつもりだ」
「その時はまあ、他の防御手段がない訳じゃないし」
ユージンの自信ありげな表情に、ライリーは眉を上げる。
周囲の騎士達も、それとなく聞き耳を立てていた。
「ふん。魔法の盾か。まあ、適性に応じた戦略をとることを否定はしない」
しかしユージンの予想に反し、ライリーは正確に答えを当てて来た。
「あれ、知ってたのか」
驚いて彼を見返すユージンだが、ライリーの表情はピクリとも動かない。
周囲の騎士達はと見回すと、こちらもある意味意外で、ユージンの想定通りの反応であった。
「魔法の盾?」
「あんなの実戦じゃ使えないだろう?」
「どういうことだ?」
「熟練の魔法士レベルなら、実戦でも有効な速さで展開できるらしいぜ」
「それ無理なやつだろ」
これまでユージンは騎士との訓練の中では魔法を使ってこなかったので、当然の反応である。何故かライリーだけは知っていたらしいが。
そのライリーが、指摘する。
「実戦で使うために練習をしているなら、剣術の訓練中にも使うべきではないか?空中を移動する能力は、回避のためだけにあるわけではないだろう」
そう言われて、ユージンの顔に笑みが浮かぶ。
「そこまで知ってるんだったら、話は早い。俺も、やってみたかったんだ」
これまで騎士との訓練で魔法を使ってこなかったのは、「邪道」だの「騎士道に反する」だの批判があることを想定し、それを避けて少しでも円滑に訓練をしたかったからだ。
しかし、相手から使用を勧められるのならば躊躇う理由はない。
「いくぜ!『物理の盾』!『再展』!」
ライリーが構えをとったのを見てユージンが呪文を唱える。そして中空に表れる魔法陣に、どよめく騎士達。
「おい、どんなスピードだよ。普通の魔法士レベルじゃねえぞ」
「しかも2枚!どうなってんだ?」
直前に使用した盾系の呪文を再度実行する短縮呪文を習熟してからは、ユージンの空中戦闘能力は飛躍的に伸びた。
集中力さえあれば、1秒間に3枚は盾を創れるのだ。しかも、防御用ではないため、強度は必要ない。
したがって、使用魔力も大した量ではない必要分だけで済むため、ほぼ無限に連続使用が可能となっている。
ライリーに突っ込むユージンは、沈み込んた後に跳躍と共にライリーに切り上げ攻撃をお見舞いするが、ばればれの攻撃は難なく避けられる。通常であればそんな攻撃をして外せば、着地までが隙だらけになるのだが。
ユージンは空中で体を捻ると、設置していた盾を足場にして、勢いよくライリーに向かって落下した。
通常の対人戦闘ではありえない角度からの斬撃を、しかしライリーは危なげなく盾で防ぐ。
それを予想していたユージンは、盾をずらされる前に手首と腕の力で体を跳ね上げ、再び空中に舞う。そしてライリーの頭上に設置したもう1つの盾を踏み、真上からの突きを放った。
先の斬撃を盾で防いだために一瞬視界が悪くなったライリーは、ユージンの次の動作への反応が遅れる。上からの攻撃の気配に気づいた時には、盾はもう間に合わなかった。
「くっ!」
ユージンとの対戦で初めて焦った表情を見せたライリーは、それでもすんでの所でユージンの突きを避け、おまけで放たれた膝蹴りを肩でいなし、着地したユージンへと後ろ回し蹴りを食らわせた。
「っとと。あれも避けんのか。さすがに強いな」
ライリーの蹴りには体重が乗っておらず大した威力は無かったため、ユージンは受け身をとってすぐに立ち上がった。
「君こそ。正直驚いている」
もう二、三手あれば崩されていたかもしれない、と考えるライリーだが、全体重の乗った斬撃を放つあれはユージンの腕にも負担が大きいはずなので、連続で何度も使うことは難しいだろう、とも予想する。
「おお。ようやく勇者として認めてくれたか?」
「それについては否だ」
「やれやれ、頑固だな」
肩を竦めるユージンだが、収穫は多い。
ゾーイの魔法を避けるためにひたすら立体機動を訓練し、空いた時間で空中からの斬撃のパターンを練習していた。それが、騎士の実力者にも有効だと認められたのだ。
それに、とユージンは周囲に意識を向ける。
「なんなんだあの空中からの攻撃は」
「あんなのアリか?」
「ていうかなんであんなに速く魔法を発動できるんだよ」
「特殊魔法か?」
「いや、魔法自体は普通の盾だったぜ。ただ、トップレベルの魔法士並の速さと正確さってたけで」
「それがおかしいんだろが。どんだけ訓練すればあそこまで速くなるんだよ」
「さあ……。勇者の特殊能力とか」
「つーか、あの攻撃もだけど、それを初見で捌く中隊長がやばい」
「確かに」
魔法を速く発動できるようになったのは、文字通り血の滲む(というか血の溢れる)努力の賜物だ、と主張したいところだが、特殊能力持ちであることも事実なのでユージンは沈黙する。
それはともかく、今の一戦で多くの騎士がユージンの実力を認める事になった。それは、今後の訓練を円滑に行う上で大きな成果だ。
これまでも、ユージンの訓練への本気度を見て、騎士たちのユージンを見る目が徐々に変わっていったのは感じていたが、今の一戦で決定的になったようだ。
ライリーも勇者とは認めてくれていないが、いっぱしの剣士としては認めてくれていると思っている。
ついでに、今後の訓練で魔法を使いやすくなった。
と、そこでフラールがユージンに近寄ってきた。
「ん?どうした?」
「もう昼よ。私は用事があるから失礼するわ。最後に、その怪我だけ回復しておくわね」
そう言ってユージンの側頭部の打撲を治癒すると、フラールは訓練場を去って行った。
その去り際の硬い表情を見て、ユージンが呟く。
「婚約者、ねぇ……」
「婚約者?」
その呟きを、珍しくライリーが拾ってきた。
意外に思いながらも、平民出の騎士の意見を聞くのも良いと考え、少し別の視点から質問をした。
「ライリーさん、ちょっと聞きたいんだけど、この国で政略結婚ってどう思われてるんだ?」
「政略、結婚?」
ライリーから、ピリッとした空気が伝わってきた。
え、何故に、と内心首を捻るユージンは、周囲の騎士達が若干青褪めたのに気づかなかった。
「貴族では普通の事ではないのか?」
硬い声色で回答するライリーに、ユージンは重ねて訊ねた。
「皇族の場合も?」
その瞬間、ライリーから明確な殺気が放たれた。
ユージンは驚き、一歩引いて身構えるも、ライリーの殺気は無理やり押し込められ、ものすごい視線からちろちろと漏れ出る程度におさまった。
そのライリーは、一言、
「第一皇女殿下は、政略結婚で他国へと嫁がれた」
それだけ言って、ユージンに背を向けて歩き出してしまった。
「え……俺、なんか地雷踏んだ?」
呆然と呟くユージンに対し、周囲の騎士達が深く頷いた。
何がライリーの地雷だったのか、気にならないではないが、首を突っ込むと面倒な気がするので気にしないことにしたユージン。周囲の騎士達もあえて語ろうとはしなかった。
ちなみに、ユージンは現在、騎士の食堂で多少話すようになった騎士達と昼食を食べている最中である。
「(フラールの姉である第一皇女は政略結婚をした。つまり、この国の貴族は皇族含め、政略結婚はごく普通の事である、と)」
貴族の世界を良く知らないユージンの、おぼろげなイメージ通りである。
それはさておき、そうであるなら、何故フラールは政略結婚をさせられないのか。必要がない、といえばそれまでかもしれないが。
政略結婚は通常、国や家の結びつきを強くするためにやるものだ。それが双方の利益のもとにあるのか、あるいは半分脅しで人身御供同然に行くのかなどの違いはあるだろうが。
このネアン帝国は大陸の覇者であり、どこかの国におもねる必要はないだろう。同様に、国内でも皇族の権力は盤石に見える。
「(見えるだけで、俺の知らないところでは色々ある可能性はあるけどな)」
もし、皇族の統治に綻びがあるとしたら。それを突かれると国が乱れるとしたら。
フラールは、何としてもそれを守りたいと思うかもしれない。
「(まあ結局、色々考えても本人に聞くのが速いな)」
正直、ユージンは面倒になってきていた。
もうこれは本人に問い質すのが一番に違いないと、思考を放棄するユージン。
「(これからの事について、そろそろ本気で話さないといけないしな)」
そして、昼食に集中するのであった。




