第11話 フラールの婚約者①
その日、ユージンがそれを目撃したのは、決して偶然ではなかった。
昼下がりの王宮、それも主塔と呼ばれるこの国で最も重要な建物の、渡り廊下での事である。
普段のユージンであれば、いつもの広場で自主練をしている午後の3の刻(日本で言う午後1時半)だ。訳もなくこんなところに居るわけではない。
いつになくこっそりと、気配を消して。
渡り廊下から繋がる尖塔の螺旋階段に身を潜めるユージンは、ちらりとその視界に1組の男女を収める。
その男女は、婚約者同士であった。しかし、端から見ても、その仲はお世辞にも良いとは言いがたいようだった。
「最近、勇者とやらと仲が良いらしいですね、フラール」
20代中頃に見える藍髪の男が、16歳の少女に話しかける。
それは、何の気なしに訊いた、という感じではなく、明らかに嫌味であった。
「そうですね、お兄様に公務として命じられましたので。あと、呼び捨てにしないでいただけます?貴方とはまだ結婚したわけではありません」
それに対する少女の返答もまた冷たかった。
ユージンが普段目にするのとは違う、この国の第二皇女としての顔であった。
「コレは失敬。つい気が急いてしまったようです。何せ、貴女が私のものとなるのも、そう遠からぬ日のことなのですから」
ほの暗い感情が滲んでいる男の声色に、離れた位置にいるユージンですら背中に嫌な汗が滲んだ。
「婚儀については、現在の世界の状況を鑑みて、お兄様の婚儀と同様に無期限の延期になっているはずです」
「ええ、今のところはね。しかし、閉塞気味の国民感情や、停滞気味の経済を活性化するためにも、華々しい皇族の婚儀を行ってはどうかという意見もございます」
じっとりと笑う男の言葉に、フラールは冷たい視線を崩さぬまま返答する。
「そうだとしても、皇族の婚儀がそう簡単にできるものでは無い事くらいご存じですよね。準備に少なくとも1年は必要です」
社交界の常識を説くフラールに、男もまた笑みを崩さない。
「根回しさえ済んでいれば、半分にはなりますよ。それに、状況が悪くなれば特例もありえますね」
状況が悪くなる、とは、悪魔との戦況が悪くなる、ということ。すなわち、国の危機。まるでそれを望むかのような発言に、フラールが半歩後ずさる。
「何を、言っているの?」
「可能性の話ですよ。……それでは、私は用事があるのでコレで失礼します」
にこやかに話を切り上げた男は、ユージンから見て背を向けて歩き出す直前に、フラールの耳に顔を近づけ、
「あまり他の男と仲良くするんじゃないよ、フラール」
底冷えする声で告げた。
1人残された少女は、唇を噛み、震えを納めようとするように、両腕で身体を掻き抱いた。
その様子を見ていたユージンは、イサークやルキオールから聞いた情報を思い出して、
「(どーも、認識の相違があるように思えるんだよなぁ)」
ぽりぽりと頬を掻くのだった。
◆ ◆ ◆
いつもの広場に戻ってきたユージンを待つ人影が1つ。青い短髪をピンピンと外に跳ねさせた魔法士の少女である。
ネアン帝国の魔法士は基本的に皆、紫系統のローブを着用しており、彼女も例に漏れず常に薄紫色のローブを着込んでいた。
「あ、ユージン。どこ行ってたの?待ちくたびれて高精度追尾魔弾を撃っちゃうトコだったよ~」
「何だそれは。言葉からすると確実に俺を殺しに来てるんだが」
「あ、分かる~?元々、対象の魔珠の波長とかを把握して追尾する魔弾を撃つ魔法があるんだけど、それをボクが改良したんだ。オリジナルだと、対象がそれなりに近くにいないといけないし、追尾性能も低かったんだけど~、その欠点を無くすべく!改良に改良を重ね!ついに、かなり遠くにいても問答無用で対象を追尾して攻撃する魔弾を開発したのだっ」
のだっのだっ、と、広場に語尾が木霊する。
「おー。それは結構強力なんじゃないか?俺にも使えるか?」
少女の面倒な発言自体は深く追求せず、使えそうな魔法を貪欲に求めようとする少年に、少女はやや困った顔をして言い淀んだ。
「あ~、いや、それは~止めた方が~」
「何でだよ」
「その、ねぇ。実は、長距離でも使えるように改良したは良いけど、距離が延びるにつれて威力も減少しちゃってね。もともとぐーぱんちくらいの威力しかないんだけど、それからさらに落ちるから~」
「威力はほぼ皆無って事か」
「そゆこと~。実戦では一瞬隙を作るくらいにしか使えないかな~。しかも相手の魔珠が把握できてることなんてほとんどないし。だから主に悪戯用だねっ!」
「しょーもない用途を誇るな!」
呆れ顔で突っ込むユージンに、悪びれずに笑うゾーイ。
「フラール様は~、まだ来てないから、ボクとの訓練はまだだね~」
周囲にフラールの姿がないことを確認して、のんびりと言うゾーイに、ちょうどいい、とユージンが訊ねる。
「フラールが来る前に訊いておこう」
「なになに~」
「お前、フラールの事どう思ってる?」
「へ?」
何かの冗談かと思ったゾーイだが、ユージンの表情は至って真面目である――真面目顔でふざけたことを言うのが、ゾーイからするとこの少年の厄介なところなのだが――それはともかく、冗談を言っている雰囲気はない。ということは、すなわち。
「え、ちょちょ、ちょっと待ってユージン。嘘でしょ。本気で言ってるの?」
「何が?本気だけど」
絶望したような表情の少女に、ユージンは訳が分からないものの、とりあえず肯定する。
少年の揶揄いの欠片も見られない態度に、ゾーイが項垂れる。
「そ、そんな~。こんな誤解はあんまりだ!いくらボクがこんな喋り方で髪も短いからって!ユージンだってボクの胸見てたのに!ボクは女の子だ~!」
「いや知ってるけど」
意味不明な主張をする少女に、ユージンの脳内で疑問符が増えていく。
「はっ!もしかしてそっちなの?そっち系だと思われてるの!?違うよ!ボクの恋愛対象は男の子だよ!そんな特殊性癖は持ち合わせてないよ!」
「いや、お前の性癖はどーでもいい」
「はい?じゃあさっきの質問の意味は?」
「その質問の意味が分からん」
「……ちょっと冷静になって話を整理しようかにゃ」
「そうしてくれ」
すー、はー、と深呼吸をするゾーイを横目に、俺は最初から冷静でお前が訳分らんことを言ってるだけだ、と思うユージン。
そして数回の呼吸をして落ち着いたゾーイが訊いてくる。
「さっき、ボクにフラール様のことを好きかどうか訊いてきたよね」
「そんな質問はしてねえよ。フラールの事をどう思うのかって訊いたんだ」
「同じじゃん!」
「はぁ?……え?どゆこと?」
混乱したユージンが、今度は深呼吸する羽目になった。
「えーっと、ちょっと待て。お前の脳内では、『どう思っている?』イコール『好きなのか?』になるわけ?」
「ふつーそーでしょ?」
「どんな恋愛脳だよおい」
「えっ違うの?」
「いやー、俺もこの世界ではどうなのかは知らんけど。まあ、シチュエーション次第では確かにそうなるか」
学園物の漫画や小説で、友達同士が異性を指して「あいつの事どう思う?」って聞いたら、確かに「あいつの事好きなのか?」って意味にもなるわな、と納得するユージン。
ただ、同性を指した場合にそういう意味になるという考えはユージンにはなかった。
実はゾーイにも元々あまりそういう考えは無かったのだが、ユージンがゾーイの事を少年のように揶揄うことがままあることから、まさか本気でそう思っているのでは、とぶっ飛んだ思考になってしまったのだった。
そこからは泥沼である。
しかしその辺りを掘り下げるとどんどん話が遠ざかるので、ユージンは仕切り直した。
「まあいい。その話は置いておこう。俺が訊きたかったのはそういうことではなく、フラールの性格についてだ。……いや。というより、フラールと婚約者についてどう思う?」
ユージンの質問に、ゾーイは数回瞬いた後に、少し考えて答える。
「う~ん、ボクはそんなに知らないけど~。フラール様の婚約者って、ウラバン子爵の長男だったよね~。あの家って、あんまり良い噂は聞かないな~、というか、噂自体があまりないんだけど。そんなに勢いのある家でもないよね~。婚約発表の時にも、何でこの人?って皆色々な噂をしてたけど、結局家とはあまり関係なくて、個人同士が惹かれたんだろうって決着だったな~。それなりに見れる人だったし。まあフラール様に釣り合ってるかって言われると微妙だけど~」
ゾーイのウラバン子爵家評は、概ね事前にイサークやルキオールに聞いたものと同じであった。もちろん、彼らの場合はきちんと家の調査をしているわけだが。
「ゾーイからみても、あの2人は惹かれあってるように見えるか?」
「ボクは社交界に顔を出さないから、あの2人が一緒に居る所をほとんど見た事ないんだよね~」
「それもそうか」
良く考えれば、フラールは皇族。この国のトップに位置する人間だ。そしてその婚約者もまた貴族。
一般人がそうそうお目にかかれる人物ではないのだった。
ユージンは自分が最初から皇族と一緒に居るため、やや感覚がずれていることに気付いた。
「でもまあ、あのフラール様だし、嫌いな人と結婚なんて絶対しないんじゃにゃいの~」
続けて出されたゾーイの感想に、ユージンが反応する。
「それだよ」
「どれ?」
「なんで、フラールなら嫌いな人と結婚しないんだ?」
首を傾げるゾーイにユージンが質問した。
しかし、ゾーイはますます首を捻るだけで。
「なんでって言われてもにゃ~。フラール様は、ワガママ放題……じゃなかった、自分の主張ははっきり口にされるお方だし~、結婚相手なんて選びたい放題な絶対的な権力者だし~、政略結婚でもなく嫌いな人と結婚する理由がないでしょ?」
大方の予想通りの回答に、ユージンが難しい顔をする。
「弱みを握られている、という可能性は無いのか?」
「弱み?フラール様が?……まあ、無いことはないかもしれないけど~、そんなの、皇太子殿下に相談すれば、簡単に握り潰されちゃうでしょ~。社交界で噂を広めようとしても、皇族の怒りを買ってまで悪評を広める貴族なんていないよ~」
「なるほど」
確かに、ゾーイが言っていることは間違っていないし、納得できる。
フラールが何か弱みを握られて脅されているとしても、そんなもの国の最高権力を持つ皇族からすれば簡単に無かった事にできる。それが国民の認識なのだ。
もしフラールが気の弱いお姫様であったなら、脅されて誰にも相談できず……という可能性もあるだろうが、彼女はそんなタマではない。
それは分かる。
「(分かるんだが……何か引っかかるんだよなぁ。フラールは明らかに相手の事を嫌ってたし)」
考え込むユージンに、ゾーイが訊ねる。
「でもにゃんでそんなことを……。って、もしかしてユージン。そういう事なのっ!?」
「は?」
突然テンションが上がりだしたゾーイを、ユージンは不審そうに見つめる。
「確かにユージンの立場なら何とかなるかもしれないけどっ、険しい道になるよ!」
「何がだよ」
「もしユージンが本気なら、ちょっと複雑だけど、ボクも応援するよ。ボク自身には大した権力はないけど、コネを最大限使えば……!」
「だから何の話だ」
若干イラつきながらゾーイを止めるユージンに、ゾーイはキョトンとした顔で、
「え、ユージンがフラール様の事を好きになったから、婚約者から奪い取ろうって話じゃないの?……燃えるよね、略奪愛っ!」
「なんでそうなる……」
ゾーイの的外れな妄想に、やれやれと息を吐くユージン。
どうもこの少女は、ユージンが思っていた以上に恋愛話が好きらしい。年頃の少女はみんなそんなものかもしれないが。
「なんだ、違うのか~。……がっかりしたような安心したような」
ぼそぼそと呟くゾーイは放っておき、ユージンは考える。
「(これは、やっぱりアレと関係してるんだろうなぁ)」
正直、ユージンとしてはフラールの結婚話にそこまでの興味はない。
だが、そうは言っても嫌いな人と結婚せざるを得ないとしたら、フラールが可哀想だと思うし、何とかできるものなら多少は力になってやりたいとも思う。
そして、それ以上にユージンの気がかりとなっているのは、この世界に召喚された翌日にフラールから言われたアレである。
この2つには、何かつながりがある。確証はないものの、ユージンは確信していた。
そして、それ故に。
「(面倒だ……)」
この先、面倒事に首を突っ込まざるを得ないと理解し、意気消沈していた。




