第103話 深まる疑惑
前話のあらすじ:
ユージンは魔王城攻略案に行き詰まり、フラールは姉に翻弄される。そしてディストラは、街中で普段と違う姿のライリーを見かけた。
ユージンに、恋人はいるのか。
そんな姉の質問に、フラールは固まっていた。
そんなこと、これまで考えもしなかった。
考える必要も感じなかったし、そもそもユージンは恋人の存在を匂わせる事もなかった。
それも当然で、ユージンは身一つでこちらの世界に召喚されたのだ。こちらに恋人はもちろん、知り合いすら居なかった。
そして、召喚されてからこの方、フラールはほとんどの期間でユージンを見てきた。その中で、ユージンに特別親しい女性が生まれる様子はなかった。
もちろん、旅の仲間であるゾーイとフレイヤを除いて、だが。
こちらの世界に恋人がいないことは明白である。故に、そんなことを考える必要を感じなかった。
だが、今姉のドリファに言われたことで、フラールは初めて「ユージンの恋人」という存在について考えることになった。
そして当然の帰結として、「あちらの世界」にはそれが居てもおかしくないということに気付いた。
「……知らない、わ」
姉の質問に、何とか返答をしたフラールだったが、その心中は荒れていた。
自分でもその理由は判然としなかったが、もしユージンに恋人がいたら、と考えると、非常に落ち着かない気持ちになるのだ。
そんな妹の心中を概ね察したドリファは、まずはこの辺りか、と判断した。
この先は、一旦落ち着かせて、自覚させた方が良いだろう、ということだ。
ドリファはお茶を一口飲んで、話題を転換する。
「そういえば、勇者様の仲間には他にも女の子が2人いたわね。あの子達はどんな子なの?」
「え?ああ、私より一つ下の子が、一級魔法士のゾーイよ。私も途中まで知らなかったんだけど、あのカルサイ伯爵令嬢よ」
「え、そうなの。貴族令嬢でありながら一級魔法士になったという、あの……。でもパッと見た限りでは普通の子に見えたわね」
「変わってはいるわよ。一人称は『ボク』だし、喋り方も独特だし。ただ、常識が無いわけじゃないし悪い子じゃないわ」
「そう……もう1人の小さい子は?」
「あの子は、フレイヤ。まだあまり世間に公表はされてないんだけど、ヴァナル王国の王家の末裔よ」
「……ええ!?」
ドリファは、目を丸くして本気で驚いた。
さすがにその辺りは軽々しく広めるわけにもいかなかったため、イサークはドリファにも伝えていなかったのだ。
「な、なんでそんな子が一緒に行動を?」
動揺する姉に苦笑して、フラールが事の経緯を簡単に説明する。
ネアン帝国東の端の村で、双子に出会ったこと。
2人が、学術国家ミッドフィアの変態魔法士ロキの弟子だったこと。
聖剣入手の代わりに、2人を同行させることになったこと。
とある筋からの情報で、2人がヴァナル王家の末裔かもしれないと分かったこと。
旧ヴァナル王国で、2人が王国再興派に攫われたこと。
ユージンが2人の意思を聞くために、アルセドに乗り込んだこと。
2人が、ユージンについて行く事を決めたこと。
フラールの長い説明を聞いたドリファは、前のめりになっていた体勢を戻して椅子の背もたれに寄りかかり。
「フラール貴女、すっごい冒険してきたのね」
呆れたような、感心したような気分で、ドリファはそう言った。
フラールは、姉の反応に苦笑する。
「私も、今話してて自分でもそう思ったわ」
「皇女として甘やかされて育った貴女が、よく投げ出さなかったわね」
「甘やかされてって……まあ否定はしないけど、姉様もでしょ。それに、投げ出すことなんてできないわ。だって――」
フラールはそこで言葉を切って、表情を改めた。
「だって、この世界に何の責任もないユージンが、死ぬ気で頑張っているのよ。ネアン帝国を守る義務がある私が、逃げ出すわけにはいかないわ」
「……フラール」
そういえば、昔からこの妹はプライドも高いが責任感も強く、変に頑固だったな、と思い出すドリファ。
変わったように見えて、本質は変わっていないフラールに、ドリファは姉として優しい眼差しを向けるのだった。
◆ ◆ ◆
魔王城に至る山地の攻略方法について良い案が出なかったユージン達は、ひとまず話し合いを終了して、トリトル城の案内をされていた。
そこに、城下から戻って来たディストラとユング、ニルガルドが合流する。
「ん?もう戻って来たのか?」
「主要な市場は見て回ったからね。さすがに住宅や職人街を隅々まで回る気はないよ」
「そうか」
「ユージン達は、話し合いは終わったの?」
「んー、まあ一旦はな。後で詳しくは話すが、なかなか最後の道のりの攻略案が浮かばない」
「そっか。まあ、まだ誰も足を踏み入れたことがない地だし、難しいね」
そうして会話をしていた所で、ディストラがふと思い出して、声を落としてユージンに耳打ちする。
「そういえば、さっき城下でライリーを見かけたんだけど、知らない男と親しそうに話をしてたんだよね」
「ああ……、もしかしたら、昨日ライリーと話していた騎士かもな。多分、元々ネアン帝国でドリファ皇女の護衛をしていた騎士で、皇女の輿入れに同行してこっちについてきたんじゃないかって思ってる」
「なるほど、かつての同僚ね。なんだ、そういうことか。なんでこんなところに知り合いがいるんだろう、って思ってたんだよ」
「まあただの推測だけどな」
「ライリーが珍しく帝国騎士の制服じゃなかったけど、旧友と連れ立つのに目立ちたくなかったからかな」
ディストラの言葉に、ユージンは眉をひそめる。
「ん?制服じゃなかったのか?」
「うん。普通の市民みたいな服だったよ」
「……そうか」
ユージンは、何となく違和感を覚えた。
ライリーの性格上、友人と連れ立って物資の補給をするとしても、多少帝国の制服で目立っても気にしないと思ったからだ。
何か目立ちたくない理由でもなければ――。
――ここだとまずいな。
昨晩の、ライリーと話していた騎士の言葉がユージンの脳裏を過った。
「(……いやまさか、ライリーに限って)」
何か良からぬことを画策しているのではないか。
そんなことを想像してしまったユージンは、頭を振ってその考えを振り払う。
証拠もないのに、仲間を疑うつもりはない。
――まあ、少しは様子を気にするけれど。
そう自分の中で結論付けたユージンは、城下に何か面白いものがあったかをディストラに訊ねるのだった。
◆ ◆ ◆
その日の夕食時。
今日はユージン達に気を使ってか、晩餐会自体が行われず、ユージン達は自分達だけで気軽に夕食を摂っていた。
そこで、フラールから提案、というか伝言が伝えられる。
曰く、ドリファが、明日はフラールに加えてユージンと話をしたいと要望しているとのことだった。
ユージンは若干面倒に思うものの、フラールの顔を立ててそれを承諾する。
そこに口を挟んできたのはゾーイだった。
「えー、ユージンだけ王妃様とお茶会~?ずる~い」
もちろん、いつもの軽口のつもりだった。が、予想外だったのはフラールの反応だ。
「なら、貴女も来る?ゾーイ」
「え?いーんですか?」
「ええ。姉様は、お茶会が好きだったから。女性との会話は歓迎するはずよ。フレイヤもどうかしら?」
「え、と……」
突然の勧誘にフレイヤが戸惑っていると、代わりにユングが口を開く。
「え、女だけなのか?俺は?」
「まあ来たいのなら止めはしないけれど、姉様はああ見えてマナーにはうるさいわよ?」
「あーっと、そういえば明日は、この国の魔法士の訓練方法を教えてもらうんだったっけ」
ユングはあらぬ方を向いて、一瞬にして意思を翻した。
フラールは続けてディストラとライリーにも視線を遣ったが、2人とも丁寧に辞退した。
「っつーか、俺にマナーを求められても困るが」
「ユージンは姉様が呼んだんだから、大丈夫よ」
「さいで」
と、そんな会話が行われた翌日。
昨日はドリファとフラールが2人でお茶を飲んでいた部屋に、今日はユージン、ゾーイ、フレイヤも加わって、円卓を囲んでいる。
自分以外が女性――しかも貴族、という状況に今更ながらに気づいたユージンは居心地の悪さを感じるものの、極力面に出さないように努力しつつ、ドリファに挨拶をする。
「えー、今日はお招きいただきありがとうございます」
その型通り過ぎて逆に新鮮味すらあるユージンの言葉に、ドリファはクスリと笑い。
「こちらこそ、お応えいただきありがとうございます。改めまして、フラールの姉のドリファです」
ドリファはそう言ってユージンに頭を下げた後、彼の隣にいる少女達に視線を遣った。
それを受けて、まずはゾーイが礼をする。
「初めてお目にかかります。ゾーイ=カルサイです。ネアン帝国一級魔法士で、ルキオール様の教え子の一人です。一応、カルサイ伯爵家の生まれです」
フラールに対するよりも、もう少し丁寧な態度を示すゾーイ。
「初めまして。貴女の噂は、ルキオール様から少し聞いていたけれど、普通に可愛らしいお嬢さんね」
「へ?いや、えと……ありがとうございます?」
ドリファの言葉に虚を突かれたゾーイは、反応に窮して疑問形の返事をした。
それは気にせず、ドリファはフレイヤに目を向ける。
フレイヤは、いかにも淑女の礼をとり。
「初めまして、ドリファ様。フレイヤ=ヴァンと申します」
その少女らしからぬ態度にドリファは少し驚いた様子だったが、すぐに微笑んで。
「初めまして、フレイヤ殿下。貴女のことは、一通りフラールから伺っています」
「え……と」
この国の王妃であり、ネアン帝国の皇女であった女性から、かなり丁寧な「王族」対応をされたフレイヤは反応に困る。
それを見て、ドリファはすぐに口調を変えた。
「ふふ。普通の子と同じように接した方が良さそうね?貴女も、畏まらなくて良いわよ。フラールと同じくらいに接してちょうだい」
そうして笑顔を向けるドリファに、フレイヤはホッと一息吐いたのだが、そこにユージンが余計な口を挟む。
「それなら、『ドリファお姉ちゃん』って呼ぶことになるな?」
「ユージンお兄ちゃんっ!」
楽しそうに指摘したユージンに、フレイヤが抗議の視線を向けた。
そのやり取りを見たドリファは、フラールに視線を向け。
「フラール、貴女『お姉ちゃん』って呼ばれているの?」
「そうね、フレイヤとユングからはそう呼ばれてるわ」
「へぇ。それで、勇者様は『お兄ちゃん』な訳ね」
面白そうにそう言うドリファに、フレイヤは恐縮する。
「すみません、分もわきまえずに……」
「え?ううん、良いのよ?むしろ、フラールのことをそんなに慕ってくれてありがとう。姉として嬉しいわ。でも、あのフラールがねぇ」
「何よ?」
「我儘で甘ったれだと思ってたけど、成長してるのね」
「……私ももうすぐ17よ?いつまでも子供じゃないわ」
「ふふ。そうみたいね」
不満気に口を尖らせるフラールに、ドリファは微笑むのだった。




