第101話 ドリファとフラール
前話のあらすじ:
ユージン達はトルハイム王国でそれぞれに行動し、フラールは久しぶりに姉と再会した。
ルキオールが、ネアン帝国皇帝の息子であることを知らなかった――。
そう告白したフラールに対し、ドリファは首を傾げる。
そして暫くの思考の末に、その言葉の意味を理解して、焦り始めた。
「え、え?ウソ。知らなかったって……知らなかったの!?」
「そうよ。だって、誰も教えてくれなかったもの」
フラールは口を尖らせて、珍しく拗ねた様子を見せた。
普段は、一応帝国の皇女として、毅然とあろうとしているため、このような表情を見せることはほとんどないのだが、相手が小さい頃からもっとも信頼していた姉とあり、甘えが出ているのだ。
それはともかく、ドリファは混乱の極致にあった。
ルキオールが自分達の異母兄であることは、常識であると認識していた。まさか貴族が――しかも妹が――それを知らないなどとは思ってもいなかった。
だが、よくよく考えれば、フラールはその交友関係の狭さもあり、貴族の常識を知らないことも多々あった。それをフォローするのは、姉である自分の役割で。
ドリファは、過去の自分の失態に呆然としてしまった。
それを見て、フラールが苦笑する。
「でも、まあユージンのおかげで知ることができたから今は別に気にしてないわ」
「……勇者様のおかげ?」
何故そこで全然関係ないはずの勇者の名前が出てくるのか――。
そんなドリファの疑問に、フラールが当時の状況を軽く説明する。
「ユージンが、兄様とルキオール様の関係に気付いて、聞いてくれたのよ。兄様は、簡単に認めたわ」
「……そう。確かに、あの2人は――フラールも含めて、お父様の瞳の色を受け継いでいるものね。でも、そうしたら、フラール貴女驚いたでしょう?」
「ええ……それはもう」
嘘である。
驚いたのは驚いたが、それはルキオールが異母兄であった事実にではなく、イサークがそれを簡単に認めたことにである。フラールはそれ以前に、ウラバン子爵子息によって事実を知らされていたから。
だが、フラールはその元婚約者の件については、姉には秘密にすることにした。姉がそれを知れば、フラールに事実を教えていなかった自分を責めることは容易に想像できたからだ。
だから、ユージンから知らされた、ということにしたのだが。
「フラール、何か隠してない?」
姉の目には、妹の不審な反応など、お見通しであった。
しかしフラールは首を振り。
「ううん。隠してないわよ?」
笑顔で返す。
もちろん、姉がそれを信じるとは思っていない。だが、深く追求してくるとも思わなかった。
そのフラールの想像通り、ドリファは少し意外そうな顔をした後に、フッと微笑んだ。
「(何でもかんでも私に相談して来ていたあのフラールが、私に隠し事なんて……。成長したのね。……ちょっと寂しいわ)」
そんなことを考えながら、ドリファは話題を移す。
「ところでその勇者様だけど、一体どんな方?昨日少しお話しした限りでは、年齢の割に堂々としてると思ったけれど」
姉のユージンに対する評価に、フラールが思わず笑った。
「堂々としてる?姉様、好意的に見過ぎよ。あれは、不遜っていうのよ。図々しいって言っても良いわ」
フラールのユージンへの扱き下ろし様に、ドリファは再び意外さを感じた。
昔からフラールは確かに毒舌気味ではあったが、それは主に彼女のことをよく知らないのに批判する人間に対してであり、仲の良い人間を悪し様に言う事はなかった。
ならばあの勇者ユージンが、フラールのことをよく知らないかと言うと、そんな事はないとドリファには断言できた。
ここまで長い間、一緒に旅をしてきたのだから当たり前ではあるが、それがなくとも、2人の間に確りとした信頼関係があるのが、昨日の僅かな会話からでも容易に察することができたからだ。
それだけの深い仲であるのに、大っぴらに批判できるというのは、つまりそれを口にしても関係が壊れない、という信頼がある事に他ならない。
これまで、家族以外に本音をほとんど出してこなかった妹が、それほどの信頼を置く人間が現れたことは、姉として素直に嬉しかった。
そして同時に、別の心配――というか好奇心が湧いてきた。
そのため、ドリファは慎重にフラールに質問を重ねる。
「あら、そうなの?あの年で、国王相手に気圧されないのは、それはそれで立派だと思うけれど」
「気圧されない、で済めばいいんだけどね。ユージンったら、兄様にまで喧嘩を売ったのよ?兄様は気にしてないどころか逆に評価してたけど、全く、こっちは気が気じゃないわよ」
「お兄様に、喧嘩を……。それは、確かにちょっと危ない橋ね。でも、そんな性格なら貴女も心配よね」
「心配……」
ドリファにそう言われて、フラールは少し考えるように言葉を区切った。
そして、少し悲しそうな顔になって。
「そうね。いつか本当に死んじゃうんじゃないかって、思う時があるわ」
予想よりも重いフラールの回答に、ドリファは勇者の情報を思い返す。
辺境の地に居る彼女が得られる情報は、多くない。
何せ、ネアン帝国からこの地まで、早馬でも3か月程かかるのだ。通常ルートで得られる情報は、量も少ないし、時期も大幅に遅れる。
それを解消するために『伝令鳥』があるが、国防の観点から、如何に王妃といえどもそう頻繁に国外とのやり取りができるわけではない。
それでも、最も価値のある情報は、母国にいる兄イサークから半年に1回くらいのペースで送られれてくる『伝令鳥』であった。
その『伝令鳥』によって最近兄から伝えられた情報の中には、勇者に関するものが少しだけあった。
1つ目は、およそ9か月前、ネアン帝国が勇者を召喚した頃のもの。
イサーク曰く「召喚した勇者の実力は高くなく、魔王を倒せるレベルではない。ただし、やる気はあり、相応の訓練を積めば、モノになる可能性あり」とのことだった。
勇者召喚については、魔王との戦いの最前線にいるドリファも他人事ではないため、期待をしていたのだが、兄の言葉に勝手ながら少々失望したのを覚えている。
そして2つ目は、およそ3か月前、一旦ネアン帝国に呼び戻された勇者が、再び帝国を旅立った後のもの。
イサークは、「ルキオールですら倒しあぐねた悪魔を打ち倒すほどに、勇者は成長している。彼が所有する聖剣の力が大きいようだが、彼自身の不断の努力を評価しないわけにはいかない」とコメントしていた。
ネアン帝国というとてつもないものを背負う身として、自分にも他人にも厳しいイサークが、手放しで他人を褒めるのも珍しかった。
それだけ、ネアン帝国に現れた悪魔は強大であり、それを倒した勇者を高く買っているのだろう、と、その時のドリファはそう思っただけだったが――。
今のフラールの表情を見て、ドリファは勇者の成長の「過程」が、今更ながらに気になった。
召喚された直後に、魔王を倒せるレベルではないと断じられた少年が、たった数か月で、帝国が倒せなかった強力な悪魔を倒すまでに至ったのだ。
もしそれが、天賦の才であるとか、特殊な能力に依ったものでないとするならば――、
どれだけの努力をして、あの少年は今居る場所に辿り着いたというのだろう。
ドリファはそれを想像し――、先程のフラールの悲しそうな表情がそれを裏付けている気がして――、ゾクリと背筋を震わせた。
◆ ◆ ◆
同じ頃、その勇者ユージンは。
ゾーイ、フレイヤと共に、ここトルハイム王国から魔王城までの地理について説明を受けていた。
地形としては、先程王城の尖塔から見渡した通り、王都トリトルから北に30kmほどの所までは森が切り開かれて町なり村なりが点在しているが、その先は鬱蒼とした原生林に覆われている。
広大な森林地帯のその先に、高山帯が連なっており、山脈に入るまでの森林の長さは、直線距離で10km程度である。平地であれば2時間も歩けば踏破できる距離だが、それが原生林となれば丸1日かけても突破は不可能だろう。
しかも、植生以外の地形的な要素を踏まえれば、直線的に進むことができない場面も多くなる。
加えて、ここはただの森林ではなく、もはや悪魔の領域――魔境である。当然、獣魔や悪魔の襲撃もあるだろう。
少なく見積もっても6日。森林突破にかかる時間についての、トルハイム王国の騎士の意見はそのくらいであった。
「我々も、魔境の浅い地域へは定期的に調査隊を派遣しております。その調査によって、森林地帯の地形や植生、獣魔や悪魔の襲撃などを勘案した進行速度が、2日で森林地帯の3分の1程度です。ここまでが、我々の進むことができた領域です。この日数から、森林地帯を突破するためには6日としました。しかしながら、魔境の深部――残る3分の2の部分がどうなっているのかの情報を、我々は持っていません。それによっては、進行速度は全く変わるかもしれません」
騎士の説明に、ユージンが唸る。
「普通に考えたら、深部の方が悪魔や獣魔の襲撃頻度は上がるよな」
「そうですね。地形自体は、自然の原生林なので進行速度が大幅に変わるようなことはないと思いますけど」
地形について意見を述べたフレイヤに、ゾーイが指摘する。
「でも、悪魔が手を加えてないとも言い切れないよね。あの魔王城を見る限り、それなりの土木技術はありそうだし」
「そうですね……」
「その辺りの情報は全く無いのか?」
ユージンの質問に、騎士が眉間に皺を寄せつつ答える。
「全く無い訳ではないのですが……。一応、偵察魔法を飛ばして上空から観察したりはしましたが、その限りでは、森林地帯に特段変わった部分は見当たりません。ただ、高山地帯に入る辺りで毎回悪魔に発見されて、魔法は打ち消されてしまうのです」
「なるほど。それから推測すると、森林地帯と高山地帯の間に防衛ラインが引かれていそうだな」
「そ~だね。罠を張るなら森林の方が都合が良さそうだけど、なにか事情があるのかな?」
「もしかすると、罠を張る、という発想が無いのかもしれませんね。これまで戦ってきた悪魔は、基本的に力押しばかりでした」
フレイヤの意見に、ユージンが頷く。
「確かにな。そういえば、シグルーンも悪魔は基本的に頭を使うのが苦手みたいなことを言ってたな」
「いえそこまでは言っていなかったかと……。人間社会に溶け込むのは苦手、と言ってましたね。ただ――」
「魔王の参謀の作戦なら、なくもない、とも言ってたね☆」
フレイヤの言葉をゾーイが引き継いだ。
ユージンは、それを聞いて、ふむ、と顎に手を当てる。
「奴らの本拠地である魔王城とその周辺――魔境に、その参謀が何もしていないとは思えねえな」
「そ~ね」
「わたしもそう思います」
「とすると、森林に本当に何もないのか、あるいはパッと見分からない何かしらの罠が仕掛けられているのか、もしくは罠を仕掛けられない事情があるのか――さっぱりだな」
お手上げ、とばかりにユージンが肩を竦めた。
「出たとこ勝負?」
ゾーイの質問に、ユージンが苦い顔をする。
「それは避けたいけどなあ。だが今のところそれしかない」
「もう少し、その参謀という悪魔の情報があれば、多少は予測もできるかもしれませんが……」
フレイヤも、ユージン同様に顔をしかめた。
とそこで、それまで静かに3人の話を聞いていたトルハイム王国の騎士が、口を開く。
「魔王の参謀――それは、もしかすると『偉才なる韋駄天』と名乗る、悪魔ルーズニルかもしれません」
「ルーズニル?」
「偉才なる韋駄天?」
ユージンとゾーイが同時に、別の名詞に食いついた。
ただ、ユージンは何か心当たりがあっての発言ではなかったため、ゾーイに発言を促す。
「何か心当たりがあるのか?」
「前に、ネアン帝国の王宮に侵入して、魔道具を奪った悪魔……それが、確か『偉才なる韋駄天』とかそんな名前を名乗ってたと思う」
ゾーイの言葉に、ユージンは首を捻る。
「参謀が、自ら敵地のど真ん中に潜入してきたのか?」
「さあ、ボクにもホントかどうかは分からないけど……。でも、確かに『韋駄天』を名乗るだけあって足は速かったよ」
ふむ、と頷き、ユージンはトルハイム王国騎士に訊ねる。
「何であなたはその悪魔が参謀だと思ったんだ?あと、何で悪魔の名前を知っている?」
「悪魔ルーズニルは、あの魔王城ができた直後くらいに、我が国に堂々と宣戦布告をしてきたのです。その際に、名前と二つ名を名乗っていました。悪魔ルーズニルを参謀と思ったのは、戦場では奴は常に悪魔たちに命令をする立場だったからです」
「それだと、参謀というよりも将軍という感じだな」
「そうですね。ただ、悪魔の中では作戦立案などができる者はかなり少ないようで、捕らえた悪魔に尋問した結果、作戦などは全て悪魔ルーズニルが取り仕切っていたとのことです」
「なるほど。という事は、あなた達は敵の参謀をそれなりに知ってる訳だな?」
ユージンの質問の意図を汲んで、騎士は頷いた。
「直接の会話はほぼありませんが、我々との戦いにおける作戦では、罠を使うような事はほぼありませんでした。奴の作戦は、こちらの裏を掻くというよりは、戦力の適切な配置やフォローといった表面上のものがほとんどです。それゆえ、我々でも奴らと戦えています」
「確かに、目と鼻の先に魔王城がありながら、良く耐えてるよな。帝国程の国土も国力もないのに」
ユージンが失礼な感想を言ったが、騎士は気にした様子はなく、むしろ誇らしげに。
「兵の数では帝国にはまるで及びませんが、その代わり、個々の能力では帝国騎士にも負けるつもりはありません」
まだ20代と思われる騎士の自信に溢れた言葉に、ユージンは納得した。
ここは、新たな土地を切り開いて造った地だ。元々人間の住処ではなく、獣魔が蔓延っていた領域を開拓しているのだ。
永い事人間の土地であり、安定した地であるネアン帝国周辺とは、危険度がまるで違う。
兵士達は、獣魔との戦いで生き残るために必死で訓練を行う。
負ければ、死ぬのだ。訓練への身の入れ具合は他の国と比較にならない。
一応、ネアン帝国の兵士も、周辺他国と比較すれば、それなりに高いレベルを保っている。
何故安住の地で兵士のレベルを保てているかといえば、それは伝統と誇りによる。
ネアン帝国は歴史が長いだけあり、正攻法の兵法における訓練は洗練されており、効率が良い。
加えて、世界の覇者としてのプライドがある。年に数回行われる友好国との親善試合において、無様な姿を晒すわけには行かないのだ。
そのため、訓練にも力を入れているのだが――やはり、目の前に命の危険があるトルハイム王国の兵士とは本気度が異なった。
トルハイム王国の兵士は、騎士達の憧れである近衛隊はもちろん、一般兵まで粒ぞろいである。
生き残るためには、やらなければならない。それが、彼らを強くした。
悪魔に対しては、兵の数よりも質が重要となる。
トルハイム王国がここまで悪魔と戦ってこれたのは、そういう理由であった。
そしてユージンは、そんなトルハイム王国の在り方に親近感を覚える。
力を得るのは、目的ではない。
生き残るため、誰かをまもるために必要だから、力を欲するのだ。
例えそれが、自らの身を滅ぼしかねない力だったとしても。




