第100話 予兆
前話のあらすじ:
ユージン達は大陸のフロンティア、トルハイム王国に到着した!
派手なことは嫌いだというユージンの好みに応じて、トルハイム王国に着いた日のユージン達の歓迎の晩餐会は、小規模なものとなった。急な話なので、準備が出来なかったというのもあるが。
トルハイム王国側で参加したのは、王と王妃はもちろん、1人だけいる側妃、宰相等の国の重鎮が数名。
ユージンの興味は、自然と側妃に向いた。一夫多妻制自体は珍しくないが、会食の場に側妃を連れて来られたのは始めてだったからだ。
王妃の妹であるフラールの前に側妃を連れて来るとは、トルハイム王もいい根性してるな、とユージンは感じたが、別にこの世界では普通のことなのかもしれない。フラールは特段気分を害した様子はなかった。
それよりも、フラールが気にしているのは、ユージンにも薄々感じられる王と王妃の微妙な雰囲気であった。
険悪、という訳ではない。ただ、何となくよそよそしい。
お互いを嫌悪しているという感じでもなく、遠慮しているようにも見える。
「(ま、政略結婚だし、性格の不一致はあるよなぁ)」
側妃の存在がそうさせるのか、とも思ったが、王妃と側妃は普通に会話をしており、それなりに関係は良好なようだ。
まあ、裏でどう思っているのかはユージンには判断できないが。
ただ、王との会話は王妃よりも側妃の方が円滑にいっているようである。
王と王妃が合わないからそうなったのか、王が側妃を贔屓(?)しているから王妃との間がぎくしゃくしているのかは分からないが――。
「(俺が気にする事じゃないか。実害があるわけでもないし)」
ユージンはそう考えて、トルハイム王の夫婦関係については気にしないことにした。
だが、この夫婦関係に起因するごたごたに巻き込まれることになるとは――、この時のユージンは微塵も考えていなかった。
◆ ◆ ◆
晩餐会を終えて、用意された自室で一息吐いたユージンは、昼間の出来事を思い返す。
裏切り者。
この部屋に案内されるときに聞いてしまった、侍女からライリーに向けて放たれた言葉だ。
何とも穏やかではない上に、およそライリーからは程遠い呼称に思えた。
何せ、ライリーといえば真面目で融通が利かないの代表のような男だ。
一応ユージンの我儘に対応することはあるが、基本的に旅の行程の変更は許さない。
一方で、上官――というか作戦責任者のイサークの言うことには一切反論しない。軍人の鑑のような存在らしい(ディストラ談)。
絶対的な存在である皇族のフラールに対しても、その身の安全とイサークの命令を最優先に考え、必要であればフラールにも意見するなどの対応をしているが、それも本人としては心苦しく思っているようである(フラール談)。
そんな堅物ライリーが、誰かを裏切るとは容易には想像できなかった。
いや、イサークの命令で動いていたというなら簡単に納得できるが、それも考えにくい。
あの侍女の物言いでは、ライリーが裏切ったのは、姫――ネアン帝国第一王女であったドリファ姫であろう。
であれば、イサークがライリーに妹であるドリファを裏切るように命令したという事になってしまう。
「(……いや、事情によってはやりかねんな、あの人は)」
ユージンは、先程の自身の考えをあっさりと翻した。
状況次第で、イサークは妹を裏切るようなこともしそうである。もちろん、国や国民のためであろうが。
「(う~ん、でもいくら皇太子の命令でもな……。自国の姫を裏切ったりするか?いや、軍人の鑑とはそういう存在なのか?というか、裏切る、という言葉が何を指しているのかにもよるか)」
直接自分に関わることではないとはいえ、仲間が裏切り者と言われては気になってしまうユージン。
「(よし、訊くか!)」
だが結局、自分で考えていても答えは出ないので、ユージンは直接ライリー本人に訊くことにした。
夜も更けてきたので、あまり音をたてないように気を付けながらユージンは自室を出る。ライリーの部屋は、棟の入り口側――と考えながら廊下の先に視線を向けたユージン。
「(ん?)」
その先で、ネアン帝国の騎士の制服の背中が角を曲がるのが見えた。
このトルハイム王国で、ネアン帝国の騎士の服を着ている人物など1人しかいない。
「(タイミングが悪かったか。しかしライリーはこんな夜に何の用事だ?)」
何となく興味が湧いたユージンは、ライリーの後を追ってみることにした。深入りするつもりはないので、散歩がてらくらいの気持ちであるが。
廊下の端まで行き、ライリーが曲がった方に顔を向けると、その先の廊下で2人の騎士が話をしていた。
1人はもちろんライリー。もう1人は、トルハイム王国の騎士だろう。ただ、城内を巡回している騎士の服とは色が異なっているが。
その騎士が、ライリーに向かって破顔して話しかける。
「久しぶりだな、ライリー。元気そうだな。勇者のお付きなんて大変じゃないか?」
「もちろん楽な仕事ではないが、やり甲斐はある。そちらこそ、慣れない土地での護衛任務は大変ではないか?」
ライリーも、騎士に向かって気安い表情を向けてそう言った。普段から表情も硬い彼にしては珍しい。
会話から察するに、2人は顔見知りのようだ。ライリーは大陸西部に来たのは初めてということだから、2人が過去に会ったのはネアン帝国内かその周辺だろう。
トルハイム王国の騎士がネアン帝国に出張した時に会ったのか、とも思ったが、それにしてはライリーの態度が友好的過ぎる。
加えて、ライリーの「慣れない土地」という発言。
これらから推測されることは、ライリーと話しているトルハイム王国の騎士は、元々ネアン帝国の騎士であったということである。
おそらくドリファ皇女の輿入れ時に、元々彼女のお付きだった侍女や護衛だった騎士等も、数人こちらに付いてきたのだろう。
ユージンのそんな考えを余所に、トルハイム王国の騎士は肩を竦めて返事をする。
「国にはすぐに慣れたから、別に問題はないさ。ただ、それ以外でちょっとな……」
そしてやや深刻な表情になった騎士に対して、ライリーも表情を改める。
「何か問題が?」
「……ここだとまずいな。ちょっと来てくれ」
聞かれるとまずい話をするつもりなのか、キョロキョロと周囲を窺った騎士の視線が、ユージンを捉えた。
ユージンは、さも今たまたま通りかかりましたよ、という雰囲気でチラリと視線を2人に向けた後、ゆっくりと背を向けて歩き出した。
その後ろ姿を、ライリーと騎士が見送る。
「話を聞かれたか?」
「そうかもしれない。が、別に問題はないだろう」
「……そうか」
煮え切らない態度の騎士に、ライリーは内心で首を捻るのだった。
◆ ◆ ◆
その辺りから、ユージンは何となく嫌な予感がし始めてはいた。
国王夫妻の夫婦仲だけならまだしも、王妃付きの騎士が、かつての同僚に不穏な表情で相談を持ち掛けていたのだ。
ライリーが何かに巻き込まれるかもしれない、という不安は少しあった。
ただ、おそらく気にしすぎだろうと考えて、自室に戻ったユージンは、ささっとシャワーを浴びてベッドに潜り込むのだった。
◆ ◆ ◆
翌日、朝食を摂った後の一行は、別行動をとることになった。
ユージンは、この国の騎士や魔法士から、この国の先にある悪魔の支配する土地――通称「魔境」に関する情報を得ることにしていた。
フラールは、予定通り姉ドリファとゆっくり話をするらしい。ライリーは、物資の補給と情報収集のために城下に出るとのこと。それを聞いたユングが、自分も街に出たいと言い出し、ディストラがそれに付き合うことになった。ニルガルドもお守りとしてユングの肩の上に乗る。
ゾーイとフレイヤもそれに同行するのかと思いきや、2人はユージンと一緒に行動すると言ってきた。
特に断る理由もないので、ユージンはそれを了承する。
そんな訳で、ユージンは現在、ゾーイ、フレイヤと共に王城の尖塔の天辺に立っていた。
いや、天辺というと語弊がある。尖塔には尖った三角屋根がついており、その上に立っているわけではない。
屋根の下の展望台ともいうべき場所から、ユージン達は北方を眺めていた。
「森と、山だな」
ユージンが率直な感想を口にした。
その言葉通り、トルハイム王国の王都から北には、森林を切り払った土地にいくつかの町や村が存在していたが、その先は広大な原生林が広がっていた。
そして、さらにその先からは地面が盛り上がり、山脈が形成されている。
その植生に乏しい山脈の中腹に、「それ」はあった。
肉眼では米粒程度の大きさにしか見えないが、それこそが悪魔の統領、魔王が居城。
通称「魔王城」であった。
「あれが魔王城か……」
ついに最終目的地を肉眼で捉えたユージンが、感慨深げに呟く。
「やっとここまで来たね~」
隣に立つゾーイも、遠くの山に目を凝らして同意した。
「ただ、まだあの森林を抜けなければいけないんですね」
フレイヤが、この先のことを考えて少し憂鬱そうに言った。
彼女の言う通り、これまでと違って、この先にはまともな道はない。馬車で進めないのはもちろんだが、騎馬で進むのにも困難が伴うだろう。場合によっては、道なき道を徒歩で進むしかないかもしれない。
「まあ、今日はその辺りの知識を教えてもらうつもりだ」
ユージンはそう言って、場内を案内してくれている騎士に視線を向けた。
騎士は1つ頷いて。
「我々も、あの魔境には何度も調査に行っています。そこで得てきた情報は、勇者様の助けになると思います」
「頼むぜ」
今日も今日とて偉そうなユージンだったが、相応の実力がついた今となっては、その自信が頼もしく見えてくるから不思議である。
トルハイム王国の騎士は、自分よりも明らかに年下の勇者に一種の覇気を感じ、ごくりと唾を飲み込んだ。
そしてその様子を、ゾーイとフレイヤは満足そうに眺めるのだった。
◆ ◆ ◆
一方その頃、王城の最上階に程近い、王妃の居室にて。
部屋の主である王妃ドリファが、妹フラールと向かい合ってお茶を嗜んでいた。
ドリファは、久しぶりに会った妹に色々と訊きたいことがあった。
自分がこの国に嫁いだ後、ちゃんとやっと行けていたのか。
ウラバン子爵子息という、パッとしない貴族と婚約し、しかも解消したのはなぜなのか。
そもそもだが、なぜ勇者の旅に同行しているのか。
ここまでの旅で辛いことはなかったか。
勇者との仲は――等々。
しかしいっぺんに訊いてもフラールを混乱させるだけなので、まずは当たり障りのないところから話を始める。
「最近のネアン帝国はどうかしら?一応、『伝令鳥』の報告がお兄様からは来ているけれど、貴女の目から見て」
姉に問われ、フラールは少し考えた後に。
「そうね、うまくやってるんじゃないかしら、兄様も、ルキオール様も――」
と、そこで言葉を止めて、やや複雑そうな表情になるフラール。
ルキオールが、実は半分自分の兄であったことを思い出したのだ。
「どうしたの?」
「ううん、なんでも――。いえ、一応、姉様には言っておくわ」
フラールが改まった表情になったことで、ドリファも少し姿勢を正す。
「あのね、私、ルキオール様が父様の息子だってことを知らなかったのよ」
「……はい?」
そしてフラールの告白に、大きな疑問符を浮かべるのだった。




