第99話 トルハイム王国
前話のあらすじ:
500年前の魔王の遺物を倒したユージン達はサガエン国を出発した!
サガエン国を出国したユージン達は、大陸の西部を北上していた。
しかしその道のりは、東に行ったり西に行ったり、時には南に逆戻りしなければならないこともあった。
というのも、大陸西部は、東部と比較して起伏に富んだ地形をしているのだ。そのため、南から北に向かう道も、単純な直線路ではなく、山や谷を大きく迂回するように整備されていた。
そして、その曲がりくねった道々を進み、徐々に強力になっていくように感じる獣魔を倒しつつ、幾つかの国を越えたその先に、その国はあった。
トルハイム王国。
人間の勢力圏の最果てに位置する、フロンティア。
新たな土地を切り開き、新天地と呼ばれたその国は現在、皮肉にも悪魔との戦いの最前線とも呼ばれていた。
そのトルハイム王国の王都トリトルの外壁を見て、ユージンは感心したように呟く。
「おお、厳重だな。アルセドの外壁みたいだ」
その声を受けて、御者台の隣に座っていたフレイヤが、頷いた。
「ヴァナル王国も、ここトルハイム王国も、獣魔の脅威が比較的大きいと言う共通点があります。そのため、似たような強固な外壁を築いたんだと思います」
「ん?ヴァナル王国の辺りは、千年前と500年前の悪魔の影響で、獣魔が多いんだよな?何でこの辺りも獣魔の脅威が大きいんだ?確かにこの辺りの獣魔は強い気はするけど……。今回の悪魔出現以降の話じゃないよな、外壁ができたのは」
「千年前や500年前の悪魔の影響による獣魔は、ヴァナル王国周辺だけでなく、全世界に拡散したとされています。もちろん、ヴァナル王国周辺には最も多くの獣魔が居ましたが、悪魔の黒い魔力は、獣魔から獣魔に拡散し、世界的に広まったらしいです。ただ、その後、人間が居住する区域では当然獣魔が討伐され、強力な獣魔は減っていきます。一方で、人間が居ない地域では、逆に獣魔が増える事もあるそうです」
「なるほど、この辺りは近代まで人間が居なかったから、強力な獣魔がたくさん居たわけだ」
「そうみたいです」
そんな会話をしている間に、一行は検問所に着いた。
鋭い眼光の門番に対応するのは、渉外担当のライリーである。
彼が門番と二言三言話すと、門番は驚いたような顔で、一行を見回し、最終的に馬車の荷台で視線が止まった。
現在は幌をしてあるために中は窺えないが、その中に誰かが居ると予想したのだろう。
「(さて。勇者の姿を探しているのか、それとも――)」
ユージンは、17歳の少年である自分が――実は、マナスカイで3か月、スフィテレンドに来て8か月が経っており、肉体的にはおそらく18歳になっているが――パッと見で勇者に見られないことは自覚していた。ディストラも同じだろう。
それゆえ、門番は馬車の中に勇者が居ると考えたのかもしれない。
あるいは、全く別の人間を探しているのかもしれないが――その場合の筆頭はフラールだろう。
ユージンがそんなことを考えている間に、門番は事務手続きのために、ライリーと共に詰所に入って行った。
待ち時間となったユージンは、後ろを振り返って、荷台に座るフラールに声を掛ける。
「フラール、この国にお前の姉がいるんだよな?」
「ええ、そうよ。現在の王妃が、姉様よ」
「お前が来てることは、知ってるのか?」
「分からないけれど、知ってるんじゃないかしら?今回は私は正式にユージンに同行しているし、兄様が伝えてると思うわ」
「ふうん。……ところで、お前の姉は何でこんな遠い国に嫁いだんだ?政略結婚とは聞いてるけど」
「こんな遠い国だから、かしらね。父様や兄様は、人間の版図を広げることに意欲的よ。そのために、辺境で土地を切り開く国を重要視しているわ。そんな辺境の国の筆頭であるトルハイム王国に、支援の意味も込めて姉様を嫁がせたのよ。姉様がこの国に来れば、ネアン帝国からお金や人材が少なからず集まるわ」
「なるほどな」
「もちろん、政略結婚らしく、帝国にも相応の利益はあるみたいだけどね。この辺りには貴重な金属の鉱山があるらしいわ」
「さいで……ん?」
そこで、ユージンは何かが引っ掛かって首を捻った。
それには気付かずに、フラールが少し寂しそうに言う。
「お陰で、姉様とは殆ど会えなくなってしまったけれど、それは仕方ないわね」
「今回、久しぶりに再会できますか?」
何かを考えているユージンに代わって、フレイヤが質問した。
「たぶん。姉様のことだから、その場は用意してくれると思うわ」
そう言ってフラールが微笑み、ふとユージンが首を捻っているのに気づいた。
「どうしたのよ」
「いや、何かを『政略結婚』って言葉で思い出しそうになったんだけど、思い出せん」
「何よそれ」
そこで門の方から通行するように指示が出て、ユージンは思考を中断して馬車を前進させた。
そうしてトルハイム王国の王都トリトルに入ったユージン達は、衛兵に誘導されるままに進み、あれよあれよという間に王城にまで連れられてしまった。
これまで通過してきた国では、比較的勇者一行に不干渉な国が多かったため、ここまであからさまな誘導は逆に新鮮であった。
ネアン帝国からどんな連絡が行っているのか知らないが、サガエン国での領事の話を聞く限りは、「勇者には積極的に関与するな」ということが大使館などを通じて知らされていたのだろう。
にもかかわらずこのトルハイム王国の対応は、やはりフラールの姉が王妃だからだろう。とユージンは深く考えずに納得して、促されるままに厩舎に馬と馬車を預けた。
そして、ユージン達は大きな荷物を預かられ、なんとそのまま王と王妃に面会することになった。
旅装も解かないままで良いのか?というユージンの危惧に、その方が「それっぽいから」OKという回答を貰い、ユージンは何とも言えない気分になった。
時間をかけずにさっさと終わらせようという、こちらに配慮しての言葉なのか、単に自分達の価値観を押し付けているだけなのか……。
それはこの先の挨拶で分かるだろう、と思いながら、ユージンは謁見の間に足を踏み入れるのだった。
◆ ◆ ◆
「ようこそいらっしゃいました、勇者様。私がこの国の王、リヴス=トルハイムです。大したことは出来ないかもしれませんが、最大限のおもてなしをさせていただきます。ゆっくりと旅の疲れを癒してください」
謁見の間の王座から立ち上がってそう告げたトルハイム王は、まだ30半ばの若い王だった。なんでも、1年ほど前に父王が前線で悪魔との戦いを指揮していた際に殉死してしまい、当時王太子だった現王が、そのまま即位したということだ。
中肉中背で凡庸な容姿をしたトルハイム王からは、あまり威厳というものは感じられなかった。親しみやすさや安心感と言ったものはあるのだが、辺境の厳しい土地にある王国では、王にも厳しさが必要な気がしていたユージンは、他人事ながらトルハイム王が少し心配になった。
だがそんな心中はおくびにも出さず、ユージンはトルハイム王に礼を言う。
「ありがとうございます」
そしてユージンの興味は、王の隣の椅子に座る王妃に移る。
茶色の髪に緑の眼を持つ彼女は、金髪灰眼のフラールとは全く色彩が異なる。ルキオールという前例もあるため、本当に姉妹かと一瞬疑ったユージンであったが、顔の造形は良く似ていた。
「(そう言えば、ネアン帝国の現皇帝は茶髪で灰眼、皇妃は金髪緑眼だったな)」
ユージンは、数回だけ謁見したことのある夫婦を思い出した。そこから考えると、この姉妹の色彩は、綺麗に互い違いになっただけで、特に不審な点はないと考えて良いのだろう。
その王妃が、口を開いた。
「初めまして、勇者様。ドリファ=トルハイムです。妹がお世話になっています」
「いえ、こちらこそフラールの回復魔法にはお世話になってます」
「魔法はともかく、色々と気難しい子ではないですか?」
「ええ、それは否定しません」
「ちょっと!」
定型的な挨拶をしていた所で、フラールからの突っ込みが入り、ドリファの視線がフラールに向く。
「久しぶりね、フラール。貴女が勇者様の旅に同行していると聞いたときは気絶するかと思うほど驚いたけれど、元気そうで安心したわ」
「久しぶり、姉様。私もここまで来ることになるなんて、初めは思ってなかったわ」
「あら?でも、勇者様の最終目的地が魔王城である以上、ここはどうしたって通るでしょう?」
「そうだけど、そこまで考えてなかったと言うか……」
元々は旅の途中で死ぬつもりでした、とは実の姉だからこそ言いづらいものがあるか。
唯一フラールの事情を知るユージンが、そう感じてフラールのフォローをしようとしたところで、トルハイム王が口を挟んだ。
「ドリファ、積もる話はまた後でしたらどうかな?彼らはまだ一息つけていないようだし」
「……そうですね。それじゃあ、フラール、また後で話しましょう」
その夫婦の会話――というか2人の態度に微妙な壁を感じたフラールは、一瞬返事に詰まったが、すぐに気を取り直して頷いた。
「ええ。また後でね、姉様」
フラールがそう締めて、ユージン達は謁見の間から退出するために身を翻す。
その、一瞬だけ。ドリファの視線が、一行の端で跪いていたライリーに向かった。
だがライリーは顔を伏せたまま視線を上げることはなく、そのまま後ろを向いてしまったため、結局2人の視線が合わさることはなかった。
◆ ◆ ◆
久しぶりに姉と会ったフラールのため、そしていよいよ佳境に入る今後の行程を煮詰めるためにも、ユージン達は数日は王都トリトルに留まる予定にしている。
何せ、このトルハイム王国を出たその先は、もう人間の領域ではないのだ。
王国を出て30分も進めば、広大な原生林が始まる。そしてその先に続く高山地帯の中腹に、人間が「魔王城」と呼ぶ悪魔の居城が鎮座している。
今日は快晴でなかったために見えないが、晴れ渡った日にはここ王都トリトルからでも肉眼で魔王城は確認できる。
そこに至るまで、大きな都市はもう存在しないのだ。ここが、最後の補給地点であった。
そんな訳で、じっくりと態勢を整えるために数日間は滞在する予定にしている一行には、トルハイム王国から、1人に1部屋を宛がわれることになっていた。
謁見の間から退出した一行は、侍女に導かれてそれぞれの部屋に案内される。
客間が並んでいる棟の一番奥が上等な部屋らしく、そこにもちろんフラール、対面に一応勇者のユージン、それからユング、フレイヤ、ゾーイ、ディストラ、一番手前にライリーという流れらしい。なお、ニルガルドはユングかフレイヤの部屋どちらかで休むとのこと。
したがって、まずライリーが部屋に通されたのだが――。
たまたま、一番端を歩いていたライリーの横にいたユージンは、聞こえてしまった。
ライリーが案内された部屋に入り、部屋の扉が閉まり切る前に。
ライリーを案内する侍女が、彼に向かってぼそりと囁いたのを。
「よく姫様の前に顔を出せたわね、この――裏切り者」




