第10話 ユージンの(頭おかしい)特訓
ゾーイの魔法攻撃をひたすら耐え、反撃の糸口を探すという訓練の結果。瀕死となり意識も朧気だったユージンだが、フラールの治癒魔法によって数分でほぼ回復を果たしていた。
「ありがとう、フラール。俺にもそれくらいの治癒魔法が使えたらよかったんだけど」
ユージンの治癒魔法への適性を調べた結果、全く無い訳ではないものの、常人レベル、という結果が出ていた。
すなわち、擦り傷を治す程度の魔法ならば使えるが、出血の多い怪我などは手に負えない。
だが、ユージンには特殊能力である「魔力ブースト」(魔力を必要以上に供給して魔法の効果を上げるやり方。ゾーイ命名)があるため、集中力と時間さえあれば、一応はどんな怪我でも治せるらしい。
ただし、放置すれば数分で命を落としかねない大怪我の場合は、魔法の治癒効果よりも失血による身体の負担が大きくなるため、回復する前に死ぬとのこと。
そういう訳で、ユージンは命にかかわらないレベルの怪我ならば、時間をかければ治せるという、そこそこ使える治癒能力を手に入れた。
しかし、今やっている訓練ではユージンはかなり無茶をしているし、回復に時間をかけていても無駄なので、フラールの治癒魔法を最大限利用させてもらっている。
ちなみに、フラール曰く治癒魔法は広義の「回復魔法」の一種であり、特に怪我等によって損なわれた身体を回復させるものを言うらしい。それ以外の、毒だったり麻痺だったり呪いだったりの状態異常を治したりするものは、狭義の「回復魔法」に分類されるとのことである。
この狭義の「回復魔法」については、ユージンはそこそこ適性があったらしく、よほど強力な毒や呪いでない限り、回復できるとの評を受けた。
ちなみに、使える魔法が急に増えた結果、一気に全部を記憶できなくなったユージンは、羊皮紙を貰ってそこに自分が使える呪文を記している。
立ち上がって体の具合を確認するユージンに、フラールが呆れた顔をする。
「いくら私並の治癒魔法が使えても、さっきの状態で発動できるわけないでしょう」
「そ~だよ、ユージン。無茶しすぎ~」
「本当に。死にたいの、貴方?」
少女2人のジト目に、ユージンは涼しい顔で答える。
「死なないためにやってるんだよ。俺だって出来れば痛い目に遭いたくはないけどな」
「え、意味わかんにゃい。死なないようにするなら早めに回復すればい~じゃん」
首を傾げるゾーイに、ユージンは首を振る。
「どんな時でも瞬時に無限に回復ができるならそれでも良い。だが、現実にはフラールの魔力にも限りはあるし、常にフラールが側にいる訳でもない。だから、どれくらいダメージを負ったらどれくらい動きが鈍くなるか、どの程度の傷までならまだ戦えて、どれくらダメージを受けるともう身動きも取れなくなるのか。これらを見極めておく必要がある。悪魔と戦って無傷でいられると考える程、俺は楽観的じゃないんでな」
ユージンの常軌を逸したストイックさに、2人は絶句する。
そして、フラールがおずおずと提言する。
「だからって、訓練で死ぬぎりぎりまでやらなくてもいいんじゃないかしら」
「訓練だからこそ、ぎりぎりまでやるんだよ。実戦でそんなことやってたら間違いなく死ぬ。実戦で死なないため、引き際を見誤らないように、今、死ぬ気でやってるんだよ。現に成果は出ているはずだ。ある程度ダメージを受けた後の戦い方は上手くなってるはず。ゾーイの攻撃に耐えられる時間も長くなってるだろ?」
「それは、そうだけどね~」
「自身のダメージコントロールが出来るようになれば、相手の力量を見誤らない限り、死ぬ確率はぐっと下がる」
「言ってることは正しいんだけど。やり方が頭おかしいわよ」
ユージンの向こう見ずな戦い方にに心配させられているフラールが不満気にそう言うも、ユージンは、ふん、と鼻を鳴らす。
「大した力もない人間を喚び出して魔王を倒せだなんて頭おかしいことを言われてんだ。頭おかしい方法をとるしかないだろ」
皮肉気にそう言われたフラールは、言い返す事ができなかった。
「(彼は、こちらの身勝手な要求に応えるために身を削っている。それなのに、その彼のやり方に、自分が心配するから、なんて理由で口を挟んでいい訳が無いわ)」
顔を伏せて押し黙ったフラールに代わって、ゾーイがユージンに提案した。
「まあ、でも今日はもうやめた方がいーよ。いくら治癒魔法で怪我が治っても、気力や体力が完全に回復する訳じゃないし。今日はもうだいぶやって、フラール様の魔力もユージン集中力も落ちかけているでしょ」
「そうだな。じゃあ、今日はここまでにするか」
ユージンがそういうと、2人は頷く。
「じゃあ、また明日。おやすみなさい、ユージン」
フラールが、いつもより若干トーンダウンした声で別れを告げ、去って行った。
それを見て、ゾーイが口を開く。
「ちょっと言い方きつかったんじゃにゃいの、ユージン」
「お前らがケチをつけるから、事実を言っただけだろ。まあ、フラールが居ないと成り立たない訓練方法だから、協力しないって言われても困るんだけど」
「ボクはボクは?」
「え、いや、ゾーイの方は正直攻撃魔法が使えれば誰でも良いけど。むしろ接近戦もある程度できる人の方がより良いけど」
敵の魔法攻撃をかいくぐって接近戦に持ち込み、そこで雌雄を決する、というのを、ユージンは対悪魔の基本スタイルと考えている。このため、本来であれば、魔法攻撃を耐えるだけでなく、接近戦まで行う方が実戦的である。
しかしゾーイは、魔法はぴかイチだが接近戦の戦闘能力は皆無に等しい。ユージンが至近距離で本気で斬りかかれば3秒と持たないだろう。接近できれば、だが。
このため、ゾーイは戦闘の前半部分、騎士との訓練で後半部分を補う形でユージンは自らを鍛えていた。
「やっぱりヒドイ!ユージンを傷つける毎に自分の心にも傷を負うのを必死に耐えているというのにっ!」
そんなゾーイをユージンが雇い続けているのは、やはりその魔法能力の高さ故だった。
彼女の攻撃魔法の多彩さ、正確さは、魔法局の戦闘部隊の中でも際立っているらしく、ルキオールを除けば本当にトップに位置するのだ。もちろん、知識や経験では諸先輩には一歩もニ歩も譲るため、実際に戦えば必ず勝てるわけではないようだが、その代わりに柔軟な発想と思い切りの良さがある。
ユージンと戦う際も、下手な遠慮などせず全力で攻撃するし、ユージンの魔法の使い方についてもざっくばらんに指摘してくれる。また、いろんなパターンの魔法を思いつくままに使うこともあるので、様々な魔法への対処を訓練するには良い訓練相手となっていた。
「お前が俺の怪我で心を痛めてたのは最初の数日だけだろが。最近は嬉々として攻撃してくるくせに」
「いやぁ~、ユージンと戦うのが楽しくなっちゃってさ。ほら、ボクもそうだけど魔法士って基本的にフィジカル弱いじゃない?だから、魔法士同士の訓練だと固定砲台同士の攻撃魔法と防御魔法の打ち合いになっちゃって、マンネリ化するんだよね~。その点、ユージンはボク達なんか目じゃない身体能力で想定外の防御や回避をするから、ついつい当てるのに躍起になっちゃうっていうか。ホント、『物理の盾』を足場にして移動するなんてびっくりだよね。あれには感動しちゃったよ!」
ユージンは、身体強化によって上がった跳躍力と、使い込んだおかげでほぼ一瞬で発動できるようになった『物理の盾』を足場として利用することで、ある程度空中で戦闘できる能力を手に入れていた。
ただし、ほぼ一瞬で発動できるとはいえ多少の呪文詠唱の時間があるため、鳥のように自在に飛び回れる訳ではなく、せいぜい樹上のサル程度である。
だがそれでも、これまで空中戦闘は飛翔魔法に特化した一部の魔法士の専売特許であったため、ゾーイに与えた衝撃は大きかった。
「それについては、今までなかった方が驚きなんだが」
「あれはユージンだからこそ出来る技なんだよね。魔法士は盾を創れるけどまともに跳べない。騎士は跳べるけど盾を創れない。どちらも出来る人間はこれまでほとんどいなかったから、そんな発想も出てこないよ」
「ルキオールさんは?」
「ルキオール様はどちらも出来る数少ない例外だけど、あの人は普通に飛翔魔法が使える何でも超人だからね~。『盾』を使って跳ぼうなんて考えもしなかったんじゃないかにゃ」
「ふうん。……ところで、話は変わるけど、ここ数日、フラールの様子が変じゃないか?」
ユージンは、先程のフラールの背中を含め、最近あまり元気がないように見えていたので、ゾーイに訊ねてみた。
「んん~?そんな気がするようなそうでもないような……。正直、フラール様の事をよく知らないから何とも」
首を捻るゾーイに、ユージンは溜息を吐く。
「そうか。やはり女性に聞いた方が良いかなぁ。ほとんど話したことはないけど、隙を見てフラールの侍女さんに聞いてみるか」
「ちょっと待って今さりげなくボクを女性から外さなかった?」
「え、あ、ごめんつい」
あからさまにワザとと分かる惚けた顔をするユージンに、ゾーイが青筋を立てる。
「ユージン?いい加減にしないとボクも本気で怒っちゃうよ?」
「本気で怒るとどうなるんだ?」
「広域殲滅上級魔法を唱える。あるいは、子供みたいに泣き喚く」
据わった目で淡々と告げてくるゾーイに、ユージンが引き攣る。
「お、おう。それはどっちもキツイな……。今のは俺が悪かった」
さすがにデリカシーに欠けたと反省したユージンは素直に謝った。
「ふん。分かればいーんだよ!まったくもう。ボクだって年頃の女の子なんだし色々と気になるところは気になったりするんだから鈍いユージンには分からないかもしれないけどさ」
後半、トーンダウンしてぼそぼそと喋ったためにユージンはよく聞き取れず、訊き返す。
「え、何だって?」
「何でもないっ!それより、フラール様の事ならお兄様のイサーク殿下か、ルキオール様に訊いた方が良いと思うよ。普通ならお目にかかれない方々だけど、ユージンなら会えるでしょ。フラール様の侍女は、フラール様の許可なく事情を部外者に喋ったりはしないだろうから。すぐにフラール様に報告されるだろうし」
「ふうん、そんなもんか。分かった。折を見て聞いてみるよ。ありがとな」
「よし、もっと感謝したまえっ!」
「お休み、ゾーイ」
胸を張ってふんぞり返る少女に背を向けて、ユージンは歩き出した。
「あ、ちょ。……ヒドイにゃ~」
後ろで泣き真似をするゾーイは放っておき、ユージンはフラールのことを考える。
「(そろそろあの件にも決着をつけないといけないしな)」
事がことだけに、慎重に進める必要があるな、とユージンは内心溜息を吐くのだった。
◆小話:敬称◆
ユージン「なんでフラールはルキオールさんを呼ぶ時に『様』付けなんだ?より上の役職のマリクさんは呼び捨てなのに」
フラール「社交界の掟ってやつよ。貴族の男性に対して女性が呼びかける時は、相手が誰であれ一応『様』付けするのが暗黙のルールなのよ。よっぽど親しい場合は別だけど。逆に、貴族が平民を呼ぶ時に様付けしないのも常識ね」
ユージン「フラールとルキオールさんは相当親しいように見えるけど?」
フラール「まあ、そうね。ルキオール様は兄様の腹心だし、私も小さい頃から面倒見てもらってるから。ただ、彼は普通の貴族ではなく次期『公爵』という特別な立場だから、周囲の目もあるし一応様付けしてるのよ」
ユージン「ふうん。あと、様付けする割に敬語ではないのな」
フラール「それは、私が皇女だから許されている面があるわね。普通は敬語よ」
ユージン「面倒くさい世界だな」
フラール「同感よ」




