第97話 ニルガルドの本気
前話のあらすじ:
ユージン達は、「悪意の贈物」を沼に沈めた!
ユージンの立てた作戦は単純だ。
敵が防御態勢に移って動かないのだから、最大の急所である脳を、ユージンが頭上からサクッと刺してしまおうというものである。
そのために、ユージンはいつも通りに『盾』を使って上空に駆け上がる。不必要なほどに、高く。
その間に、ニルガルドが再び魔法で『悪意の贈物』を攻撃する。それは、敵に有効なダメージを与えてはいなかったが、敵の注意を逸らすには十分であった。
いくら敵が止まっているとはいえ、流石に敵もユージンが近付けば警戒するだろうし、狙いを逸らされたり反撃されたりする恐れがある。そのため、なるべくユージンの接近を気付かせないように、ニルガルドが魔法攻撃を仕掛けて、それに乗じてユージンは移動するという寸法だ。
首尾良く敵の真上まで移動したユージン。ここからはノンストップだ。
ユージンは、足場を消して自由落下に身を任せる。落下速度が欲しければ、上る時と逆の要領で『盾』を足場に駆け降りることもできるが、ユージンの『断物』の前に、速度はあまり意味をなさない。勢いがあろうがなかろうが、あらゆるものを抵抗なく貫く。それが『断物』の能力だからだ。
落下速度よりも、ユージンは集中することを重視した。
頭を下にして落下し、『セブン・フォース』を右手で下に構える。上下が逆であるが、天に向かって剣を掲げているような体勢だ。
このまま落下すれば、猪の頭蓋の頂点に直撃するのだが――。
あと5メートル、といったところで、敵がユージンの存在に気づいた。
『ブゴォ!』
威嚇のように吠えた後、『悪意の贈物』は首を擡げて額から伸びる鋭い角をユージンに向けた。のみならず、牙が立ち並ぶ大口を開けてユージンめがけて炎を放ってきたのだ。
「ちっ!この至近距離で!」
ユージンは眼下に『魔法の盾』を展開しようとして、やめた。今、炎の防御用に『盾』を張ってしまっては、次の動作が遅れる。その結果、敵の角による攻撃を避けることができなくなるかもしれない。
今やるべきは、攻撃のための移動!
ユージンは、『魔法の盾』の代わりに『物理の盾』を足元に作り、それを軽く蹴った。
真下に落下していたユージンの体が、30度程向きを変えて、猪の背側に向かう。だがその程度では、敵の放った炎の範囲外に出ることは出来なかった。
灼熱の炎に突っ込んだユージンの髪や服が燃える。だがそれも一瞬のこと。
炎を突破したユージンは、熱に晒された肌の痛みを無視して、敵の位置を確認する。
「っ!」
目の前に、角の先端があった。『悪意の贈物』が、首を大きく反らして、その角でユージンを貫こうと狙ったのだ。
気づくのが一瞬遅れていたら、ユージンの胸にはポッカリと空洞が出来ていたことだろう。そして気づいたとしても、もはや完全に避けるのは難しい状況であった。
「くそがっ!」
ユージンはそう毒づき、左腕でその角の先端を掴もうとする。が、目測を誤り、猪の角の先端が左掌を貫いた。
「ぐっ!」
だがユージンはそのまま左手で角を掴み、強引に身体を捻って、角が胴体に直撃するのを避けた。その代償として、左手の親指と人差し指の間が手首まで裂けることになってしまったが。
しかしユージンは左手の痛みも無視する。さらにもう一枚『物理の盾』を蹴り、目標は目の前である。
「くたばれっ!」
ユージンは、右手に持っていた『セブン・フォース』ごと、『悪意の贈物』の脳天目掛けて突っ込んだ。
何の抵抗もなく、七の魔剣『セブン・フォース』は猪の頭蓋を突き破り、脳の一部を破壊する。そして魔剣の鍔が頭骨にぶつかる衝撃で剣の進入が止まり、落下の衝撃がユージンを襲った。
当初の予定であれば、左腕でその衝撃を和らげ、可能であれば追撃する予定であったが、今のユージンにそれは難しい。ユージンは理想的な受け身を取れずに左肩で衝撃を受け、魔剣だけは離すまいとした結果、猪の頭の上で転がり跳ねる。
そして、宙に放り出された。
左肩も骨折しただろう。だが、下半身は無事だ。
ユージンは、身体の痛みからそう判断し、途切れそうになる集中力を何とか維持して『盾』を作り、沼に落ちるのを防ぐ。
その瞬間、恐ろしいほどの叫び声が周囲に響いた。
グブオボアアァオァ!!
ビリビリと震える大気にユージンはふらつくが、ここが踏ん張りどころである。
ユージンは死力を振り絞って『盾』を作り、『悪意の贈物』から退避しつつ、大声で叫んだ。
「やれ、ニルガルド!」
◆ ◆ ◆
ユージンの『断物』によって、ある程度は猪の急所にダメージは与えられたはずである。
だが、ユージンは猪の脳みその位置を正確には知らない。頭のてっぺんから下に向かって剣を刺すという任務は成功したが、これが致命傷になるか分からない。
それでも、敵の鬣は治癒に専念せざるを得なくなると推測した。
だからその瞬間に、最大規模の攻撃をぶつける。
これが、作戦の最終段階であった。
果たして、ユージンの視線の先で、猪の全身を覆っていた鬣が、慌てたように、叫び狂う猪の頭頂部に集束していく。ユージンに傷つけられた頭頂部を修復しようとしているのだろう。
その、『悪意の贈物』の遥か上空から。
翠に輝く何かが降ってきた。
それは、ラグビーボールを20倍くらい大きくしたようなサイズの、翡翠の塊だった。
魔法によって恐ろしいほどの加速力を受け続けるそれは、最終的に秒速数㎞にまで加速され、猪の背中に突き刺さる。
一瞬の静寂の後。
言葉にはできない轟音と共に、凄まじい衝撃波がユージン達を吹き飛ばした。
◆ ◆ ◆
「……おい。おい、ニルガルド。限度があるだろ……」
ユージンは、吹き飛ばされている途中でニルガルドに回収され、ゾーイ、ライリーと共にニルガルドが張る結界の中に収められた。そして起き上がって目にした光景に、唖然としたのだ。
ゾーイが作った沼地は、綺麗さっぱり無くなっていた。その沼地と丁度入れ替わるように、そこには丸いクレーターが存在していた。
周囲に点在していた木々は薙ぎ倒され、周囲数百メートルに渡って荒野が出来上がっている。
『これでも、こちらへの影響を考えて抑えたんだがね。久し振り過ぎて、威力の予想を誤ったらしい』
若干反省したような雰囲気を醸しつつ、ニルガルドが言った。
「威力を抑えてこれかよ……。本気出したらどうなるんだ?」
『まあ、街の一つや二つは消えるだろうね。魔法障壁がなければ』
「それより、敵はどうなった?」
ライリーの質問に応えるように、ニルガルドが風を操って土埃を晴らす。
一行が目を凝らすと、クレーターの周囲に、黒っぽいものがいくつか見える。
「……バラバラになったみたいだな?」
『レジストしなければそうなるだろうね。原形を留めているだけでも驚きだよ』
「あの状態から回復してきたりしないよね~。あり得そうで怖い~」
「近寄ってみるか。――ってぇ!」
そこでようやく、ユージンは痛覚を思い出した。
左手は、手首から先が無残な状態になっているし、左肩は打ち身と骨折をしているだろう。ついでに、全身軽度の火傷状態である。
「うわ!ユージン何それ!大丈夫なの!?」
「死にはしないという意味では大丈夫だが、滅茶苦茶痛いな」
そう言いながら、ユージンは自らに回復魔法をかける。致命傷でなければ、ユージンは自分の怪我を回復させられるのだ。時間はかかるが。
致命傷を受けた場合は、回復魔法の効果よりも失血などのダメージが上回り、やがて死ぬ。このため、より上位の回復魔法を使えるフラールかフレイヤのお世話になる必要がある。
ユージンがしばらく動けそうにないので、『悪意の贈物』の確認はライリーとニルガルドで行った。
猪の身体は前半分と後ろ半分で大きく2つに分かれていた。加えて、それらがさらに細かく分離しており、一部は衝突の高温で焼失したらしい。
2人は、『悪意の贈物』の核であろう頭部が転がっている場所に近寄る。
『驚いたな。まだ動いている』
ニルガルドが、蠢く鬣に目を見張った。
「生きているのか?」
『いや、本体は死んでいるようだ。恐らくこの鬣は、本体の魔力を食って半ば独立して活動していたのだろう。故に、本体の魔力の残滓が残っている間は、動くことができる』
「放っておいて大丈夫か?」
『心配なら、始末しよう。炎はあまり得意ではないが』
そう言って、ニルガルドは『悪意の贈物』の頭部周辺の部位を青い炎で包んだ。
それは、異臭を放ちながらじりじりと漆黒の獣を焼いてゆく。
それを眺めながら、ニルガルドは何か寂しいものを覚えていた。
『(500年前の積み残しが、消えてしまったからかな。でもこれで、本当に思い残すことは無くなった。胸を張って、彼に会いに行ける――)』
そこまで考えて、いや、まだ早いか、とニルガルドは首を振る。
『(ユングがヴァナル王国の王として戴冠するのを見届けてから、かな)』
そのためには、まだやることがある。
やらなければならないことが、ある。
ニルガルドは振り返って、少し離れた位置で休んでいる黒髪の少年を見つめるのだった。
第6章終了です。
章末に、偽勇者の裏話を1話入れます。




