第95話 「何のために戦う」
前話のあらすじ:
ユージン達の前に現れた偽勇者は、獣魔に襲われたと助けを乞うてきた!
「ライリー、俺はな。誇りや名誉のために、戦ってるんじゃない。感謝や称賛の言葉が欲しくて、戦ってるんじゃない」
ユージンの言葉に、偽勇者を含めて、その場の誰もが沈黙した。
ユージンの意図を、飲み込もうとして、飲み込めず――。
そんな静寂を、御者席のユージンの隣に鎮座するニルガルドがカッと目を見開いて、破った。
『この魔力……!間違いない、「悪意の贈物」!!』
◆ ◆ ◆
『悪意の贈物』。それは、500年前の魔王が死ぬ間際に創った、魔法生命体の通称である。
悪魔の魔力によって創られているため、その存在そのものは悪魔に近いのだが、急造である故か、知能に関しては悪魔というよりも獣魔に近かった。
だが、悪魔の中でも最強の魔力を有した魔王が、自らの全てを注ぎ込んだその悪意の塊は、通常の悪魔を遥かに越える攻撃力を有していた。
その悪魔に下された命令は、ただ1つ。
ヴァナル王家を根絶やしにせよ。
『悪意の贈物』は、その命令を遂行するために、ヴァナル王家の魔力を500年間ひたすらに追い続けた。
そして、5年前。遂にヴァナル王家を探し当てて、命令を完了するはずだった。
変態魔法士ロキの邪魔が入らなければ。
ロキのお陰で、あと2人、ヴァナル王家の魔力を有する人間が生き延びてしまった。
その人間を探して、『悪意の贈物』は、大陸中を徘徊していたのだ。
その悪魔とも獣魔ともつかない強大な存在が、すぐ近くにいるという。
ユージンの頭が、戦闘モードに切り替わった。
現在の自分達の戦力、荷物、そして敵の狙い。加えて、足手まといになるであろう偽勇者。
それらを考えた上で、ユージンは矢継ぎ早に指示を出す。
「フラールとユング、フレイヤはもしもの場合に備えて街に警戒を伝えてくれ!その男も一緒にな!ディストラも護衛だ!俺とライリーとゾーイは奴を止める――いや、倒す!ニルガルドも、手を貸してもらうぞ?」
『もちろんだ』
「よし、俺は先に行って様子を見てくる!」
そう叫んだユージンは、全速力で低空を駆けていく。『盾』の展開に慣れた今となっては、地形の影響を受ける地面を走るより、宙を駆けた方が速いのだ。
「え~っと、どゆこと?」
ユージンの豹変に驚いたゾーイが、首を傾げた。それには、唯一事情が分かるニルガルドが、情報を伏せつつ説明する。
『あの先に居るのは、私でも倒せなかった危険な獣魔だ。以前、ユージンには話したことがあった。だから、何としても倒すつもりなんだろう』
「なるほど~……って、それ、ホントにマズイんじゃない?援護に行かないと!」
そう言って、ゾーイは一緒に行く予定のライリーを見るが。
彼は、未だに固まったままだった。ユージンが動き出す前の、あの言葉の意味が分からないのだ。
「ならば……君は何のために戦っているんだ、ユージン」
ライリーの言葉に、再び一同に沈黙が降りた。
だが、その中で。
フレイヤだけは、知っていた。
いや、覚えていた。
「初めてユージンお兄ちゃんと出会った村で、村の女性がライリーさんと同じような質問をしました」
フレイヤの言葉に、ニルガルドを除く一行は、当時の事を思い出す。
あの時、獣魔が蔓延る山に登ってしまった少女を助けるために、ユングとフレイヤも山を登ったが、結局2人もカエルの獣魔にやられそうになってしまった。
そこに現れたのが、傭兵を自称していたユージン達である。3人の子供達を助けてやってくれと村人にお願いされ、子供達を救いに来たのだ。
その後、金を払うこともできない村人の願いをなぜ聞いてくれたのかと、ユージンは問われた。
それに彼は、何と答えただろうか。
「あ……」
「え……」
ゾーイとフラールが、思い出したような顔になった。
フレイヤが、続ける。
「ユージンお兄ちゃんは、こう言ったんです。『あんた達の笑顔をまもるためだ』って」
あの時、ユージンの言葉を皆は本気で受け取らなかったようだが、フレイヤは感動していた。
自分の危険を省みず、他人の笑顔をまもるために戦うこの人こそが、本物の勇者なのだと深く納得したのだ。
フレイヤに言われて、あの時笑ってしまった仲間達は、少しだけ自分を恥じた。
思えば、そうだ。ユージンはいつもそうだった。
彼は、いつも誰かのために戦っていた。
ミッドフィアを出た後に立ち寄ったカギョウ村でも。
ヴァン兄妹が連れ去られたヴァナル王国でも。
ムスペラ公国と魔王軍に侵攻されたネアン帝国でも。
誰かを――誰かの笑顔を、そして夢をまもるために、戦っていたのだ。
例えその行為が誰にも知られず、感謝もされず、評価をされなくても。
事情を知らぬ市民に悪魔から逃げたと謗られ、笑われ、非難されても。
ユージンは、戦い続ける。
みんなの夢を、まもるため。
◆ ◆ ◆
宙を駆けるユージンの前方で、再び大規模な衝撃音が響いた。
その辺りは、ちょっとした岩場になっているようで、衝撃でバラバラと岩が崩れるのが見える。
そして、その崩れた岩場の影から、「それ」は現れた。
禍々しい魔力を体現したかのような漆黒の体毛、悪意が具現化したかのような鋭く尖った牙。
狂気を孕んだ真紅の瞳はどことなく濁っており、破壊の源となる四肢は太く地面を踏みしめる。
そこに居たのは、巨大な――2階建て一軒家くらいの――猪であった。
「オイオイ……どうすんだこれ」
普通の猪と違うのは、サイズだけではない。額には長さ2メートルくらいありそうな角が飛び出ており、首から胸の辺りにかけて、ライオンのような鬣が不気味にうねうねしている。
極めつけは、その口許からチロチロと漏れ出る炎――。
猪の眼が、上空に立ち竦むユージンを捉えた。
次の瞬間。
ゴウッ!という音と共に、灼熱の炎がユージンを襲った。
「おぉ!警告も無しか、そりゃそうか!」
ユージンは慌てずに、空中を移動してそれを避けた。
「さて、偽勇者一味は、と……。あー、遅かったか」
ユージンの眼下には、圧し潰された赤い花が1輪と、焼け焦げた人型が1体、そして大きな岩の下から手足を覗かせている者が1人。
最後に、胴体を貫かれたのか右脇腹の皮一枚で上半身と下半身が繋がっている者が1人。
そこに、生存者はいなかった。
「パッと見た感じだと、ネアン帝国の若手騎士くらいの実力はありそうだったんだけど……相手が悪かったか」
通常の獣魔であれば、偽勇者一味も後れを取ることはなかっただろう。それくらいの腕を持っているように見えた。
だが、今回の相手は幻獣ニルガルドや魔法士ロキですら仕留め損ねる程の強敵だ。彼ら程度の腕では、10分程度の足止めが精一杯だったのだろう。
人間4人分の死体を前に、ユージンは自分がほとんど動揺していない事に気付いた。日本にいた頃からすれば考えられない。
だが、こちらの世界で生きていく上では仕方ない変化であると割り切る。
オオオォォ!
ユージンがそうして上空に留まって観察しているのが気に食わなかったのが、猪が口を開け、大きく吠えた。
さらに――。
『こ……ゴロ、ス』
「うお、喋るのかこいつ」
『ゴロズ!』
そう吠えて地面を踏みしめた猪をみて、ユージンは『壁』を何枚も張りつつ回避の準備をする。
そして、
『ゴァ!』
声と共に、猪が勢い良く跳び上がった。
ユージンが猪の前に展開した『壁』と猪が衝突し、ほとんど抵抗なく『壁』は破られる。
猪の正面から回避しつつそれを観察するユージン。
「あの攻撃力、ただの運動エネルギーだけじゃないな。魔法的な物理攻撃強化がされてそうだ」
そして、小手調べとばかりに下級魔法をいくつか放つ。
炎、雷、氷。
それら全てが、猪の身体に直撃する直前、瞬時に伸長してきた鬣によって阻まれた。
「死角からの魔法も防ぐってことは、自動防御か……」
再び眼下から放たれた炎を躱しつつ、魔法障壁で防げることも確認し、ユージンは敵の能力を分析する。
敵の攻撃方法は今のところ2パターン。
その巨体による突進と、口から吐く炎。
炎については、直撃すればただでは済まないだろうが、単発で撃ってくる限り大した脅威ではない。
続いて、巨体を活かした突進。単純な攻撃方法だが、その巨体がもつエネルギーは尋常ではない。加えて、物理攻撃強化もされていそうである。ユージンの物理防御魔法ではほとんど役に立たないだろう。
とはいえ、これもユージンが避けられないほどのスピードではない。時間稼ぎだけなら、ユージンでも簡単にこなせるだろう。
問題は、その巨体と、魔法防御力か。
あの鬣がどれほどの魔法まで防げるかは要検証だが、ロキが倒しきれなかったことを考えると、ほとんどの魔法は効果がないと考えて良いだろう。
となると、攻撃手段は物理攻撃に限られるが、この巨体相手には、ユージンの剣など爪楊枝のように見えてくる。斬撃が有効であったとしても、浅い傷しか付けられないだろう。
加えて、攻撃するために近付くのもリスクがある。ユージンより素早いという訳ではないが、敵もそれなりの速度で動ける。一歩間違えれば、その牙や角で串刺しにされるか、踏み潰されることだろう。
「さて、どうしたもんかね……」
作戦を考えるユージンの元に、まずはニルガルドが現れた。
『……相変わらずの嫌な魔力だね』
「ニルガルド。向こうは大丈夫か?」
『ああ、適当に説明しておいたよ。皆、ユージンの指示通りに動いている』
「そうか、ありがとう。……ユングとフレイヤには、会わせるわけには行かないからな」
この『悪意の贈物』は、2人の両親の仇である。と同時に、2人は『悪意の贈物』のターゲットでもある。
もし2人が冷静に戦えるのであれば、戦闘に参加させても良いのだが、2人がどう反応するのか分からない。親の仇とみて怒り狂うか、両親を殺されたトラウマを刺激されて怯えてしまうかもしれない。
かなりの強敵と分かっている相手に、ユージンは不安要素を持ち込みたくなかった。
故に、冷たいかもしれないが、フラールと共に街に行って貰ったのだ。ディストラは、ただの護衛である。
『まあ、そうだね。妥当な判断だよ。あの2人は戦力としては1人前に近いけれど、まだ10歳だ。精神面では不安がある。加えて、集中的に狙われるだろうから、安全のためにも連れてこなくて正解だよ』
「ああ。あの2人の身体能力だと、奴の突進を避けられるか怪しい」
『そう言う意味では、ゾーイも危ないんじゃないのかい?』
「確かにな。けどまあ、あいつなら何とかなんだろ」
ユージンは、視界の端にライリーとゾーイの姿を見つけて、テキトーなことを言うのだった。
章タイトルの「贈物」はこれでした。




