第93話 2つの世界
前話のあらすじ:
ユージン達は、500年前の天才魔法士バルザールの遺産を保管している富豪ダグラスの屋敷を訪れた!
それからご馳走された昼を挟んで夕方まで、ユージン達は羊皮紙と格闘した。
そしてその結果、一定の成果を得ることができた。
まず1つ目は、世界を行き来できる魔道具――ネアン帝国が悪魔に奪われたものだ――の設計図を発見した。
ただし、これは材料の入手方法が良く分からないという難点があるため、実用化は難しいかもしれない。
2つ目は、送還魔法の基礎的な魔法陣を発見した。
これは非常に大きな発見であり、見つけたとき、ユージンはゾーイとハイタッチしたものである。
ただ、これもすぐに使えるものではなかった。というのも、ゾーイが魔法陣を読み解いたところ、不完全であると判断したのだ。ゾーイの考えでは、これに加えて、魔法陣の起動者が特定の魔法を行使することで、世界を渡れる可能性があるとのことだった。
だが不完全とはいえ、これがあれば送還魔法の開発はグッと楽になるはず。
ユージン達はダグラスの許可を得て、魔法陣の写しを作成してルキオールに郵送することにした。
そして3つ目。これはユングが発見したものであるが、バルザールの日誌である。
ただの日誌であれば特に重要ではないが、そこには驚くべきことが書いてあった。
彼は、自ら作成した送還魔法――と言っても、本当の基礎理論はどこからかの流用らしい――を用いて、何度も世界を渡ったと言うのだ。
その事についての記事は幾つもあり、あちらの世界マナスカイの様子も克明に書かれている。
海に囲まれた世界。人間以外にも獣人やエルフなどがいる世界。魔法の成り立ちが違う世界。
それらの事について、実際に見た風景や出会った人物の描写、それに対するバルザールの感想や考察などが追加され、伝記のようになっている。
別の世界の物語に、ユングのみならず、フレイヤやゾーイ、フラールまでもが興味をもってその部分を熟読していた。
もちろんユージンも一通りを読み、そしてふと気づいた。
「……んん?待てよ?」
「どうかしましたか?」
隣で同様の日誌を読んでいたフレイヤが、顔を上げた。
「いや……おかしいな」
眉間に皺を寄せるユージンに、フレイヤが首を傾げる。
「何か、おかしなものがありましたか?」
「いや、ない。――あるはずのものが、ない」
「あるはずのもの?」
ますます首を捻るフレイヤに、ユージンが続ける。
「そうだ。時間に関する記述が、ここには一切、ない」
◆ ◆ ◆
こちらの世界の時間の流れは、あちらの世界よりも10倍速い――。
これが、ユージンが今立てている仮説だった。
ユージンがマナスカイからスフィテレンドに召喚されてから、およそ30日後に同じくディストラが召喚された。しかし、その30日の間にマナスカイでは3日しか経っていなかったのだ。
これを合理的に説明するには、2つの世界で時間の流れる速さが違うという説しか思い浮かばなかった。
しかし、2つの世界を行き来していたバルザールの日誌に、時間に関する記述は一切ない。これはどう考えても不自然だった。
1~2割くらいの速度差であれば、気付かない可能性はある。だが、10倍だ。向こうで1日過ごして帰って来たら、こちらでは10日が過ぎているのだ。半日でも、5日だ。
これだけの時間差があるはずなのに、バルザールの日誌からはそれが一切読み取れない。
その理由は、ユージンには2つしか思い浮かばなかった。
1つ目は、それが極秘事項であった可能性。日誌に書く事すら許されない、非常に機密性の高い情報であった場合。
そうであれば、徹底して時間差について隠しているのも頷ける。
だが、なぜそれを秘密にする必要があるのか、と考えると、特に理由は思いつかなかった。
そして2つ目は――そもそも2つの世界の時の流れは同じであったという可能性。
それならば、バルザールの日誌に時間の流れについての記述がなくても不思議ではない。
だがこの仮説は、ユージンが立てている仮説に真っ向から対立する。
「(――いや、待てよ)」
本当に、真っ向から対立するのか?
ユージンは、一度深呼吸して頭を振り、思考を柔軟にしようと努めた。
この2つの仮説が両立する可能性はないか?そもそも、世界の時の流れる速さが違うという、トンデモな事柄を扱っているのだ。その時の流れの「速さの差」が変化しても不思議ではない。
つまり。
今は、スフィテレンドの方が、マナスカイよりも10倍速く時が進む。
500年前は、時の進む速さは同じだった。
500年かけて、世界の進む速さが少しずつ変わって行ったのかもしれない。
もしそうだとしたら、千年前は――。
「(そういう、事か)」
ユージンは、かつて抱いた2つの疑問の答えを見つけた気がした。
千年前、ユージンと同じように、マナスカイからスフィテレンドに召喚された勇者。
彼は、スフィテレンドを魔王の手から救い、自ら送還魔法を完成させ、元の世界に帰り――、再び、こちらに戻って来た。
ユージンには、その理由がこれまで分からなかった。だから、世界を渡るには、まだ判明していない障害があるのかもしれないと、少しだけ不安を覚えていた。
だが、今なら、1つの推測ができる。
千年前は、マナスカイの方がスフィテレンドよりも時の流れが速かったのだ。
当時の勇者が、何年間こちらに居たのかは分からない。だが、ミッドフィアに住むヴァン兄妹の師匠、変人魔法士ロキによれば、彼が魔王を倒した後、送還魔法を開発するのに5年かかったという事だった。これに、召喚されてから魔王を倒すまでの時間も加わる。
もし、千年前の世界の速さが今とは完全に逆だったとしたら。
千年前の勇者がマナスカイに帰った時、そこは彼がいた時代の50年以上後だったことになる。
下手すれば100年以上経っていたかもしれない。
そうだったとすると、彼がスフィテレンドに戻ってきて、こちらで余生を過ごしたことも納得できる。
いくら生まれ故郷とはいえ、家族も友人も死んでしまい、知り合いもいない世界より、自らの手で救い、おそらく自分を慕うものが多くいた世界で過ごす方を選んでも不思議はない。
――あまりにも残酷な結末である。
「(必死に世界を救った結果が、浦島太郎か)」
ユージンは、たった2度だけだが会話をして、知らぬ仲でもない気になっている千年前の勇者に、深く同情した。
そして、同情だけでは済まない可能性がある事も、改めて自覚した。
スフィテレンドとマナスカイの時間の差については、現在の仮定では、問題にならない。こちらで長い時間を過ごしても、向こうでは10分の1になるのだから、都合が良いくらいだ。
問題は、その先にある。
「(こちらの2つの世界と、地球)」
こればっかりは、予測の立てようがなかった。ディストラのように、地球から再度誰かを召喚しなければ、時間差の判断はできない。
だから――、ユージンはそれをひとまず棚に上げた。
不安はあるが、心配しても仕方がない。今は、考えない。
「(それよりも、魔剣だ)」
もう1つの疑問、ユージンの持つ七の魔剣『セブン・フォース』について。
元々のユージンの仮説、スフィテレンドの方がマナスカイよりも10倍速い、であれば、こちらの千年前はあちらの100年前である。
千年前の勇者は、マナスカイの100年前の人物であり、そんな彼が七の魔剣を持っているのはおかしい、とそう考えていた。
だが、もし世界の時の差が500年前を機に反転したのであれば。
こちらの千年前は、あちらの千年前となる。
マナスカイの千年前。それはつまり、魔剣が創られ『魔剣大戦』が勃発した時期に該当する。
であれば、その時代に生きた彼が七の魔剣を持っていても不思議ではない。
2つの世界の時の流れが変わっていく――。
荒唐無稽な仮説に思えるが、そうすると、これまでの疑問が解決する。
そしてその結果、ユージンが脳裏に抱えていた、世界を渡ることについての不安が薄れ。
「(マナスカイに帰るのは、そこまで難しい話ではないかもしれない)」
ユージンは、そんな感想を抱くに至った。
◆ ◆ ◆
予想以上の成果を得られたユージン達は、ダグラスに礼を言って屋敷を後にした。
そんな勇者一行を見送るダグラスに、使用人の一人が声を掛ける。
「旦那様、あれが本当に勇者様なのでしょうか……?ただの少年に見えましたが」
「それはお前の見る目がないだけだ。あの少年の眼を見て、何も感じなかったのか?」
「はあ……正直に申し上げても?」
「構わん。私が、少々思慮に欠けるお前を傍に置いているのは、私に対して本音を言える人間だからだ」
「では。正直、私の目には、勇者と呼ばれ、才能と武器に恵まれて良い気になっている、何の苦労もしたことのないような少年に見えました」
「ふ。何の苦労もしたことがない、か……。そんな少年には、あのような眼を持つことはできんよ」
「旦那様にはどう見えたのです?」
「漆黒の瞳の奥に、決して消せぬ炎が揺らめいておった。あれは、覚悟を持った者の眼だ。大きな事を成し遂げる者の眼だ。……口先だけのあの男が本当の勇者じゃなくてホッとしたわい」
実は数日前に、ダグラスのもとに偽勇者一味が訪れていたのだ。
偽勇者は、ダグラスに資金援助を「させてやる」と遠回しに言ってきたが、ダグラスは丁重にそれを断っていた。
「旦那様がそう言うのならば、そうなのでしょうね」
「加えて、使えるコネは使いつつも勇者という立場を驕らない姿勢、この儂に敬意を払いつつも対等に話をする態度。実に良い。孫にも見習わせたいわ」
「旦那様に対等……が、よろしいのですか?」
「幸か不幸か、私は大金を持っている。金があるところには権力も集まる。だから、金持ちは権力を持っている。だが――それに振り回される人間が多すぎる。何故か?権力に従わずに生きるのは、とても難しいからだ。それができるのは、確たる信念を持ち、何ものにも惑わない強い覚悟を持った者だけだ」
「あの少年が、そうだと」
「でなければどうして、あんな少年が勇者でありうる?」
「……」
ただ勇者として召喚されたから、勇者であるだけではないのか――と、使用人は思ったが、さすがに自分の主がそんな事を言っているのではないことは分かったので、口を噤んだ。
ダグラスは、遠ざかる勇者の背を見て、目を細める。
「皆、分かっていないのだよ。真に勇者として生きる者の辛さを。あの小さな肩に、どれほど重いものを背負わせてしまっているのかを」
スフィテレンドとマナスカイの時の流れについては、ユージンの推測どおりです。
補足すると、2つの世界の時の流れは千年スパンで10倍~1/10倍を行ったり来たりしている設定です。
ちなみに、千年前の勇者は、スフィテレンドに召喚されてから、魔王を倒しマナスカイへの送還魔法を開発するまでに15年かかっています。つまり彼が戻ったマナスカイは約150年後です。




