第92話 富豪ダグラス
前話のあらすじ:
偽勇者と対面したユージンは、ひと悶着ありつつも相手を退けた!
偽勇者一味とのいざこざがあった翌日、ユージン達はまずネアン帝国の領事館に来ていた。
ユージンの感触では、連中はこれ以上ユージン達に絡んで来ないとは思うが、「偽物でした」と素直に認めて去るとは思えない。
少なくとも、領事館への報告と、そもそも偽物を認識していたのかの確認は必要であった。
ライリーが門番に領事への面会を求めると、門番は慌てて領事館に走っていた。
その後、応接室に通されたのだが、待っていた領事はユージン達の姿を見て、眉をひそめた。その反応で、ユージンやフラールは、彼が偽勇者の存在を知っており、かつ連中を本物だと思っていたことを察した。
では、ユージン達のことを偽物と判断したかというと、そうでもない。最初は不審な視線を向けてきた領事だったが、一行の中にフラールの姿を見るや、慌てて最敬礼したのだ。
さすがに領事クラスとなると、皇族に一度は面通しが行われている。しかも公務では普通に公衆に顔を見せているのだ。もしフラールの顔が分からなかったとしたら、領事失格である。
一方のフラールは、一国に一人しか派遣されない大使の顔まではだいたい覚えているが、主要な街々に派遣されている領事となると、顔を覚えていない者も多かった。
領事がこちらの話を聞く態勢になったので、ライリーが一通りの事情を説明する。
その後、領事館の認識を訊ねると、やはり彼らは、例の偽勇者一味を本物の勇者だと思っていたとの事だった。
もちろん、各国のネアン帝国大使館、領事館には、帝国から勇者の情報が連絡してあり、最大限協力するように指示されている。その情報の中には勇者パーティの概要も含まれており、領事館は偽勇者一味と異なること――特にフラールが居ないことには気付いていたが、宿にとどまっているなどの別行動をしているものと思っていたらしい。
また、勇者は派手なことが嫌いで、領事館などにも必要がなければ立ち寄らないという事も伝わっていたので、確認するために自分達から接触することもしなかったという事だった。
なるべく目立たずに行きたいというユージンの思惑が、裏目に出た形だった。
ともかく、事情を把握した領事は、偽勇者を何とかするようにこの街の首長に掛け合うと約束してくれた。
この件については、ユージン達にできるのはここまでで、後は領事館に任せることになる。
話が一段落したところで、ユージンが話を変えた。
「ところで領事さん。この街に住んでいる富豪のダグラスという人のコレクションに興味があるんだけど、何か伝手はないですか?」
「え、と。コレクションを譲ってほしいという事ですか?」
「いえまさか。昔の魔法についての文献があれば、ちょっと閲覧させてほしいだけです」
「それでしたら、私の方から紹介状を書きましょう。身分を明かしても大丈夫ですか?」
「ええ。その方が都合が良いのでしたら」
ユージンが頷くと、領事は部下に書類の作成を指示した。
「少々お待ちください」
「ありがとうございます。ちなみに、そのダグラス氏はどんな人か分かりますか?」
「彼は、貿易商を営んでいた実業家です。その類稀な、売れる商品を見抜く眼力で、一代にして膨大な財を成しました。現在は、息子に事業を譲って第一線からは退いていますが、未だこの国の流通においては大きな影響力を持っています。
コレクションに関しては完全に彼の趣味――というか、金のある者の責任と捉えているようで、文化財等の保存には精力的に取り組んでいますね。自宅に私設博物館を併設したほどです。立派な方ですよ」
私設博物館って、どんだけだよ。と思ったユージンだが、良く考えれば日本にも、金持ちや企業が作った私設美術館はいくつもある。そこまで驚く話ではないか、と気を取り直し、凄いですね、と領事に相槌を打っておいた。
◆ ◆ ◆
領事からの手紙を受け取ったユージン達は、領事館を後にした。
そしてそのままダグラス氏の屋敷に向かおうとしたが、ライリーだけは「自分が行っても役に立たない」という理由で、情報収集と消耗品の補充等を行うと言って別行動になった。
魔法的知識がほとんどないディストラもライリーと同じようなものなのだが、ディストラは召喚魔法の効果で、ユージンと同じく昔の文字を理解することができる。そういう意味では、図や記号から何となく内容を判断するしかないゾーイよりも、今回に限っては役に立つ存在だった。
昨日の今日でライリーを一人にすることに、ユージンは少し心配だったが、ユージンの視界の端で、碧い小鳥が意味ありげに頷く。そして彼女は、歩き出したライリーに気づかれぬようにコッソリと飛び立ち、彼の後を上空から追うのだった。
「でっけ~。城か?」
とユングが溢すほどには、ダグラス氏の屋敷は立派であった。敷地面積は、サッカーグラウンド10面分はあるだろう。
さすがにこれだけの敷地面積を、既にある街の中心部に確保するのは難しかったのか、屋敷は街の郊外に建てられている。
門番も3人が常在しているようで、貴族であるゾーイの実家よりも金を持っていそうだった。
その門番に、ユージンはネアン帝国領事館のマークが描かれた封筒を差し出す。
門番は、内容を呼んで、ユージン達を見て、再度同じことを繰り返して――、慌てて屋敷の主人に手紙を届けに行った。
「偽物の影響はここにもあるみたいだね~」
「領事に紹介を頼んで正解だったな」
程なくして、ユージン達は屋敷に招かれた。
屋敷で出迎えてくれたのは、中肉中背の60歳くらいに見える男性だった。表情は穏やかであるが、眼光は鋭い。
「ようこそ、フラール殿下、勇者様、並びにお仲間の皆さま。私がこの家の主人、ディグ=ダグラスです」
彼こそが、サガエン国有数の富豪、ダグラスであった。
◆ ◆ ◆
自己紹介したユージン達に対し、ダグラスは、自らが博物館の案内を買って出て、一行の先導を始める。
歩き出しながら、彼はまずフラールに話しかけた。
「お会いできて光栄です、殿下。まさか我が家にネアン帝国皇族の方をお招きする日が来るとは思いもしませんでした」
「こちらこそお世話になるわ、ダグラスさん。私もまさか自分がここまで旅をするなんて思ってもみなかったわ」
「ははは。ネアン帝国が世界の中心とすれば、ここは僻地ですからね。しかし、このまま進めばトルハイム王国です。久しぶりにお姉様とお会いできるのでは?」
「そうですね」
2人の会話を聞き、ユージンはフラールの姉についての情報を思い出す。
ネアン帝国第一王女の、ドリファ=ネアン。数年前にどこかの国に嫁いだと聞いていたが、それはこの先にあるトルハイム王国という国のようだ。
フラールは姉のことを慕っていたようだから、おそらくその国には寄ることになるだろう。そして、流れとしてユージンも挨拶せざるを得ないだろう。さらに、王妃にだけ会うというのもあれなので、国王にも会わざるを得ないだろう。
「(まあ、仕方ないか)」
政治に関わる気はさらさらないユージンであるが、久しぶりの姉妹の面会を邪魔するほど野暮ではなかった。
フラールとの軽い会話を終えたダグラスは、次にユージンに話を振って来た。
「勇者様は、魔法に関する文献を閲覧したいとのことでしたが、分野などはお決まりですかな?」
「ええ。噂で聞いたのですが、ダグラスさんは、ナルセルド王宮の遺産を収集したとか」
ユージンの言葉に、ダグラスはニヤリと口の端を吊り上げた。
「勇者様のお目当ては、バルザールの遺産ですか。お目が高い。アレは確かに、私のコレクションの中でも特に考古学的価値の高いものです。あのような危険な場所に放置しておくなど許してはおけなかったので、回収させてもらいましたよ」
噂をあっさりと認めたダグラスを、ユージンは意外に思った。
「噂レベルかと思いましたが、周知の事実だったんですか」
「いえ、噂ですよ」
にこやかにそんな事を言うダグラスに、ユージンは眉間に皺を寄せた。
事実と認めておきながら、噂であると断言する。それはつまり、普段は「噂でしかない」とその存在を隠しているという事だろう。
「(いや、少し違うか)」
本当に隠したいのであれば、そもそも噂自体を消してしまえば良い。彼は、それくらいの影響力は持っていそうだ。
にもかかわらず、噂が存在しているという事は――。
「(噂につられてやって来た人間を見て、その後の対応を変えているという事か)」
領事に聞いたダグラス氏の人となりからすれば、彼はコレクションを自分だけで楽しもうと考えているのではなく、公益のためであれば、それらを有効活用しそうな人間である。そのため、有効活用できそうな人間が現れることは、歓迎している。
だが、本当に価値が高いものがある事を認めると、それを悪用しようとする人間や、金のために盗みを試みる人間などがいる。そのため、気持ち程度の効果しかないかもしれないが、事実として認めはせず、また自分が認めた人間にしかそれを見せることはないのだろう。
「(ということは、俺達は認められたという事か?まあ、フラールが居るしな)」
そう考えつつ、ユージンは口を開く。
「なるほど。ではその噂の物を、俺達は一応見られる訳ですね?」
「ええ。もちろんです。他ならぬ勇者様のご依頼とあらば」
「俺?フラールじゃなくて?」
ユージンが首を傾げた。
それに対してダグラスが笑みを浮かべる。
「私も年を取り、偏屈に磨きがかかりましてね。身分や立場というものでは動かなくなってしまったのですよ」
「なら、勇者もそうでは」
「ええ、そうですな。私は、勇者という立場ではなく、勇者様――ユージン殿、貴方にお見せしたくなったのですよ」
「……なぜ?」
「さて。貴方なら、アレを有効活用できると、そう思ったからですな」
ホッホッホ、と爺臭い笑い方をするダグラスの考えは、ユージンには読めなかった。
ただの勘なのか、何か理由があるのか――。
だが、それを聞いても答えが返ってくるとは思えず、機嫌を損ねるだけと判断したユージンは、複雑な表情で押し黙るのだった。
◆ ◆ ◆
「こちらが、ナルセルドの王宮から回収した、魔法関連の書物になります。その多くが、稀代の天才魔法士バルザールの手によるものと考えられます」
ダグラスは、小学校の教室くらいの広さの書庫に一行を案内してそう言った。
その部屋には、大量の本棚が整然と、しかし所狭しと並んでいる。
一冊ずつ確認するのは、大変骨が折れそうであった。
「……ダグラスさん、内容について研究はされているんですか?」
ある程度内容が分かっているなら、気になるところだけを確認したい。そんな思惑からユージンが質問した。
しかしダグラスは困った表情となり。
「ナルセルド王国で使われていた文字は、考古学者であればある程度解読できます。しかし、何故か魔法関連の書物だけは、文法が異なっているようで、研究が後回しになっております」
「全く分かっていないんですか?」
「いえ、日常的な報告書や、日誌のようなものは普通のナルセルド語で綴られているため、判別可能で、ラベリングした上でこちらの棚に収めてあります。一方、魔法の技術書は判別されず、奥の方にまとめてあります」
「なるほど……そうしたら、俺とディストラ、ゾーイは奥の技術書の確認、フラールとユングとフレイヤは、こっち側で何か有用な情報がないかチェック、で良いか?」
ユージンの方針に異論は出ず、一行は散らばってひたすら地味な作業に没頭した。ちなみに、ナルセルド王国で使われていた文字は、現在のヴァナル王国周辺で使われている言語に近く、ユージンとディストラ以外の4人はある程度読み解くことが可能だった。
ダグラスは、勇者一行の様子に満足そうな笑みを浮かべて、そっと部屋を退出するのだった。
章タイトルの「遺産」部分です。




