第91話 勇者一行vs偽勇者一味
前話のあらすじ:
大陸西側に到着したユージン達は、勇者の偽物がいるという情報を得た!
偽勇者の情報をそれぞれ収集したユージン達は、宿屋に戻って食堂の円卓に並び、夕食を摂りつつ情報共有をしていた。
得られた情報は、これまでのものと大きな違いはない。
過去の情報に加えて、この街での活動について補足されただけだ。
例えば、街の権力者から歓待を受けた、だの、飲食を特別割引価格で提供されている、だの、夜の街で派手に遊んでいる、だの。
ユージンからすれば、ふーん、あっそう。という感じのものばかりなのだが、騙った身分での権力の濫用という行為を、高潔な騎士や皇族は許せないらしい。一行の中でも、特にライリー、フラール、ディストラの憤怒が大きいようである。
だがそれよりもユージンが気になったのは、ゾーイが齎した情報だった。
――この街のとある富豪が、歴史的資料のコレクターらしい――。
噂では、ナルセルド王国の遺産を、トレジャーハンターを雇って収集したとか。もしそれが本当なら、送還魔法に関する資料も、その富豪のコレクションにあるかもしれない。
そこまで重要な資料ではないとはいえ、可能ならば見ておきたい。ユージンはそう考えていた。
だが、もし噂が本当だとしても、そう簡単には見せてくれないだろう。
それこそ、大国の皇女とか、勇者とかの権力を使わなければ――。
「(そうすると、偽物の存在はちょっと邪魔だな。……いや、フラールが本物であることを証明できれば、問題ないか?勇者の権力なんて有って無いようなものだし。でも、フラールが本物ってどう証明するんだ?何か皇家の証みたいなの持ってんのかな)」
そんなことを考えていたユージンに、当のフラールから声が掛かった。
「それで良いわね、ユージン?」
「ん?ああ……え、何?スマン聞いてなかった」
ハハ、と誤魔化すユージンに、フラール達が呆れた視線を向けてきた。
「ユージン貴方ね……。貴方の偽物の話なのよ!もっと身を入れなさい!」
「悪かったって。んで?」
さして悪びれないユージンの態度に、フラールは1つ溜め息を吐き、改めて説明する。
「偽勇者が泊まっている宿は突き止めたから、明日にでも彼らのところに行って、止めるように言うのよ」
「言うだけで良いのか?」
ゾーイなどは若干危険な発言もしていたが、ライリーやフラールも、罰を与えたそうにしていたとユージンは思った。
だが、それは難しいようだ。ライリーが渋い顔で説明する。
「ネアン帝国内なら、もちろん捕縛して罪を問うが……。ここは他国だ。法律も、サガエン国のものが適用される。そして、我々には断罪する権利がない。領事館には行くつもりだが……、結局はこの国の警察組織に委ねるしかない」
「そりゃそうか」
いくらネアン帝国の勢力が強大とはいえ、他国で人間を勝手に裁くなど、許されるはずがない。
できることと言えば、領事館を通じて、外交問題にするぞと脅すくらいだ。ライリーはもちろん、フラールでも勝手は許されない。
手荒なことにはならなそうだ、とユージンが安心したときだった。
カランコロン、と、食堂の扉が開かれ、数人の男女が入店してきた。
彼らは、キョロキョロと食堂を見回し――、円卓に陣取るユージン達に視線を止めた。
そしてこちらに向かって歩を進め――。
「俺達の事を嗅ぎ回ってる奴らってのは、お前らか?」
相手の行動力の方が上だった。
◆ ◆ ◆
「勇者様だ」
「何かあったのかしら」
食堂内で、ざわざわと興味の声が上がる。
ユージン達は、突然現れた一味に虚を突かれたが、すぐに気を取り直してライリーが立ち上がる。
「貴様らが、勇者を騙る不届き者か」
いきなりの喧嘩腰であった。
確かに相手の容姿は前情報通り――リーダー格の男はユージンにどことなく似た感じの顔立ちに、濃い茶髪、薄い青眼、上質な鎧。帝国騎士の姿をした男が2人と、帝国魔法士のローブ姿の男女。
ほぼ例の偽物一味に間違いないが、冷静さを欠いた決めつけは良くないぞ、とユージンは顔をしかめる。
こういう場合は、まず下手に出て相手から情報を得た方が良い。
案の定、相手は眉を吊り上げて、完全に対決姿勢である。
「はあ?俺達が不届き者だと?おいおい、言いがかりはやめろよ。なあ、みんな」
偽勇者が、大袈裟な身振りで食堂内の人々に同意を求める。それに同意する人はいるが、反論する人はいない。
それはそうだ。彼らはこの数日間、偽勇者一味が本物だと思ってきたのだ。もし彼らが偽物であれば、自分達は騙された上に見る目が無かったという大変恥ずかしい状況に陥る。
そこまで考えていなくとも、先入観を作られた人間の考えを覆すのは、容易ではないのだ。
「ホラ見ろよ」
「貴様……!」
得意気な偽勇者を、ライリーが憤怒の表情で睨みつける。
「あ?何だその顔。じゃあ何か証拠があんのかよ?俺達が偽物だって言う証拠が!」
偽勇者の強気な発言に、ライリーはすぐに反論できなかった。
ここにいるユージンこそが、本物の勇者だ、と口にするのは簡単だ。だがそんなことを言えば、「そんな子供が勇者だと?笑わせるなよ」等と簡単に論破されるのは目に見えている。
それ故、ライリーは別の切り口で突っ込んだ。
「貴様の後ろのネアン帝国の騎士服を着用した男。見覚えがないが、いったいどこの所属だ?」
中々良い反論だとユージンは思ったが、相手の方が一枚上手であった。
「極秘任務中は、所属は伏せることになっている。そもそも、お前こそ、見覚えがないが、本当にネアン帝国の騎士か?」
「何だと!?」
ライリーが怒髪天を突く勢いで怒りを顕にするが、状況はあちらに分があった。店内の客は、明らかにユージン達に疑いの視線を向けているのだ。
「おいおい、こっちにイチャモンつけるだけじゃなくて、身分詐称か?どう落とし前つける気だ?」
「まあ、幾らか出せば、穏便に退いてやっても良いがな」
そんな事を言う偽勇者一味に、ついにライリーの堪忍袋の緒が切れた。
「貴様ら……!」
ライリーの右手が、左腰の剣の柄に伸び――、
「やめろ」
ユージンに止められた。
「落ち着けよ。こんな場所で、帝国騎士が剣を振るう気か?」
「……」
一瞬だけユージンを睨んだライリーだったが、一呼吸置いてから、右手を剣から離した。
「すまない」
だが、相手は待ってはくれない。
「おいおい、お前、今抜くつもりだったか?」
「民間人もいるこんな場所で?こりゃ確実に騎士じゃねーな」
「全くだ」
そう囃し立てる偽勇者一味に、ライリーは歯軋りするが、我を失いかけたのは事実であったので、拳を握りしめて耐えた。
その代わりに、ライリーを止めるために立ち上がっていたユージンが、ハァ、とこれ見よがしに溜息を吐いて、
「で?あんたら何の用だ?こちとら暇じゃないんで、用が済んだならさっさと消えてくれ。目障り」
分かり易く煽った。
だが偽勇者達は、自分達よりも明らかに年下の少年にこう言われては、否応なしに気色ばむ。
「てめえ……!」
「ガキの分際で、舐めた口利くじゃねえか?あぁ!?」
「落とし前付けろっつってんだよ!」
チンピラか。
ユージンは相手の柄の悪さに辟易としたが、想定通りに事が運んでくれたので、内心でほくそ笑みつつ、決着をつけに入る。
「いいぜ。じゃあ、ネアン帝国の領事館に行くか。今すぐ」
「……は?」
ユージンの提案に、偽勇者一味は理解が遅れた。
「落とし前付けるんだろ?ネアン帝国の領事館なら、どちらの言い分が正しいか、ハッキリさせてくれる」
「っ!なんで俺達がそんなことする必要がある!」
「だいたい、こんな時間に開いてるわけねえだろ!」
すぐにこの反論が出てくるということは、敢えて夜に突撃して来たのは、その辺りを計算していたのかもしれない。
だが、その反論は自らの首を絞めることになる。
「開いてないなら、開けて貰えば良い。俺達には、それができる。あんた達もネアン帝国が召喚した勇者一行なんだろ?そんくらい出来るんじゃねえのか?」
ユージンがあまりに自信満々に言ったので、偽勇者一味は一瞬反論に詰まった。
そして出てきた言葉も、
「は、ハッタリを……」
弱々しいものとなった。
確かに、ユージンは本当にそんなことが可能かは確認していない。だが、こちらにはフラールがいるのだ。この国の治外法権であり、ネアン帝国の領土である領事館ならば、多少の――いや、それなりの無理が効くであろうことは想像に難くない。
普段であれば使いたくない類の権力だが、今回は非常時である。使えるものは使う。
そして、偽勇者一味に領事館に対する権限がない事が周囲に知られると、必然的に勇者という立場に疑問符が出てきてしまうわけだ。
ユージンの提案は、呑んでも拒否しても、偽勇者一行を追い詰める不可避の罠であった。
回避するには、ユージンが提案した時点で大人しく引き下がるしかなかったのだ。
その選択肢を採れなかった偽勇者一味が焦りだしたのが、手に取るように分かる。
同時に、周囲の客が状況に訝り出す。
勇者様はどうしたんだ?
さあ?
行ってしまえばいいのに。
そんな言葉が、偽勇者を追い詰める。
そして、緊張が高まり切ったところで。
ユージンが、何気なく、口を開いた。
「ま、あんたらが、こんな事で領事館に迷惑を掛けたくないって言うんだったら、別に良いけど」
「っ……そうだな。こんな些事で領事館に行くほどじゃねえ。てめえら、もう俺達をこそこそ探るんじゃねえぞ」
場の空気に耐えかねた偽勇者一味は、ここぞとばかりにユージンの言葉に乗っかり、言葉少なに退散していくのだった。
それを見た食堂の客達は、良く分からなかったものの、「勇者様が、因縁をつけてきた奴らを許した」という結論に達した。自分達の先入観と、今目にしたものを上手くつなげるための解釈であった。
だが、それに納得しないのが本物の勇者一行の仲間だ。
「ユージン、何で最後にあんなこと言ったの?ホントに領事館に行けばよかったじゃん!」
周囲に聞こえないようにトーンダウンしつつ、ゾーイが聞いてきた。
「そうだぜ!あんな奴ら、しばりくびだー」
ユングもそれに乗る。
お前そのフレーズ気に入ってるな、とユングにツッコミつつ、ユージンが回答する。
「あいつらが素直に領事館に行くと思うか?んな訳ねえよ。で、あのまま言葉で追い詰めれば、どうなったと思う」
「暴発……」
フレイヤが、呟いた。
「そういうこと。ここで暴れればあいつらは終わりだが、もしかすると他の客に被害が出たかもしれない。だから、逃げ道を作ってやったんだよ」
ユージンの説明に、ゾーイとユングが不承不承という感じで頷いた。
一方で、ユージンの考えを理解できたフラールは。
「ユージン貴方、政治もできるんじゃないかしら?」
「やめろよ縁起でもない」
「そうかしら?」
「あんなのはただの口八丁だ。ま、政治はなくとも交渉はやらないといけない場面もあるだろうからな」
「似たようなものじゃない」
「違うだろ」
「でも、兄様も評価してたわよ」
「そうか、嬉しくないな、全然。兄妹で俺を巻き込もうとするのはやめろ」
普段通りの空気が戻ってきたところで、ディストラが周囲の様子を見て一言。
「ちょっと、居辛くなっちゃったね」
食堂にいる客や、従業員に至るまで、この場にいる人間は、ユージン達を「勇者様に因縁をつけた面倒な奴ら」と認識してしまった。
直接的な行動に出るものは居ないが、ちらちらと好意的でない視線を投げかけられる。
「……すまない」
ライリーが、意気消沈した様子で謝罪を口にした。
相手の口車に乗ってしまって自分達の立場を悪くしたのもだが、怒りで我を忘れそうになったことがショックだったのだ。それだけ騎士という立場に誇りを持っていた証でもあるが、失敗したのは事実である。
気にするなよ、とも言えず、ユージンはフラールに視線を遣る。
彼女は少し難しい顔をした後に、ここは自分が言うべきかと腹を括り、ライリーに声を掛ける。
「失敗は、取り返せばいいわ。まだ、貴方は任務の途中でしょう」
「……はい。精進いたします」
そうして何となくモヤモヤした空気の中、その日は解散するのだった。




