第90話 偽勇者
前話のあらすじ:
ユージン達は、大陸南部中央に広がる中海を航海!
ディストラは船酔いで死にかけている!
特に大きく天気が荒れることもなかったため、一行は予定通りに中海を渡りきり、大陸の西部へと足を踏み入れた。
「ああ、やっと着いた……!こんなに地面が愛しいと思ったことはないよ」
ディストラが、ゲッソリとした顔でそんなことを言いながら下船した。
それを見て、ゾーイが楽しそうに言う。
「うわー、ディストラがかつてないほどに弱ってる~。これなら、魔法を使わなくても勝てそう」
「やめて……。ホントに」
波止場に設置されたベンチに座って、ディストラは力無く項垂れた。
「あらら……。こりゃダメだ。フラール様、回復できないんですか?」
「気分だけなら何とかなるけど、ここ数日あまり食事ができてないから、体力回復までは無理ね」
フラールの言葉に、ライリーはフム、と頷き、ユージンに提案する。
「今日は、ここに泊まって休養と情報収集に努めるか」
「そうだな。今のディストラに騎馬での移動は無理だろう。馬車に乗せても良いけど、悪化しそうだ」
現在の時刻は昼過ぎなので、普段のスピードであれば、夜までに次の宿場町に到着できると予想されるが、そこまで無理をする必要もない。ここはすでにネアン帝国ではないので、あまり無茶はしない方が良いし、情報収集も必要とユージンは判断した。
「では、まずは宿を探して、その後、私は情報収集に出るが……」
他はどうする?というライリーの問いに、ユージンは少し考え。
「ディストラは宿で休養として、フラールとフレイヤにもあいつについててもらうか。もしもの戦力として、ゾーイを置いておくとして、俺とユングで情報収集に出るか?」
「え~、ボクも行きたいなー」
ゾーイの我儘発言にユージンが半眼になるが、別に不都合があるわけではない。
「お前な……。まあ別にそれでも良いけど、そうすると俺と入れ換えて、ユングと2人で行くか?」
「え、それはちょっとイヤ」
「なんだと!」
ゾーイに拒否されたユングが気色ばむ。
喧嘩勃発か――と思ったところで、別の声がした。
『なら、私が彼らを見ておくから、3人で行ってくると良いよ』
「ニルガルド」
それなら、まあ良いか、とユージンは思ったが、一応ライリーの様子を伺う。
ライリーも、自国の姫を「ヴァナル王国の守り神」に託して良いものか少し考えていたが、そこは彼女を信用することにしたらしい。
「分かった。ではそのように」
◆ ◆ ◆
一行が足を踏み入れた中海西部の国は、サガエン国という。
そこそこの広さの国土と経済力を持つ、中堅の国だ。この大陸では珍しく、共和制を採っている。
ネアン帝国とは中海を挟んだ隣国であるが、文化圏は異なっているため、付かず離れずの関係であった。このため、ライリーなどはネアン帝国の騎士であることを隠す必要はないが、そこまで帝国の威光が有効な訳ではない。
また、大陸西部への玄関口の国でもあるため、特に中海沿岸の町は様々な文化が入り交じる傾向にある。
ユージンは、道路脇に出された露店を眺めながら、そんな前情報を思い出していた。
「良く分からない物がイッパイあるね」
ゾーイもユージンと同じように露店の品物を眺めて、そんな感想を口にした。
「お前も知らないのか?」
「うん。ボクは任務で結構色々なところに行ったけど、全部大陸東部だったからね。ネアン帝国の文化圏が多かったし、大陸西部はよく知らないんだ」
「なるほどな。……まあ、俺からすればどっちの文化も馴染みないから大差ないけど」
「おれも初めて見るものばっかりだぜ!師匠の部屋にも変なものはたくさんあったけどな」
ユングも、露店の商品に興味津々である。
そんな3人の様子が面白かったのか、露店の店主が声を掛けてきた。
「兄ちゃん達、旅の途中かい?」
「まあ、そんなところだ」
「その恰好、ネアン帝国の方から来たんだろう?勇者様の追っかけか?」
「……んん?」
店主の言葉に、ユージンは眉根を寄せた。
言葉の前半、ネアン帝国から来たのは事実である。服装からそれが推測できたとしても、不思議はないだろう。
だが後半の「勇者の追っかけ」とはどういう事だ?恥ずかしいことに、勇者は自分なのだが……他に勇者がいるという話も聞かないし。
ユージンのそんな心中を察したのか、店主が意外そうな顔になった。
「あれ、外れか。最近、結構東から来るんだよ。勇者様の噂を聞いて、一目姿を見たい、って言うのがな」
「……勇者はこの辺りにいるのか?」
「ああ、ここから西に行った街に、今は居ると思うぜ。この宿場町を、10日程前に出発したからな」
「あんたも見たのか、その勇者を」
「ああ。意外にも結構若かったな。20代半ばくらいか?立派な鎧を着て、ネアン帝国の騎士や魔法士を4人くらい引き連れてたぜ。そう言えば兄ちゃん、どことなく勇者様に似てるな」
「へえ……。俺達もこれから西に行くつもりだから、もしかしたら会えるかもな」
「ああ、一度会っとけよ!ネアン帝国を魔王軍から救った新たな英雄様だ!しかも、これから魔王を倒そうって言うんだからな。感謝の一つでも伝えておかないとな!」
ユージンは上機嫌な店主に、情報ありがとう、と愛想笑いをして、その場を後にする。
そして、ユージンと、空気を読んで黙っている2人はしばらく無言で歩き、人気が少なくなったところで。
「どゆこと?」
もうほとんど分かっているだろうが、ゾーイがまず疑問を口にした。
「さすがにおれでも分かるぜ。ユージン兄ちゃんの偽物だな!」
「……まあ、そうなんだろうな」
「百歩譲って『自称勇者』ならアリかもしれないけど、『魔王軍を倒した』っていうのはマズいよね~。完全に嘘じゃん」
頬を膨らませて憤慨するゾーイに、ユージンがニヤリと笑う。
「いや、『自称魔王軍』を倒したのかもしれないぞ?」
「……ユージン、楽しそうだね?」
ユージンの態度に、ゾーイが若干不満気な声を上げた。
「そういう訳じゃねえけど。ま、とりあえずもう少し情報収集して、皆と相談だな」
ユージンは肩を竦めて、再び活気のある方に向かった。
◆ ◆ ◆
宿に戻ったユージン達は、既に戻っていたライリーと、ディストラの看病をしていたフラール、フレイヤと共に、情報の整理と共有を行った。
もちろん、主な議題は例の偽勇者に関するものである。
ユージン達とライリーが得た情報を統合すると、主に以下のような内容であった。
・偽勇者は、20歳過ぎの見た目。ユージンよりも少し背が高く、濃い茶色の髪に薄い青の瞳。高そうな鎧を着ている。
・一緒にいる人間は、ネアン帝国騎士の服装の男が2人、ネアン帝国魔法士のローブを着用したした男女1人ずつ。
・十数日前にこの宿場町に現れて、勇者と名乗り、様々な優遇措置を受けたうえで、10日前に西に出発した。
この話に最も憤ったのは、直情型のフラール――ではなく、意外にもライリーであった。
「勇者や、帝国騎士の名を騙るなど、断じて許すわけにはいかない……!」
怒鳴るわけではないが、静かに怒りを滾らせるその様子に、ユージンは「あー、真面目な人間が怒るとこうなるよなー」とどこか他人事のように眺めていた。
もちろん、フラールが怒っていないわけではない。
「何よそれ!信じられない!見下げ果てるわ!」
「とっ捕まえてやろうぜ!」
「そーだそーだ!縛り首だー」
ユング、ゾーイもそれに加わって熱が上がる。
そんな中、沈黙を守るユージンに、フレイヤが心配そうな視線を向ける。
「ユージンお兄ちゃん……?」
「ん?なんだ、フレイヤ?」
「怒ってないんですか?」
「んー、まあ、別にそこまでは」
ユージンの反応に、ライリーやフラールが驚いたような顔をする。
「何で?貴方の功績が利用されてるのよ?」
「まあ気分は良くないけど、別に被害を受けた訳じゃないからな」
「そういう問題じゃないでしょ!」
息巻くフラールに、ライリーが加勢する。
「その通りだ。勇者の名を騙ることは大問題のうえ、帝国騎士の身分を騙れば立派な罪になる」
「あー、うん。とりあえず、俺達の先に居るみたいだし、そいつらを捕まえて、止めるように言う方向で……」
「オトシマエをつけてもらわないとね!」
「しばりくびだー」
鼻息の荒い仲間に、ユージンは苦笑するのだった。
◆ ◆ ◆
翌日、ようやく復活したディストラに、ユージンは昨日の出来事を話した。
「そんな事があったんだ。厚顔無恥な奴らだね」
ディストラも、ライリーほどではないが怒りを覚えているようだ。手綱を握る力に、力が入っている。
ユージンは、馬車の準備をしながらそれを見て、騎士とはそういう事を結構気にする人種なのか、とぼんやりと思った。
それから2日程、西に進んだ一行。
ここからさらに西に1日行ったところにある街に、例の偽勇者は滞在しているらしい。
でも行程的にはここから北に進んだ方が効率的なんじゃ、というユージンの意見は、反対多数によって否決された。
「まあ、別に良いけど」
何としても偽勇者を罰する気の仲間に、ユージンは肩を竦めるのだった。
◆ ◆ ◆
その街は、サガエン国の中でも比較的大きな街で、首都に次ぐ規模と言われていた。
港町の雑多な文化が入り混じった空気とはまた異なり、ユージンの感触としてはアラビア系の文化である。ユージンがタージ・マハルと称したナルセルド王国の王宮とも似た文化を感じられる。
ユージン達は、いつもの如くまずは宿を確保した。
だが、ここからが普段とは違う。
普段であれば、軽く情報収集をした後、すぐに次の行程に向けてのルートの確認や、消耗品の補給を行うのだが。
今回は、例の偽勇者に関する情報を集中的に、手分けして収集することになった。
しかしここは他国のそれなりに大きな街。危険も多いだろうという事で、3班に分かれることになった。
ライリー、フラール、ゾーイのネアン帝国組、ディストラ、ヴァン兄妹の非帝国組、そしてユージンは1人である。
一見バランスの悪い班分けだが、物理・魔法戦闘への対応能力と身体能力を考えると、意外と妥当なのである。
純粋に能力だけを考えると、ライリーとディストラが逆の方が良いのだが、そこはまあライリーの騎士道精神を考えれば仕方がない。
そして、魔法・物理戦闘どちらもできるユージンは、足手まといさえいなければ1人でも大丈夫との判断である。
「なんだかなぁ」
若干寂しいものを感じつつ、先に行ってしまった2班に続いてユージンも歩き出した所で、
『どれ、では私が君に付き合おう』
ユージンの肩に碧い小鳥が着地した。
「ニルガルド。良いのか、2人を放っておいて」
『位置は常に把握しているよ。もし何かあれば、すぐに分かる』
索敵魔法とは別に、契約している幻獣は、2人と繋がる魔法があるということだった。
「ふうん。ところで、ニルガルドは例の偽物についてどう思う?」
『特別何も。私達幻獣には、金も名誉も地位も必要ないからね。他者を騙る者の気持ちは分からないし、それに対して憤りを感じることもない。もちろん、騙すことを目的として、個人に成りすまされれば怒りを覚えるかもしれない』
「どういう事だ?」
『例えば、フレイヤが助けを求めていると思って駆け付けたら、実は違う人間に良いように利用されていた、とかだね。まあ、私を騙せる人間などそうは居ないけれど』
「なるほど。でもそれは、結局自分に不利益があったから怒るワケだよな?」
『自分だけではないだろうね。これも例えだけど、ユングを騙る者が、傍若無人な振る舞いで、彼の信用を著しく損なうような行いをすれば、止めに入るだろう。自分自身に害はないけれど』
「ふむ」
『今回の件は、それに近いんじゃないのかい?』
訊ねるニルガルドに、ユージンは少し考えた後、頷いた。
「まあ、信用は大事だな」
どこかズレた回答をしたユージンだったが、ニルガルドは特に突っ込みはしなかった。
章タイトルの「偽物」登場です。




