第9.5話 下級騎士アレックス=アンバー周辺の事情
周囲からユージンはどう見られているのか、という話です。
本筋ではないものの、次話にそのまま続くので9.5話としています。
魔王を倒すために、異世界から勇者を召喚する。国のその方針に、多くの生え抜きの騎士達は不満を覚えた。
自分達では力不足だと言いたいのか、という事である。
国の上層部はその事について把握はしていたが、黙殺して勇者召喚を敢行した。
もちろん、騎士の中にも勇者を歓迎する声はあった。
悪魔は非常に強力な敵であり、出来れば戦いたくない、という心情の騎士も多かったのだ。特に貴族階級の騎士は殆どがそうである。
だが、事実上自分達が国の安全を支えているという自負のある平民出の騎士達の、勇者への感情は好意的とは言い難かった。
そして、実際の勇者と相まみえ、その感情は緩和されるどころかより強固なものとなるのだった。
「あんなに弱いのが勇者とはね。肩透かしも良いところだ。しかも、勇者ってだけで皇女殿下に甲斐甲斐しく世話してもらえるなんてなぁ」
同僚のそんな言葉に、下級騎士になって3年になるアレックス=アンバーは全面的に同意した。
「全くだな。あれで勇者になれるんなら、俺達みんな勇者だぜ」
アレックスの意見に、周囲も同調する。
午前中、彼らの中隊長であるライリーと一手交えた勇者は、あっという間にライリーに敗れ、みっともなく地面に膝をついたのだ。
自分達でも、もっと食い下がれる。
彼らの中で、勇者の評価は地に落ちた。
「それにしても、隊長もきっついよな~。本人相手に堂々と『勇者とは認めない』って言っちゃうんだから」
「まあ、俺らも皆思ってることだけどな」
「そうだな。隊長に負けた後に何人も戦ったけど、誰にも勝てないって、笑うとこか?」
「いや、あれが我が国の勇者という意味では笑えねえな」
「だから、勇者と認めてねーんだって」
「そうだった」
けらけらと笑う若い騎士の集団。
その中で一際線の細い1人が、声を上げる。
「ま、勇者様の話はもういいじゃない。気にする必要もないでしょ。昼食に行きましょう」
アレックスと同期で騎士になったベティ=ベルトーラだ。
平民から騎士になるという狭き門を、女性だてらに潜り抜けた強者である。その細腕から繰り出されるとは思えない連続攻撃を武器とする彼女に、アレックスは負け越している。
まあ、そもそも女性で騎士試験に合格するには、男性よりもかなり能力がないと不可能とされているため、彼女の能力が高いのは当然と言えば当然である。
そして、男所帯の騎士隊中の紅一点である少女は、これまた当然のように若手の騎士から人気があった。
10数人で連れ立って騎士用の食堂に向かう若者達を、数人の中堅の騎士達が眺める。
そして、彼等が会話が聞こえないくらい離れたところで、1人が口を開いた。
「どう思う?」
「勇者様か?まあ、今のところあいつらと同感だな。正直、今のままじゃお話にならないが……」
「気になる事が?」
「一つは、隊長だな。若手と戦う時の様な手加減が無かった。手加減しても十分勝てる腕の差はあるにも拘わらず。二つ目は、今日、彼が誰にも勝たなかったことだ」
「ただ単に弱いだけじゃないのか?」
「そうは思わないな。隊長にあっさり負け、その後も負け続けたせいで、若手のやつらは気づいてないみたいだが、あいつらと戦えば、勝てるくらいの腕はあると思う。にもかかわらず、若手に挑むことはしなかった」
「買い被りすぎじゃないか?」
「そうかもな。まあ、しばらくは様子見だ。俺達も飯にしよう」
中堅の騎士にそんな評価をされているとは露知らぬアレックス達は、その後も十数日間、午前中だけやって来ては騎士達に負け続ける勇者を冷笑しながら観察し、見下していた。
「はい、今日も全敗~」
「いい加減、来るのやめれば良いのにな。先輩達もあんなのと戦わされて迷惑だろうし」
「池から出てきた蛙が、中海(ネアン帝国西部に広がる巨大な湖)を前にして、自分の弱さを認められずにムキになってるんだろ」
「ていうか、やる気あるのか、あいつ。俺達が午後練の時は一切顔出さないし。午前しか訓練してねぇんだろ」
「そう言えばそうだな。その癖、皇女殿下からの接待付きとか、良いご身分だな」
「しかも賓客対応だぜ。豪華な部屋に皇族と同じ食事。あ~、俺も召喚されて~」
「ベティもそう思うだろ?」
「……別に」
同僚に水を向けられた少女は、楽しくなさそうに呟いた。
「んだよ、ノリ悪いなー」
「だって、いきなり知らない世界に連れて来られて、悪魔と戦えって言われたら、アタシは嫌だよ」
少女の感想に、少年達は初めて勇者の心情を考えるに至った。
「まあ、確かに」
一瞬だけ勇者への同情が一同を巡るが、しかし。
「いやでも、あんな美少女の皇女殿下に世話してもらえるなら、俺だったらやる気になっちゃうぜ」
「それはある」
「確かに」
「やはり羨ましい」
少年の頭が憂慮よりも欲望が勝るのは当然だった。
アレックスも例に漏れず、その場の空気に流されてベティに訊ねた。
「ベティだって皇太子殿下みたいなイケメンに頼まれたらやる気にならないか?」
「どうかな、実際なってみないとね。でも、彼みたいに毎日毎日ボロボロになるまで訓練するなんて、とてもじゃないけど出来ないと思う」
目を伏せて静かに告げる少女の表情に、アレックスは二重の意味でどきりとした。
しかしベティの心情を慮る人間はここには居らず。
「でもそのおかげで殿下に回復してもらえるんだぜ」
「そうだな。殿下に手当てしてもらえるんなら、骨の1本や2本」
「あ、しかも一日中じゃねーじゃん。あいつ、午前中しか訓練してねえし。午後は殿下とまったりティータイムでも過ごしてるんだろうな」
「妬ましい!」
「滅べ!」
ぎゃははと盛り上がる少年達。
その様子を見て少女がポツリと呟くのを、アレックスだけが聞いていた。
「……バカね」
◆ ◆ ◆
数日後。
午前中に訓練だったアレックス達は、午後は久しぶりの非番、休暇だった。
特にやることも決めていなかったアレックスの目が、ボロボロの身体を皇女に治療してもらっている勇者の姿を捉えた。そして何故だか数日前のベティの表情が無性に気になってしまい、彼女にこっそりと訊ねた。
「なあ、ベティ」
「なに?」
「この前さ、勇者が午前中しか訓練してないって会話してた時、バカって呟いただろ。あれどういう意味だ?」
「……私達が見てる事が全てじゃないって事よ」
「どういう事?」
ベティの言葉の意味が分からず、アレックスは首を傾げる。
「本当に知りたいなら、午後の6の刻(午後3時)くらいに、魔法局の北東にある小さな広場に行くと良いわ。ただし、見つからないようにこっそりとね」
「見つかる?誰に?」
「行けば分かるわ」
ベティの要領を得ない答えに謎が深まるアレックスだったが、彼女はそれ以上説明する気はないようで、アレックスに背を向けてすたすたと行ってしまった。
「良くわからんけど……行ってみるか」
それからアレックスは仲間と昼食を摂り、街へと繰り出す彼らと別れて自分の装備の手入れをして時間を潰した。そしてベティに言われた時間になると、王宮主塔の南東にある魔法局の、さらに北東へと歩を進める。
すると、遠くから物音が聞こえ出す。近付くと、それはまるで戦闘をしているような雷撃や爆発の音であると分かった。
「(まさか、敵が?)」
王宮のこんな深い場所に侵入されたとあっては一大事である。
慌てて足を速め、状況把握のためにこっそりと物陰から広場を除き込んだアレックスは、見た。
「(あれは、勇者と……魔法士?)」
広場では、勇者と、魔法士とおぼしき少女が対峙しており、少女が勇者に向かって物凄い勢いで攻撃魔法をぶっ放していた。先程から聞こえていた音はコレだ。
そして勇者は、それを回避し、魔法の盾で防御し、それでもどうしようもないものは、その身に受ける。そうしてみるみると傷を増やしていき、1刻も経ったときにはボロボロになっていた。
「(なんだ、これ……)」
血だるまになった勇者は、それでも広場の端に待機している皇女に助けを求めはしない。
それどころか。
「ぐぅっ!」
「ユージン!」
魔法士の土魔法によって創り出された岩の矛が、勇者の脇腹を貫いた。
慌てて駆け寄る皇女を、しゃがみ込んだ勇者が制する。
「まだ、死ぬような怪我じゃない」
口から血を吐きながら、勇者が立ち上がる。
「いや、だいぶ死にそうだよ、ユージン。治療しなよ」
魔法士の少女が、若干冷や汗をかきながら告げた。
しかし勇者はその言葉を受け入れない。
「悪魔が、怪我を治す間待っててくれるか?動けなくなるまで、続けるぞ」
勇者の鋭い眼光に晒され、皇女と魔法士が怯む。
「わ、分かったよ……フラール様」
「ええ……」
皇女が魔法士に促されて端に下がり、魔法士が勇者に向き直る。
「じゃあ、続けるよ、ユージン。……死なないでよ?」
「死なねえよ……まだ、死ねない」
ふらつきながらも、目の輝きは褪せることがない勇者に向かって、魔法士が唱える。
「唸れ『炎の鞭』!貫け『光の弾丸』!『再填』!」
炎の鞭が勇者を前後左右から襲い、まともに動けぬ所を十数個の光の弾丸が穿つ。さらにダメ押しで、光の弾丸が再び発射される。
騎士の一個小隊をも全滅させるほどの威力の魔法の嵐が、死に体の勇者に降りかかる光景に、アレックスは戦き言葉を失う。
「くっ!出ろ『物理の盾』!『魔法の盾』!」
アレックスなら、万全の状態であったとしても、諦めていただろう。
しかし勇者は、頭上に出した『物理の盾』に向かって跳び上がり、さらに盾を踏み台にして『光の弾丸』の連発を回避した。
さらに、下から襲い来る炎の盾に向かって『魔法の盾』を翳す。
が、盾は一方向にしか展開できていない。
縦横無尽に動き回る鞭は、易々と盾を避けて勇者の体を打ち据えた。
「ぐぁあっ!」
上空で炎鞭を受けてバランスを崩した勇者は、そのまま受け身も取れずに落下した。
「うぁっ……!」
強く身体を打ち付けた勇者は、肺にもダメージを受けたようで、しばらくゴホゴホと辛そうに呼吸した後、立ち上がろうとして、崩れ落ちた。
「ユージン!」
「こにゃー!さすがにまずいにゃー!」
2人の少女が勇者に駆け寄り、その内1人が勇者に治癒魔法をかける。
「なんだ、これは……」
物陰からその一部始終を食い入るように見つめていたアレックスは、呆然と呟いていた。
その背後から、囁くように声が掛かる。
「ホントに来たんだ」
「ベティ……これは、何なんだ」
自分にここに来るように言った少女に、少年が問いかける。
「何って、見たまんまでしょ。勇者様は、本気で、戦うつもりなんだよ。悪魔と戦って、この世界を救うつもりなんだよ」
「だからって、こんな……」
ゆるゆると首を振るアレックスに、ベティが悲しそうに問いかける。
「ねえ、アレックス。あなたに、あんな事ができる?いくら皇女殿下に治癒してもらえるからって、一歩間違えれば死んでしまような努力を、あなたはできる?アタシには……できない。3年前、この国を救うための力に、騎士になると誓ったけど……アタシには、できないわ」
「俺は……」
「この国に生まれて、この世界を守るべきアタシが出来ないことを……。いきなり喚び出された場所で、私たちの世界のために必死になってやろうとしている勇者様を、どうして馬鹿にできるの?」
「っ……!」
何が「やる気あるのか」だ。何が「午後は殿下とティータイム」だ。自分達がそんな馬鹿話をしている間にも、彼は血反吐を吐きながら努力をしていたというのに。
知らなかった、などは言い訳にならない。
自分は、知ろうとしなかったのだ。
思えば、アレックス達と訓練をしている時も、周囲がちらちらと集中せずに勇者を観察しているのに対し、彼は常に本気で取り組んでいた。
一度も勝てなくても――。
「ねえ、気付いてる?彼が、アタシ達騎士に一度も勝ててない理由」
「それは……」
薄々、気になってはいた。何せ、彼は一度も若手の騎士に挑んで来た事は無いのだ。
「多分、相手を選んでるのよ。全力を出してなお、ギリギリ勝てない相手を。それが一番、自分を成長させると分かってるから」
戦士が最も成長できる時はいつか、と訊かれたら、死線を乗り越えた時、と答える。それが騎士学校で習う常識だった。
百度の訓練より、一度の実戦の方が戦士に成長をもたらす。
しかし、そうそう実戦など行えない。だから、訓練で最も実戦に近い環境を得るため、実力が伯仲するものと全力で戦う。
そして、勝利するより、敗北する方が得るものが多い。
「アレックス達は、騎士に勝てない彼を見下していたけど。彼は、アタシ達よりももっとシビアな考えをしているのね。最初からアタシ達なんて眼中に無かったんだもの。好意的に見られていない事はすぐに気付いたはずだわ。でも、後ろ指刺されても、プライドよりも波風立てないことを優先し、自分が強くなるために、行動しているのよ」
眼中に無い。
そう指摘され、アレックスは怒るところだと思ったが、どこかスッキリしていた。
そうだ、全くその通り。彼は、自分達の事など何とも思っていなかった。これ見よがしに悪口を言われても、表情一つ変えなかった。
つまり、
「プライドよりも優先した、っていうより、俺達にどう思われようが彼のプライドが傷つく事は無いんだろうな」
「そうかもね」
はあ、とアレックスは大きく溜息を吐いた。
自分が情けなくて仕方がない。
大した努力もせずに――自分ではそれなりにやったつもりだが、彼と比較すれば大した事は無い――強くなった気になり、自分たちの世界のために努力する少年の姿を正面から捉えようとする事もなく、批判ばかりする。
「ガキか、俺は」
「そうね。もう今では、結構な人が彼のことを認め始めているわ。彼が挑む人も、だいぶ実力が上の人になってきている」
「池の蛙は、俺達だったってわけか」
「それに気付けただけ、良かったんじゃない?」
そう言って微笑む少女に、少年は苦笑する。
「そうだな……。なあ、ベティはあの勇者を見て、どう思ったんだ?」
皇女の治癒魔法を受けた勇者は、上体を起こしてはいたが、まだ立ち上がれはしない様子だった。
「そうね。もちろん、凄い、と思ったけれど……。『勇者』って何なのか、少し考えちゃったわ」
「どういう意味?」
「勇者って聞くと、すごく強かったり、戦う才能に溢れた人を思い浮かべるけど、実際はそうじゃないのかもって。だって、勇者って『勇気ある者』って意味でしょ。そういう意味では、彼はまさに勇者かもしれないな、ってね」
「勇気ある、者……」
自分はどうだろうか。悪魔と戦えと言われて、頷けるだろうか。そんな勇気が、自分にあるだろうか。
「(今の俺には、無理だな)」
この国を守るという意識は持っている。
だが、悪魔との戦いは、もっと腕の立つトップ騎士達が行うものだという、漠然とした逃げがあった。
こんな自分が、勇者になどなれるはずもない。
彼の戦いを初めて見た時の、生意気なセリフを吐いた自分を殴り飛ばしてやりたい。
だが、後悔だけしていても何も変わらない。
勇者にはなれなくとも。
この国を守る騎士として、彼に自分を誇れる存在でありたい。
膝に手をつきながらも立ち上がる勇者を見て、アレックスは強くそう思った。




