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前だけを見て

 旧街道に入ってから不眠不休で駆け抜けること丸三日。正午を過ぎたころに、リーズはようやく山岳地帯を抜け、土の道が続く平坦な土地に出た。

 岩と土だけで彩られた殺風景な視界に、徐々に優しい緑色が広がり、鳥の囀りや小動物の鳴き声が聞こえるようになると、リーズのテンションは一気に上昇した。


「やっと、ここまでこれた……! ふぅっ、あと……もう少しっ!」


 さすがにここまで来ると、リーズの顔に現れる疲労も濃くなってきている。背嚢の中にあった保存食が全部なくなったおかげで、かなり身軽になったのがせめてもの救いだったが、ここから走ることができるのは夕方辺りが限界だろう。

 荒れる息を整え、リーズはラストスパートに入った。


「シェラっ……シェラぁっ!」


 痛みを訴える足をあふれ出る脳内物質でごまかし、ただひたすらアーシェラに会いたい一心で駆け抜ける。

 アーシェラが住む場所がどこにあるのか、看板などの目印は全くない。茶色い土にわずかに刻まれている馬車の轍だけが、リーズを導く道標(みちしるべ)だ。


 そして、ひたすら走ること数時間――――――



「お姉ちゃーん、そろそろ帰りましょ~」

「う~ん、よく寝ましたわ。これで明日の()()も万全ですわ」

「あはは……お土産楽しみにしてるね。テキサス、帰るから羊さんたちをあつめてっ」


 野良着を着た桃色髪の姉妹、ミーナとミルカは、日が沈みそうな時間になったので、羊の放牧を終えて帰ろうとしていた。

 牧羊犬テキサスが、散らばった羊を集めていると、東の方から何かが近づいてくる気配を感じ、警戒の声を上げた。


「どうしたのテキサス? 魔獣がいる?」

「あら、こちらに人が来ますわ。しかもたった一人とは」


 テキサスが吠える方向に姉妹が目を向けると、そこには一心不乱に走ってくるリーズが見えた。

 そしてリーズも、イングリッド姉妹が見えたことで、疲れていた顔がみるみる輝かんばかりの笑顔に変わった。


「人だっ! 人がいるっ! すみませ~ん! ちょっと道を聞いてもいいですか~っ」


 笑顔で手を振りながら近づいてくるリーズを見て、ミーナとミルカはやや困惑しながら顔を見合わせたが、敵意はなさそうなのでとりあえず話してみることにした。


「あのっ! このあたりに住んでいる人ですか?」

「う、うん、そうだけど……お姉さんは?」

「わたくしはリーズといいますっ! 親友のシェラ……じゃなくて、アーシェラに会いに来ましたっ! 知っていたら、家を教えてください!」

「村長……アーシェラさんの親友の、リーズさん……ですか」

「シェラが……村長っ! 近くにいるんですね! お願いです! シェラに会わせて下さいっ!」


 興奮と疲れで冷静さを失いかけているリーズは、勢いに任せてミーナとミルカに頭を下げつつ詰め寄る。

 リーズがとても疲れていることを悟ったミルカは、優しい言葉でリーズを落ち着かせることにした。


「まあまあ、落ち着いてくださいな。ここまでの道のり、さぞかし苦労なさったのでしょう。ですが、ここまでくればもうアーシェラさんは逃げませんわ。さ、私たちイングリッド姉妹が、村までご案内いたしますわ……()()()

「私たちの村にようこそ、ゆーしゃさまっ! 私はヘルミナ。ミーナって呼んでください」

「はいっ! お願いしますっ!」


 こうしてリーズは、イングリッド姉妹に連れられて、村まで案内してもらうことになった。

 リーズとイングリッド姉妹は、話しているうちにすぐに打ち解けていき、村長をやっているアーシェラのことについて、リーズは色々と聞くことができた。


「勇者様っ、喉が渇いていませんか? これ、羊さんたちのお乳で作った、飲むヨーグルト、よかったら飲んでください」

「いいの? ありがと~っ、走ってきたから喉がカラカラだったの!」


 ミーナから羊乳の発酵飲料をもらって潤すころには、リーズから勇者の喋り方が消えて、まるで先輩後輩のような会話になってきていた。よほどミーナとは相性が合うのだろう。

 そうして歩いているうちに、リーズの前に木でできた簡素な柵と門が姿を現した。リーズはついに、目的の場所にたどり着いたのだ。


「さあ、リーズさん。私たちの村にようこそ。羊たちの歩みに付き合わせてしまいましたが、ここからはもう迷うことはありませんわ」

「村長さんのおうちは、あそこにある五つの屋根の、右から二番目ですー。一番大きな家だから、すぐにわかるはずですっ」

「あれがシェラの家なのねっ! ミルカさん、ミーナちゃん! ここまで案内してくれて本当にありがとうっ! 近いうちにまたゆっくりお話しましょうねっ!」

「ふふふ、遠慮せずに村長の胸に飛び込んでらっしゃいな。きっと村長は喜びますわよ♪」


 アーシェラの家を教えてもらったリーズは、イングリッド姉妹に大きく手を振りながら、満面の笑みで走っていった。ミルカとミーナも、アーシェラの家に一直線に向かっていくリーズを、見えなくなるまで手を振って見送った。


「あれが、噂の勇者様……なんだかすごい人だったけど、とっても話しやすかったね、お姉ちゃん」

「ふふふ、あのカリスマは流石ですわ。ミーナもあっという間にメロメロ……。ですが、村長をそのまま持ち帰られても困りますね。少し様子を見ましょうか」


 一気に親しくなったミーナは、完全にリーズにぞっこんになっていたが、姉のミルカはそのカリスマ性が村と村長に悪影響を及ぼさないか、若干心配しているようだった。



 ミルカがそんなことを考えているとも知らずに、姉妹と別れたリーズは一直線にアーシェラの家に向かって走っていく。

 数か月前まではどこにいるのか、生きているのかもわからなくて……数日前までは、本当に会いに行ってもいいのか迷っていた。

 先が見えない日々はとても苦しくて、この日は永遠に来ないのではないかと思っていたくらい。


「ハァっ……あハァっ……シェラっ! やっと会える……っ! リーズはっ、シェラのところに()()()()()!!」


 数年ぶりに会えた嬉しさと、我慢から解放された気持ちと、信じてよかったという想いが、全部一緒になり、心から溢れ出る。そこにはもう、不安や悲しみが入り込む余地は一切ない。


 5つある屋根の中で、一番大きな家の前に着いた。


 扉を勢い良くノックした。


 「誰だい」という声とともに、扉が開けば、そこには―――――



「やっほー! シェラ、久しぶりっ! 元気だった?」

「おふっ!?」


 アーシェラの姿を見た瞬間、リーズは思いきり彼の胸に飛び込んだ。

 その顔は歓喜に満ちていて、まるで一生分の幸せを得たようだったが……これから続いていくアーシェラとの生活と比べれば、ささやかな始まりの合図に過ぎないのであった。


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