第82戦 VSアハ・イシュケ
十月中旬の後期。
ラフターは牛探しに頓挫したために、妖精の国を訪ねる事にした。
妖精の国にある、石作りの城。
森の中にそり立つその城は、永遠に沈まぬ陽光を受けて、美しいその姿を示していた。
しかし内部はたくさんの書類が散らばった、ごちゃごちゃした状況だった。
エルフの男性と、お手伝いの服を着た少女姿のキキーモラが書類整理をしている。
金色の髪の白いドレスを着た妖精の女王ティターニアが、机の前で積まれた書類を一枚一枚見ていた。
紙には妖精達の性格や住処について書かれて、さらには起きた問題や陳情について文字が書かれていた。
ティターニアは机に寄りかかり、ため息を吐く。
「なーんで、妖精の女王たる私が、こんな仕事をしなければならない!?」
「むしろ王族ならば、自分の領地の把握と問題の処置は大切な仕事では?」
「わかっているけれど、それは下々の仕事で、私は最終判断だけすればいいのでは……、ラフターさん!?」
突然に訪れた漆黒の魔女に、ティターニアは慌てて起き上がる。
椅子とテーブルが生み出されて、そこにすかさずキキーモラが紅茶を持ってきた。
二人は机に向かいあって座り、会話をし始めた。
「……つまり妖精達から、珍しい牛の情報を聞いてほしいと?」
「ああ」
眠たげな目の魔女は、温かな紅茶を飲みながら頷いた。
「グウレイグと交換する牛でも、おいしいミルクを出す牛でも構わない。もう私達の情報ではめぼしい物はないのでな」
ただ情報を探してほしいと頼むラフター。
しかし、その言葉にティターニアは難しい顔をした。
「どうした? 何か問題でもあるのか?」
「……いえ、問題は無いのだけれど……」
そこに一人の少年の妖精が現れて、ラフターに話しかける。
「牛の情報を持っている妖精を知っているけれど、それを伝えて良い物か悩んでるんですよ、母さんは」
「誰が母さんだ!?」
妖精の名はロビングッド・フェロー。赤毛の少年の妖精は、屈託のない笑顔で話す。
「? ティターニア女王が僕の母さんですけど?」
「違う! あなたは妖精王のオベロンと人間のハーフ! 私のコピー元はオベロンの妻だけど、この世界では結婚していないし、あなたを生んだ覚えも育てた覚えもない!!」
「え~」
怒るティターニアに、ラフターは気にした様子も無く、話を続ける。
「牛の情報を持っている妖精とは誰だ?」
「……教えるけれど、そいつと会話しても気を悪くしないでね?」
ティターニアの分身である小さな妖精が現れて、ラフターにその妖精の居場所を教えた。
妖精の国の温かな平原に、その妖精は待っていた。
「やあ、僕はガンコナー、よろしく!」
「……よろしく、私はラフターだ」
パイプを持った美青年の妖精、名前をガンコナーと呼ばれた男は笑顔でラフターを待っていた。
握手どころか、初対面なのにハグまで行おうとした男の妖精。ラフターは瞬間移動で避けながら、ガンコナーに尋ねた。
口説いてくるガンコナーを無視して、ラフターは話を切りだす。
「それであなたは、珍しい牛に関して知っていると聞いたが?」
「おうとも」
パイプを手に美青年はウィンクをする。
漆黒の魔女は気にせず、話を続ける。
「その牛に関して教えてほしい。情報量は金貨でいいか?」
「教えてもいいけど、僕の恋人になってほしい!」
「金貨でいいか?」
「恋人はダメかい? だったら一晩でもいいから僕と付き合って……」
重力がガンコナーを地に伏せさせた。
「金貨でいいか?」
「……いたたた、分かった、教える!?」
「僕が昔、女性を求めて旅していた頃だけど、僕は牛も女性の次に好きでね。それで三か所ほど気になる牛を見た事があるんだ」
「それはどこだ?」
「案内するよ。だからこの後、一緒に食事でも」
ラフターはガンコナーと共に転移して、フィーラ村へと戻り、そのままガンコナーが牛を見た場所へとバイオンとプレゼンと共に転移させた。
ある晴れた昼の牧場に、武装したバイオンと、箒を持ったプレゼンと使い魔の鼠と犬。そして美形の妖精であるガンコナーが訪れていた。
「……ふうむ、さすがに若いか」
パイプを口にくわえたガンコナーは、プレゼンをじろじろと見ながら諦める。
プレゼンはそんな妖精を見上げて、首を傾げる。
「なんですか、ガンコナーさん?」
「いや、プレゼンちゃんだったかな? 数年したら僕と一緒にいいことしような?」
「……男の妖精は血の気が多いんですね」
いまだにバイオンが教えた「いいこと=殴り合い」を信じているプレゼンは、ガンコナーから一歩距離を取った。
守護神がわからない場所に、ラフターは極力は転移しようとしない。
なぜならラフターの気配に気づいた守護神が、向かってくる可能性があるからである。
そんなわけで、今回はラフター抜きでの探索が行われていた。
牧場の隅に角の無い牛がいた。
他の牛とは明らかに距離を取った状態で、その牛はもさもさと草を食んでいる。
『妖精牛、クロー・マラか』
バイオン達の頭にラフターの声が響いた。
『妖精から贈られる海に住む牛だ。大切に育てると家の者達を守ってくれる』
「つまり守護獣なんですか?」
プレゼンは歩み寄り、牛の肌を撫でる。バイオンに慣れているため、大きな動物に少女は恐怖は無い。
クロー・マラは撫でられるままで、驚きもしなかった。
「そうなんだよ」
パイプを咥えたガンコナーが、ため息交じりに告げる。
「この牧場の娘に話しかけると、この牛が邪魔してくるんだよなあ」
「……もしかして、排除するために私達に教えたのですか?」
「あ、いや」
プレゼンの指摘に、図星を突かれてたじろぐガンコナー。
『なんにせよ、おそらくグウレイグもこれなら受け入れるだろう。問題は牧場主が譲るかどうかだな』
淡々としたラフターの言葉。
バイオンは奪い取った時に暴れた場合は、どう押さえつけるかを考えていた。
突然、クロー・マラが顔をあげる。
そして重たい牛とは思えないほどの速度で駆け出し、牧場の柵を飛び越えた。
唐突な妖精牛の行動に、唖然とするプレゼン。
『どうやら、この家の誰かが命の危機のようだな。追いかけろ』
ラフターの言葉に、プレゼンは箒に魔力を込めた。
牧場から離れた湖の近く。
その側で一人の女が、必死に走っていた。
「誰か、助けて!?」
その後を追うのは一人の男性。美形ともいえる男が笑顔で、女を追いかける。
「おーい、待てよぉ!」
女はそんな男の姿に、悲鳴混じりの大声を出した。
「いやあ、こないで!?」
「ははは、つれない事を言うな?」
泣き出しそうな顔で走り続ける女。それを余裕の表情で追いかける美青年。
二人は湖の側で、追いかけっこをする。
「そろそろ追いかけっこも、飽きて来たな?」
美青年は徐々に体を変貌させる。
「もう、食べるか?」
美青年は馬へと変貌した。
その馬はタテガミの代わりに海藻を体に生やしている。
馬の名前はアハ・イシュケ。
湖に住む人食いの馬であり、女性を魅了して騙して湖に引きずり込み、食らいつくす怪物である。
馬の口が獰猛に開く。
「なんで、あの女は魅了されないんだろうか? まあいい、もう食ってしまうか!」
馬は一瞬にして、女の横に走り寄る。
そして、その衣服を口に噛んで側にある湖に引きずり込んだ。
塩の濃い濁った水の中、うまく動けずもがく女。
引きずり込んだアハ・イシュケが、そのまま女の肉を噛み千切ろうとする。
そこに泳いできた牛が、体当たりをかけた。
驚くアハ・イシュケ。クロー・マラはすぐに女の衣服を噛んで、湖の外へと泳ぎだす。
無事に湖の岸へと泳ぎ着いたクロー・マラ。
濡れた衣服が絡みつく女は咳込み、塩水を吐いた。
牛を見て驚く女。それは牧場にいた牛であった。
「あ、あなたは?」
水の飛沫を振り上げながら、アハ・イシュケが女へと躍りかかる。
クロー・マラは女を小さな目で一瞥すると、振り向きアハ・イシュケへと戦いを挑んだ。
クロー・マラがアハ・イシュケに体当たりをし、そのまま二頭は湖の中で暴れる。
体当たりと噛みつき、水しぶきを上げて二頭の馬と牛が殺し合う。
その戦いは互角であり、一進一退の攻防が続いた。
突然の強敵の登場に、馬はその口を歪ませる。
だがすぐに、いやらしい笑みを浮かべた。
アハ・イシュケの体にまとわりついた海藻が集まり、後頭部で鋭い刃となる。
その刃をクロー・マラへと切りつける。
しかしクロー・マラは湖を泳いでその攻撃を避けた。
だがその刃の狙う先は別にあった。
いまだに湖の側で腰が抜けて動けない女。
その濡れた女に向かって、アハ・イシュケはとびかかった。
クロー・マラが一瞬早く女をかばう。
大きな斬り傷がクロー・マラの体に作られ、血が噴き出した。
叫ぶ女性に、倒れる牛。アハ・イシュケは勝ち誇る様にいななき、牛に追撃をかけた。
空から土塊がアハ・イシュケに放たれる。
間一髪、湖に逃げ込むアハ・イシュケ。
そこに空飛ぶ箒にぶら下がった全身鎧の大男が、湖に飛び込んで追いかける。
大きな水しぶきが湖に起きた。
空を飛ぶプレゼンは、女性とクロー・マラの下へと向かった。
「誰か来たか? 馬鹿め、人間種族がこの水棲馬である私に追いつけるわけがない!」
高を括るアハ・イシュケ。
しかし、その甘い考えが命取りだった。
アザラシの如く水を泳ぐ魔法を自らにかけたバイオンが、左腕から水流を放ちアハ・イシュケに迫る。
驚く馬に、すぐにバイオンは右腕に巻かれた鎖を首に巻いた。
戸惑いながらも、アハ・イシュケは背中の刃でバイオンを斬りつけた。
しかし全身鎧のバイオンにダメージを与えられない。
殴りかかろうとするバイオンに、鎖に巻き付かれながらもアハ・イシュケは距離を取った。
「だったら、このまま水の中を引きずり回してやる!」
バイオンを振りほどこうと、全力で泳がんとする水棲馬。
バイオンの左拳の衝撃が、湖に伝わり、その伝動波の一撃がアハ・イシュケの顔面に入る。
血を口から吹き出し、怪物の馬は怯む。
さらにバイオンの右拳から、水を固めた空圧波が放たれ、アハ・イシュケの太い腹に一撃を加えた。
仰け反り馬は呻く。
伝動波と空圧波のバイオンからの連続攻撃。
その度に、鎖を首に巻かれた馬は何度も呻き、水の中で悲鳴を上げる。
三十発ほど遠距離打撃を加えたバイオン。アハ・イシュケは全身を血塗れにしてふらつく。
バイオンは鎖を引っ張り引き寄せて、振動波の一撃でアハ・イシュケに止めを刺した。
湖から泳いで出たバイオン。
そこには泣く女と、倒れたままの牛、泣き出しそうな赤い少女のプレゼンがいた。
「……すみません、即死でした。私の回復魔法では治せません」
自らを守って死んだ妖精牛に、濡れた女は泣き続ける。
離れていたガンコナーが近寄り慰めようとするが、エルジョイに唸られて断念した。
その後、バイオン達は女性と牛の亡骸を牧場に送り届けた。
牧場主の父親から感謝されて、お礼としていくらかのミルクとチーズを貰う。
クロー・マラは後で埋葬するらしい。
「このミルクで、妖精達も働いてくれると良いのですが?」
「それも一時的なものだろう、やはり定期的に提供してくれる牛が必要だ」
プレゼンはミルクを飲みながら、居残ろうとするガンコナーを見張りつつ、フィーラ村へと帰還したのだった。
バイオンは今回も特に無し!
ガンコナー:アイルランドの伝承に登場する、パイプを咥えた男の妖精。美形で女を惚れさせて恋に狂わせて衰弱死させる。牛を盗み、代わりに見た目を変化させた木の棒を置いていったりもする。
アハ・イシュケ:スコットランドに伝わる水の怪物、海や塩水の湖に棲む人食い馬。馬の姿をしており、近づいた者を誘惑して背に乗せた後に湖に連れ去って食い殺す、肝臓は嫌いなので食べず後に肝臓だけ発見される。また美形の男性に変化して女性を誘惑して連れ去る事もある。
クロー・マラ:スコットランドに伝わる水棲牛、角が無く耳が丸い。海に住んでおり陸に上がっては牝牛と交尾して子供を作る。生まれたクロー・マラの子は妖精からの贈り物とされ、他の牛と隔離して大切に育てると家を守ってくれる。アハ・イシュケが牛飼いの娘を襲った時、クロー・マラは立ち向かい戦いとなって相打ちになった。
毎日、即興で話を考えているので話が進まない。一応は展開は考えているのですが。




