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第7戦 VSジャイアント・スパイダー



 薄暗い夜の森。

 センターナ王国の南の隣国であるサウシャを訪れた、バイオンとプレゼン。

「なんでまたお前が着いてきてるんだよ?」

 隣を歩く赤い少女を見下し、面倒臭げにバイオンは言う。

 箒を持った魔法使いの少女は、鉄仮面の男を見上げて返事した。

「私は今、ラフター師匠の仮弟子。グレイプニル?とかいう物の素材を集めれば本弟子になれる、その素材集めの為ですよ!」

「俺と一緒に来る必要性は無いだろ?」

「ラフター師匠は常に見張れるわけではないですから! こうしてあなたを見ている時なら、私がピンチでも助けてくれますから!」

 バイオンはプレゼンから目を離し、空中に呟いた。

「だと言っているが、お前、助けに来るのか?」

 厳つい顔の男の質問に、空中から返事が来た。

『相手の守護神が面倒な相手でなければ』

「そうかよ」

 バイオンはそれ以上、興味が無いと口をつぐんだ。

 夜の森の道を、隣の少女の声を聞き流しながら、鎖で音を立てつつ巨体は森を進む。




 フィーラ村にいるだろう魔女ラフターの指示の下、道なき道を歩くバイオンとプレゼン。

 しばらくすると岩壁の洞窟を見つける。

 崖に綺麗にできたぽっかりと開いた大きな穴。

 覗いた少女が、体を震えさせる。

「不気味な穴ですね、コウモリとか飛んできそう」

「嫌なら、ここにいろ」

「別に怖いわけじゃないです!」


 二つの松明にプレゼンが魔法で火をつけ、バイオンがそれを手に洞窟の中を見る。

 中にガスがたまっていないかの確認の為に、片方の松明を投げこんだ。

 何も起こらない為に、大きな鉄の槍を前にかざしながらバイオンは洞窟の中へと入る。

 プレゼンもまたその横について来た。



 松明の明かりで照らされた、洞穴の中。バイオンとプレゼンが進む。

 少し進んだ先で、白い紐が天井から地面まで一本伸びていた。

「なんだこりゃ?」

 首を傾げながらバイオンは、槍でその紐をつく。


 プレゼンもまたその紐に近づき、まじまじと見た。

「これはもしかして、蜘蛛の糸でしょうか?」

 近づいて指で、その紐にプレゼンは触れる。

「蜘蛛って言うと、昆虫の蜘蛛か?」

「いいえ、蜘蛛は虫です。昆虫は足六本と羽がある物、蜘蛛は足八本だから虫です。その辺は割と曖昧ですけど」


 松明の光と入り口からの月明りの薄暗い洞窟。

 プレゼンは得意気に、解説をし始めた。

「私も魔女ですから、魔法の道具として蜘蛛の研究とかするんですよ。あと知識の新聞に載ってた内容とか」

「進んでいいか?」

「すぐに終わるから聞いてください!?」

 返事を待たずに進もうとする巨漢を、小さな体で少女は前に立って止める。


 松明を持った鉄仮面の男が立ち、それに向かい合った赤いローブと帽子の少女が説明し始めた。

「手短にしますね。蜘蛛は体内では液体ですが外に出すと固体になる糸を出し、生きる為に使用します。この糸は同じ太さの鋼鉄の何倍も硬く、科学的にはいまだに作れないと新聞で読みました。粘液をつけて粘着性のある物を出して獲物を捕らえる為に使用したり、粘着性のない糸で自分の移動の為に使用したりします。網上にして獲物を待ち受けたり、逃げる為に使用したり、風に吹かれさせて空を飛んだり、他にも色々です」

「じゃあ、この糸は何だ?」

 面倒くさげな大男の言葉に、プレゼンは少し悩んで答える。

「そうですね、トタテグモの糸のようなものでは無いでしょうか?」

「なんだそりゃ?」

「トタテグモは地面に穴を掘ってそこに潜む蜘蛛です。出入り口に糸を張って獲物を待ちます、そして糸の震動で獲物の到来がわかるんです」

「つまりこの洞窟が、その蜘蛛の巣穴だと?」

「そうです、つまりこの糸に触れた時点で私達の事はバレているという事です」


 プレゼンの全身に糸が巻き付いた。箒を少女は思わず地面に落とす。

「つまりこんなふうに獲物をとらえ、え、え、ええ?」

 糸に引っ張られたプレゼンは、そのまま天井まで素早く持ち上げられた。


 バイオンが視線を洞窟天井に向ければ、そこには足を除いた頭から腹にかけての大きさが二メートルはある、大きな蜘蛛がいた。長い足を入れればかなりの巨体に見える。

 ジャイアント・スパイダーと呼ばれるモンスターは、天井を這い、糸でぐるぐる巻きにした獲物をぶら下げて洞窟の奥へと向かう。

「ぎゃああああ!!? 助けてぇ!? このままじゃ私、体液すわれるぅ!??」

 糸の中で暴れる少女。

 松明と槍を持った大男は、それを見送った。

『バイオン』

 そんな大男の耳元に女の声が聞こえる。

『助けろ、じゃないと殺すぞ』

「ああ」

 面倒臭げにバイオンは返事をして、洞窟の奥へと走り出した。





 洞窟奥は広場になっており、天井に大きな穴が開いていて、月の光が差し込む。

 地面には浅く雨水による水が張っており、天井の月を映し出している。

 そんな幻想的な洞窟内の風景だが、中にいるのはグロテスクな見た目の大蜘蛛。

 そして円筒の広間にはたくさんの糸が張られ、馬や猪、肉食獣だろう獣達の枯れた死骸が糸に垂れ下がっていた。


 松明を投げ込み、バイオンはその場所へと辿り着いた。

 バイオンはそんな蜘蛛のテリトリーへと入り込み、背中に背負った鉄斧を左手に持つ。

 追いかけてくるのを理解していたのか、壁に張り付いていた大蜘蛛は侵入者をその複眼で見ていた。


 バイオンは鉄斧で張られていた糸を叩き斬った。

 少しの弾力を感じさせた後に、重みで切り離される。

「ちっ! 本当に硬いじゃねえか!」

 忌々し気に大蜘蛛を見上げるバイオン。

 大蜘蛛が顎を開け、粘性の糸を吐いた。

 バイオンの体に張り付く糸、それをバイオンは体を一回転させてねじ切る。

「だが、俺の体を引っ張れるほどの力は無いか」


 蜘蛛は地面に飛び降りる、地に這った水が跳ねる。

 八本の足を上手に動かし、蜘蛛は素早い動きで突進する。

 バイオンもまた鉄斧を持って走り、飛び掛かった。

 だが叩きつけられる直前に、蜘蛛は足八本を使った横跳びをして斧を回避する。

 距離を取った蜘蛛にバイオンは鉄斧を投げようとするが、思いとどまった。

「……下手に鎖を伸ばしたら糸で絡め取られちまうな」

 鎖を伸ばす事のデメリットを考え、バイオンは動きを止める。



 壁にぶら下がっていた糸繭の一つが燃え上がり、中から少女が飛び出た。

「あつ、熱い、水!?」

 地面の水に転がり、プレゼンは服についた炎を消した。

「うわ、景観は綺麗だけどなんか怖い状況!」

 燃え焦げの赤いローブを揺らしながら少女は周囲を見る。

「ああ、箒落とした!? 大事な物なのに、大蜘蛛ぉ!?」

 噴出される糸に、プレゼンは走って回避する。

 火の玉を生み出し、大蜘蛛に飛ばすプレゼン。大蜘蛛はとっさに回避し岩壁に張り付く。


 バイオンの後ろへと、水音を立てながらプレゼンは逃げ込む。

「ああ? 無事そうじゃねえか?」

「無事じゃないですよ! 一張羅が焦げちゃってもう! 自分で自分を燃やすなんて二度としたくない!?」

 魔法の炎で糸を燃やして焼き切った少女は、歯噛みする。


「それで勝てそうなんですか!?」

「わからん」

 糸を吹いては壁を張って逃げる大蜘蛛。

 糸はバイオンに巻き付くが、無理矢理に引きちぎる事が可能で、その巨体と怪力を完全に封じ込める事は出来ない。

 バイオンが近づくと見た目より俊敏な動きで、水を跳ねて飛んで逃げる。

 鎖を投げると、糸で絡まれてしまいかねない。

「手が思いつかん、爆弾投げても避けられるだろう」

「あ、私、良い事思いつきました」



 バイオンがプレゼンを肩に掴み上げて、蜘蛛に背を向けて来た道へと逃げ出す。

 複眼で二人の様子を見た大蜘蛛は、水の地面に着地して、二人の背中を追いかけた。


 ここへと来た場所、地面が水でない所まで逃げたバイオン。

 肩に乗っているプレゼンが電撃の魔法を、何度も解き放った。


 大蜘蛛を直接狙うのではなく、水の溜まった地面へと雷の魔法が落ちる。

 水を伝った電気に、感電した大蜘蛛は全身を痺れさせた。

 震える大蜘蛛は動きを止める。

 そんな大蜘蛛の複眼のついた頭に、バイオンが投げた鉄の槍が突き刺さった。

 大蜘蛛は少しだけ震えた後、そのまま水場に倒れ動かなくなった。




「これは俺の勝利なのか?」

 念のために槍の回収ついでに、蜘蛛の首を鉄の斧でバイオンははねた。完全に動かない大蜘蛛を見て、男は疑念を感じていた。

「私達の勝利ですね」

 プレゼンは満面の笑顔を浮かべる。


「何か嬉しいです、ようやく役に立てた気がします。これからも私に頼ってください!」

 小さな体で胸を張るプレゼン。

「守護神はどこだ、ラフター?」

 無視して魔女に問うバイオン。

「忘れてた、その前に箒の回収を手伝ってください!」

 走り出すプレゼン。バイオンはふと天井にぶら下がる蜘蛛の糸を見たが、どうでもよさげにプレゼンの後を歩いて追った。




 円筒の岩壁には、岩によって隠された道があった。

「またかよ」

「誰が隠したんでしょうね、神様自身でしょうか?」

 松明を手に、大男と少女は隠された道を進んだ。




 そうして奥へと辿り着いた二人。

 水溜まりがいくつかある広い岩の部屋には、一匹の生物がいた。

 それは体長一メートルほどの蜘蛛だった。

「さっきよりは小さいですね、お子さん?」

「こっちに気づいていない? いや、俺達の事は気にしていない?」


 蜘蛛は入って来た侵入者の事など気にせず、暗闇の部屋でただ何かを触れ続けていた。

 大きめな蜘蛛の前には、蜘蛛よりも大きいシャコ貝があった。

 シャコ貝は口を閉じている。

 蜘蛛はその隙間に足を入れて、上下に開こうとする。

 だがすぐにその行為を止める。

 そのままじっとシャコ貝を見て動かなくなった。

 そのような行動を繰り返していた。二人が来る前から、真っ暗な広間でずっとそんな無駄な行動を繰り返していた。


 そんな蜘蛛と貝のやりとりを見ていたバイオンとプレゼン。

 その二人の耳に魔女の声が聞こえた。

『創造神、ナレアウ……いや、シャコ貝だからアレオプ・エナプか? 貝を開けられないのは、劣化コピーだからか?』

「師匠」

 戸惑うようなラフターの声に、プレゼンは何事かと聞く。しかしラフターは考え事をしていて聞いていない。

 しばらくして、二人に帰るようにラフターは指示した。

『今回の守護神も、我らの意見は聞きそうにない。それがわかっただけ十分だ』

 こうして二人は、洞窟からフィーラ村へとワープした。

『……しかしこの世界を創った神は、本当に何も考えずに作ったのだけは理解できた』

 ラフターは面倒臭いと口にし、ため息をついた。









 大蜘蛛がいた円筒の広場。

 月の光が差し込むそこで、一つの糸繭が割れる。

 そこから出てきたのは一人の女だった。

「せっかく何もしないでご飯が得られたのに、やっぱり町に出て自分で狩りをするべきかしら?」

 その女は和服と呼ばれる、着物を身に着けた黒い髪の女性だった。

 月の光と水に反射した姿は妖美さがあった。


 着物の脇から数本の、節のある黄黒の斑色の蜘蛛の足がうごめいて出てきていた。


「……あの大きな男、私の存在に気づいて無視して行ったわね」

 女は大蜘蛛の死骸を一瞥した後に、水の上を歩く。

「あんな強い人がいる国に長居はしたくないわね、隣の国にでも引っ越そうかしら?」



 バイオンは鉄の槍を手に入れた!


ナレアウ:原初の蜘蛛の創造神。ムール貝を割って天と地を作り出し、水と砂から新たな神を生み出し増やした。

アレオプ・エナプ:原初の蜘蛛の創造神。シャコ貝を割って天と地を作り出し、カタツムリを月に虫の汗を海に変えた。

 どちらも島が集まった国ミクロネシアの神話。

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