第4戦 VS魔法使いの少女
フィーラ村が属しているセンターナ王国。
その国は暗雲が立ち込めていた。
「聞いたか? また魔族にどこかの国が滅ぼされたらしいぜ?」
「相手は突然に現れて、神出鬼没の異形。どうやって国を守るんだよ」
朝から酒場にいた町人二人が、飯を食べながら噂話をしている。
最近この国の城下町では、ほとんど同じような噂ばかりが立っていた。
魔族という怪物達が、唐突に現れて国を滅ぼすという事。
山向こうの国や他にも滅びており、このセンターナ王国も危ないという事。
またそれに呼応するように、危険な動物達や異形のモンスターが暴れている事。
今まで火種だった種族間の争いも、戦争に発展しているという事。
とにかく世界全体で危険が溢れかえっていた。
「町の兵士達は出ずっぱり、どこもかしこもモンスターや野盗がいて危険だと、商人たちが泣いているぜ」
「逆に傭兵派遣の仕事はギルドは景気良いらしいな、あそこは世の中が不幸なほど儲かる場所だからな」
「何処の村も兵士が駐在しているらしいぜ? 兵士で倒せる程度のモンスターしかいないのが救いか」
「いや、この国にあって兵士が駐在していない村が一つあるぜ?」
ただの噂話。
しかしその話に対し、食事をしながら聞き耳を立てている者がいた。
「フィーラ村。あそこだけなぜか兵士を断ったんだと」
「フィーラはこの国の国境付近の農村だっけ? ここから馬で走っても二日離れた辺鄙な所だけど、何故だ?」
「さあ? 数日前にも兵士が見に行ったが、モンスターにも全く襲われていない平和な場所だって聞いたぜ」
「へえ、羨ましいもんだな」
変な事もあるものだと、二人の男は食事を終えて、酒場を出た。
ミルクを飲んで、目玉焼きのトーストとサラダを食べた一人の少女が、食事を終えて椅子を立った。
「……フィーラ村、なんだか怪しいわね!」
花を彩った派手な魔法使いの赤いローブと、赤い三角帽子を身に着けた少女。
お金を払って、ホウキを手に、赤い長髪に赤い目の派手な少女は酒場を出たのであった。
フィーラ村。
天気は快晴。
村を囲む広い農地は、もうすぐ小麦の収穫の日であった。
そんな村の外れ、三つの家がある場所。
三人の男が椅子ほどの大きさの岩に座って、森で狩って来た猪の肉を焼いて食っていた。
右手に鎖を垂らしたバーバリアンのバイオンと、ドワーフの兄弟ガラールとフィアラルである。
三人は喋りながら、それぞれ肉をえぐり取り、素手で食っていた。
「で、これからどうするんだバイオン」
「夜まで鎖投げの練習、その後は斧を振ったり走り込みとか? ここ二週間、空いている時間はずっとそればっかりだ」
「うわ、地味ぃ、あんたの顔に似合わねえな」
「俺だって嫌だが、強くなるには努力しか今は無いんだよ、くそっ!」
「そういや、ラフターの嬢ちゃんはどうした? メシ食わねえのか?」
「あいつはほとんど寝ているぞ、飯も食わなくても生きていけるとか」
「さすが魔女か。……俺達、これからどうするんだ? 鍛冶屋だっけ?」
「ラフターが、あとでこの場所に鍜治場を作ると」
「貴方達が犯人ね!!」
花を模した派手な三角帽子と魔法使いのローブを着た小さな女の子が、三人の筋肉質の男を指さした。
「……それでだ、お前ら兄弟にやってほしい事があると」
「あ、なんだバイオン?」
「ペンと紙はあるから、鍛冶場の設計図を書いてほしいんだと」
「せっけいずぅ~?」
「ああ、それがあれば」
「無視するなぁ!!」
放たれた水の塊が、三人に向かって飛ぶ。
三人の男達は、イノシシ肉を手に飛んで避けた。
焚火の火が消え、三人が座っていた石の椅子が吹っ飛んだ。
「無視するな! 話をきけぇ!!」
白髭を生やしたドワーフ兄のガラールが文句を言う。
「おい、嬢ちゃん。水遊びなら他所でやれ」
「うるさい、悪党ども!」
指を差す魔法使いの少女。
赤い髪を揺らし、赤い目を燃やした少女は三人の男に言う。
「貴方達がモンスターを増やした犯人ね!」
突然の宣言にポカンとする三人の男。
得意気な少女は人差し指を立てて、説明した。
「今、世界にはモンスターが溢れてて困っているわ。でもこの村ではモンスターが出ていない! つまりここに犯人がいる! そして怪しい三人組を見つけたのよ」
「じゃあ、俺は修行してくる」
「俺らはどうするガラール兄貴?」
「そうだなフィアラル。とりあえず村の人々に挨拶してくるか」
「無視するな! ちょ、本当に去るな、待ちなさい、待ってよ、待っててば、お願い待って、待ってくださいぃ!?」
立ち去ろうとする三人と、追いかけて喚く魔法使いの少女。
うるさくて起きたラフターが、そんな四人の前に現れた。
「なにやら面倒な事になっているようだな」
「おはようっス、ラフター」
眠たげな目のラフターに、ドワーフ兄弟が軽く挨拶をする。
その姿に赤い少女は、ムムッとひらめいたような顔を向けたのだった。
「あ、なんか髪から服まですごい黒い! きっとあなたが黒幕の魔女ね!」
視線が合うラフターと少女。ラフターは淡々とした声でバイオンに言葉をかける。
「……バイオン、その赤い髪の少女と戦ってやれ」
「はあ?」
バイオンが自分より小さな少女を見下ろす。小さな赤い少女は胸を張っていた。
(こんな筋肉も無いガキと? 小突いたら死にそうなんだが?)
バイオンの思考を理解していたラフターが、眠たそうな顔で告げる。
「いいからやれ、お前はこの世界の魔法使いと戦うべきだ」
こうして家の前で、大男と少女の戦いが始まったのであった。
バイオンは布を纏った半裸で、武器は右手の鎖のみ。
離れた場所にいる赤い魔法使いの少女は、箒を手に自信満々に立っていた。
ドワーフ兄弟とラフターは家の前に並んで立っていた。
「では決闘と行きましょう。私が勝ったら、モンスターを増やすのを止めなさい!」
バイオンは鋭い目で、いいのか?とラフターに確認する。
ラフターは目を閉じて返事をせず、ただ戦いを催促していた。
「我が名はプレゼン! 正々どうど」
バイオンの投げた鎖が、赤い少女の顔面を直撃した。
後ろにそのまま倒れる赤い少女のプレゼン。
「……いったぁ~い!」
「なに?」
赤くなった顔をさすりながら、女の子は立ち上がる。
(手は抜いたが、防具の無い顔だぞ? 首が折れてもおかしくないだろ?)
困惑するバイオン。
それに対しラフターが少し目を開けて、バーバリアンの男の疑問に答えた。
「これがこの世界の魔法使いが、もっとも最初に基本として習得する魔法『全身硬化』だ」
「なに!?」
「魔力を自分の体に流し、常に体を硬くし続ける。硬さはそいつの魔法のセンスによるが、その娘はなかなか高い魔力を持っているようだ」
そう言ってラフターは少し微笑んだ。
「ちなみに私は、貴様が全力でぶん殴っても微動だにしないぞ?」
「マジかよ」
会った時から堂々とバイオンの前に立っていたラフター。その理由をバイオンは理解した。
箒を手にしたプレゼンは、バイオンを涙目で睨んだ。
「名乗りの途中で攻撃するなんて、絶対に許さない!」
「あ?」
魔法使いという存在に戸惑いを感じていたバイオン。その隙にプレゼンは箒に魔力を通す。
そしてプレゼンは大声で唱えた。
「箒よ、飛べえ!」
その言葉と共に少女は、凄いスピードで空へと向かって飛んでいったのであった。
赤いローブをはためかせながら、少女はドロワーズの下着で箒を跨いで空に浮いていた。
「よし、これで鎖は届かない!」
敵であるバーバリアンの男を、プレゼンは見下ろす。
バイオンは少女を一度見上げた後、きょろきょろと辺りを見渡していた。
「怖い顔しても無駄、こうなったら私の勝ちだからね!」
そしてプレゼンは、空中で精神を統一させる。
脳の中で設計図を組み立て、その通りに空中で魔力を組み立て、作り出す。
「喰らえ! 炎よ、氷よ、イカズチよぉ!」
プレゼンの言葉と共に、火炎弾が、氷のツララが、電気の塊が地面へと向かって放たれた。
「!?」
頭上からの魔法に、バイオンは飛び避けていく。
「避けたわね! でもまだまだ行くよ!」
魔力を込めて次々と、火と氷と電撃をプレゼンは放っていった。
地面に着弾し、燃え上がり、氷が突き刺さり、電撃が大地を震わす。
その度にバイオンは、攻撃を見て、走り転がり避け続けた。
時々、観客であるラフターとドワーフ兄弟の所にも、魔法攻撃が飛んでくる。
ラフターがバリアを張って、それを防いだ。
「うわ、あぶね!」
「魔力量は人間としては結構あるな。しかし、それぞれの魔法の威力が中途半端、もっと一つの属性を研究するべきだ」
「ラフターさんのバリア、さすがっすね。ラフターさんが攻撃魔法を使うなら、もっと広範囲の魔法を放てるでしょう?」
「いや? 私が攻撃するなら、直接、相手の体内に魔法を炸裂させて殺すし?」
「怖い」
「しかし、どうしますラフターさん? これじゃあ、バイオンの鎖も届かないし、一方的な戦闘に」
「お前は馬鹿か?」
膠着した戦いに悩むドワーフに対し、ラフターはため息交じりに答えた。
攻撃魔法を放ち続けるプレゼン。逃げ続けるバイオン。
「う~ん、あの黒い女の人。私の魔法をあっさり防いでるわね、強敵だわ」
ラフターを少し見た後プレゼンはバイオンを見直し、炎の魔法を連続で放つ。
「あんたの攻撃は届かない、私だけが攻撃できる。魔力切れを狙っているなら無駄! そうなりそうなら飛んで逃げるし!」
バイオンは次々に飛んでくる火炎弾を、避け続ける。
炎の魔法によって燃え上がる草地は煙を放ち、さらにバイオンが動き回る事で土と草が跳ね飛ばされる。
煙は辺りを覆い、プレゼンの視界からバイオンが姿を消した。
「ん? 目くらましかしら、すぐに風で消えるわ」
空飛ぶプレゼンはバイオンの姿を見失うが、すぐに見つかるだろうと楽観的に視線を動かした。
飛んできた岩が、プレゼンを直撃した。
「ぶべ!?」
それはドワーフ兄弟が椅子として使っていた岩であった。
鎖の時とは違い、今回はバイオンの全力投擲である。
こうして赤い魔法使いの少女は、地面へと落下したのだった。
しばらく倒れていた魔法使いの少女プレゼン。
「はっ!?」
草地に倒れていたプレゼンは、意識を取り戻し立ち上がる。
命に別状はないと確認したバイオン達は、そのまま落下した少女を放置していた。
「……太陽が結構、動いている!? もう三時間ぐらい経ったのかしら!?」
草むらから立ち上がった少女は、赤い派手なローブから草を払った。
「あいつら、どこに行ったの?」
戦いに負けた事よりも、その後どうなったかの方が気になったプレゼンは辺りを見回しながら歩いた。
家の側より少し離れた場所に、ドワーフ兄弟とラフターが立っていた。
「書けました、ラフターさん」
「設計図は書いたようだな。……よし、これならいけるな」
ドワーフから渡された書類に目を通した漆黒の魔女は、何もない平地に手をかざした。
地盤を整え、改良していき、基礎の石を固め、魔法で地面をコーティング、ベースを作り上げ、鉄筋を立て、土台を作り出し、木と鉄で骨組みを作り、さらに魔法でコーティング、さらに組み立て。
「……あ、あっ、あっ、あああっっ!!?」
それを見ていた魔法使いの少女プレゼンは呆然とする。
その魔法がどれだけの物か、同じ魔法使いである彼女には理解できたからである。
ちなみに魔法が良くわからないドワーフ兄弟も、度肝を抜かれていた。
そうして数分。鍛冶場が魔法によって完成した。
「金床、ハンマーとふいご、レンガの炉に、送風機、回転炉、転炉装置。あとは実際動かして問題が無いか、調査しないと。ガラールとフィアラル?」
「はい、わかりました、ラフター様」
「我ら兄弟にお任せください、ラフター様」
抑揚の無い声でドワーフ達に声をかけるラフター。
ただただ驚いていたドワーフの兄弟は、ラフターを見上げて横に並び起立していた。
「その前にお前たちの仕事服を作らないとな」
「ラフター様、一つ質問をよろしいでしょうか?」
「なんだ?」
薄目の黒い女性に、恐る恐るという感じでドワーフ兄弟が手を挙げる。
「これだけの魔法が使えるならば、ラフター様がバイオンの武具を作り上げればよろしいのでは?」
「ダメだ」
ラフターは自嘲しながら即答した。
「魔法ではそれなりの物は作れるが、情熱や執着が必要な物は作れない。細部まで徹底した物は作れない。作った武具も持ち手の事を考えない、それっぽい物しか作れないだろう」
「そうなのですか?」
「所詮、魔法とは脳内の図を形にした創造だからな、長年携わった専門職でない以上は限界がある。さあ補修工事と行こうか」
数分前に作り上げられた建物の中に、ラフターとドワーフ兄弟が入ろうとした。
そこに突然、赤い魔法使いの少女が走り込んでくる。
ラフター達が建物に入る前に、その新しくできた鍛冶場に飛び込んだのだった。
「な、なんだ?」
少女の叫び声と、中を確認して走り回る音。
そしてすぐにプレゼンは外に飛び出した。
そしてラフターに対し、土下座した。
「師匠と呼ばせてください!」
薄目の黒い魔女は、困ったように顔を振った。
「嫌だ」
「そこをなんとか!」
「面倒臭いし」
「下っ端として働きます! どんな仕事でもしますから、お願いしますぅ!!」
ラフターの足に縋り付くプレゼン。
それを厄介そうに振り外そうとするラフター。
「そこをなんとかお願いしますぅううう!!」
「やだ」
そこに日課の鎖投げから帰って来たバイオンが現れる。
困った顔のラフターが、バイオンに頼んだ。
「バイオン、この女子を引きはがしてくれ!」
「ラフター、俺に魔法を教えてくれ」
「お前もかよ」
バイオンは魔法使いという存在を覚えた!