第38戦 VSアルミラージ
ある昼の森に、人間達の悲鳴が響き渡る。
「うわあああっ!?」
ある怪物の駆逐の為に派遣されたハンター達。
だがその怪物は、ハンターには手に余る存在だった。
ある者は剣を振り下ろす前に、その腕を斬り落とされる。
ある者は素早い動きに狙いを定められず、猟銃を恐怖のあまり放ち味方を撃った。
首が転がり倒れる戦士達。
狩人が振り上げたナイフはかすりもせず、次の瞬間には逆に心臓から血を吹き出す。
森の中を駆け巡る、黒い影。
それが飛び舞う度に、一人、また一人と狩人達が駆られていく。
鮮血が森の緑を、赤く染めていった。
いつしか森には、人の声が無くなった。
血の匂いだけが充満する中。死体をむさぼるのは一匹の兎だった。
だがその兎は頭に角を生やしている。その角は長く螺旋の鋭き刃物の如きエモノだった。
黄色い体毛の兎は体を赤く染めながら、人間達の血肉を喰らう。
その名はアルミラージ。鋭き角を額に生やした、獰猛なる肉食のウサギである。
人間達の肉を食らい、食事を続けるアルミラージ。
一心不乱に喰い続ける小さな獣は、唐突に止まり振り返った。
兎は視力はよくないものの、聴覚と嗅覚は優れている。
長い耳をピンと立てて、木々の向こうから現れる相手を確認する。
鉄仮面の大男は鉄の具足を鳴らしながら、木々を掻き分けて歩く。
その横には牛ほどの大きな、緑色の毛並みの犬が歩く。
さらにその犬の上には青いコートの貴族の服を着た、黒い猫が座っていた。
「その角のある兎だったか? どこだ?」
「にゃにゃにゃ、こっちからたくさんの血の匂いがするニャ。獰猛な獣が暴れたのならこっちニャ」
「ワン!」
へっへっと舌を出す緑の犬クー・シー。
その上に立つ猫の妖精ケット・シーが得意気な顔をした。
「ふふん。僕に感謝するように、君達だけだと何日かかるかわからなかっただろう?」
「殴っていいか?」
「なんでニャ!?」
巨漢のバイオンの、鉄仮面の奥からの睨み。ケット・シーは弱々しく鳴いた。
ガサリと木の葉がなった。
髭を震わせたケット・シーが、クー・シーより飛び降りてレイピアを抜く。
木の合間より飛び出て来たのは、一匹の黄色の体毛に覆われた兎。
普通の兎よりは少しだけ大きい体格は、人に比べれば明らかに小さい。
代わりにその額には鋭い螺旋の角が生えていた。
飛び出る様に挑みかかった兎に、ケット・シーはレイピアを向けてジャンプした。
剣と角が、空中でぶつかり合う。
「にゃ!?」
兎がその首を振ると、ケット・シーの剣は勢いに負けた。
地面に降り立つアルミラージ。
バイオンは右手に持ったロングソードをそこに振り下ろした。
しかし素早い動きで兎は避ける。
バイオンは咄嗟に、ガントレットの魔法石に念じて、左手から土を生み出して飛ばした。
それも後ろ飛びで避けて、アルミラージはそのまま森の中へと消える。
ガサガサと周囲を走り回る、兎の動く音だけが聞こえる。
すぐに茂みの中から、アルミラージが飛び出た。
その角の先にいたのはクー・シー。
緑の犬も咄嗟に飛びのくも、避けきれずにその胴体の側面から血を噴き上げる。
ケット・シーがとびかかり、後ろから背中にレイピアを突き刺す。
しかしアルミラージは回転しながら避け、逆に角を突き付けた。
ケット・シーも反り返って避けるも、胸の部分の服が裂け、胸部分の白い体毛と共に血が流れる。
氷と電撃の魔法がバイオンの左手から放たれるが、それもアルミラージは飛んで避ける。
そのまま、またも茂みの中へと飛び込み姿を隠した。
「はええ!?」
「速いニャ!?」
「ワン!?」
バイオン達を中心に回転するように、周囲の森を音を立てながら走り回るアルミラージ。バイオン達は一ヵ所に集まり背中合わせになる。
アルミラージと同じく、嗅覚と聴覚の優れたケット・シーとクー・シーだが、標的の兎が早すぎてうまく待ち構える事が出来なかった。
そこに空から声が聞こえた。
「みなさん、大丈夫ですかぁ!」
ホウキにまたがり空を浮くのは、赤い髪と赤い目、赤い魔法使いの服を着た少女。
バイオン達の仲間である魔法使いのプレゼンである。
彼女は空から目的の相手を探そうと、飛んでいたのだった。
「戦っているのですか!? 私も降りた方が良いですか!?」
大声で少女が言う。
バイオンは大声で言い返した。
「おい、プレゼン!」
「え!? 名前で言いました!?」
「テメエ、木を操れるんだったな! この辺りに広場を作れ!」
「え、ええ? 分かりました、やってみます!」
プレゼンは木の精霊ドリュアスの力を借りて、魔力を高める。
頭の中で構造を考えて、地面の木々を魔力を通した目で見て、それらの形を把握する。
その木々に対して、移動するように魔法を大地へと放った。
「いけぇえええ!!」
地面が揺れて隆起し、地下にあった根が動きのたうつ。
バイオン達の周囲を囲む木が、大地を離れて、根を蛇の群れのように動かして進む。
葉と土がまき散らされ、砂ぼこりが起こる。大きな音が全体から鳴り響いた。
少しして周囲を見渡せば、そこそこの大きさの広場がバイオン達の周囲に出来上がっていた。
大地と震動と木の移動により、身動きが取り辛かったアルミラージ。
距離的に広場に出て戦わなければならなくなった黄色い兎は、ピョンピョンとバイオン達の前に姿を見せる。
兎の丸い目で殺気を込めて、バイオン達を睨む。
不快を示す行動である、後ろ足で地面をけるスタンピングを行っていた。
砂埃が風に吹かれて納まった頃。
バイオンが左手から炎を放った。
しかしアルミラージは、少しの左右移動でそれを避ける。
そしてバイオン達に向かって走り出した。
クー・シーが大きな口を開け、牙を向けての突進。
音もたてずに、地面を滑る様に走れる犬の妖精クー・シー。
しかしアルミラージは、その噛みつきを容易く横に避ける。
続いてケット・シーが、クー・シーの陰から不意を打つように飛び出し、兎にレイピアを突き刺さんとする。
だがその攻撃もアルミラージは、半回転して避ける。
猫と犬の妖精の間を、隙間を縫うように避けたアルミラージ。
ケット・シーとクー・シーが、その瞬間に浅く斬られており、血を流した。
「くぅうう!」
コートを翻し、兎の背を見るケット・シー。
アルミラージは、まず鈍重な大男から仕留める事にした。
バイオンの二連続の斬撃。しかしアルミラージにかすりもしない。
兎からすれば力任せに振り回すだけの大男のロングソードは、二匹の妖精に比べれば容易く避けられる攻撃だった。
その巨漢の右腕の鎖の上に兎は足をかけ、さらに肩の上に素早く乗る。
そして鋭き角を、その鉄仮面の隙間にある目へと刺さんとしたのである。
電撃が空から落ちてきた。
その電撃はバイオンとアルミラージの全身を痺れさせた。
兎が空を見れば、浮いている赤い少女が手を向けていた。
「ああ、もう魔力切れ……」
赤き少女はそのまま地面へとふらふらと落ちていった。
体が痺れて動けないアルミラージ。
だがそれでも諦めず、角を大男の首へと突き付けた。
同じく痺れたバイオンだが、アルミラージよりも早く回復して、即座に左手を上げて角を防がんとした。
しかし鋭き角は、手甲で守られたバイオンの左手を貫き、そして首に刺さった。
だがそこまでだった。
首への角は、皮膚を切り裂いた所で止まる。さらに貫かれた左手を握り、バイオンは角を掴んだ。
逃げ出さんと暴れようとするアルミラージ。
しかしそれよりも早く、獰猛に笑うバイオンが、右手のロングソードを捨ててダガーを持ち直した。
そしてダガーでアルミラージの胴体を貫いた。
兎は口から血を吹き出した。
それでも獣はもがく。
逃れようと後退するのではなく、目の前の敵を殺さんと、さらにその角を押し込もうとした。
死力を振り絞った獣の攻撃。
ケット・シーのレイピアが、その小さな兎の頭を貫いた。
「……って殺しちゃったんですかあ!?」
太陽の下、自ら作り出した広場で、プレゼンがアルミラージの死骸を見て大声を出した。
事の始まりは、プレゼンが魔道書を読んでいた時の事。
アルミラージは魔術の心得がある者なら操れるとの文章を見つけたのであった。
「私も使い魔とかほしい!」と考えたプレゼンは、ラフターに頼む。
「これも修行か」とその日の夜のワープ先として、この場所を選んだのだった。
ケット・シーとクー・シーが顔を横に振る。
「いやいやいや、無理無理! これは無理ニャ! だって僕より強いし!?」
「でも私も、使い魔とか魔法使いとして欲しいし……」
「他のにするニャ! もっと手頃なその辺の鼠とかから!?」
騒ぐ少女と猫。その様子を気にせずバイオンは、自分の貫かれていた左手を見る。
「やっぱ俺、おっせぇな」
その脳裏にはかつて自分を翻弄した、銀髪の少年剣士の事が思い浮かべられた。
(どうにかしねえと……!)
奥歯を噛みしめ、バイオンは空を睨んだ。
特に得る物も無く、一同はそのまま帰る事となった。
バイオンは今回は特に無し!
アルミラージ:インド洋にある島にいたとされる、角の生えた兎。非常に獰猛で肉食とされた。魔女ならば安全に追い払う手段を知っているという。
他にもアメリカで目撃された鹿の角の生えたジャッカロープや、西欧で目撃された鹿の角のレプス・コルヌトゥス。さらに角に狼の牙と鳥の羽が付いたドイツのヴォルパーティンガーなどもいる。
角の生えた兎は各地で目撃されているが、ウィルスにより角型のイボが生えていただけだというのが通説。




