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第30戦 VS大ムカデ



 昼間、ある国のある町の隅。大きな声がその一角で響く。

 まばらな人混みが視線を送る中、周囲を気にせず魔法使いの少女が剣士の少年を怒鳴りつけていた。

「もう、これで何度目よ! トラトのバカァ!!」

「ご、ごめん、フレンデ……」



 トラトとフレンデ。二人は幼馴染であり、村や家族の仇である魔王を倒す為に旅をしているパーティーである。

 いくつもの国々を渡り、何度もモンスターと戦い、ここまで二人で生きて来た。

 剣士トラトと魔法使いのフレンデ。二人は息がぴったり合った旅の仲間だった。


 そんな二人が現在、窮地に立たされていたのである。

 お金が無いのだ。


「飢えている人達を見つけたから、施したって、あんたねえ!?」

「で、でも何日も食べてないって言うし」

「それでも有り金を全て渡す必要性は無いでしょう!? 代わりに私達が飢え死にするわよ!?」

「……ごめん」

 優し気な銀色の髪の少年は、親友の少女に叱られて気落ちする。

 シュンとした少年にジト目を向ける少女。

 いくらかの時間が過ぎて、そんな少年の態度にため息をつきながら、呆れた顔で茶色の髪の少女は仕方ないと受け入れた。

「……もう払った物は仕方ないわ。今日は宿に泊まれると思ってたのに、また野宿よ」

「うん、僕、頑張って獣を捕るよ!」

「ええ、期待してるからね?」



 喧嘩を止めた二人。周囲の人だかりも、いつしか解散していた。


 言い合いを止めて町を出ようとするトラトとフレンデ。そこに一人の中年の男が話しかけた。

「……申し訳ない、もしやあなたはここより少し離れた国エウトスでのオーク戦に参加し、その隊長格を退けたトラト殿ですか?」

 突然に話しかけられた少年は、疑問符を頭に浮かべながらも頷く。

「はい、そうですが?」

「おお、やはりあの時の勇者トラト! これも神の思し召しか!?」


 返事を聞くや否や男は、少年を他の人がいない路地裏へと連れ込んだ。

「ちょ、ちょっとあなた、何をするの!?」

 慌てて少女フレンデが追いかける。


 そして周りに人がいないのを確認すると、男はトラトに頭を下げた。

「勇者トラト殿! お頼みしたい事がございます!」

 男の迫真の様子に、優し気な少年は笑みを浮かべた。

「はい、なんでしょう? 何か困りごとなら、僕の力で良ければ貸しますが?」

「トラト! 相手の話を聞いてから、決めなさいって何度も言っているでしょうが!?」

 何も聞かずに受け入れるトラトに、またもフレンデは怒った。


「私はエウトス国の兵士であり、トラト殿を探してここまでやって参りました」

 男は顔を上げて話をし始めた。

「これはいまだに公表していない事なのですが……」

 周囲に聞こえない様に注意を払いながら、目の前の少年に縋る様に告げる。

「姫が攫われました。攫ったのは最高騎士長の地位の者です」















 センターナ王国の国境付近。

 その場所、昼の平地に大きな音が響く。

 それは人よりも大きなムカデが、大地を突き進む音であった。


 鞭の様な二本の長い触覚。

 その下に生えた何でも噛み砕く左右に分かれた大顎。

 何よりも目立つのは、板の様な関節が幾つも重なり蛇のように連なるその長い胴体。

 その胴体の関節毎に一つ一つに、左右に足が付いている。

 百本脚ともいえるべきその体を動かして、大ムカデは地上を進んでいた。


 ムカデには触覚以外の感覚は薄い。視覚も聴覚も嗅覚も退化した。

 だがその触覚は鋭敏で、振動などを把握して事物を理解する。


 だから大ムカデは、自分の先にいるその存在に気づいていた。

 餌が来たのだと。





 全身甲冑鎧のバイオンは、その大ムカデを見て右手の斧を構えた。

「虫は妙に硬い」

 舌打ちするバイオン。ムカデはそんな大男に対してただ邁進していた。

 バイオンはドワーフが新たに作ったクロスボウを手にする。


 左手に持ったクロスボウ。数日前のゴブリンから奪った強化弓をもとに作り出されている。

 その形は十字。弓に二本の木の棒が組み合わされ、レバーによって弦が引き絞られる。

 木の棒の上には、太く短い矢が固定されていた。


 バイオンが引き金を引くと同時に、せき止められていた弦が解放され、矢が放たれた。

 破壊力のある矢が大ムカデの胴体を撃ち抜いた。

 しかし痛覚の無い大ムカデは、気にせず進み続ける。

 クロスボウを横に投げて、武器に関してバイオンは考えていた。

「弦をレバーで引き絞る分、威力はありそうだが連射できないのがなあ」

 また撃ち込むには矢をセットしてレバーを引き戻さねばならない。その面倒を考えて、バイオンはいまいちこの武器が好きになれなかった。


 武器に関して悩んでいたバイオン。そこに大ムカデが攻撃を開始する。

 体の前方部分を起こした大ムカデ。

 そして大ムカデは、起き上がらせたその大きな体を地面に叩きつけた。


 局地的な地震が起きる。

 振動で動きを抑えられるが、そのうえで地面を転がり、危なげなく距離を取るバイオン。

 大ムカデの毒線の通った左右に分かれた大顎が、バイオンを砕かんと挟みに来る。

 しかしそれも倒れていたバイオンは、右手の斧を振るって簡単に弾いた。


 横合いに殴られて、体を起こし、標的から距離を取る大ムカデ。

 バイオンはそれを見ながら、立ち上がる。

「とりあえず色々とやってみるか」


 バイオンは手榴弾二つ、そして大筒を使って攻撃した。

 三度の爆撃に、大ムカデの足や触覚が吹き飛ぶ。


 大ダメージを受けた大きな虫は、苦しみよろめいた。

 さらにバイオンは魔法石を放ち、炎と氷と電撃の弾丸が飛ぶ。

 炎のダメージは大したことが無かったが、氷で頭が凍結すると明らかに大ムカデは弱まった。

 ムカデは十度以下で体を縮こませる。それと同じく冷却に弱い大ムカデは、ダメージも大きくふらふらとなった。


 バイオンはその頭に鉄槍を突き刺し、さらに鉄斧を叩きつけた。

 硬い虫の頭蓋も、巨体が振り下ろした鉄塊にはあっけなく砕け散った。

 頭だけでも生きていけるとされる生命力の高いムカデも、頭を潰されたら死ぬしかできず。その長く大きな体を震わせて、裏表にくねらせ、すぐに動かなくなった。



 あっさりと勝ってしまったバイオン。

「ラフターからは修行じゃなくてモンスター退治だと言われたが」

 自らの腕を見て、バイオンは舌打ちする。

「武器ばっかり強くなって、俺自身が強くなってねえ」

 鉄仮面の奥で歯ぎしりするバイオンは、これから先について少し考える事にした。


 とにかく武器を回収しようと動いた時、バイオンは今の事を考える。。

「そういやラフターのやつ、夜に俺を回収しに来るって言ってたがそれまで待っとけと? ……ムカデって食えたか?」



 その後ラフターが夜にこの場所に訪れると、毒抜きが完全ではなかった為にムカデの毒を食べてしまったバイオンが、激痛にうめいている姿を見る事になった。













 妖精の女王が作り出した妖精の国。森と花畑の場所に、永遠の青空と温かな日差し、穏やかな風が吹く、刺激の無い優しい世界。

 その世界で金色の髪の白いドレスの妖精と、黒い髪の黒いローブの魔女が一緒に何かを作っていた。

 妖精はこの地の女王ティターニアであり、魔女は現在は協力者のラフターだった。



 ラフターはフィーラ村を離れてここを訪れ、昼間からこの場所に何かを作り出し、その作業を全て終えた所だった。

「これでよし」

 妖精の女王と共に作り出していたのは、扉であった。しかもそれは一つだけではなく、妖精の国にいくつも別々に立っていた。

 見た目は何の変哲もない木製の扉。しかしそれはラフターとティターニアが魔力で作り出した魔法の扉であった。


 ラフターは妖精の女王に説明する。

「私が行った事のある国で、妖精のいる場所とここは繋がっている。妖精しかこの扉は通れないし、あなたの意思で閉じる事も壊す事も出来る」


 次にラフターは、地面に植え替えを行い始めた。

 ラフターが魔法で地面を掘って根っこから植物を埋めていく。ティターニアが生み出した花の代わりに植えたのは、別の地域から持ってきた花だった。

 それには妖精が宿っており、突然、連れてこられて驚いた手のひらサイズの小さな子供が、怯えた顔で茎の陰に隠れて、周囲を見ている。

「あと、いくつか花の妖精を連れてきた。話はあなたからしなさい」

「……あ、ありがとう」

「礼はいい。代わりに魔法石の話と加護の事、頼んだ」

 そう言って、漆黒の魔女は姿を消した。

 妖精の国には何人もの妖精達と、妖精の女王がただ立っていた。


 残されたティターニアは、ラフターを見送った後にため息を吐く。

「もう、紅茶ぐらい飲んでいけばいいのにねえ」

 妖精の女王が笑みを向けると、花に隠れていた十を超える妖精たちが安心して飛んで回る。

 ティターニアはコピーであれ、妖精の女王。ただいるだけで妖精達に安心を与える存在だった。



 そしてラフターが製造に携わった妖精の扉が、うっすらと開き小人たちが入ってきた。

 ジキタリスの花冠を被った小さな妖精シーフラが、扉から入ってきて辺りを不思議そうに見回す。

「これでここもようやく妖精の国らしくなったわね」

 この状況に、ティターニアは素直に喜んだ。


 そんな彼女は一瞬だけ、寒気を覚えた。

「……? 何かしら今の?」

 ティターニアはこの妖精の国の主である。この国の存在は全て把握している。入ってきた妖精達の事も全て理解している。

 念のために妖精達を見回るが、邪悪な存在はいなかった。

「気のせいかしら?」

 少し悩むが、もともと天真爛漫な性格だった彼女は、すぐにその出来事を忘れる。




 赤い服を身に着け、赤い弓矢と槍を持った小人が、妖精の国の森の中で微笑を浮かべていた。

「ようやく守護神の呪いを解いて世界を渡ってみれば、こんな場所があったか」

 小人はようやく与えられた自由を謳歌していた。そしてもっと色々としてみたいと考えていた。

「とりあえず、ここに隠れ潜んで拠点にして色々と見回ってみるか」


 手のひらサイズの小人、彼の名はバイ=マーセ。赤い衣服と赤い武器を持った小さな精霊であり神様。

 ブラジルのある部族に崇拝された彼は、ジャングルの植物と動物、それ以外の全てを管理する者。気分が良ければ人々に恩恵を与え、気分を害せば飢えと疫病をばらまく。

 今はジャングルどころか地球からも離れた、偽りの存在。何かを見続けるなど作り物でしかない今は、彼には許容できるものでは無かった。

「この世界は僕に管理されるべきものかどうか、きっちり見て判断しよう!」

 彼は支配するモノを自分で選ぶ自由を得たのだった。



バイオンはクロスボウを手に入れた!


 シーフラ:アイルランドに伝わる群生する小人。頭にジキタリスの花で作った冠を被る。

 バイ=マーセ:ブラジルのジャングル、アマゾン川の付近の部族が崇拝する精霊。小人であり赤い服と赤い武器を手にする、植物と動物の主。狩猟が上手くいかないのは彼が気分を悪くしているからである。

 また嫉妬深い神であり、妊娠した女が陣痛に苦しむのは彼の嫉妬のせいだと言われる。


ボウガンって商標名だったのか?

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