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第29戦 VSケット・シー&クー・シー



 赤い髪、赤い瞳の少女プレゼンはふと目を覚ました。

 おだやかな風が吹く、温かな日差し。

 森に囲まれたその場所は、色取りどりの花が咲き誇る美しい場所だった。


 そんな場所で寝ていた少女。

 花のような服を着た女の子は、ゆっくりと身を起こす。

「帰らなきゃ」

 そう呟くプレゼンは、その場所を思い浮かべようとした。

 視点の合わないぼんやりとした目で、靄の掛かった記憶を探る。

「……帰るって、どこに?」




 プレゼンはある魔法使いの夫婦の下に生まれた。

 だが六年前、王の命令で有力な魔法使いだった二人はある調査を命じられる。

「明日には帰る」

 そう告げたまま、プレゼンの両親は消息を絶った。


 祖母に引き取られ、その下で暮らすようになったプレゼン。

 それなりに厳しい性格ながら愛情を感じさせる人であり、プレゼンはそんな祖母が好きだった。

 しかし祖母は魔法学校の校長。

 そしてプレゼンはその学校の生徒。

 プレゼンは魔法使いとしては三流だった。


 一流の祖母と、両親の間に生まれた無能。それが周囲のプレゼンに対する評価である。

 馬鹿にしないのは、同じ寮の同室のクラスメートである友人のクラフぐらいであった。


 彼女には示さなければならなかった。

 彼女自身が馬鹿にされるのは耐えられた。だがそれが彼女にとって自慢の祖母や両親にまで続くのだけは我慢できなかった。

 「死んだ両親が浮かばれない」。そんな陰口を聞くのが嫌だった。


 だから今、あの人の下でプレゼンは学ぼうとしている。

 一流の祖母や、両親すらはるかに凌駕する大魔女の下で学びたかった。

 彼女は示さねばならなかった。

 「さすが私の孫だ」と、「さすが私の子供だ」と、言われなければいけないと、彼女は決めていたのだった。




「いいのよ」

 優し気な手が、そんなプレゼンの頭を撫でる。

「頑張ったって苦しいだけ、辛いだけ、だから無理なんてしなくていいの……」

「……でも、私、は……」

「ここでは誰も貴女を傷つけないは、だからゆっくりお休みなさい」

 プレゼンは女の言葉に、目を閉じて、その女の膝に頭をつけて眠りについた。

「ふふ、可愛いわね」

 金色の髪の白いドレスを着たその女性は、花畑の中、プレゼンの頭を撫で続ける。

 この女性こそが、妖精の女王ティターニアである。












 フィーラ村の外れ、その早朝。

 昨日の捕らえた賞金稼ぎ達をドワーフに任せ、自身の家に戻ったラフターは深いため息を吐いた。

「……全然わからない」


 昨日の深夜。トロール達の指摘により、プレゼンが偽物であり、本物は数日前に攫われた事が判明した。

 その為にラフターは家の中で探知魔法を使用して、プレゼンの位置を探っていたのであった。

 だが結果は芳しくなかった。

(さすがは妖精の女王ティターニアというところか)


 暗闇の部屋の中、椅子に座ってラフターは悩む。

(同じトロールだからこそ、正体に気づけた。だが全力で隠れた妖精の女王を探すにはトロールの力では足りない。私の力を足しても何日かかるか)

 ラフターは暗闇の中で考える。

(探知するために欲しいのは、同族だからこそ違和感が見える妖精あるいは精霊の力。そのうえで強力な力を持っている存在である必要がある。そんな相手……)


「……いるんだよなあ」

 黒い長髪の魔女は、眉間にしわを寄せた。

 その思い浮かべた相手の事を考えて、ラフターは深くため息を吐く。

「出来れば、頼りたくはなかったな。より苦しめる羽目になるかもしれない。……だが他の手段は無い」

 少しだけ考えるラフター。しかし考える前から答えは決まっており、あくまで己自身に対する決断の為の猶予時間に過ぎなかった。

 覚悟を決めてラフターは椅子から立ちあがる。

「……だが、いずれ関係は持つ予定だった……だから、それが早まるだけだ」

 その後、ラフターは早朝の魔法陣までワープし、そこから魔法陣をつかって長距離転移した。










 長い時間が過ぎ、夏の太陽が落ちて時間帯は夜となる。

 だがティターニアのいる場所は、昼のまま時間が変わらない。

「ふふふ」

 優しい笑みで、眠るプレゼンの頬を撫でるティターニア。

「ここは季節も変わらない、時間も変わらない、何も変わらない」

 クスリと怪しげな笑みを、妖精の女王は浮かべた。

「ここは永遠に変わらない、そうずっと美しく優しい世界」


 穏やかな風が吹く花畑。風に吹かれて花弁が舞う。

「そう、ここは私が生み出した世界。誰にも邪魔は出来ない」

 進歩も危機もない柔らかな世界。

 妖精の女王はただ変わらない事に喜びを感じ、美しさと優しさを見出す。

 彼女はこの世界を求め、作り上げた。

 ただひたすらに何もない世界。それはティターニアの心を映し出すようだった。

「……ああ、今日もいい日ね」



















 そんな青空に拳が生えた。

 砕ける音に驚き、ティターニアは空を見上げる。

「な、なに?」


 空に生えた女の拳は、さらにもう一本生える。

 そしてそれが左右に動く。

 まるで張られた紙を破くように、バリバリと空に穴を開いていく。

 いつしかその穴は大きな人間でも通れるほどの穴となった。




 そして割られたその穴から、四人の人影が一人ずつ地面へと飛び降りた。


 一人は漆黒の魔女ラフター。

 もう一人はバーバリアンの戦士で鉄仮面をつけたバイオン。

 残りの二人はドワーフの兄弟のガラールとフィアラル。

 ラフターはいつもの黒いローブ。男三人は武装した姿での登場だった。





 妖精の国には似つかわしくない四人のパーティー。

 驚いたティターニアが立ちあがり駆け寄る。

「おや、はじめましてティターニアさん。私はラフターという者です。よろしくお願いします」

 ぺこりと漆黒の魔女は頭を下げた。

「あ、貴方達、どうして!? どうやってここに!?」


 さきほどまでの穏やかな表情は完全に崩れ、妖精の女王は困惑と焦燥がその表情から見て取れる。

 ティターニアは慌てた様子で声を出した。

「なぜこの世界に来れた!? ここはこの私が作り出した世界! 例え貴女が優れた魔女であったとしても、たどり着くことなど……!?」

「ええ、その通りです」

 ラフターは眠たげな目で、ティターニアを見返す。

「妖精とは隠れる事においては天才の技術。その女王となれば魔力も驚異的な物。あなたがどこかに世界を創りだし、そこに潜めば一流の魔女でも探し出すのは困難でしょう」

 ですがと、淡々とラフターは説明する。

「あなたと同じ妖精ならば、その世界を感じ取る事が出来るはず。同じ感覚を持った種族で、さらにこの場所に届くほどの魔力を持った存在がいれば」

「そ、そんなの、誰が!?」

 戸惑うティターニアに、ラフターははっきりという。

「それこそ妖精王や、もしくはあなたと同じ妖精の女王がいれば、私の探知の魔法と共にすぐに探し出せるでしょう」


「そして、この世界にはお前以外にも妖精の女王はいる」

 そう言ってラフターは両の手を差し出す。

 そこには一匹のヒキガエルがいた。



「妖精の女王、アナよ」

 ラフターの問いかけに、ゲコとヒキガエルは鳴いた。

「心痛で苦しむ貴女を無理矢理に連れ出した事、申し訳なく思う。だがここに契約はなった、もしこの世界で悪魔の王との結婚があれば、私はそれの阻止の為に全力を尽くそう」

 ラフターの言葉を聞き、アナと呼ばれたヒキガエルは飛び立ち、そのままどこかに消えてしまった。

「あとであなたの居城が隠された場所、フロッグマンの王国に戻そう。それまで離れていてくれ」


 ラフターはバイオンを派遣する際に、その国の神をできうる限り把握しようとしていた。ただし闘争はできうる限り避けたいので、隣国などでない限りは出来ればの範囲での情報の入手である。

 そして以前、バイオンをフロッグマンの国に送った時に、鏡越しにヒキガエルの彼女を見かけたのであった。




 ティターニアはプレゼンの下に走り戻り、その赤い少女を抱える。

 そして空に向かって叫んだ。

「ケット・シー! クー・シー! 来なさい!!」


 妖精の女王の召喚命令。それに呼応して、花畑の横の森の中から何かが走ってくる。

 そのすぐ後に、ティターニアはプレゼンを姫抱きしたまま、その姿をうっすらと消していく。


「お前達にあれらの相手を任せる。私はあの女の後を追う」

 漆黒のローブを身にまとったラフターも、妖精の女王を追いかけるように姿を消した。






 森から飛び出したのは、牛ほどの大きさの犬だった。

 緑暗色の毛に包まれた大きな犬は、花畑に現れて吠える。


 そしてその犬の上に一匹の黒猫がいた。

「はっはっはっ! 初めまして!」

 貴族のような青いコートと派手な服を着た、二本足で立つ猫。普通の猫よりは一回り大きい。

「私はケット・シー。猫たちの気高き王よ」

 犬から飛び降りて花畑に華麗に着地したケット・シーは、ニヒルに笑う。

「そしてこいつは私の愛馬にして、番犬。クー・シーだ、以下ともどもよろしく」

 深々とお辞儀をするケット・シー。

 その横で口を開けて舌を出し、喘ぐようにクー・シーが呼吸をする。



 クー・シーがケット・シーの頭に噛みついた。

「ぎにゃあああっっ!??」

 大きな犬に頭を噛まれた猫は、叫び暴れる。

「やめ、こら、死ぬ!? 離すにゃあああっ!?」


 しばらくして、ようやくクー・シーの口の中から逃れたケット・シーは花畑に倒れ込み荒い呼吸をした。

「ぜえぜえ、死ぬかと思ったニャ!?」

 クー・シーは気にした様子も無く、人間で言えば汗を掻く体温調整のような呼吸を繰り返していた。

「この馬鹿犬! もういいニャ! 名乗りは無しニャ! さっさとやる!」


 ケット・シーはクー・シーに跳び乗る。

 そして大きな猫の眼光が、バイオン達三人を睨んだ。

「では行くぞ、侵入者共! この国の番人たる我らの、剣の錆にしてくれる!」


 ケット・シーが宣言が終わる前に、バイオンが右手の斧を投げつけようとした。


 それよりも早く、空中を滑る様に走ったクー・シーの突撃が、バイオンの直前まで迫った。

「!?」

 驚いたバイオンは、斧を手放し、すぐに両手でクー・シーを掴みにかかる。


 鉄の塊の全身鎧を装着したバイオン。

 それに牛ほどのサイズの緑の犬が体当たりを行う。

 バイオンは後ろに仰け反るが、なんとか耐えきり、後ろに足をずらしながらも倒れはしなかった。


 高速で走り込んだクー・シーの上に、バランスを崩さず平然と猫の妖精は立っている。

 眼前のクー・シーを抱きとめたバイオンに対し、少しだけ感嘆の声を漏らした。

「やるな! ……だが!」

 クー・シーの上に乗っていたケット・シーが、腰からその体躯にあった小さなレイピアを抜く。

 鎧の隙間を刺すのに向いた、刺突用の剣であるレイピアをバイオンの鉄仮面に向けた。


「させるかぁ!」

 ガラールが横から槍を、ケット・シーに突きつける。

 しかし猫の妖精はそれをジャンプして、軽々と避けた。


 バイオンにとびかかり刺突を続行するケット・シー。

 それでも槍のせいでぶれたために、バイオンは横を向いて鉄仮面をでそれを弾いた。


 クー・シーが、またも滑る様に音も無く走り去る。

 ケット・シーも、バイオンの鉄仮面を蹴り飛ばし、その勢いで飛んで離れて花畑に着地した。



 二匹が横に並んで、バイオン達を見る。

「こいつら、見た目に反してやりやがるな」

 ガラールも槍を構えて、対抗した。


 ヒゲを揺らして余裕の顔を見せるケット・シー。

 現れた時から、表情を変えないクー・シー。

 バイオンとガラールは、それぞれの武器を構えて二匹の妖精を睨んだ。

「ふざけた奴らだ」

「でも強いぞ」

 一瞬の交差で猫と犬の強さを把握した二人は、警戒を解かない。


 少しだけのにらみ合い。ふとガラールが呟いた。

「……ありゃ? フィアラルはどこに行った?」



「おーい、兄さん!」

 フィアラルが気付けば、森の中から登場する。

「おい、フィアラル! お前、戦闘中に何を離れてんだ!?」

「いや、遠くから森の中を見て、見つけたんだけどよ」

 怒るガラールに、もっさりとした髭を揺らしながらフィアラルは森から出てくる。

 その両手にはたくさんの植物があった。



 その植物を見て、ケット・シーが唖然とした。

「猫を陶酔状態にするマタタビ」

「……にゃ!?」

「同じく陶酔状態にするイヌハッカ」

「……にゃにゃ!?」

「あとは猫に猛毒のユリ科のチューリップや、玉ねぎとかも」

「……、……参りましたにゃあ!!」


 フィアラルが説明する植物たちに、悲鳴を上げる猫の妖精。

 床に寝そべり、腹を見せてケット・シーは降伏した。

 クー・シーはそんな猫を前足で転がした。


















 さきほどより離れた場所の森の中。

 お姫様の如く、横に曲がった木の上に寝ころんだプレゼン。

 騎士の様に、妖精女王ティターニアがその前に立った。


 そしてそれと向かい合うように、悪い魔女のような様相をしたラフターが相対していた。


「悪いけど、この子はもうすでに私の物。返す気は無い」

 ティターニアの言葉に、ラフターは表情を変えない。

「そしてここは私の世界! あなたに勝ち目はない!」



 妖精の女王が手を振ると、周囲の葉が手のひらサイズの妖精へと変貌する。

 それはティターニアの魔力によって生み出された、分身ともいえるべき存在だった。


 それぞれの妖精が惑わすような笑い声をして、虫のような羽根を背中に生やし、小さな弓矢を手に持つ。


 飛び交う妖精の声、羽音、そして弓の弦を引く音。

 木々の中。百を超える小さな妖精たちが、ラフターに向けて矢を構えた。




 妖精の女王ティターニアは、存在そのものが魂の塊ともいうべき高い魔力を持っていた。

 それは魔女ラフターにも劣る事は無い物だった。

 しかし彼女はあまりにも戦闘経験が無かった。戦いを、その為の魔法を知らなさ過ぎた。


 ラフターのコピー元となった女神は冥府の管理者の一人である。

 幾人もの優れた魔女を育て、後の世においては魔女の主とも呼ばれるほどの存在になった。

 巨人達との戦争であるギガントマキアでは、神々すら苦戦する中、松明で巨人を殴り倒した。


 彼女自身には戦いの経験があった。そしてコピー元の彼女自身にもそれはあった。

 ゆえに戦いの為の魔法という物を知っていた。妖精の女王ティターニアとは比較にならないほど、彼女は戦いという物を学んでいたのである。




 ラフターから闇が噴き出す。

 一瞬にしてティターニアの世界が夜に塗りつぶされて、ラフターの物になる。


 夜の森の中。ティターニアの分身の妖精達が、ラフターによって支配された。

「え、嘘!??」

 そしてその矢が全てティターニアに向けられ、すぐに放たれた。

 百を超える矢が雨の様に、ティターニアに襲い掛かる。


 その攻撃が終わった後には、地面に白いドレスをたくさんの矢で縫い付けられたティターニアがいた。

 彼女はさきほどまでの余裕のある顔を崩し、泣き顔となっていた。

「……参りました」

 こうしてプレゼンをめぐる戦いは終了したのである。














 夜のフィーラ村の外れ。

 焚火を前に、鎖で巻かれ体の自由を奪われたティターニアとケット・シーとクー・シーがいた。

 ラフターの前でそれぞれが座り込んでいた。


「……可愛い女の子が欲しかったんです」

 ティターニアは今回の誘拐事件を起こした理由を聞かれ、沈んだ様子でラフターにそう答えたのだった。

「私は百年前にこの世界で作られ、ゴブリンの国の守護神をやらされておりました」


「回りには妖精なんておらず、毎日毎日ゴブリンゴブリン。ゴブリンだって妖精と言えばそうですが、それでも可愛くないんです! それにキングは言うんです。『我らの守護神は顔が悪いな』って!」

 その時の事を思い出したのか、唐突にティターニアは怒りの声を上げた。

「そりゃ、お前達とは美的感覚が違うんだよぉ! なにがもっと鼻や目や口をでかくして皺を増やせだ、ふざけるなぁ!!」

 妖精の女王としての魅惑的な様子をかなぐり捨てた、感情的な大声。一時とはいえ魅了されていたプレゼンは、その姿を見て「うわぁ」とドン引きした。


 そしてその言葉を聞いたバイオンが言う。

「確かにな、女は四肢が太くて強いほど美しい」

 ドワーフもまた口にする。

「それに顔には年輪を感じさせる方が、ずっと美人だ」

 頷くバーバリアンとドワーフ。

「お前らの美的感覚も分かんないよ!」

 ティターニアは怒鳴って抗議した。



「それで一ヵ月か二ヵ月ほど前に、そこの巨漢がゴブリンの兵隊を襲ったじゃないですか、その件でゴブリンの王様に復讐できないか相談されたんですよ」

 ふてぶてしい顔で、妖精の女王は説明する。

「そしたらそこの女の子がいて、その子を攫えば復讐も出来て一石二鳥かなって……」


「百年間、どこの女も攫わなかったのか?」

 ガラールの質問にムスッとした顔でティターニアは答えた。

「無理なんです。守護神はそこの者達が求めた場所にしか行けない。勝手に国を離れられないんです」

「そうなんですか、……お師匠様?」

 いつもの赤い魔法使いの服に着替えたプレゼンが、ラフターを恐る恐る師匠と呼んだ。

 気にせずラフターは、夜の焚火の前で頷く。

「守護神はその国を離れられない。まあ、私はその決まりを解呪できたけどね」

「さすがお師匠様!」

「いや? おそらくそれなりの魔力と魔法に関する知識があれば、誰でも解呪できる。この妖精の女王は魔力は高いが、魔法に関する知識が不足していたようだな」


 妖精の女王は続ける。

「キングに求められたから私はこの場所に来れました。これを機に可愛い女の子とか小さな男の子とか、美男美女とかを私の世界に増やしたいなーっと」

 あんまりな理由に、ため息を吐くラフター。

「……ティターニアは私の知識では気高い女王だと思っていたのだがな」

 その言葉にティターニアは鼻を鳴らした。

「それは私のコピー元の話でしょう? 私がそういうわけではない!」

 隣に座ったケット・シー、クー・シーを見て、ティターニアは答える。

「私は妖精ですよ、好きに生きて思いのまま動きます。私の元ネタ如きに縛られるつもりはありません!」

 縛られてなお堂々とした、金色の髪の美女は、何の負い目も無く言いのけた。

「ちなみに僕らは旅をしている時に、ゴブリンの国に寄ってティターニア様に出会い、そこでスカウトされたニャ」

「ワオーン」

「まさか妖精の女王なのに、妖精が一人しかいないとか笑えたニャ。その後、泣けたニャ」

「わんわん」

 鎖で縛られた猫と犬。猫は嘆き、犬は舌を出して呼吸をしてた。



 三人の話は横に置き、プレゼンがラフター達に頭を下げた。

「……皆さん、今回は心配をかけて申し訳ありませんでした」

 そのプレゼンの様子にフィアラルが不思議そうな顔をする。

「いや、別にお前が謝る事は無いだろう?」

「いえ、私は魔力が欲しくて、妖精と契約しようとしていました。その前に師匠か誰かに報告しておくべきだったのに」

 赤い帽子を揺らして、プレゼンは頭を下げ続ける。


(また周りに迷惑をかけてしまった)

 プレゼンは小さな体の中で、自らを責めていた。

(なんで私はこう、ダメなのかな?)


「ダメなら強くなりなさい」

 プレゼンの心の声に返事をするように、ラフターが告げる。

「え?」

「そこの蛮族ですら、強くなるために努力しているんだ。それより賢いお前ならできるだろう?」

「……師匠」

「私も手伝ってやる。ただし例の道具はちゃんと集めなさい?」

「はい!」

 力強く頷き直すプレゼン。

 ちなみに例に挙げられたバーバリアンは、長い話に我慢できず、地面に横になって眠っていた。


「それで僕らはどうなるかニャ?」

「ワオーン」

 縛られた猫と犬が、恐る恐るラフターに聞く。

「……そうだな」

 無表情の黒き魔女は、一同に視線を動かして少しだけ考える。そして今回の処分を決める。


 ラフターはティターニアに近づき、声をかけた。

「取引しよう、妖精の女王」

「ほえ?」

 顔を近づけて、漆黒の魔女は口にする。

 火に照らされたその横顔に、(この人も美人ねえ)とティターニアは思った。

「いつでもこの辺りに来れるようにする。そしてお前の世界に、お前の望む容姿の妖精を連れてきてやる」

 魔女の予想外の言葉に妖精の女王は面食らう。

「え、本当?」

「ただし、代わりに力を貰う」

 ラフターはバイオンとプレゼンへと視線を送った。

「お前が妖精達と仲介役となり、この二人に力を渡せ」

「お、お師匠様?」

「妖精と契約すれば魔女が力を増すのは事実、また魔法石を作れるのも妖精。ならばそれらを増やすべきだろう?」


 ティターニアの鎖が解かれた。

「この魔女の手を取るか?」

 長い黒髪の暗闇から差し出された魔女の手を、妖精の女王は躊躇わずにしっかりと右手で握り締めた。

「ええ、よろしくね、魔女さん!」

(こいつ、躊躇なく……)


 女王とはいえ妖精。その根幹は楽観と気まぐれによってできている。

 魔女との契約という本来なら疑ってしかるべきものを、ティターニアは特に考えも無く受け入れた。むしろ求めたラフターの側が(早まったか?)と己の判断を少し後悔した。

(……まあ、なんとかなるだろう)

 ラフターは夜の下、眠たげな目で微笑するのだった。 


 そんな事になっているとは知らないバイオンはイビキを掻いていた。


バイオンは魔法石を色々と手に入れる予定!


 ケット・シー:アイルランドなどに伝わる猫の妖精。二本足で歩き人間の言葉を喋る。様々な物語が存在し、人を助けたり騙したりする。

 クー・シー:スコットランドに伝わる犬の妖精。妖精たちの番犬。牛ほどの大きさで暗緑色の毛を全身に生やし、丸まった長い尾を持つ。音もたてずに走れる。


 アナ:西欧の放浪民族の間で謳われた妖精の女王。たくさんの配下の妖精と城を持った美しい女王であり、悪魔の王が惚れて手に入れようとする。悪魔の王は、妖精達を殺して脅すがアナは拒否。だが最後には罠にはまり眠らされ、悪魔の王の物になる。寝ている間にたくさんの悪魔の子を産んだアナは、999年後に悪魔の王と結婚する契約をしてようやく解放される。その後、絶望のまま自らの城に引きこもった。滅多に姿を現さないが、たまにヒキガエルの姿になって人前に出てくる事があるという。


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