第2戦 VS人間の騎士
国家カントラルは人間種族を主体とした軍事国家である。
常に兵士が巡回する物々しい雰囲気、民達は完全支配された国家に平穏と恐怖を覚えていた。
石で出来た、整列した規則正しい町並みは、この国の法の強さを感じさせた。
その国の騎士団長である男ミネスは、一人で夜の町を歩く。
隙間なく重装備をした騎士は、金属音を立てながら町をぶらついていた。
ミネスは七色の羽根の様な物を頭に着けている。それは騎士団長の証であり、頭に立てるのはミネスの趣味だった。
ミネスが辺りを物色しながら、歩いていた。
「暇だなぁ、何か面白い事は無いかなぁ」
全身鎧を身に着け、顔も金属で覆ったその姿は誰にも容姿がわからない。
しかしその頭に立てた七色の羽根から、その男がミネスである事はこの国の人間は誰もが知っていた。
男は騎士団長に選ばれるほどの実力があった。
だがそれ以上に、その性格が知れ渡っていた。
別名を飢え鼠のミネスと呼ばれる。
飢え鼠とは処刑方法のひとつであり、飢えた鼠を死刑囚にたからせるものである。
「あー、ひさしぶりに女でも斬りたいな、どこかに良い悲鳴を上げてくれる奴はいないかなあ」
全身甲冑の男は、銀色の鎧をかがり火に照らされながら、町を練り歩く。
「子供でもいいけどな。親の顔がなあ、いいんだよなあ」
無礼打ちにする相手を探しながら、男は酔ったような足取りで夜の街を歩く。
このミネスの恐怖を知っている人々は、夜の町には絶対に出たりしない。
そうなればミネスは適当な民家に押し入り、そこの住人を適当な冤罪をかけて、苦しめて殺すだろう。
だがそれでも町の外に出るよりは、ずっと標的にされる確率は低い。
ミネスがぶらぶらと殺しても良い相手を探す。
そんな静かな夜に異変は起こった。
「んんん?」
川の流れる大きな橋の前で、ミネスはそれを見つけた。
「おいおい、兵士さん達、こんな詩的な夜に、なんで居眠りなんてしてるんですか? 職務怠慢ですよ?」
ミネスは剣を抜いた。
銀色に鈍く光る剣を手に、気を失って地面を転がる兵士を蹴る。
「気絶してるだけか。ちゃんと殺しとけよ、こんな風に」
広い片刃の剣を振り上げ、倒れた兵士に対して振り下ろそうとした。
そこに石が投げ込まれる。
ミネスはその石を咄嗟に避けて、橋の方に走った。
橋の中央に立ち止まるミネス。
そんな男を追いかけるように現れたのは、一人の大男。
無骨な鉄仮面に、革と紐でつなぎ合わせたかのような鉄鎧。
右手に鎖を垂らし、左手に石斧を持つ。
その巨漢は、バーバリアンのバイオンであった。
橋の上でミネスとバイオンは相対する。
「君が兵士達を気絶させたのかな?」
「お前がミネスか?」
「でかい体だな。切り刻んでも面白くなさそう、タイプじゃねえな」
「やらせてもらうぜ」
「お前、名前は? どこの国に雇われた、それともこの国の誰かか?」
バイオンがとびかかり、左手の石斧を叩きつけた。
ミネスは全身鎧と思えないほどの速さで横跳びし、距離を取る。
叩きつけられた石斧が、大橋の中央にひびを入れた。
「人の話を聞かないな、ますますタイプじゃねえ」
鉄仮面の奥からぎらついた眼で、ミネスを睨みつけるバイオン。
ミネスは鋼鉄の剣を構える。
「良い事を教えてやる。俺は実はファンが多くてよ」
バイオンの後ろ、橋の上で挟み撃ちになるように三人の人影が現れた。
全身甲冑で鉄の斧と大盾を持った重装備戦士。
全身甲冑で槍を持った重装備戦士。
全身甲冑で刃の鞭を持った重装備戦士。
「良い夜だから、一緒に楽しもうぜ?」
ミネスの言葉に、三人の重装備の戦士達がバイオンに襲い掛かった。
バイオンは鎖を伸ばして、振るい叩きつける。
しかし前を進む、大盾持ちによって防がれた。
動きを止めず、走る三人の戦士。
移動はそこまで速くなくとも、逃げ道の無い橋で、その圧力はすさまじい。
しかしバイオンはその三人に対して、怯む事無く立ち向かった。
最初にぶつかったのは大盾。
バイオンはその大盾に対し石斧を叩きつける。
強い衝撃にさすがに足を止める戦士。
だが鉄の盾は傷一つない。
石斧が、その持ち手の木の部分が逆にへし折れた。
盾とは相手の攻撃を防ぐ装備である。
だが接近戦においては、盾は武器に他ならない。
相手の攻撃を、状態を、状況を一方的に制圧する為の武器、それが盾である。
武器である盾を前方に押し込もうとする戦士。
しかし体当たりを、チャージするための勢いは、石斧によって殺されてしまった。
ゆえに戦士は盾で相手の頭を抑え込んだ後に、斧で相手を叩き割ろうとしていた。
盾の戦士はバイオンの動きを抑え込む事には成功した。
しかし問題はその後だった。
バイオンはその盾を両手で掴み、持ち上げたのである。
手と腕の二点で盾を持っていた重戦士は、もちろん一緒に持ちあがる。
慌てて、斧を振りかぶるが、すぐに自分がどんな目に合うか理解した。
後ろにいた他の戦士に向かって叩きつけるように投げられた。
巻き込まれる槍戦士。鞭戦士は少し距離を取っていたので、避ける事が出来る。
全身甲冑は動きを犠牲に隙間なく防御を得た装備、もちろん重い。
だから無理な動きをさせられると辛い。
隙間の無い様に詰め物はしているが、それでも叩きつけられるような動きは間接に衝撃を与える。
腕と足に無理な力がかかり、盾戦士は動けなくなった。
避けた鞭戦士は刃の鞭をバイオンに叩きつける。
右腕の鎖で防ごうとするが、蛇のような動きをする鞭の攻撃先を分からず、左腕を打たれた。
刃が腕を抉り裂き、血しぶきを上げた。
バイオンは鞭を無視して、立とうとする槍兵に駆け寄り、左足の関節を思い切り踏み抜いた。
逆方向に曲がった足に、声にならない悲鳴を上げる槍兵士。
バイオンは落ちていた槍を、鞭兵士に投げつける。
それも横に避けた鞭の兵士。
バイオンの側に駆けこんでいたミネス、その斬撃がバイオンの背中を斬り裂いた。
「浅い、か」
バイオンの振るわれる腕に、ミネスは後方に飛び距離を取った。
「捕らえて吐かせたいが、さすがに無理か?」
橋の上で前後を挟まれたバイオン。
バーバリアンの男は、右腕の鎖をほどいて伸ばす。
そしてミネスに向かって投げ飛ばした。
横に避けるミネスを、続いて鎖の横薙ぎで追撃する。
それも読んでいたミネスは、しゃがんで避ける。
だがその横薙ぎはそのまま半回転して後ろの鞭兵士へと向かう。
ミネスを攻撃したら、その背中を狙う予定だった鞭兵士は驚き慌ててしゃがんだ。
しかし少し遅く、鎖がその頭の兜の頂点を掠める。
兜が揺れて、その衝撃で鞭兵士はしゃがんだまま体制を崩し、横に倒れた。
その隙を見逃さず、バイオンは鞭兵士へと走った。
慌てて立って鞭を振るおうとするが、しかしそれよりもバイオンの拳が早かった。
鎖を掴んだ拳が放たれ、鞭兵士は兜の上から地面に叩きつけられる。
そのまま鞭兵士の意識は消失した。
その時を狙って、ミネスの鎧の右袖に仕込まれていた、弾道ナイフが放たれた。
スペツナズナイフとも呼ばれるそれは、強力なバネの仕掛けで矢のように飛ぶ。
ナイフが革を貫き、バイオンの腰に突き刺さる。
「……ぐがっ!?」
「麻痺毒塗りのナイフだ、まあ奥の手だわ」
痛みに座り込むバイオン、その背後すぐ近くにミネスが歩み寄る。
「さて、それじゃあ、少しは楽しませてもらおうかね」
「っつ、ざけんなぁ!」
「ん? え?」
バイオンは腰のナイフと、刺さった部分の皮膚ごと、手で抉りとった。
大量の血が噴き出し地面へと零れる。激痛がバイオンを震えさせる。
「な!?」
しかしそれ以上の殺気を、バイオンはミネスに向けて叫んだ。
「こんな戦いで本当に、強くなれてんのかよぉおおお!!」
立ちあがり振り向き迫るバイオンに、ミネスは剣を向けた。
バーバリアンの鎖を少し巻かれた右腕と、騎士の剣がぶつかり合う。
絶対に壊れない鎖は、剣を殴り飛ばした。
「うそ!?」
そしてその巨体から放たれるラリアットが、無手のミネスの胴体を薙いで、空中にぶっ飛ばした。
回転しながら、橋の欄干へとぶつかるミネス。
欄干の上に乗り、鎧の一部が引っかかる。
だが勢いは死なず、転がるようにゆっくり橋の外へとミネスは落ちようとしていた。
(全身鎧で、水に落ちたら、不味い)
端に捕まろうとは考えていたが、気絶寸前の体では手が動かない。
薄れゆく意識の中、ミネスは自分の状況を客観的にとらえた。
バイオンの手がミネスの腕をつかんだ。
そして橋の内側へと放り込んだ。
橋の上を、鎧が転び、派手に音を立てた。
「あぶねえ、あぶねえ、あやうく殺しちまう所だったぜ」
バイオンは動かなくなった相手四人を見渡す。
足を砕かれた槍兵も、痛みで気絶したようだった。
「これで俺の勝ちだな」
橋の上で倒れたミネスに、バイオンは得意気に言った。
ミネスの左袖から放たれた弾道ナイフが、バイオンの足に刺さった。
実は両腕、それぞれにミネスは弾道ナイフを隠し持っていたのである。
しかし意識が朦朧としており、そのうえで攻撃しなければならないと、ミネスはとにかく放ったのだった。
刺さった個所が足の脛、麻痺毒がバイオンの全身に回るには時間がかかる。
「……こんの、くそがきゃぁああああっっっ!!」
夜の橋の上で、バイオンは叫んだ。
痛みにキレたバイオンはミネスの兜を掴んで、床に叩きつけたのだった。
兜の中が響き、ミネスは前後に顔をぶつける。
奇襲に怒りの治まらないバイオンは、さらに何度も何度も騎士の頭を床に叩きつけた。
その度に鼻や後頭部を、ミネスは兜の内部でぶつけ続けたのである。
「……あぶね、殺しかけた」
正気に戻ったバイオン。
ミネスがまだ生きていることを確認し立ちあがる。
足のナイフを抜き取るが、麻痺毒のせいかふらついた。
「ああ、くそ、むかつく、……そうだ」
カントラル国から、フィーラ村の魔法陣へと転移して戻ったバイオン。
石の国から、夜の静かな自然あふれる村へと切り替わる。
バイオンは戻ると同時に倒れた。
「おや、麻痺毒か? そんなの受けてよく勝てたな」
薄目のラフターに、まだ動く口でバイオンは言い返した。
「勝てたじゃねえ、勝った後に毒を受けたんだ!」
「……勝って兜の緒を締めよ。良かったなバイオン、お前はこれで二度と勝利後に隙を見せなくなった」
倒れたまま眠った蛮族の男に、ラフターは回復の魔法をかけていく。
「しかし、ついでに奪ってくるなんて、強盗かな?」
ラフターの薄い目が魔法陣の上を見る。
そこには鉄の斧と大盾、槍と鞭、さらには鋼鉄の剣があった。
朝、四人の重戦士がカントラルの病院に運ばれた。
さらに一日後、ミネスは意識を取り戻す。
ミネスは性格はともかく、自他ともに認める美男子だった。
しかし今はその整っていた顔は、擦り傷だらけとたん瘤だらけになっていた。
さらに鼻の骨は折れ、耳もギザギザに傷を負っている。
カントラルでも嫌われ者のミネスに同情する人間はいない。
しかし騎士団長の一人に重傷を負わせて、兜に立てられていた七色の羽根をへし折られて、黙っている国ではなかった。
巨漢の鉄仮面の男は、賞金首となった。
バイオンは勝利後に隙がある事を覚えた!