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第1戦 VSゴブリン部隊



 塔の様な砦に、かがり火が幾つも灯され、真夜中だというのに明るい。

 砦の中では酒宴が開かれていた。


 酒を飲むのは人間の子供ほどの大きさの、皺だらけで醜悪な顔をした人型の者達。

 種族名をゴブリンという。


 数にして五十三体のゴブリン達は、砦の中の広い部屋でそれぞれが騒ぎ立て、酒を飲み、笑いながら肉を食らっていた。

 彼らは祝勝会を行っていたのである。


「我らゴブリンの一族に繁栄を!」

「人間もエルフもドワーフも、オークもリザードマンも精霊共も、それ以外の部族共も、俺たちの敵じゃねえ!」

「どいつもこいつも腰抜けばかりよ! 我らがとびかかれば、すぐに悲鳴を上げて逃げやがる!」


 この場所は、ゴブリン達が人間から戦い奪った場所であった。

 戦闘も短時間であり、人間達はすぐに逃げ出したので被害はほとんどない。

 この場所に残された飯を食らい、酒を飲み、ゴブリン達はただ楽しんでいた。




 そんなところに、大きなラッパの音が鳴り響く。

 酒を飲んでいたゴブリン達は驚き、すぐに動き出した。

「なんだ人間共、こんな夜に取り返しに来たか?」

「夜襲なら俺らが眠っているとでも思ったのか、馬鹿な人間が!」

 それぞれが自分の持ち場所へと行き、槍や弓や剣を手にする。

 そうして見張り台に立ち、外を見た。

「……あれ?」


 砦の外にいるであろう、人間の兵団が全く見えない。

 かがり火が照らす向こうには何もなく、夜の星明かりの下の平原がひたすら遠くまで見えていた。

 照明係の者や、情報伝達係のゴブリンも、外を見回し途方に暮れる。

 誤報か?とゴブリン達が考えた頃、出入り口で爆発音がした。


「なんだ!? 馬鹿が火薬に火をつけたのか!?」

 出入り口へと走り、砦の外へとゴブリン達は集まった。


 そこでは、見張りのゴブリン五人が倒れていた。

 そして倒れたかがり火で燃え上がる砦の外、夜の平原に一人の男が立っていた。


 バーバリアンのバイオンである。



 二メートルを超えるその巨漢は人間と比べても大きいのに、さらに小さいゴブリン達と比べれば巨人ともいえる。

 その巨人がごつごつとした顔を覆う仮面兜と肩や腕を申し訳程度に防ぐ軽鎧を身に着け、右腕には鎖を垂らし、左腕に木盾、右手に太い棍棒を持って、煙の中を歩いて来た。


 その何者かに困惑するゴブリンの兵団。

 集まった集団を見て、舌なめずりする巨体は、兜の奥の目を光らせた。

「それじゃあ」

 火に照らされた巨体は歯をむき出して、叫んだ。


「初陣と行こうかぁああ!!」



 砦に残ったゴブリン十二体。

 砦の外、出入り口前の平原に出たゴブリン四十一体。

 とびかかるはバーバリアンのバイオン、一体。

 その戦いが始まった。




 走り出す巨体。

 驚き戸惑うが、とにかく迎撃だとゴブリン達は槍を構えた。


 飛んでくる矢をバイオンは、鎖で巻きつけられた右腕と左手の木盾を前にして走る。

 矢が防がれ、さらに距離も詰められる。

「距離が足りないか!」

 ゴブリン達の隊長である兜を被ったゴブリンは、すぐに次の指示を出す。

「弓兵、距離を取って左右に移動、槍を前にしろ!」


 六人のゴブリンの槍がバイオンを迎え撃った。

 バイオンは弓兵がいなくなったのを見て、近くに立っていたかがり火の燭台を両腕でつかんだ。

 そしてゴブリン達に投げ飛ばした。

「!?」

 驚いたゴブリン達は、槍で打ち払おうとする。

 しかし空中で分散した炎が、ゴブリン達に降り注いだ。


 驚き、槍の向きがばらつくゴブリン。

 そこにバイオンが飛び込んだ。


 その巨体に押し潰され、棍棒に薙ぎ払われる。

 さらにバイオンの右腕の鎖が解き放たれ、振り回されて、他のゴブリンを薙ぎ払った。


「ギャハハハ! どうしたどうしたぁ、その程度かよ!」

 バイオンはゴブリンを持ち上げて、次々と他のゴブリンに投げつけた。

 武器を構えるわけにもいかず、巻き込まれて倒れるゴブリン。

 そこにさらに棍棒で殴り飛ばし、あるいは蹴り飛ばす。


 ゴブリンの隊長が、暴れまわる巨漢に叫んだ。

「貴様、人間か!? 何者だ!? 何の用だ!?」

 それに対し、バイオンは叫び返した。

「修行だぁ!」

「……なあ!?」


 次々とゴブリンが倒され、戦闘不能状態になる。

 さらに常にゴブリンを掴んでいる為、砦の窓に立つ弓兵達も攻撃できない。


 すでに二十五体ものゴブリンが地に倒れていた。


 醜い顔をゆがめ、小人の種族は巨人を睨む。

「仕方ない、弓兵、味方ごと撃て!」

 全体に叫ぶゴブリンの隊長。その声はどんなゴブリンの声よりもでかく高く遠くに聞こえる。

 その大声は、彼がゴブリンの隊長に上り詰めた特技でもあった。


 だがその声は敵にも響く。

 バイオンは砦へと走り出した。



 隊長の命令が出ても、味方を撃つのに躊躇いが出て、弓兵たちは動けない。

 その虚をついて、砦に向かうバイオン。

 後方で残っていたゴブリン達もその勢いを恐れ、砦に逃げ込む。



「盾兵!」

 隊長の声と共に、五体の木の大盾を持ったゴブリンが出入り口を守ろうとする。

 しかしバイオンの強烈なタックルが、そこに炸裂した。


 一度はその衝撃を防ぐも、小さな体では耐え切れず、ゴブリン達はふっ飛ばされた。

 門を閉じようとしたゴブリン達も巻き込まれる。



 砦の最初の部屋。

 かがり火がそこかしこに置かれた広い部屋、その中に入ったバイオン。

 待ち受けていた八体のゴブリン達が四方から、飛び掛かった。


「チビ共がぁああ!」

 右腕の鎖と、左腕の棍棒を振り回すバイオン。

 しかし全てを迎撃できず、右肩と左足にナイフを刺された。


「いってぇえええ、くそぉ!!」

 すぐにそのゴブリン二体を殴り飛ばす。

 しかしその時、右腕の鎖が勢いをつけて、バイオンの左わき腹に直撃した。

「げほぉ!!?」

 内臓に伝わる衝撃に、胃液が飛び出かけるバイオン。たまらず、タタラを踏む。



 二階に上がる階段上から、ゴブリンの隊長が命令を下した。

「爆弾だ! 火槍を持て!」

 火槍とは、長い棒の先に火薬を巻き付けた、爆弾棒である。

 砦入り口の左右の部屋から棒を持ったゴブリン達が現れた。

 その姿に、バイオンはさすがに青褪めた。

「こいつら味方ごとか!?」

 たまらず砦の外へと、バイオンは飛び出した。



 火をつけた棒を持ってバイオンを追いかけるゴブリン達。

 だがゴブリン達は、砦の出入り口で立ち止まった。

 離れたバーバリアンを見送り、ゴブリン達は砦の門を閉めたのであった。


「よし、お前達、火を消せ!」

 砦の外へ追いやられた事に気づいたバイオン。

 さらに頭上から矢が放たれ、石が飛んできた。


「このゴミ共がぁ!」

 兜に石がぶつかり、怯むバイオン。さらに左手にも矢が刺さる。

 矢を抜きつつ倒れたゴブリン達の側にバイオンが走ると、味方を撃つのを躊躇い矢の追撃が無くなった。



 砦内部では倒れたゴブリン達が、部屋の奥に運ばれていた。 

 門の前に立つ兜を被ったゴブリンは、部下から被害を聞く。

「残っているゴブリンは?」

「十五人です」

「クソ! 半分以上やられたか、なんなんだ一体!?」


 皺の寄った醜い顔を、さらに険しくさせゴブリンの隊長は考える。

「あいつ、修行とか言っていたな……」

 悩む隊長に、二階から伝令係のゴブリンが大声を出した。

「隊長! 逃げてください!」

「なに?」

「あいつ、爆弾を持ってます!」


 かがり火で、導火線に火をつけた手の中の物を、バイオンは門に向かって投擲した。

 砦の門が吹き飛んだ。


(しまった! 最初にした爆発音は、奴が投げた爆弾だったのか!?)

 バイオンはこの戦いに挑む前に、村で色々と装備を整えていた。

 魚を捕るための爆弾も、その時に貰って来た物であった。


 自らの失態に歯ぎしりするゴブリンの隊長。

 だが反省する暇を与えず、壊れた門を巨体が突破して来た。



 火薬に火をつける暇もなく、ただの棒で応戦するゴブリン達。

 しかし力と体格の差は歴然であり、列も整えられずに挑む小人は、ただ薙ぎ払うだけのバーバリアンには勝てなかった。

 すぐに六体のゴブリンが薙ぎ倒される。


 部屋の中にはすでに二体のゴブリンしかいない。

 二階より上のゴブリンが駆けつけるまで、隊長は遣り合う覚悟を決めた。


 鉄の剣と小盾を手に、飛び掛かるゴブリン。

 バーバリアンの左手の太い木の棍棒が交差した。

 棍棒は鉄に勝てず、割れ砕ける。

 しかしそれも一瞬、バーバリアンの鎖が巻かれた右手が振り下ろされた。


 その鎖の拳を鉄盾で防ぐゴブリンだったが、体格差は歴然であり、盾ごと殴り飛ばされた。

 吹っ飛ぶゴブリンの隊長。


 離れた瞬間を狙い、部屋の隅にいた別のゴブリンが弓を引いた。

 しかしそこに壊れた棍棒が投げつけられ、矢を放てず、ゴブリンは飛び避ける事しかできない。


 吹っ飛んだ隊長ゴブリンに、さらにバーバリアンはタックルを仕掛けた。

 壁に挟まれ、隊長ゴブリンは血反吐を吹いた。


 点滅する目に、武器を取り落とし、気絶寸前の隊長ゴブリン。

 さらに追撃しようとするバーバリアン。




 しかしバーバリアンの男は、そこで止まった。

 周囲を見渡し、巨体は鉄仮面の奥で笑う。


「これは、俺の勝ちだな」 

 その言葉の意味がわからない隊長は、巨漢の男を見上げていた。

 二階から降りて来たゴブリン達が弓を手に立ち止まっていた。


 バイオンはそんなゴブリン達に説明するように言う。

「あそこにある、火槍? あれ火薬の塊だろ? 俺があそこに火を投げつけて逃げれば、お前らほとんど全滅だろ?」

「……?」

「つまり俺はお前達を倒せたというわけだ、つまり俺の勝ちだ」



「今回の修行は終わりだ」

 バイオンはそして隊長のゴブリンから離れ、他のゴブリン達からも離れて、砦の外へと歩いていく。


 追いかけるゴブリン達。

 だが砦の外へ出たバーバリアンは、夜の闇に掻き消えるように姿を消した。












 小さな村フィーラ。

 そんな村の外側のはずれに二軒の建物があった。


 その建物の前には焚き火があり、この村の村長である老人と、漆黒の髪を持った女が、それぞれ椅子に座っていた。

 星明かりの夜、焚き火が二人を照らす。


 その二人の側にあった地面に描かれた、大きな魔法陣。

 それが光りだした。


 光が消えて見れば、そこに一人の巨漢が立っていた。

 それを見て驚く老人と、分かっていたため眠たそうな表情を変えない女。


「帰ったか」

 女が立ちあがり、巨漢の側に寄った。

「ん? なんだお前ら、起きてたのか?」

 女は男を見上げて聞く。

「それで、どうだった?」

「ああ? ゴブリンどもか?」

 面倒くさげに巨漢の男、バイオンは答えた。

「ぶっ倒してきたぜ、それで一匹も殺していない」





 バイオンは修行の為に魔法陣で出送られる際に、女と約束をしていた。

「誰も殺すな」

「はあ?」

 その命令に、バイオンは首を傾げた。

「相手が話の通じぬ獣なら別にいい、だが倒れた者を殺すのは止めろ」

「なぜ?」

 バイオンには不思議だった。戦いとは殺し合いである。殺さないようにしろとはどういうことかと悩む。

「逆に聞くがなぜ殺す?」

 薄目の女は、そう尋ねた。

「そりゃあ、殺し合いだったら殺すだろ?」

「おいおい、これは修行だろう?」

 男を窘めるように黒いローブを着た女は言った。

「可能な限り生かしておけ、いずれ報復者が出るように」

「それ面倒臭くないか?」

「ばか」

 女は納得できない男に言った。

「兵士が敵を殺すのは仲間や国の民を守る為だ、お前は何のために殺す?」

「……うん?」

「お前が倒した相手が、復讐を行うなら喜べ。それを叩き潰し、お前の修行がさらに捗るのだから」





 夜の村に戻ったバイオン。

 焚き火の前の土の地面に座り込んだ巨体を、魔女が見る。

「刺さった矢は三本、ナイフの傷が二ヵ所。脇腹の打撲は、自分で鎖をぶつけたか? 修練が足りないな」

「うっせえ」

「傷は私が治すが、傷痕は残るぞ?」

「どうでもいい」

 そのまま地面に寝転ぶバイオン。

「もう寝る、傷を治しとけ、ラフター」

「私に命令するな、バイオン」


 女の声を無視し、すぐに寝息を立ててバイオンは眠った。

 イビキをする大男。呆れたように女は男を見下ろした。


 離れていたフィーラ村の村長が、女の側による。

「女神様」

「ラフターだ、女神は廃業した。今は魔女ラフターだ」

 薄目を向けて、女は答えた。

「安心しろ、ちゃんと村は守ってやる。私は繁栄の力も持っているから、この村にその恩恵も与えてやる」

「……ラフター様の言う通り、城の兵士達は誤報として帰らさせました」

 焚火の日を見る村長。鎧を脱いで、大きなイビキをかく大男を見た。

「ラフター様。この男に何があるのですか? なぜ手を貸すのですか?」

「お前の怯えは分かっている」


 ラフターは村長を見つめた。星の明かりが目に瞬く、それ以外は漆黒そのものの女。

 弱々しい薄目が開き、年老いた男をその目で見つめた。

 夜の闇に溶け込みそうなその雰囲気は、妖艶さすら感じさせる。

 その女の空気に飲まれかけ、村長は喉を鳴らしてつばを飲み込んだ。


「この男が村に面倒をかけた時、私が助けてやる。この男が諦めた時、私が始末してやる」

 妖しげな吐息を吐きながら、女は大男の側による。

「ただの偽りの私でも、こんな世界でどこかにたどり着けるのか、私はそれを知りたいのだ」


 どろどろとした液体が詰まった大きな魔法の壺の如く、底の見えない魔女の姿。

 しかし一瞬だけ、老人にはその魔女が、儚げで泣き出しそうな女の子に見えた。

(……惑わされるな、ワシよ)

 老人はそれが夜が見せた幻だと、思い込んだのだった。






 夜が明けて、朝日が照り付ける場所。

 壊れた砦から、醜い小人の集団が群れをなして出発した。

 その数は五十三人。ここを占拠してからその数は減っていない。

 しかしその半数が、骨などが折れた重傷者だった。


 廃棄された砦は燃え上がり、使い物にならなくさせてからの帰国だった。

 本来なら利用する予定だったが怪我した者が多く、もはや維持は不可能だった。



 互いに肩を貸しあい、自国へと戻るゴブリン達。

 その先頭を歩く、包帯を巻いた隊長のゴブリン。

「……許せん」

 醜いその面をさらに歪ませ、折れた歯を軋ませ、大きな目に火を灯した。


「顔は鉄仮面で見えなかったが、その姿、その在り方、確かに記憶に刻んだぞ」


「必ず、必ず、殺してやる」


「我がゴブリン王国の誇りにかけて!」

 ゴブリンの戦士は、殺意を漲らせていた。



バイオンは爆薬の強さを覚えた!

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