第17戦 VS石距(てながだこ)
6月の夏の朝。二人の兵士が村長の家で目を覚まし、朝の支度を終えて話し合いをする。
「昨日、ドワーフ達の家を訪ねたが、特に問題は無かったな」
「そうですね。どうやら本当に摩擦無く、村人達と共存しているようです」
「ふむ。ならばこの村の駐在の兵士は最低限でいいな。とりあえず一度、センターナ城へと戻ろうか」
「この村の護衛の兵士は置かなくても大丈夫ですか?」
「どちらかが残る予定だったが、村長が別に構わないと言っていた。ドワーフも我らより強い。大丈夫だろう」
「しかし、それは危険……ではありませんでしたね。人格的にも信用できます」
二人の兵士は、帰宅に向けて準備していた。
二人の兵士が話を終えた所に、ノックが響いた。
先輩である中年の兵士が扉を開いた。
「おはようございます」
「ああ、プレゼンさんか」
赤い髪、赤い目、赤い帽子、赤いローブの小さな少女の魔法使いが扉の前に立っていた。
その姿を見て、後輩の兵士は頷く。
「そうだった、君の魔法薬を我が国の認定として、首都で販売する話を昨日まとめたんだったな」
「ああ、うっかり私が怪我をしたのを綺麗に治せた薬だ。これは役に立つ」
「は、はい、よろしくお願いします!」
なぜか目を泳がせているプレゼン。
二人の王国の兵士は、彼女と共に首都へと帰って行った。
青い海の中、一匹の蛸が泳いでいた。
丸い頭を前方に八本の足で勢いをつけ、まるで隕石の様に水を掻き分けて突き進んでいた。
(まずい、まずい)
その蛸はただひたすら逃げていた。
八本の触腕を絶え間なく動かし、その速度はロケットの如くだった。
しかし追いかけてくる者は、徐々に距離を詰めてきていた。
その者は頭は魚、体は人型、手足に水かきと鱗やヒレを体に付けた者、半魚人だった。
半魚人の名はオアンネス。
彼はタコを追いかけていた。
「まってよ~、蛸く~ん」
水の中を笑顔の魚頭が、ガボガボと喋りながら泳ぐ。その速度は蛸を上回っていた。
(ああ、こわいこわいこわい)
蛸は死の恐怖を感じながら、ひたすら逃げ回っていた。
蛸は石距と呼ばれる妖怪である。テナガタコは普通に存在する生物だが、それとは違う。
本来は大きな蛇が海の中に入り、変容した存在である。
蛇の体が膨らみ裂けて、八つに分かれて蛸になった。
彼はこの世界に気が付けばいた。
伝承通りに海の中に落ちて、蛇は激痛の中で蛸へと変化したのであった。
地球に置いて最も大きな蛸はミズダコで、全長は大きくて五メートルと言われる。触腕の先から頭頂までの高さは、人間とほぼ同じサイズである。
石距もまたそれほどの大きさがあった。
妖怪であるからか、普通の蛸よりは知恵があり、体格も大きく、動きも早い。
しかしそれでも、この世界では彼は餌であった。
海底に住む、憎悪の女神。海を進む巨人。鯨のようなサイズで、狂暴な怪物。それ以上の何か。
彼は勝てぬ存在には隠れ潜むしかなかった。
この世界では妖怪とて、自然界の弱肉強食の内にあったのだった。
そんな彼に話しかけてきたのが、半魚人だった。
「ちょっとそこの蛸くん、俺の教導の練習相手になってくれないか?」
こうして喋れぬ蛸は、オアンネスの弟子になった。
オアンネスは石距に技を授けた。
しかし蛸にとってその教育課程は、拷問でしかなかった。
毎日のように苦しめられた蛸は逃げた。
そして覚えた技を生存の為に使い、今日まで生きて来たのである。
だがその生きる為の日々も終わろうとしている。
後ろから追いかけてくる半魚人によって。
殺気を放つオアンネス。もはや距離は手を伸ばせば届くほどの距離となった。
(うみはむりだ、そとににげよう!)
そして蛸は浜辺へと飛び出した。
夏の日差しを受ける、コースト海岸。雲も少なく、熱気が周囲を包む。
砂をまき散らしながら、石距は浜辺に着地した。
「お、来たか?」
浜辺に待っていたのは、槍と斧を持った大男だった。
追いつめられて飛び出した浜辺にも敵がいた。
石距はどうすればいいのか戸惑う。
その瞬間を見逃さず、半裸のいかつい顔の男は、笑みを浮かべて槍を投げる。
黒いその体をしならせ逃げようとする石距。しかし足の一本の根元に突き刺さり、砂浜に縫い付けられてしまった。
蛸の足は生え治るので、石距も命の危機に引きちぎらんと足を引っ張った。
だがそれよりも先に大男、バイオンは鎖付きの鉄斧を振りかざし飛び掛かる。
逃げられないと考えた石距は、とにかく目にした大男の迎撃を行う。
動く七本の触腕をくねらせ、自分よりも大きな男を待ち受けた。
鞭のように動かせられる七本の武器。
迫る大男に対し、それを左右からたたき込んだ。
「グハァッ!?」
鎧を着ていないその体に、挟み込まれるような打撃をバイオンが受ける。
蛸の皮膚以外に引っ付く吸盤が、そのままバイオンを引きちぎらんとした。
石距の頭に投げた鉄斧が直撃した。
動きを止めた大タコに、咳込むバイオン。
バイオンは突き刺さっていた鉄槍を引き抜き、蛸の目を射抜かんとした。
だがその動きより先に、触腕の連続打撃がバイオンを横薙ぐ。
顔面と脇腹への打撃に仰け反るバイオン。だが砂地で踏みとどまりバイオンは、槍を投げつけた。
蛸の顔に鉄槍が突き刺さった。
蛸の頭の皮膚が割れて、その頭の中から蛇の頭が生える。その時に蛸の表皮と共に鉄槍と鉄斧が砂浜に落ちた。
バイオンは鉄斧を鎖で引っ張り、両手でキャッチする。
バイオンは蛸の触腕に足を掴まれた、そのまま引っ張られ背中から倒れる。そして引きずられる。
石距はその蛇の口を大きく開けて、バイオンに食らいついかんとする。
バイオンは手の斧を横に振りぬいた。
蛇の上あごが吹き飛び、横に崩れる石距。
立ちあがったバイオンは、斧を振り上げた。
(死、死にたくない)
石距は生存の道を探した。
(あれ、を)
それはかつて半魚人が無理矢理に、教えた技である。
触腕が、バイオンの腹に触れる。
衝撃が、バイオンの腹の中で破裂した。
血を吹き出すバイオン。
痛みに大男は片膝をつく。
石距にとっては残念な事に、その技は未完成な上に短時間で教えた技だった。
威力もそこまでのものではない。
普通に耐えたバイオンは、立ち上がり鉄斧で蛇の頭を砕いた。
ピクピクと動いた後、蛸は絶命し砂浜の上で動きを止める。それを見届け、バイオンは砂の上に座り込んだのだった。
夜の砂浜。石距は火あぶりにされて、バイオンとオアンネスによって食われた。
「よし弟子一人撃破だな」
笑いながら言うオアンネス。バイオンは向かい合って地面に座り、焼き蛸の触腕をかみちぎる。
「じゃあ、約束通り技を教えようか。何を教えようかな?」
両腕を組んで悩む半魚人。
その隙を逃さずバイオンが、オアンネスに飛び掛かった。
そのままバイオンは、夜の海へと投げ込まれた。
バイオンはより泳げるようになった!
石距:日本の妖怪。海に落ちた蛇が蛸に変化した。