第12戦 VSビッグ・スラッグ
夜の森を一体の巨大なナメクジが進んでいた。
全身を伸縮しての移動の速度は遅く、ゆっくりとしたものだった。
しかしそのサイズはとんでもなく大きく、動くだけで木々を押し倒せる。
四本の頭に着いた触覚にはそれぞれ目があり、餌である植物を探していた。
茶色い体からは粘液が流れ、それが大地に染みこんでいく。
遠くの崖から、火のついた松明を持ってその巨体を見下ろす二人の影。
バーバリアンの男バイオンと、赤いローブを着た魔法使いの少女プレゼンであった。
今回バイオンは武装しておらず、右手に鎖と鉄斧だけである。
バイオンはゆっくりと突き進むナメクジを見た。
「昨日、戦ったゴーレムよりもデカイじゃねえか。本当に倒せるのか?」
「まあ色々と師匠に準備してもらっているので、なんとかなるでしょう」
少女は箒にまたがり空を飛び、バイオンは崖を下る。
口であるスリコギ状の歯で、大きな木に全身で抱き着き食らいつくビッグ・スラッグ。
食事を行っていると、ふと巨大なモンスターは匂いに気づく。
嗅覚の鋭いナメクジはその誘われるような感覚に、ゆっくりと緩慢な動きでその匂いへと動いていく。
伸縮を繰り返し四つの触覚の目で目的の物を見ながら、木々をなぎ倒しながら移動するナメクジ。
「ナメクジはビールの酵母と麦芽の匂いが好きだって、学んだ事があります」
大量のビールを箱に入れて、空飛ぶ箒にぶら下げたプレゼン。
ゆっくりとナメクジの前を飛んで、誘引していた。
そうして夜の森の中を、しばらくゆっくりとした追いかけっこが続く。
「目標地点に到着!」
本来なら大きな崖があった場所。そこに木で作られた簡易的な橋が掛けられていた。
その上にビッグ・スラッグが乗る。
バイオンがその瞬間に爆薬に火をつけて、橋を破壊する。
崩れる木の橋に、乗っていたビッグ・スラッグは崖底へと落下。
建てられていた石柱が、大ナメクジを貫いたのだった。
「やった倒した! 昼間から準備したかいがありました!」
「働いていたのは主に俺とドワーフだったがな」
今回、巨大ナメクジを倒すにあたり、バイオンとプレゼンとドワーフ兄弟は、昼間からこの地に降り立った。
そして今までの時間、木をなぎ倒して橋を架けたり、崖下で石柱を準備したりと働いていた。
ナメクジは夜に動き出す物、それまでに準備を行っていたのである。
「お礼はいずれします! あとはあの死んだナメクジの体から……」
「生きてんぞ」
「え?」
体を岩で貫かれたナメクジ。しかし動きを止めず、緩慢にもそこから抜け出そうとする。
崖上のバイオンは横にいたプレゼンに尋ねる。
「それで、どうする?」
「えええ? ナメクジの弱点は、塩と、カフェインと、それからそれから……」
困惑する赤い少女。
答えを聞く前にバイオンは、鉄斧を手にナメクジの上へと飛び降りた。
暴れる貫かれたナメクジ。うごめく四本の触覚。
その頭に鉄斧が直撃する。
「ち、ぬるぬるしやがる!?」
ナメクジの全身から粘液が出て、それが斧の一撃を弱らせた。
その表面に浅い傷をつけるだけだった。
「なら!」
バイオンはナメクジの体の粘液の上を走り、触覚の一本を斧でぶった切った。
すぐに異変が起こる。
表面の傷が癒え、切れた触覚がまた生えてきた。
「なに!?」
「ビッグ・スラッグは再生速度が段違いなんです! 多少の傷はすぐに消えます!」
手を考えている途中の少女が、バイオンに大声で伝える。
その後もバイオンは何度も触覚や皮膚を斧で傷つけるが、すぐに再生する。
さらに粘液が全身にまとわりつき、動きにくくなる。
「く、くそがぁ!?」
全身がヌルヌルになったバイオンは、そのままナメクジの表皮を滑り落ちてしまった。
石柱から逃れたナメクジが、崖に張り付き、登ろうとする。
「う、うわわわわ!?」
赤い魔法使いの少女は考えるが、しかし良い手は思いつかない。
登ってくる大ナメクジの姿に恐怖し、少女は叫んだ。
「し、師匠、ごめんなさい、助けて!?」
『まあ今回は、修行も関係ないしな』
ラフターの声がプレゼンの耳に聞こえた。
空に穴が開く。
そしてそこから大量の白い粉がナメクジへと落下した。
それは塩だった。
崖を登っている最中だったナメクジは塩の滝に直撃し、地面へと落下する。
体の水分を濃度の薄い塩に奪われて行き、ナメクジの体が少し小さくなった。
全身、塩まみれになりながらももがき、粘液で体を守りつつ、塩溜まりになった崖底から脱出しようとするナメクジ。
「逃がすかよぉ!!」
同じく塩まみれのバイオンが崖を登り、そのナメクジの頭にまた飛び降りた。
このまま放っておいても脱水で死ぬだろう大ナメクジ。
だがバイオンの気持ちが許さず、その後も何度も斧で斬りかかる。
プレゼンも箒で崖下まで降りて、炎の魔法を使い、ナメクジを攻撃し続けた。
崖を登ろうとするナメクジを、攻撃して落とし、あるいは崖を破壊して落とし、二人は攻撃を繰り返す。
そうして二十分後、巨大ナメクジはダメージ過多と脱水で生命活動を停止したのだった。
それから二週間後。
「やったー! 大儲けだぁ!!」
喜ぶプレゼン。その机には大量の中金貨があった。
プレゼンは魔法道具屋を営み始めた。
そして師匠の知識から回復薬の存在を知り、それが一番売れるだろうと当たりをつけて、作る事にしたのである。
「君達のおかげだよぉ、ありがとう! さあ皆、新鮮な薬草だよ、どんどんお食べ!」
プレゼンの家の中にある、巨大な透明の壺。
その底にはたくさんの小さなナメクジがいた。
このナメクジは、ビッグ・スラッグの子供である。
ナメクジは本来、地中や枯葉の下に卵を産むが、ビッグ・スラッグは体内で卵を背負う。
そして生まれてきた小さなナメクジ達も、親同様に高い再生能力を持っていた。
その粘液を多数の薬草類と混ぜて作った液体こそ、プレゼンが作り出した回復薬である。
塗れば忽ちに傷口を癒しその跡すら残らないプレゼンが作った塗り薬は、首都で大ヒットとなった。
「大儲け~、大儲け~! あ、ドワーフさん、こんにちは! ドワーフさんと師匠とバイオンさんには、今までお世話になった分、無料で渡しますからね!」
「お、おう」
「ありがと、よ」
ナメクジ壺に薬草を投げ込み、狂喜するプレゼンに、若干引くドワーフの兄弟。
この薬草には成長しない毒薬も混ざっている。
「大きくなったら駄目よ、大きくなったら殺して薬にするからねえ」
ゆっくりと薬草を食らう粘性生物に、笑顔でひどい事を言う少女。
「これ材料や作成状況が知れ渡ったら、売り上げ落ちるだろうな」
特にナメクジに嫌悪感の無いドワーフの兄弟だったが、世間の好き嫌いぐらいはそこそこ分かっていた。
黒い魔女ラフターは、電気の無い真っ暗な自室で一人、鏡の前に立っていた。
彼女には暗闇の中でもしっかりと、周囲が見える。
「……」
その手にはプレゼンから貰った傷薬があった。
鏡の前で黒いローブと服を脱ぎ捨てるラフター。
その素肌には肩から腰に掛けて、大きな傷痕があった。それは獣の牙によるものに見えた。
「……」
プレゼンの薬を塗ってみるが、まるで効果が無い。
「まあ期待はしていなかったし、そもそも二十年前の傷だしな」
ラフターは暗闇の中、自分の行為を自嘲した。
バイオンは滑る相手を攻撃する手段が欲しくなった。
毎回、これぐらいの文字数で収めたい。




