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第118戦 VSハンター



 秋の太陽の照る、赤い夕暮れ。

 冷たい風の下で、枯葉が飛び交う。

 そこには大きな廃墟があった。

 その廃墟に生息する生物は瓦礫の間に群れる草と、徘徊する小さな虫達。

 そして一匹の三毛猫であった。



 この猫はこの地の守護神。

 名前を『お松大権現』。

 猫は地球にある日本という地で、神社に祭られた存在のコピーであった。


 お松大権現は、いうなれば猫とその飼い主であるお松の神社である。

 かつてある庄屋が、富豪の金貸しに騙され破産して傷心の中で死亡する。

 その妻のお松が奉行所に訴えるが、奉行所もまた金貸しと共謀しており訴えを退ける。

 それも知らずお松は直訴を続けるが、それにより死罪となった。

 お松と共に死んだ飼い猫である三毛猫は妖怪となり、金貸しと奉行を祟り殺した。

 その伝承から最後には打ち勝つという事で、勝負事の神様として祭られるになったのだった。



 そのコピーである守護神の猫が、この世界に作られた。

 彼の猫はとりあえずこの辺りに住んでいた人間達に対して、その猫なりに頑張って加護を与えた。

 殺人や放火などの悪人には、祟りによって報いを与える。

 商売や学業などに挑戦する者達には、その努力が実る様にと力を貸した。


 こうしてこの地にいた人々は、幾度もの災害や凶作にも負けず成長し続けた。

 そうして発展し続けたこの国は、世界でも優れた強国となったのである。


 しかし三年前に魔族が襲来し、この国の全てが滅んでしまった。




 瓦礫の中、三毛猫は倒れたまま動かない。

 守護神である猫は、飲まず食わずでも生き続けられるので死んでいる訳でもない。

 ただ何もしたくないので、石の一部の様に寝続けているだけである。

 一匹のコオロギが、猫の上を通り過ぎるが、猫は微動だにしなかった。


(あれから、どれだけの時間が経ったか?)

 守護神の猫は、魔族に対してもその力を存分に使った。

 祟りを全力で放ち、魔族の動きを鈍らせた。

 国の者達に勝利の加護を与えて、魔族達とも戦えるようにした。


 そのうえで全く歯が立たなかった。

 人々は猫の名前を、縋る様に、あるいは恨むように叫び死んでいった。

 猫自身も魔族に立ち向かったが、戦いの神でも無いこの猫に戦闘は難しく、あっさりと叩きのめされて気を失った。

 気がつけば町は廃墟となり、魔族達が徘徊していた。

 勝てるわけも無いと、猫は瓦礫の中で隠れ続けた。

 半月もすれば、魔族達は姿を消したのだった。



 残ったのは廃墟。あとは人間の死体のみ。

 猫は人間の死体を土葬した後に、廃墟の一角で倒れ込むように眠った。

 その場所はかつて彼の為の神殿が作られた場所である。

 猫の像も作られたが、今は破壊され痕跡すら無くなっていた。


 九割の人間達が死に、一割の人間がこの街を去って行った。

 もはや帰る事の無い人間達。帰って来たとしても、猫には何もする気が起きない。

(この百年間、全てが無駄だった)

 猫は死んだように眠り続けていた。

(所詮、私は祟り神の様な物。魔族なんてよくわからない相手には無力。人間の守護神など、最初から、無理な話だったのだ)

 死んだ目を開いた後、すぐに閉じる。

 冷たい風を感じるが、猫は何もする気が起きない。

 ただただじっと廃墟の一つとして息をひそめていたのだった。


「この猫ですか?」

 そんな場所に、赤い少女が訪れた。








 夜の廃墟に冷たい風が吹きすさぶ。

 赤いコートを着た少女は、火の玉を明かりと暖を取るために空中に掲げる。

 黒犬のエルジョイは寒さを気にしていない体を示して、プレゼンの横を歩いていた。

 全身鎧のバイオンの、その背に負われたアジニスもまた、魔法の火の玉を生み出していた。

 松明を念のために腰に差していた鉄仮面の巨人は、今は火をつけないでいる。

「この廃墟に、知性のある能力を持った猫がいるのですか?」

『ああ』

 遠くから一同を覗く、漆黒の魔女ラフターが肯定する。

『着いてくるかどうかは、あまり期待できないがな』

「気難しい、猫さんなんですか?」

『……まあ、会ってみればわかる』

 師匠である魔女の言葉に、「それもそうですね」と赤き少女のプレゼンは、箒を手に廃墟を歩く。

 バイオンはまるで気にした様子も無く、アジニスはぼんやりと後方を眺めていた。

 こうして一同はラフターの指示する方向に向かい、そこで倒れた猫と会ったのである。




 赤い少女は、夜の下の廃墟の中で、微動だにしない猫を見つけて困惑する。

「生きているんですかね?」

 炎に照らされるは、白黒茶色の混合色の三毛猫。

 プレゼン達が近づいたというのに、猫は動こうとしなかった。


『何用だ?』

「!?」

 一切猫が口を開かず、バイオン達の脳裏に声が響く。

 ラフターも遠距離から使用する、テレパシーの魔法であり、それをこの猫が使用したのだとプレゼン達は理解した。

「えっと、猫さん、こんばんは?」

 とりあえずプレゼンは赤い帽子を揺らして頭を下げて、挨拶をした。



 プレゼンは妖精の国の猫の城に来ないかと、三毛猫を誘う。

 しかし三毛猫は拒否した。

『悪いが、私はここを動くつもりは無い』

 猫の丸い目が開く。

 しかしその目は生気が無く、少女からも死んだように見える。

『この地は私が約百年もの間、人々を導き育てた国。だが魔族の襲来によって、全てが終わった』

 そして守護神の猫はまた目を閉じる。

『もう私は、何もしたくない』

「……そんな」

 プレゼンは何か励ますような言葉を口にしようとしたが、しかし何も言えなかった。

 アジニスは欠伸をしていた。

 バイオンと黒犬のエルジョイは遠くを気にしていた。


 守護神の猫はそのまま黙ってしまい、少女が声をかけても反応しない。

 プレゼンは少し離れて、虚空に向かって話しかける。

「どうしましょうか、お師匠様?」

『……いや、正直、最初から望みは薄かったがな』

 自らの分身を夜霧に変えて、各国を眺めて回っていた時、何か月か前にここをラフターは見た。

 生きているのに死んだような守護神の猫。

 猫の話を聞いた時に、ラフターは思い出してバイオン達に尋ねさせたのだった。

『無駄足だったようだ。悪いがそのまま帰るといい』


「……そうですか」

 プレゼンとしてはどうにか会話したいが、しかしどうすればいいのかわからない。

 助けを求めるように、プレゼンはバイオンを見る。


 しかしバイオンは遠くを見ていた。

「バイオンさん、どうしました?」

「……誰か来た」

「え?」

 言われるがまま、プレゼンはその視線の先を追う。

 夜の廃墟の中を松明を持った一団が歩いてきた。


「あん? なんだお前ら?」

 廃墟の中、バイオン達が会ったのは、奇妙な格好をした冒険者達だった。



 一人はリーダー格だろう男。ぶかぶかのコートを身に着けた二十代ぐらいの男性だった。

「こんな廃墟に、大男と魔法使いの少女? 遺跡漁りにでも来たのか?」

 その後ろにいるのはレオタードを身に着けた、男と同じ年齢ぐらいの派手な女。

「なあに? 親子連れの旅人? お父さんの方は強そうねえ?」

 もう一人はバイオンに匹敵する背丈の大男。半裸でありその筋肉質な上半身を晒している。

「おめえ、強そうだな? 背中の子供とその赤いのは、火の玉を出しているが、魔法使いかあ?」



 探る様に質問ばかりする一団。

 バイオンとアジニスは答えそうにないので、代わりにプレゼンが前へと飛び出した。

「えーっと、はい、私達は旅人です。親子? えっとまあ、そうですね?」

 しどろもどろな受け答えになる、火を掲げたプレゼン。


 松明を持った三人は、窺うようにバイオン達を見る。

「……まあ、二人も子供を連れて賊をやるとは思えないし、親父さんは強そうだからどうとでもなりそうだが」

 黒いコートの男は警戒を表面上は解いて、笑みをこぼす。

「ここは観光しても面白くないし、宝物も山賊達が軒並み盗んでいったから何もないぜ?」

 レオタードの女もバイオンを値踏みしながら、言葉を続ける。

「そうよ、貴方達。この辺は強いモンスターもいないけれど、本当に何もなくてねえ。私達が廃墟探ししたのに壊れた皿ぐらいしか見つからない物」

 その言葉に半裸の大男はうんうんと頷く。

「本当に、何もねえのよ。全く、その倒れた猫ぐらいしかいねえ」


 その言葉にプレゼンは小首を傾げる。

「そんな何もない廃墟に、貴方達はどうして訪れたのですか?」


 黒いコートの男は、何気なく答えた。

「……あー、そこの猫に用事があるんだ」

「猫? この守護神の猫にですか?」

 女も笑顔で答える。

「そうそう、その猫にちょっとね?」

「でもこの猫さん、返事も何もないですよ?」

 半裸の大男が続けて笑顔で答えた。

「おう、その猫の毛皮を剥ごうと思ってな!」


「え?」

 プレゼンは、驚いた目で三人組を見た。

 黒いコートの男が、半裸の男をぶん殴る。

「この馬鹿野郎!? 子供になんてことを聞かせやがる!?」

「す、すまねえ!?」


 プレゼンは後ずさりして、バイオン達へと近寄る。

 エルジョイもまた、空気が変わったのを感じてプレゼンの前に出て威嚇する。

 その態度にレオタードの女がため息をついた。

「ああ、もう。完全に警戒されているじゃないの」

 プレゼンはそんな三人組を、眉をひそめて睨みながら身構えていた。

「毛皮を剥ぐ? ……この猫は守護神ですよ?」

 戦意の混じる視線を向けるプレゼン、そして主人に影響されたその横のエルジョイ。

 バイオンとアジニスは何も語らず、構えてすらいない。


 黒いコートの男は仕方が無いと話し始めた。

「ここは数か月前に立ち寄ってな、数日の間に家探しして何もない事を確認している。それでだ、ここに何も言わず横になったままの守護神の猫がいる事は確認していたんだわ」

 レオタードの女が、プレゼンをなだめるような口調で声をかける。

「それでね、ここよりいくらか離れた国に強欲な王様がいてねえ、旅人の話を聞きたいというから教えてやったのよ。この国の状況を」

 続いて筋肉質の男が弱々しく答えた。

「そしたらだなぁ、『その猫の、守護神の毛皮が欲しい! その革で作った楽器はきっといい音色であろう!』ってさぁ。たくさんの金と引き換えにさぁ」



 プレゼンの赤い目がさらにきつく睨んだ。

「……この猫は守護神なんですよ?」

 ため息をついた黒いコートの男が答える。

「でも今は何もやってないだろ? 人も居ねえ、滅んだ国だ。誰も崇拝していない神様なんざ、必要ねえだろ?」


 プレゼンはその言葉に殺気を漲らせた。

『止めろ、少女よ』

 戦わんとするプレゼン。しかしその行動を守護神である猫が止める。

「猫さん!?」

『……私はもう疲れた。殺すというならば、もういい。それで私は終わりにする。だから君が怒る必要性は、戦う理由は無い』

 疲れ切った猫の言葉。しかし少女は首を振る。

「……嫌です」

 プレゼンは箒を持つ手に力を込めて、その言葉を拒絶した。

『私は復讐の妖怪であった。しかしその復讐は為されなかった。もはや私にとって、私は価値が無いのだ。死なせてくれ……』

「嫌です!」

『少女よ』

「守れなかったとか、出来なかったとか、後悔はあるかもしれません! でも必要ないなんて絶対にありません! 猫さんがそう思うぐらい、人の為を想って来たの分かります!!」

 赤いコートのプレゼンは夜空に大声を出して猫に返事をする。

「この町の人達も貴方の事を想っていたはずです! それを無にしないでください!!」


 ラフターという存在を見てきて、ある意味で強い信仰心を抱いていたプレゼン。

 だからこそ必要不要で神様を考える事が、不愉快でたまらなかった。

 ラフターはとても強い魔法使いで、そして人々の事を想っている事がプレゼンにはなんとなく理解できた。

 その強さを失えば、あるいは人々を守り切れなければ、神様である事を失ってしまうと誰もが思っている事がプレゼンは嫌だった。

 そうなった時に人々が、そしてラフター自身が、ラフターという神様を否定する事が、プレゼンは想像しただけで本当に不愉快でたまらなかった。


 だからプレゼンは猫の守護神を守るために戦う事を決意した。

「町の人が貴方を信仰し、貴方がそれを見守っていた事を無かった事にしないでください!」

『……それはもはや、失われた過去だ』

「いいえ! 過去にあったのなら、明日にだってあるはずです!」

『少女……』

「貴方は私が守りますから、気を強く持ってください!」

 プレゼンは戦う相手へと戦意をぶつけた。




 銃弾がバイオンの胴体の鎧を貫き、その腹に直撃した。

「!?」

 突然の凶行に、驚くプレゼン。

 見れば黒いコートの男が、その服から銃身の長いライフル銃を持ち出していた。

 服の裏で常に隠し持っていた小銃、その銃口から煙が流れる。

「……ったく、よう」

 松明を左手に、銃を右手に持ったコートの男は、つまらなさそうな顔でプレゼン達を見る。

「無駄な殺しはしたくねえな、弾の無駄だし」


 プレゼンはすぐに箒に魔力を込めて、空を飛ぼうとする。

「逃がさないわよ!」

 左手の松明のレオタードの女が、右掌から魔法の風を放つ。

「きゃあ!?」

 少しだけ浮かび上がっていたプレゼンが、風にまとわりつかされて地面に落下した。

 壊れた石畳にその体を打ちつけられるプレゼン、同時に掲げていた火の玉も消えた。


 エルジョイが三人組に対して走り出す。

「獣の相手は獣がするべきね」

 駆け寄る犬を見て、女は口笛を吹く。すると暗闇から、一匹の大きな獣が走り込んできた。

 それは犬よりも大きな黒い動物。

 ブラックパンサーと呼ばれる動物だった。


 とびかかる猫科の動物に、エルジョイも飛びのいてその牙と爪を避ける。

 互いに睨み合う二匹の黒い獣。

 墓守犬と黒豹が、夜の廃墟で疾走しぶつかり合った。



 腹に銃撃を食らったバイオン。

 しかし倒れる事も無く、そのまま立っていた。

 その胸にさらに銃撃が叩きこまれる。

 砕ける鎧にバイオンは後ろへと少し下がった。


「二発も食らって倒れないとか、随分な体だな?」

 小銃の後ろから、銃弾をリロードする黒コートの男。

「バイオンさん!?」

 割れた石畳に倒れたプレゼン。

 プレゼンがバイオンのその状況を見て困惑する。


 バイオンは今回、武器を背負ってきていない。

 それは前日もそうだが、猫を捕まえるのに武器は必要ないと考えていたからである。

 一応トマホークなどの腰の武器は、手間もかからないので所持していた。

(武器が無いから動かない、いや、バイオンさんがそんなことで動かないわけ……!?)

 プレゼンはバイオンがただ立っている理由を考えて、それに思い当たった。


「二発も耐えるとは、頑丈な奴だな! お前ら!」

「はいよ!」

「おう!」

 女が筋肉質な男の背中に立ち、男が構える。

 プレゼンが倒れたまま魔法を放とうとするが、しかし黒コートの男が放った銃弾が少女の眼前に着弾して、その音で魔法の設計図が頭から吹き飛んでしまう。

「邪魔はすんなよ、嬢ちゃん」


 レオタードの女は、両手を掲げて魔法を使用する。

「弾丸準備OK!」

 魔法をかけられた大男の体、その肉体が鉄の如く硬化させた。

 そしてさらに魔法の風を作り出し、大男を包ませた。

「狙いはヨシ! 発射!」

 砲弾となった大男が、そのまま風を纏って飛び出す。


 空中を走る大男。そのタックルがバイオンに直撃する。

 強烈な砲弾の直撃に、バイオンはそのまま後ろの瓦礫の中に倒れた。



「バイオンさん!?」

「これはさすがに、死んだだろう?」

 相手の死を確信する、黒いコートの一味。

 大した因縁の無い、ついさっき会ったばかりの相手。その人間を殺した事に、しかし三人組は気にした様子も無い。

 三人は金の為の殺しをそれなりに慣れていた。

「さてと、子供を殺すのは忍びない。邪魔しないでくれるか?」

 黒いコートは優しく、倒れたままのプレゼンに言葉を贈る。

 しかし言外にそれは、これ以上の邪魔をするなら殺すと告げていた。


 だがその言葉をプレゼンは無視して大声をあげる。

「バイオンさん!?」

 倒れたままのバイオン。その背中の鉄籠にいて、苛立っているアジニス。

 プレゼンはバイオンへと意見を言った。

「お師匠様も言っていました!」


「見殺しは殺しです!!」



 するとバイオンは、まるでダメージの無い様子で、むくりと上体を起こして返事をする。

「なっ!?」

 驚く三人組。バイオンは攻撃してきた相手を無視して、倒れた少女へと向く。

「でも、猫で守護神だぜ。別に死んでも良くねえか?」

 倒れたままのプレゼンは続けて伝える。

「神でも猫でも、意志を持っています! バイオンさんの目的をより確実にするには、守っておいた方が絶対いいです!」


「……ちっ!」

 バイオンは嫌そうに飛び起きた。目の前の半裸の大男が、続けて驚いた。

「おめぇ!?」

 反射的に大男は、鉄仮面のバイオンの頭を大きな手でぶん殴った。

 強烈な一撃、しかしバイオンは微動だにしない。

「あ? 邪魔だ」

 鎖の巻かれたバイオンの右腕の拳が、大男の腹に入る。

 半裸の大男はそのまま二十メートルほど吹っ飛んで行った。


「!?」

「ええっ!?」

 全くダメージの無い鉄仮面の大男に、逆に仲間の一人が一撃で吹っ飛ばされる。

 すぐに魔法で反撃しよう、バイオンに対して手を向けるレオタードの女。

 だがプレゼンが立ち上がっており、それより先にその女に対して魔法を放った。


 土と氷の塊が、いくつも女に直撃。

「ぐぺぇ!?」

 全身を打撲した女は、そのまま廃墟の中を転がった。



 すぐに四発目の銃弾をリロードするコートの男。

 バイオンはそこに、腰の小さな袋を投げつけた。

「!?」

 反射的に、コートの男はその袋を銃弾で破壊する。


 コートの男の頭上で破裂したそれは、油の入った袋だった。

「え、なんだ、こりゃ!?」

 そしてバイオンの肩越しにアジニスが、コートの男に手を向ける。

「こりゃ、この匂いは油か!?」

 黒いコートの男は、引火させまいと左手の松明を遠くに投げた。


 しかしそれとは別の火の玉が、コートの男に着弾する。

 バイオンの背中越しにアジニスが見ており、金髪の少年は火の魔法を放ったのであった。


 燃え上がるコートの男。

「あち、あちぃ!? やべえ、銃弾に引火する!?」

 慌ててコートを脱ぎ捨てて、さらに小銃も捨てる。

 そして男は火を消さんと床を転がる。


「ああ、くそ、焦げて……あ?」

 しばらくしてようやく火を消した男。

 その目の前にバイオンが立っていた。手には男の小銃を持っている。

「これ後装式っていうのか、銃弾の込め方。貰っていくぜ」

「あ、はい」

 コートの男の顔面に、バイオンの拳が入ったのだった。


 ちなみに黒豹は、エルジョイにさんざん体当たりや噛みつきを受け、一方的に攻撃を何度も受けたために逃げ出していた。






 気を失って倒れた三人組のハンターを、一ヵ所に集めたバイオン達。

 回復薬をぶっかけたプレゼンが、銃弾を肉体操作で体外に排出したバイオンに尋ねる。

「どうして、この人達をすぐに倒さなかったんですか?」

 猫の守護神を守る気が無いのはプレゼンにもわかったが、攻撃されたのに反撃しないバイオンが不思議だった。

 それについて鉄仮面の男は気にした様子も無く答えた。

「気付いたんだが、俺が今まで人を殺さずに済んだのはたまたまだったんじゃねえか?」


 バイオンはラフターとの話し合いで、ある理由から人を殺さない事にしていた。

 今までも、会話ができて社会性のある相手は殺さない様に手加減はしていた。

 しかしそのうえで戦って殺さずに済んでいたのは、運が良かっただけなのではと思ったのである。


 手加減しようとも、バイオンの一撃が悪い所に上手く入れば相手は死ぬ。

 今まで相手が死ななかったのは、運が良かったからだとバイオンは考えたのである。

「まあそれでもやらないとならないなら、やるがよ」

「バイオンさん」

『バイオン』

 プレゼン、そしてラフター、さらにはドワーフの兄弟が感心する。

 「賢くなったのだな」と四人の考えが一致した。何となくプレゼンの表情から察したバイオンが、イラっとした。

「殴っていいか?」

「ダメです!」


 バイオンとアジニス、そしてプレゼンとエルジョイが火の玉の周りで話し合っていた。

 そこに一匹の猫が四本足で歩み寄る。

 その三毛猫は、この国の守護神であるお松大権現の猫である。

「お前達に礼を言おう」

 テレパシーではない、直接話す猫の声。

 小さな猫はぺこりと頭を下げる。

「そしてすまないが、やはり妖精の国とやらには行けない」

「猫さん?」

「私はここの地で、また一からやり直そうと思う」

 そのまんまるの猫の目には生気が戻り、はっきりとした口調でバイオン達に告げる。

「ここで私と人々が国を作り上げたのは、決して無駄では無かったと私もまた証明したい。私の中にその記憶があるならば、もっとよりよい国が作れるはずだ」

 猫は微笑する。「ただの祟り猫がどこまでいけるかわからないがな」と己を笑う。

 しかしその目は決して、諦めてはいないものであった。



「それならよ」

 突然、気を失っていた倒れたコートの男が声を出す。

「この国の南の端に、小さな村がある。そこには猫の象を祭る人々がいる。あれはここの国の生き残りじゃねえか?」

「……真か!?」

「やり直すってのなら、あそこからやり直したほうが早いと思うぞ?」

「そうか、まだ私を神として崇めていてくれているのか……」

 その言葉に守護神の猫は、少しだけ目に涙を浮かべた。

 しかしプレゼンは疑惑の視線を送る。

「どうして、今さらそんなことを教えるのですか?」

 三人組のリーダーの男は笑って答えた。

「そんなもの、ここで少しでも止めを刺されない様にするためだろうが」

「そんなこと言って、まだ猫さんの毛皮を狙っているんじゃないでしょうね?」

「はっ! やる気のある守護神を、殺せる方法なんてねえよ!?」

 ふてぶてしく笑う男に、それもそうだとプレゼンは頷いた。


 こうして猫の神は、その村へと向かって飛ぶ。

 最後にプレゼン達に礼を言って去って行った。

 それを見届けてから、バイオン達は夜のフィーラ村へと戻った。






 夜のフィーラ村。

 ドワーフ達の手によって、バイオンの鎧が外される。

「余にとって、毎回、本当に無駄な行為で嫌になってくるな」

 アジニスが疲労感のある息を吐いた。

 ちなみにバイオンとアジニスは、腕の鎖がつながっているので一枚の服を着る事が出来ない。

 これに関してはラフターが、前後でつなぎ合わせるような服に魔法で改造する事で何とかしていた。


 忌々し気に自らの左腕の鎖を見る。

「そもそも、今回も猫を捕らえる事を失敗しているではないか? とんだ無駄足だったな」

「そうですね」

 プレゼンはアジニスの言葉は気にせず、地面に座り込んだバイオンに近づいた。

「今回はありがとうございました!」

 頭を下げるプレゼン。

 鉄仮面を外したバイオンは何も答えない。

「バイオンさん、何かお返しする事はありませんか?」


 厳つい顔の男は声を出す。

「もうそろそろ、大物とやりてえな」

「わかった探しておく」

 その発言に対し、回復魔法をかけながらラフターが淡々と答えた。



バイオンは油の袋を持ち歩くようになった!


 お松大権現:徳島県にある神社に祭られる猫神。ある庄屋が富豪に騙されて財産を失い、失意のうちに死ぬ。その妻のお松が奉行に訴えるも、奉行も共犯であり退けられる。それでも直訴を続けるが、直訴刑により死刑になる。ともに死んだ飼い猫が化け猫となって富豪と奉行を祟り殺した。猫神として祭られ、勝負事の神様とされる。近くに似た話の神社があり、そちらでは猫の名前はお玉。


銃弾は直接、火にくべてもなかなか暴発しないし、暴発してもその威力は木の板すら貫ぬけないほど弱いとか。ネットで調べた情報なので、弱い理由はよくわからないです。威力には銃身が必要?

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