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第116戦 VS人間の騎士その8



 リザードマンの国。その地を総べる、岩山のリザードマンの城。

 一室で右目の潰れたリザードマンが、酒を飲みつつ床にごろ寝していた。

 その出入り口の扉を開き、一人のリザードマンが部屋に入ってくる。


 その部屋はいうなれば道場。

「よおリソード」

「……なにやってんだよ、兄貴」

「酒盛り」

 トカゲの頭の男が大きな口を開いて、酒瓶からぐびぐびと酒を飲んでいた。



 彼のだらけたリザードマンの名を、ブレイド。

 リザードマンの国のかつて総隊長であり、『剣神』の呼び名を持ったこの国最強の男であった。

 しかし十年前に突如として出奔。「修行に出る」と言い残して行方をくらました。

 その後は一切の情報が入ってこず、もはや死んだのではないかと噂された。


 しかしブレイドの弟のリソードが、この国に訪れた人間の子供に会い話をする。

 その人間の子から魔界から出てきた凄腕のリザードマンの話を聞き、行方不明の兄ではないか?と考えたリソードは、その魔界の穴が開いたとされる国へと向かったのだった。

 その途中で守護神が暴れているという話を聞き、兄が修行に訪れるのではないかと考えたリソードはそのランダ退治へと介入した。

 そしてリソードは無事にブレイドに会い、数日前に帰国と相成ったのである。



 帰国したブレイドが真っ先に行ったのは、長老達への謝罪……ではなく、守護神への謝罪に向かったのだった。

 ブレイドは十年前に襲った事、そして守護神マンガル・クンジェル・クンジャの力があったからこそ今生きている事の感謝を述べた。

 そして頭を下げて、二度と襲わない事を誓ったのである。

「鍛え直した己の実力を、私相手に試したくないのか?」

 そんな事を巨大なトカゲは問いかける。しかし隻眼のリザードマンは首を振る。

「俺はもう戦うべき相手は選びます。そして貴方は剣を向けるべき相手ではありません」

 こうしてブレイドは己の神に対して、再度頭を下げるのであった。



 その後、長老達へのぞんざいな謝罪をしたブレイドは、リザードマンの兵士達を外に呼び出した。

 かの剣神の招集と聞き、兵士達は呼ばれた通りに武装して太陽の下に集まる。

 こうして集められたリザードマンの兵士達、その数五百程。


 十秒後、全員がブレイドによって叩きのめされた。


「お前ら、こんなので戦争に行く気か!?」

 地面に倒れた兵士達に、大きな口を開けてブレイドは言い放つ。

「言っておくが俺はクンジャ様の武具を手にして、ようやく守護神の足元に及ぶ程度の実力しかないぞ? 戦争先でもし相手の守護神がヤル気になったら、お前ら一秒かからず全滅するぞ!?」


 兄ブレイドの代わりに、長老達に旅の状況を細かく報告するリソード。

 もちろんランダ討伐の情報も、しっかりと伝えた。

 その内容はブレイドの言葉を真実たらしめる物である。

 ラフター、あるいはティターニア等の守護神がいなければ、守護神に勝利するなど不可能であった。


 そしてブレイドは実力の差を、兵士達に教えた後。

 長老達の下に行き、「クンジャ様が戦わない限り、俺も戦わない」と告げたのであった。




 それが二日前の話。

 現在は早朝であり、太陽は上らず未だ外は薄暗い。

 そんな時間に、リソードは兄のブレイドを道場に呼び出したのである。

「それで何で兄貴は、この神聖なる場所で酒を飲んでいるんだ?」

「別にいいだろ?」

 大きな口を開けて、けらけらと笑うトカゲの顔。

 同じトカゲの頭は、それを見て少し苛立つと同時に呆れた息を吐いた。


「……長老の人達が怒ってたぜ、兵士達の士気を挫き、さらに本人は戦う気も無いって」

「仕方ねえだろ。早く気持ちを潰しておかなきゃ、俺を先頭に今頃、隣国に攻め込んでたぜ?」

「兄貴は戦争をしたく無いのか?」

「やるなら皆殺しのつもりでやるさ」

 背伸びをしたブレイド。一瞬だけその目付きが鋭くなった。

「だが俺は、あのラフターに目をつけられている」


 早朝の道場を沈黙が支配する。もうすぐ絞められる鶏の鳴き声が響いた。

 息を飲む弟に兄は言葉を続けた。

「あのラフターとかいう守護神の行動原理は知らん。だが以前、魔界の穴が開いた時にあの女は必死に人間達をその身を挺して守っていた。そして今回ランダという人間を虐殺した相手を、戦力を整えて倒した。それらと俺の勘を含めて考えると、あのラフターってのは」

「人間を守るために、戦っていた?」

「そうだ。まあ、あくまで勘だが。……ゆえに俺が人間相手に戦争を仕掛ければ、止めに来る可能性が高い。言っておくが、俺はラフターに実力的に勝てんぞ? 殺されるぞ?」

「……兄貴」

「まあクンジャ様が一緒に戦ってくれるなら、勝てる見込みは高いがな」

 そのまま道場に寝そべり、今の状況からうかつに身動きをとれないリザードマンの戦士は天井を見上げる。

 それが途方に暮れているように見えて、リソードは思わず尋ねた。

「兄貴はこれから、どうするんだ?」

「強くなりたい」

「また修行の旅にでも出るか?」

 弟の問いかけに少し口を閉じて悩み、兄は寝そべったまま答える。

「この十年の修行は確かな物だった。俺は強くなった。十年前に挑んだクンジャ様にも、一撃では負けんだろう」

「兄貴、守護神様に挑んだのか!?」

「おう、それが修行に出た理由よ。……安心しろ、もう二度とクンジャ様には挑むつもりはない」

「?」

「強くなって分かった。クンジャ様は生命と救済と、そして文明の神様だ。決して戦いに関する神様ではない。もし俺が万が一にも勝った所で、それは勝利ではない」



 リザードマンの兄弟の会話中、道場の扉がゆっくりと開いた。

「すまない、遅くなった」

 リザードマンの兄弟より、冷めた口調のトカゲの頭。

 女性のリザードマン、リザードレディの女であり、この国屈指の槍使いである。

「ああ、来たか、サーベナ」

 名前をサーベナ。リソードとはライバルであり、そして昔からの親友でもあった。

「おはようございます。この度はご指南の程をお願いします」

「おはようさん。久しぶりだな、サーベナ、美人になったじゃねえか?」

 酒の匂いを漂わせ、道場に寝転び軽口を叩くブレイドの姿。その体勢に少し不快感をサーベナは覚える。

「……それでは時間も惜しいので、試合を致しましょう」


 先日の、五百の兵士達を十秒で叩きのめしたブレイド。

 サーベナは三日ほど偵察として城を離れていたので、その戦いに参加していない。

 目にしたわけではないが、帰城した際に意気消沈していた兵士達の姿を見て、その話が嘘ではない事は彼女は理解している。

(勝てるとは思わんが、私も胆力はある方。秒殺されるつもりは無い!)

 その覚悟を持って、彼女は木の薙刀を構えた。


 しかし寝そべったブレイドは、立ち上がろうとしない。

 あまつさえ、その体勢のまま酒を飲んだりしていた。

 無視されたのかと思い、例え格上相手であろうともサーベナは怒りを感じる。

「兄貴、そろそろ……」

 その親友の様子に気付き、リソードも声をかけた。


「何を言ってるんだ、お前ら?」

 酒瓶を手にしたブレイドは、大きな口を開いてゲラゲラと笑った。

「俺に立ちあがって構えを取って、それで試合をしてほしいってか? 馬鹿か」

 腹ばいになった剣神は、太く長い尻尾を動かし、自らの背中を掻く。

「好きに攻撃して来いよ。構え?をとってないから負けましたなんて、スポーツじゃねえんだぞ。戦士なら常時戦闘状態が当然だろう?」

 そしてブレイドは二人を、リザードマンの隊長達を嘲笑した。

「ましてお前ら如きに、身構える必要性なんざ無えよ!」


 リソードが瞬時に、腰から木剣を抜く。

 そしてサーベナもまた、その挑発に乗って全力の薙刀の突きを放つ。


 リソードとサーベナ、二人の頭をブレイドが掴み、床に叩きつけた。



 床に倒れて天井を見上げる、何が起こったのかわからない二人のリザードマン。

 ただ自分の視線の先で、剣神と呼ばれる男から見下されている事だけは理解した。

「これは俺の直感だが」

 いまだに痛みの痺れで動けないリソードとサーベナに、教導するようにブレイドは告げる。

「俺の予想だと、俺とお前ら二人は、この先に面倒ごとに巻き込まれる可能性がある。まあ、あくまで予想だが」


「ゆえに俺はお前ら二人を鍛え上げる。せめて、俺の動きの端ぐらい見切れるようになりな。お子様共?」

 馬鹿にした口調に怒り、倒れた二人のリザードマンが飛び上がり攻撃する。

 こうして三人の乱取りが始まったのだった。



 しかし五分後、興に乗ったブレイドの攻撃が道場を破壊。

 一キロ先まで届いた攻撃は、運良く誰も傷付けなかったが、城内に大きな跡を残した。

 怒った長老達から逃れて、しばらくブレイドは国内をぶらつくのだった。















 カントラル属国、サボーダネイトの国。

 その夜、その場所にたくさんの兵士達が集まり焚火をつけて、上司の命令でいくつかのチームに分かれた兵士の集団が動き回る。

 数日前にいた二万の兵隊は解散し、現在はカントラルより派遣された千人ほどの兵士達がテントを張り居住地を作っていた。


 そこにいた者は人間だけではない。

 人間よりも大きな牛達の集団が、荷車をその身に括られていた。

 火が近くに掲げられているにもかかわらず、牛達はその身を動かそうともしない。

 その小さな牛の目は何者も見ず、ただぼんやりとしていた。



 その牛を眺めていた百九十センチメートルはあるだろう、全身鎧の巨体。

 かの鎧の者の名はカレッジ。

 戦闘等の為に動物を用いる事を目的として、成育や調教を行う集団。生物騎士団の副騎士団長である。

(……薬の効果か)

 大人しく微動だにしない牛達を、鉄兜はただ見ていた。


「カレッジ副団長、よろしいですか?」

「なんだ?」

 後ろから声をかけられて、カレッジは自分の配下へと振り向く。 

「第一大砲の積み荷が完了しました。十分後、安全確認後に第二大砲の積み乗せを開始いたします」

「……ああ」



 牛が三頭ずつ引く、計五個の荷車。それらに乗せられていたのは、鉄の塊である大砲である。

 射角が斜めに向いた、大口径のカノン砲。

 三つの兵器が夜の中、火に照らされて黒光りしていた。


「弾は鉄の塊の実体弾。近距離で炸裂する散弾。散弾を包んだ弾を飛ばし遠距離で炸裂する榴散弾。ナパームこと、火をまき散らす焼夷弾などを別に運ばせます。鉄の壁の近く、所定位置まで進み集中砲火します」

 兵士は書類に書かれていた文字を読み上げながら、カレッジの様子を窺っていた。

「カレッジ副団長には、この作戦の終了まで、戦闘牛達の状態を見ていただきます」

「わかった」


 カレッジの反応は薄く言葉少ない。配下である兵士は小さく言葉を濁らせる。

「……副団長、正直この作戦は理解できません。人影の無い鉄の壁相手を爆破したいなら、直接に爆弾を設置し作動していくべきでは? あるいは鋼鉄の槍たる徹甲弾を使用するべきですが、しかしこの大砲では飛び難い。荷車で運ぶような大砲は対人対軍用であってこそで……」

「止めなさい」

 少し力を込めて、カレッジは兵士の言葉を遮る。

 己の身を案じての言葉に、兵士は頭を下げた。

「過ぎた言葉でした、申し訳ありません」

「何も聞いていない。他の大砲の様子を見てきなさい」

「はっ!」


 一人となったカレッジは、牛を眺めながら先ほどの言葉を考える。

(この作戦はキャラディネス国王の命令。国王は元々、魔法騎士団の所属。どうにも科学兵器という物を見下している)

 カレッジの頭には、今回の作戦を命じたキャラディネスと、それに反発する機械騎士団のテンパムの様子が思い浮かべられる。

 作戦の無駄を訴えるテンパムだったが、国王であるキャラディネスは強権でそれを実行させたのだった。

(この作戦の意味は、無理な戦略を実行させる事で己が王である事を示す為。あるいは失敗させる事でこちらの権威を下げる事か?)

 カレッジは視線を動かして、エウトス王国の方角を見た。

(……もしくは、あちらの守護神を釣りだす為の餌か)

 夜間の移動とはいえ、大人数と大砲は確実に目立つ。守護神は必ず目に付くだろう。

 妨害は確実に起こるとカレッジも考えていた。


 カレッジは牛の様子を見る。

 牛達はただ、何も見ずに四本足で立っていた。





 爆音が、兵士達のテントで起こった。

 夜の中ざわめきが起こり、兵士達の大声が響く。

「なんだ、どうした、今の音は何だ!?」

「事故か!? 敵襲か!?」

「爆音は兵営内だぞ!?」

「武器を持て、配置につけぇ!!」


 夜の野営地に混乱が広がる。訓練された兵士達は、各々の位置へと走り込み武器を取りに行く。

 しかし、その動きは敵の動きよりも遅かった。


「第二大砲だ! 第二大砲が破壊されている!?」

 その言葉と同時に、もう一度爆撃音が鳴り響く。

「……第三大砲もやられたぞぉ!!」


 カレッジは、この騒ぎでも動かぬ牛達を眺めながらただ立っていた。

(狙いは大砲か)

 自らの武器である、両手持ちの斧槍を持ち上げて、侵入者を待ち受けた。



 カレッジと、大砲を乗せた三頭の牛達。

 その周囲を炎が取り巻く。

「逃げられない……いや、援軍の足止めだな」

 斧槍を持って、三頭の牛を背にカレッジは周囲を見る。


 炎の中、その巨体が現れた。

 鉄仮面の全身鎧の巨漢、右腕に鎖が巻かれている。

 巨漢の名前はバイオン。

 その鎖は背中へと繋がっている。

 そして大男は右腕にハルバード、左腕には盾をバイオンは装着していた。


 カレッジが両手で構える長い柄の斧、ウォーアックスと呼ばれる武器。

 それよりも長く重たい特製のハルバードを、バイオンは右手だけで振り回している。

 背丈はそこまで変わらない物の、さすがに片手でハルバードを振り回す筋力はカレッジには無い。力の差をカントラルの騎士は、なんとなく理解した。


「初めまして、大男と、そして背中にいるだろうアジニス元国王。お久しぶりですね。私は生物騎士団、副団長のカレッジと申します」

 カレッジは時間稼ぎの為に声をかける。

 周りを火の魔法で燃やして回ったバイオンの背中のアジニスは、その言葉を無視する。

 そしてバイオンも無視して、左腕のガントレットから魔法を発動し、炎弾と氷弾を放った。

 カレッジも準備していた魔法を発動、石の壁が生まれて魔法の攻撃を防いだ。


 石の壁を破壊して、バイオンが体当たり気味に盾を叩きつけて粉砕する。

 予想していた行動に、カレッジはウォーアックスを振りぬいた。


 石壁を貫いて現れた盾と斧槍が激突する。そして斧槍が打ち負けた。

 カレッジはよろめき、後方に下がる。

 そこにバイオンの追撃のハルバードが、カレッジに対して下から振りぬかれる。

 ギリギリで避けたが、カレッジの被っていた鉄兜が吹っ飛んで行った。


(……いや、全く。力の差があり過ぎるな)

 一瞬の攻防で実力の差を知り、勝ち目が無いとカレッジは受け入れる。遠く炎の向こうから「カレッジ副団長!」と兵士達の声がその耳に聞こえた。

 助けが来るまで時間を稼ぎたいが、目の前の敵が圧倒的に過ぎて、その手段がカレッジには見えなかった。

(何とか手を考えたいが、三十秒も持つ気がしない。こいつの目的は大砲の破壊、どうするか?)

 カレッジは己の後方に、意識を向ける。

 そこには、近くで戦闘が起こっているというのに、未だに動こうとしない三頭の牛がいた。

(積み荷の大砲を引っ張って、走り出してくれれば嬉しいが。……やっぱり自意識が無くなる薬はダメだな)

 諦めて戦いを続行する事にしたカレッジは、両手で持った武器を握る手に力を込めた。


 一瞬で叩き潰されるだろうと、覚悟していたカレッジ。

 ところが、相手である大男がなぜか動きを止めていた。

(……?)

 数秒経っても攻撃を行わない相手。時間稼ぎが目的だったため、カレッジとしては嬉しいが理解はできない。

(炎を周囲に巻いたのは援軍の足止めの為、無駄に躊躇する理由が無いが?)


 不可思議に敵に視線を送るカレッジ。

 その視線を真っ向から向き合うバイオン。

 そして鉄仮面の大男は、動きを止めた後、初めて口を開いた。

「あんた、女だったのか?」

「……ああ?」



 身長が百九十センチメートルある上に、全身筋肉で太い体のカレッジ。

 しかしその鍛えられた体からは思われないが、カレッジは女性である。

(というか、よく私の顔を見て女だとわかったな?)

 鉄兜が脱げたその顔は、確かに女性らしさがあったが、しかしごつごつとしていた。


 生まれついて赤子の頃から重たい体重を持っていたカレッジ。

 対して鍛えなくとも付く筋肉に、周囲をおいて伸びる身長。

 周りの男達は恐怖し、影では男女もろともカレッジの事を化け物呼ばわりしていた。

 誰もが男だと勘違いして、その見た目からすぐに兵役の道を歩まされた。

 見た目通りの怪力から、カントラルで毎年開かれる武闘大会でも上位であり、今では生物騎士団の副団長の座にいる。


 裏ではゴリラ呼ばわりされているカレッジ。

 その事は知っているが、もはや気にするのも億劫であり、好きな動物飼育に没頭する日々だった。



 そんなゴリラな彼女。

 目の前の大男が、戸惑っている意味が分からなかった。

(たしか、こいつ、女にも普通に攻撃するはずだが……)

 カレッジはなぜ鉄仮面の巨漢が、困惑しているのかがわからなかった。


 バイオンとカレッジ。互いに戸惑い、対峙する状況。

 さらに数秒後、バイオンがまたもや口を開いた。

「あんた、……美人だな、とても俺の好みだ」

「……はい?」

 今まで言われた事の無い言葉に、カレッジは一瞬だけ気が抜けた。


 バイオンはバーバリアンの一族である。

 そしてバーバリアンにとって、美女とは鍛えられた肉体を持った太く強い女の事だった。

 人間のような、バランスの良い歪みの無い顔を基本的に美形とする考えとは、相容れぬ美的感覚を持つ。

 それゆえ以前に、アフロディーテの魅了が効かないと思っていたのに普通に跪いてしまった為に、バイオンはその事がショックであった。



 まだ十代後半のバイオンは、突然現れた魅惑的な女の姿に戸惑ってしまう。

 そんなことを生まれて初めて言われたカレッジも戸惑ってしまう。

「冗談はよしてくれ」

「冗談じゃねえ、これほどの美人はそうそうお目にかかれねえ」

 真剣さのある大男の声に、カレッジはどうすればいいのか悩む。

(からかわれている、という訳では無さそうだが、状況が状況だろうが……)

 騒ぎ声と炎に巻かれた屯所の中で、男女がただ見つめ合っていた。



『バイオン』

 そんな状況を鏡越しに見ていた漆黒の魔女は、大男の脳内に声をかけた。

『はやくやれ』

 淡々としているが、呆れと怒りの混じった声がバイオンへと送られる。


 バイオンは、仕方無しとハルバードを構える。

 カレッジも空気が変わったのを感じて、ウォーアックスを構えた。


 バイオンがカレッジの予想よりもはるかに速く突進、ハルバードを叩きつける。

 カレッジは魔法を使い、己の全身を硬化させた。


 だがそれでもバイオンの力とアダマント製の武器には勝てず、一撃を持ってウォーアックスは破壊されて、カレッジは地面に倒れたのだった。




 数分後、目を覚ましたカレッジ。

「大丈夫ですか、副団長!?」

「……ああ」

 周りを囲む配下の兵士達に声をかけられて、カレッジは身を起こした。

 消火が進んでおり、騒ぎも治まり始めている。


 夜の兵営の中、立ち上がったカレッジ。

 確認すれば、大砲がボコボコに破壊されていた。

(任務、失敗か)

 ため息をついたゴリラ顔の女。


 そんな状況でも、ぼんやりとし続ける牛達。

 その頭を撫でながら、カレッジはぼやく。

「あの男、口説くならせめて名前ぐらい言っていけよ」

「副団長?」

「なんでもない」

 次会ったら殺すと思いながら、夜の中カレッジは牛を撫でるのであった。











 夜のフィーラ村。

 壊れたウォーアックスを土産に帰って来たバイオン。その大男を含む一同を見ながら、ラフターは言葉をかける。

「監視は続けるが、これでしばらくはカントラルは動くまい。不老不死の探索を再開するとしよう」



バイオンは今回も特に無し!


関係ない話ですけど、リザードマンやドラゴニュートという言葉は古典に存在しない比較的新しい言葉らしいのですが、検索しても初出元の文献が出てこないです。竜人やメイドラゴンは昔の伝承に登場するのですけど。

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