第113戦 VS改造兵
カントラル王国より東、従属国サボーダネイト。
そこに逗留するは二万の軍隊。
それを指揮するのは、黄金の鎧を着たモヒカンの男。
カントラル王国武闘騎士団、第三位の男トライハドである。
トライハドは十一月の晴れた秋空の下、組み上げられた高台から兵士達を見る。
「こうして数だけを揃えてみれば、壮観だな」
トライハドは己がこれだけの数を操れる状況に、優越感を覚えていた。
「ええ、そうです、トライハド様。しかし問題があります」
隣にいた白衣を着た科学者の男が、難し気な顔をする。
「軍費はこの国から搾り取りましたが、兵士の大半は属国からの借り物、練度の点では我が国に劣る模様で……」
カントラルの属国から集められた兵士達は、その動きが悪かった。
鍛え方が足りない事もあるが、行動意義が恐怖と諦観によって縛られており、活躍に何の意味も無いが故に率先して動く理由が無い。
逆に下手に目立てばどんな目に合うかわからないゆえに、最低限の目に付けられない動きを行う。
その意識が軍隊全体の動きの悪さの原因となっていた。
「使えない兵士ばかりか」
「申し訳ありませんトライハド様。しかし、これには……」
「分かっている。属国の軍事力を削る事が目的であろう? なに無意味な特攻でも繰り返させて、使い潰してやるさ」
このカントラルの進軍には、無意味な死地へと送り付ける事で周辺国を疲弊させるのが目的の一つであった。
「最近はテロリスト共がきな臭いからな」
自軍の兵士達を磨り潰す戦争。それを考えてトライハドは笑みを浮かべる。
「よろしくお願いします」
白衣の男もまた、それを理解してほくそ笑むのであった。
トライハドは哀れな兵団を見ながら、話を続ける。
「他の騎士団、機械兵や戦闘獣はどうした?」
「明日の戦闘には間に合わすと連絡がありました、付随の兵と合わせて一万は超える数が来る予定です。騎士団長も向かうそうです」
それを聞いて、トライハドは不承な顔をする。
「たかがエウトスなどという小国一つを滅ぼすのに、後攻めの兵士は随分と豪華な顔ぶれだな?」
「キャラディネス国王が、自国の兵士の足並みも見ておきたいと」
「ふむ」
顎に手をやり、考える兵団の長。
「なにより今回の戦争の目的には、エウトスの守護神を確認する事もありますので」
トライハドはその眉間に、皺を寄せる。
「考え過ぎではないか? 以前オークの軍勢が攻めた時には何も無かったと聞くが?」
「もしもの為です。……それに」
白衣の男が声を潜めて、己の主に対して声を出す。
「オークを蹴散らした、勇者トラトという者の事もありますので」
「……ハッ、下らん!」
トライハドはその発言に対して、一笑に付す。
「勇者? たかがオークの兵隊を叩きのめしただけで随分と大袈裟な。まあ小国にありがちな英雄への願望だな」
クハハと笑い、モヒカンの男はエウトスの国の方向を見る。
「軍事力の劣る国は、個人の強さに頼る者だ。なに我が腕でその夢を覚まさせてやろう、今までも何度かやってのけたからな」
黄金鎧の男は、自らの握り締めた右拳を見るのであった。
そんな二人組の所に、一人の伝令が現れる。
そして白衣の男に対して耳元で、その兵士は状況を告げる。
「……なんだと?」
「どうした?」
「いえ、それが」
一瞬、口ごもるがすぐに白衣の男はトライハドに情報を伝えた。
「例の実験用の改造人間三人が、拘束を解いたそうです」
「脱走兵か?」
「いえ、彼らは改造により脳内まで命令が染み込んでおります。おそらくエウトスへの攻撃を行うために、彼の国へと向かったのだと」
「なに?」
白衣の男は頭を下げる。
「申し訳ありません。エウトス近くで拘束を解き、放り込む予定でしたのですが……」
「その実験動物どもが意志を取り戻す事は?」
「ありません。人の意思は完全に消去しております。しかし薬によって命を長らえさせている為、このまま動き続ければ四時間後には絶命するものと」
「兵士の独断専行は処罰ものであるが、勝手に死ぬのであればその手間も無いな」
トライハドは兵士達に、自らの武器を持ってくるように告げる。すぐに兵士が装飾の多い黄金の大きな銃を持ってきた。
その多銃身のガトリング銃を背負い、トライハドは一度振り向く。
「トライハド様?」
「実験動物の成果、俺が直接確認してこよう。研究成果は目にしておかなければな」
「そんな、トライハド様の手を煩わせるなど」
「よい、暇潰しだ」
風の魔法を使い、トライハドは空中に浮いた。
「しばらく俺が様子を見てこよう。お前にその間の指揮を任せる」
「はっ! お気をつけて!」
そしてモヒカンの男は、暴風と共に青空の中を飛んだのである。
そこより十キロほど離れた場所。
三人の男達が、ただひたすらに走っていた。
それぞれ二刀流の剣、二刀流の斧、二丁拳銃を手にしていたカントラルの兵士である。
しかし彼らは人間であったが、その姿は異形だった。
「……エウトス……エウトス……」
「……ホロ、ボス……ホロボス……」
髪を刈り取られたその頭には、いくつもの太い血管が浮かび上がり、さらに機械の部品の様な物がむき出しになっている。
白目は血管が走り、開いた口から涎が垂れさがる。
軽鎧を取り付けられているが、間に見える素肌は筋肉というよりは酷く歪な膨らみ方をしている。
そして何より、その頭の中に、人としての自我はもはや残っていなかった。
「タタカ、……あ、がが、あがぁ、……タタカウゥウウウウ!!」
「コロス、コロスコロス、コロロロロロルロォロロロロ……」
テロリストとして捕らえられ、機械的に魔法的に改造されつくした改造兵。
もはや彼らに人間的な思考は無い。
ただ痛みに藻掻きながら、与えられた情報のままに暴れる。
人間というよりは、もはや戦う事だけの人形であった。
そして彼らがエウトスへの平野を越えた頃。
立ちはだかる様に、大男が待っていた。
「よう」
鉄仮面の全身鎧。背中には鉄籠、その中には鎖で繋がった少年が座り込んでいる。
少年も何故か仮面をつけている。
そしてその鉄籠にはいくつもの武器が取り付けられていた。
「殺しに来たぜ」
鎖の巻かれた右手にはハルバード。
そして左手には魔法石の埋め込まれた盾を持つ。
大男の名前はバイオン。
そして籠に座る少年はアジニスという。
殺気を持って立ちふさがる大男に、三人の改造兵士は立ち止まる。
「テテテ、テキテキテキィ!!?」
「コココロロススススゥゥ!!」
それぞれの武器を手に、三人の男達はただ与えられた戦闘を行ったのだった。
両手に機関銃を持った改造兵が、その銃弾をバイオンに向かって放つ。
「シシ、シシシィ! シネェエエエ!!」
乱雑に放たれた銃弾。バイオンは左手のガントレットに込められた魔法石から土の魔法を放つ。
土の壁がバイオンの前に現れて、その銃弾の群れを防ぐ。
「ウァアアアア!!」
「ギィイイイイイイッッ!!」
その銃弾の雨の中、二本の剣を持った男と、二本の手斧を持った男が走り込む。
背中の鎧を貫き、数発の銃弾を受ける二人だったが、しかし痛みを感じない。
外的要因の痛みよりも、改造による痛みの方がずっと強く、もはや刺激など感じていなかった。
土壁を避けて、両サイドから二人の改造兵がバイオンに迫る。
同時に攻撃されるバイオン。
鉄仮面の奥で、獰猛に笑いながらバイオンは両腕を動かす。
右手のハルバードを剣士に叩きこむ。剣士はそれを二本の剣で防いだ。
片手斧を振り上げて、飛び掛かる改造兵。しかしその攻撃をバイオンは盾で防いだ。
アダマントで出来た盾は、鋼鉄の斧の攻撃に傷一つなく防ぐ。
そしてアダマントで出来たハルバードは、剣士の片方の剣を斧側で叩きおった。
優れた戦士ならば、この時点で力と装備の差を思い知るだろうが、しかし意思無き改造兵は理解することなどできない。
「ア、ガァアアアッッ!!?」
剣士はもう片方の剣で、バイオンに襲い掛かる。
「ギガガガアァァッッ!!」
斧の兵士も、防がれた事を気にせず、そのまま体当たりを盾に対して行った。
体当たりに少しだけ下がるバイオン。
だがそれは武器を振る為の、距離を取る行動だった。
「しゃらくせえ!!」
バイオンは右腕のハルバードを、横に振りぬく。
二人の改造兵が、まとめて吹っ飛び横に転がり、地面に倒れた。
銃弾を放ち切った銃兵士は、両手の機関銃を捨てて走り出す。
消滅したバイオンの生み出した土の壁。
銃兵士は、新たに背中に背負っていたそのタンクからノズルを引き出す。
そしてバイオンに近寄り、そのノズルから紫色のガスを放った。
「む!?」
おそらく毒ガスだと判断したバイオンは、バックステップして少し距離を取った。
「煩労ではあるが、毒は二度とごめんだ」
バイオンの背中にいた仮面の少年アジニスは、毒ガスに気づいて背中越しに相手を見る。
アジニスは即座に頭で描いた図面に瞬時に魔力を込めた。
水のバリアが生まれて、バイオンとアジニスの周囲を包み込んだ。
毒の霧が周囲に立ち込めるが、バイオンとアジニスには届かない。
そしてバイオンはその紫色の霧から飛び出し、鋼鉄の具足で銃兵士を蹴り飛ばした。
銃兵士は言葉にならない奇声を上げて、高く飛んで転がった。
この毒のガスは、吸った者に苦痛と眩暈と嘔吐の症状を起こす、麻痺効果は薄いが普通ならば戦う事などできない。
そんな毒ガスを、剣と斧を持った二人の兵士もまた吸い込んでいた。
だが改造された兵士達は、そんなことでは止まらなかった。
「ゴグギギギィアア!!」
「ゴロズゴロズゴロジィアアアア!!」
ゲロを吐き散らしながら、二人の男は武器を手に立ちあがる。
全身を痛みが這いまわるが、しかし動きを止める事は無い。
涙と鼻水を垂らし、小便を漏らし、全身から蒸気を発し、命を削りながら二人は戦いを止めない。
普通なら気絶するほどの痛みだったが、しかし二人は動きを止める事などできなかった。
『クゥアアアアアア!!』
最初に立った剣士が、毒ガスから走って距離を取ったバイオンを追撃する。
太く長い剣を叩きつける様に、バイオンへと斬り込んだ。
「前の美の女神の所の戦士と変わらねえ」
バイオンは笑いながら、ハルバードを手から離す。
そしてその剣士の剣を、容易く横に避けた。
「動きが単調すぎるんだよぉ!!」
大きく振りかぶっての攻撃は、攻撃後に大きな隙を作る。
その顔面に対し、バイオンは鎖の巻かれた右腕でのラリアットを放つ。
一回転して剣士は地面に倒れ込んだ。
「グゲェアアアア!!」
続いて斧戦士が、バイオンの下に走り込む。
両手に持った左右の片手斧を、大きく広げて突っ込んでくる。
左右からのダブルアックス攻撃。
だがそれを放たれるよりも先に、バイオンの右拳がその兵士の顔面に叩きこまれる。
「グギィ!!」
しかし斧兵士は衝撃に仰け反りながらも、倒れず立ち止まる。
「ちぃ!」
これはバイオンが死なない程度にと、力を抑えたのが原因だった。
さすがに顔面陥没は死ぬだろうと、バイオンは手心を加え過ぎたのである。
歯の折れた男は、しかし痛みでは止まらない。
「ガァアアアッッ!」
その両手の斧を振り回し、軸回転。そして竜巻の様に回転しながらバイオンに突っ込んでいく。
風を巻き起こす二つの斧。
一歩下がったバイオンは、鼻で笑った。
「遅い」
鉄仮面の巨漢は左手の盾も捨てる。
回転しながら突撃してきた斧戦士。
斧の重さを利用したコマのような攻撃。
バイオンはその突撃を、簡単に見切り、そして男の両腕を己の両手でそれぞれ掴み取った。
「グァ!?」
思考を改造された戦士は、己の両腕を容易く抑えられその突進力を制された事に驚く。
「ハッ!」
バイオンは両手に力を込めた。
握力に斧戦士の両腕は悲鳴を上げて、へし折れる。
「グガァアアアアアアアア!??」
力を失い、二つの手斧を落とす斧戦士。
しかしそれでもなお意識を失わず、目の前のバイオンに対して蹴りを入れる。
「あ?」
だが脇腹に入ったその攻撃に、バイオンは全く動じず。
「蹴りってのは、こうするんだぜ?」
逆に脇腹を蹴り飛ばされた斧戦士が、ぶっ飛んでいき、そのまま気を失ったのだった。
とりあえず、気を失った三人の兵士を集めて並べるバイオン。
戦いが終わったのを感じて、背中にいた仮面のアジニスも地面に降りた。
そこに仮面の魔女が、その場に現れる。
「……だめだ」
魔女は三人の様子を確認して、首を横に振った。
「改造を施されたこいつらは、もはや人間ではない。……もう助ける事は出来ない」
「そうかよ」
いつもの冷静な、しかしどことなく悲し気なラフターの言葉。
バイオンは全く気にした様子も無く、その言葉を聞いた。
「じゃあ、殺すぜ?」
バイオンの何気ない言葉に、ラフターは少しだけ考えてから頷いた。
「苦しめずにな」
バイオンは一撃で頭を潰す為に、斧を振り上げた。
「待って!」
「!?」
幼さのある、しかし強い意志を持った少年の声。
聞き覚えのある声に、バイオンは動きを止める。
ラフターもまた驚き、振り向いた。
「お前は……」
「お久しぶりです、ラフターさん、バイオンさん」
銀髪の少年剣士、トラトが風を纏って空を飛んできたのだった。
「っ!!」
バイオンは右手に持った斧を投げつけたいという欲求にかられる。
だがラフターがバイオンの前に立ち、その動きを制した。
「バイオン」
「……ちぃ!」
バイオンは斧を地面に降ろして、その鉄仮面の顔を横に向けたのだった。
地面に降りたトラトは、ラフターの前まで歩み寄る。
二人が仮面で、一人は鉄仮面。顔を隠した異様の三人組。トラトは隠さなければならない理由があるのだろうと、特に意識はしなかった。
「改めまして」
少年は笑顔を向けて、ラフター達に話しかける。
「二週間ぶりでしょうか? ラフターさん、バイオンさん、……それと」
「……僕はギフト、といいます」
「ギフト君ですか。初めまして、僕はトラトと言います。よろしくお願いします」
笑顔で握手の手を伸ばすトラト。仮面の少年は少し考えたあとにその握手に答えた。
(? ギフト君とバイオンさんの腕が鎖で繋がっている?)
その状態に気付いたトラトだったが、どちらかが拘束されているという雰囲気は無かった為に、その理由を聞く事は無かった。
ギフトと名乗った仮面の少年アジニスが、トラトをまじまじと見る。
(これが、勇者トラトか)
以前、カントラル王国にいた頃、小耳にはさんだ少年の存在を認識する。
(……バイオンのこの態度、どうやらこのトラトとやらはかなり強いようだな。バイオンよりも)
二人に視線を送り、アジニスは力関係を様子から探り当てたのだった。
ギフトとの握手を終えたトラトは、仮面のラフターに振り向く。
そして笑顔を止めて、真面目な顔をした。
「もうその人達は戦えません。助けてあげてください」
その言葉に、ラフターは首を振った。
「……この者達は改造されて、もはや人とは呼べない。意思も無く、疎通も出来ず、ただ命令されるままの人形と化している」
「だから、殺すのですか?」
「私の魔法でも、もはや人には戻せない」
その言葉にトラトは、倒れた三人の改造兵士を見つめる。傷ついたその者達を、ただ悲しそうに見ていた。
漆黒の魔女は話を続ける。
「そして、彼らは命を削って動いている。今は気を失っているが、生きているだけでも苦痛であり、そしてあと数時間で死ぬ」
トラトはラフターを見て、驚きの表情をした。
「……助ける方法は無いのですか?」
「私は知らない。……苦しむだけならば、今すぐ殺してやった方が良い」
「……そんな」
「それともお前は何か手段を知っているのか?」
ラフターは、いつもと同じように抑揚のない声で淡々と尋ねる。
トラトはそれに答えられない。
銀髪の少年はもう一度、倒れた三人の戦士を見る。
苦し気に呼吸を荒げる、気を失った改造兵士達。
泣きそうな顔で、トラトはそんな犠牲者達に視線を送った。
「……だけど、でも」
何かしらの手段は無いのかと、トラトは悩み考える。だが一介の剣士でしかない少年には、手段など思いつかない。
だがそれでも、少年の頭には「殺して助ける」という考えだけは、受け入れられなかった。
三十秒ほど、そのままの状況が続く。
決断できない少年を見て、ラフターは仮面の裏でため息をついたのだった。
ラフターは黒いローブから、手を掲げて倒れた兵士達に向ける。
「! 待って!?」
「殺す気は無い、見てろ」
ラフターは倒れた三人に回復の魔法をかける。
淡い光が三人の戦士を包み込み、そして折れた腕や肋骨などが修復されていく。
傷が癒えると同時に、三人の男が氷漬けになった。
「……ラフターさん!?」
「彼ら三人の時間を止めた」
仮面の魔女はトラトに顔を向ける。
「このままどこか誰も来ない場所、エウトス王国の倉庫にでも預けておく。後はお前が助ける手段でも探せ」
「……はい! ありがとうございます!!」
満面の笑みで、トラトは深々とラフターに頭を下げた。
(馬鹿々々しい)
仮面のアジニスは、そんなトラトを見下したような目で見ていた。
(……)
バイオンは鉄仮面の奥で、一連の所業など一切関知せず、ただトラトへの殺気を抑え込む努力をしていたのだった。
「それと」
仮面のラフターはトラトから視線を外す。
その顔の向く先には、カントラル王国の属国であるサボーダネイトがあった。
「このままでは軍隊が押し寄せるな」
「……僕が何とかします!」
「まあ、貴様の実力ならば、犠牲を小さくして抑え込むことも可能だろう」
トラトの発言にラフターは頷く。
「だがしかし、面倒だ」
黒きローブを身に纏った、仮面の魔女ラフターは、三人の男子を置いて空を飛んだ。
そしてそのまま秋の青空の下を飛んでいき、大地を見下ろした。
人影のない広い平地。サボーダネイトとエウトスの国の国境を見る。
「ふむ、戦争が近いせいかこの付近に人はいないようだな。調度いい」
ラフターは両手に魔法を込める。
そして黒き、巨大な魔法の塊を、国境の側にまるで線を引くように放った。
大きな地震が辺りを揺らした。
地面から、黒い何かがせり上がってくる。
巨大な鉄の柱が、ラフターの放った魔法の線をなぞるかのように、生えてきた。
それを見ていたバイオン達は、さすがに驚きで声を失くす。
起き続ける振動、巻きあがる大地に砂ぼこり、巨塊が次々と天へと昇っていった。
そして五分後。
二十メートルの高さはある鉄の壁が、何十キロメートルにもわたって生み出されたのだった。
絶句するバイオン達。
そこに転移したラフターが戻ってきた。
「さすがに疲れたな」
「……あれは目立つのではないか」
アジニスが驚きを隠しきれず、平静を装いながら訪ねる。
ラフターはいつも通り、淡々と答えた。
「石の壁では、魔法や爆弾などで破壊される。崖を作っても一日で橋を作ってくるだろう。分厚き鉄の壁ならば、破壊に手間取るだろう。さすがに飛んでくる相手には無力だが、軍隊は突破できまい」
「……すごい」
唾を飲み込むトラト、驚きながらラフターに声をかけた。
「やはり、貴女は、守護神様なんですね?」
黒い剣をラフターは生み出し、トラトに突きつけた。
「!?」
「トラト。私に関して、言いふらす事を禁ずる。わかったな?」
真正面から、漆黒の魔女に仮面越しに睨まれるトラト。
トラトはその剣に対して、一瞬身構えるが、それを解いて頭を下げて頷いた。
「分かりました」
「……利口だな」
「貴女には色々と恩義がありますから」
「では帰るぞ、バイオン、ギフト」
その場を立ち去るラフター、その後ろに着いて行く巨漢と子供。
見れば、氷で囲まれた三人の兵士もその姿を消していた。
「氷漬けの三人はエウトス城の地下に送り込んだ、言い訳はお前がしろ」
「はい、分かりました!」
ラフターの言葉に、トラトは威勢よく返事をする。
「色々と本当にありがとうございました!」
トラトはラフター達に、深々と頭を下げる。
ラフターは一瞬だけ振り向いて、バイオンは舌打ちをして、アジニスはトラトに全く興味を持たず。
そして三人はそのまま、昼のフィーラ村へと転移して戻った。
そして一分後、その場所に茶髪の魔法使いの少女のフレンデが飛んでくる。
「トラト、どうしたの!? あのでっかい壁は何!?」
「あ、フレンデ、えっと、話せば長くなるんだけど……」
その一連の状況を、遠距離からある男が覗いていた。
モヒカンの頭の、黄金の鎧を着た騎士。カントラル王国、武闘騎士団の第三位トライハドである。
「……なんという魔力だ」
岩陰に身を伏せていたトライハドは、双眼鏡を降ろして今の状況を考えていた。
「あれはこの国の守護神と考えて間違いないな。くそ、進軍は中止だ!」
一瞬だけ己を睨んだ仮面の魔女の視線におののきながら、しかしそのまま去って行った事に彼は安堵する。
「くそったれ、俺を敵としてみなしてすらいないと言う事か!?」
だが悔しさを感じ、トライハドは奥歯を噛みしめる。
「あの巨漢の大男は、俺を襲ったアイツに間違いない。それとその横にいた子供は、もしやアジニス元国王か? なぜ鎖で繋がっているのかはわからんが……」
ぶつぶつと呟くトライハドは、そのまま風を纏い、自らを待つ軍へと帰って行く。
「どうやらあの大男も、アジニス元国王も、エウトス王国にいるのは間違いなさそうだ。あの守護神、確か以前、俺を大男が襲った時に『ラフター』と名を呼んでいたが、守護神の名前か? なんにせよ脅威ではあるな」
「急ぎギガースの神封じの結界の移転を急がねばならんな!」
見逃されたトライハドは、ラフターが想像していたよりも多くの情報を背負い、鉄の壁を越えて帰還するのであった。
ラフター達がフィーラ村に帰還した、その日の深夜。
この日の夜の転移は無く、一同はそれぞれの家に戻り睡眠をとっている。
ラフターは誰もいないフィーラ村の外れで、一人秋の夜の平地に立っていた。
「……」
夜に溶け込みそうな漆黒の魔女は、ただ無表情に草原に立つ。
その目前の空間が裂かれて、黒い何かが姿を現した。
「……来たか」
待ち人が着た事に、ラフターは微笑する。
「守護神ヘカテー」
黒い塊は二つの目を並べて、漆黒の魔女を睨んだ。
「あの鉄の塊、あれはこの世界の物価を著しく悪化させる要因となる! 何か言い訳はあるか!?」
「全ての事が終われば、私が消去する。それで良いか?」
「良い!」
「そうか。……以前の金貨は?」
「あれは世界全体の金の量からすれば微々たるもの、それに貴様は同額の金貨を消去している。問題無し!」
「そうか」
ラフターは以前、二ヵ月ほど前にバイオンが倒したオーガの居城に行き、その財宝を貰ってきていた。
その財宝から、フィーラ村に譲渡した金貨と同じ量を消去させた。
またその財宝内から、ランダ撃破後の賞金を払っていたのである。
「では、これからも人々の幸福の為、導いて行くが良い!」
黒い塊は、そう告げて空間を裂いた。
「待った」
しかし、ラフターはそれを止める。
「去る前に聞きたい。この世界の安定を目指す悪魔よ、魔王とはなんだ?」
バイオンは今回も特に無し!
どうしても投稿ペースが上がらない。