第99戦 VSニ・カロンとラルン
昼の荒れ地、悪霊達を退けたラフター一行。
馬車に乗る前にリザードマンのリソードが、兄のブレイドを連れて馬車を離れた。
十分に離れた所で、二人のリザードマンが向かい合う。
武装したリソードは、軽装で隻眼の兄に対してまっすぐにそのトカゲの目を向けた。
「兄貴、話がある」
「何だ?」
「……あんたの事だから、こういう事に首を突っ込んでいるだろうと思って俺は来た」
「予想通りだな」
「……俺はあんたに会うという目的は果たした、そしてこの戦いに俺達は関係ない。離脱しよう」
「嫌だね」
弟の相談を、兄は突っぱねた。
ブレイドは軽薄に笑う。
「地上で五年、魔界で五年。計十年の間、旅をして剣を振るい続けたが実は守護神と戦った事は一度も無え。探しても見つからねえ。今は戦えるチャンスなんだよ」
右目の潰れたリザードマンは、ゲラゲラと笑う。
それは魔界で長い間を戦い続けた結果、彼はいくらか精神を壊してしまっていた。
しかしそれだけでなく、彼はもとより戦いを好きであった。
そんな彼を呆れたかのような目で、鉄兜を被った弟のリザードマンが見ていた。
そして弟は兄に、背中に背負っていた荷物を突き出した。
布袋で包まれた長い棒と、大き目の袋だった。
「? なんだこれ?」
首を傾げる長い首の隻眼のリザードマン。
弟は真剣な目で兄を見ながら、口を開いた。
「俺が以前クンジャ様から頂いた神の木槍と神の木盾、そして木の護符が七枚」
説明した後に、さらにリソードはブレイドに押し付ける。
「全部あんたが持ってろ。槍も使えるだろ」
「……いや、使えるけどよ」
「俺はラフターを信用していない」
リソードは神妙な顔で、呆けた兄の顔を見る。
「ランダ討伐後、俺達を殺す可能性すら俺は視野に入れている。だから、その時があったらあんたがそれで俺を守れ、分かったな兄貴!?」
「……ああ」
長い尻尾を振り回し、広く大きな足で地面を歩いて、リソードは馬車へと歩いていく。
それを見送った後、ブレイドは自前の剣と盾の袋を地面に置いて、布に巻かれた木槍を軽く振り回す。
槍の中では軽いそれは、空気を裂いて華麗に動いた。
神の力の宿りしその槍は、槍としての形をしてなお生命力が漲っていた。根を地に着かずとも、水を浴びなくとも、一本の木として存在する槍であった。
その槍を一通り、軽々と振り回すブレイド。尻尾を器用に動かし、力強く最後に振り落とす。
そして遠く離れた弟の背中に対して、トカゲの大きな口を開いて呟いた。
「リソード。お前、なんだかランダを倒した後の事ばかり考えているが、……おそらくランダはかなり不味い相手だと思うぞ。直感だがな」
荷物を手に持った歴戦のリザードマンは、尻尾をぶんぶんと振り回しながら馬車に向かった。
リザードマン兄弟が離れていた頃。
馬車の御者乗りに座る、黒い髪と黒いローブの魔女がただぼんやりと遠くを見ていた。
そこに大きなカエルの頭の、足を折りたたんだ戦士が近寄り声をかける。
「おい」
「なんですか?」
眠たげな視線だけを、漆黒の魔女のラフターがフロッグマンに向けた。
フロッグマンの戦士スペアルは、そんな魔女を見上げて聞く。
「俺の親父の名前はグランスというんだが、何か知らねえか?」
その質問が来る事を予想していたラフターは、淡々と答える。
「……あなたの父親は、さきほどのリザードマンのブレイドと共に、魔界に囚われていました」
「魔界にいた事は、あのトラトとかいう人間のガキに聞いた。多分、俺の親父だろうと思うが、二ヵ月経っても国に戻ってこないぞ?」
ラフターはフロッグマンの鼻先に、魔法を使う。
生み出したのは大きな絵。そこにはこの辺りを中心とした地図が浮かび上がっていた。
「グランスは魔界から出た後、南の方角をまっすぐに進み、そのまま船に乗って海に出て行きました。その時に私がかけていたマークの魔法は消失しました。なんらかの魔法的な障壁にあたったのだろうと思います」
「……なんでフロッグマンなのに、大海に行ってんだよ親父」
「強い人ですから、死んではいないと思いますよ?」
「そこは心配してねえ。……ありがとよ」
スペアルは大きな口から呆れた声を出して、裏から馬車に乗り込みに行った。
幌の馬車内で、巨漢のバイオンがジッと座り込んでいる。
そこに旅の衣服を身に着けた、銀色の髪の少年剣士のトラトが話しかける。
「……あのバイオンさん」
「……」
バイオンは少年に対し、視線を向けない。
トラトは一度、呼吸をして、再度話しかける。
「バイオンさんは、僕が憎いのですか?」
バイオンから殺気が吹き出る。
鉄仮面の奥の目が、強くトラトを睨みつけた。
トラトは臆せず、まっすぐに鋼鉄の巨漢を見つめる。
「僕と決闘したいのですか?」
「……」
バイオンは殺気を抑え、目を閉じた。
「僕と共に戦う事が嫌ですか?」
「……」
「……すみません」
少年は共に戦うであろう相手に、コミュニケーションを取ろうとするトラト。
だが関係を持とうとしないバイオンの態度に、意気を消沈させる。
その様子に、同じ馬車内にいたトラトの相方である旅の衣装の少女フレンデが、大声を出した。
「ちょっとおじさん!?」
「……」
「フレンデ?」
「あんた、少しはトラトと話をしなさいよ!? 無視して嫌がらせのつもり! 盗賊のくせに!」
「ちょ、ちょっと止めなよフレンデ!?」
近寄り、指を差して文句を言うフレンデ。
トラトは喧嘩になりそうな空気に、幼なじみのフレンデを止めようとするが、気弱な彼には止めきれなかった。
そのままフレンデはバイオンに近づく。
しかしバイオンは返事をせず、ただ胡坐をかいて座り目を瞑っていた。
「ちょっと!? 話を聞きなさいよ!?」
ますますヒートアップするフレンデ。
「あの~?」
掴みかかりそうなフレンデに、横から赤い少女が声をかける。
赤いローブに赤い帽子、赤い髪と赤い瞳、箒を手にした小さな少女だった。
ちなみに使い魔である鼠のハッピラと、黒犬のエルジョイは留守番である。
「……えっ、と?」
「私はプレゼンといいます、連れてきたリザードマンの方はブレイドさんです」
「え、ええ、よろしく」
礼儀正しく頭を下げる少女に、気勢を削がれるフレンデ。
プレゼンは自分より少し小さな女の子を見て、気持ちを抑えた。
「それで何か用?」
「バイオンさんはまだ十代ですから、おじさんじゃないですよ?」
「……だから何よ!?」
フレンデはため息を吐いて、馬車内に座り込んだ。
プレゼンも床に正座した。
フレンデは唯一話をできそうなプレゼンに代わりに聞く。
「あなた、あのバイオンとかいう男と、ラフターという魔法使いの女と仲間なのよね?」
「はい! 私はお師匠様に比べると全く力になりませんが! というか五か月以上経った今でもまだ仮弟子ですが!」
笑顔で頷くプレゼン。
「……素直ね。それで、あのバイオンとはどう一緒に戦えばいいの?」
隣のトラトに視線を送り、フレンデはバイオンに聞こえるように尋ね、なんとか会話の引っ掛かりを得ようとする。
彼女もまた、一緒に戦う相手に無視される事には危機感と、苛立ちがあったのだった。
(フロッグマンと、ゴブリンと、リザードマンですら多少は会話できるってのに)
なんとかフレンデはバイオンから会話を引きずり出そうと考えていた。
「そうですねぇ」
プレゼンはそんなことを気にせず思った事を、フレンデに言った。
「バイオンさんは戦闘では私ごと敵を攻撃しますが、私もバイオンさんごと攻撃をする事を許されているので、その辺は気にしておりません」
「それは戦う仲間としてどうなの?」
「バイオンさんの事は人語が喋れる飢えた暴れ熊だと思っています。ただしこちらの言葉はたまにしか通じません!」
「それは本当に人として扱っていいの?」
聞けば聞くほど不安になるフレンデ。プレゼンは終始笑顔だった。
「まあ、バイオンさんは戦いにしか興味の無い人ですから、それを中心に話をすればわりと通じますよ?」
「……難儀ねえ」
面倒くさそうに息を吐くフレンデ。
しかし、その後方にいたトラトは、最後のプレゼンの言葉を聞いて、真顔になってバイオンを見ていた。
馬車の幌の上に乗って、周囲を警戒していたゴブリンのターゲイムが幌の内部に入ってきた。
「周りには悪霊はいねえな。どうやらランダの下に戻ったようだ」
醜い小男は、馬車の前方に座るラフターに声をかける。
「なあお前、本当にランダに勝てるのか?」
「勝てる」
ラフターは眠たげな目を向けて、答える。
「一ヵ月前にランダを確認した。その時に勝てると実力を見抜いた」
「お師匠様!? 私とバイオンさんを派遣したのは、ランダの確認の為だったんですか!?」
驚くプレゼン。
ゴブリンは、再度尋ねる。
「実力を隠していたんじゃないのか?」
「私の目は、それぐらい見抜ける」
「事前確認したランダの実力は、私の全力よりも下だった。勝てるさ」
微笑するラフター。
信頼する師匠の動じない姿に、見惚れるプレゼン。
他のメンバー達も、ブレイドの存在や、戦力としては十分な他の討伐隊のメンバーを見て安心していた。
リザードマンの兄弟が戻り、休憩が終わり、馬車はまた目的地に向かって進み始めた。
馬車は九人を乗せて進む。馬も無く車輪を進ませる。
ただひたすらの、死の国の荒れ地を、その中心を目指して進んでいた。
この国の支配者に向かって、ただただ進んでいた。
(勝てるはずなんだが……?)
魔法で馬車を動かす漆黒の魔女は、何かを見落としている気がしてならなかった。
(二十五年前に見た時も、先月見た時も、ランダの実力はたいして変わっていなかった。私はあの時より強くなっている。一対一で戦っても勝てる、そのはずだが……?)
いくら考えてもラフターは、自らの心の中の小さなわだかまりの理由がわからない。
今さら引くわけにもいかず、彼女は進むだけだった。
(行ける、行けるはずだ。今回は私は二人も自分を解放している、戦力も整えた、問題は何もないはずだ。十分に勝てる状況は作り上げたんだ。これで無理だったら、本当に私は最高神などになれるはずがない……)
ラフターは自らの失策に気付かない。
車輪はただ、この国の守護神の下へと進んでいた。
こうして荒地を進んだ馬車。
昼間の快晴の下、目的地の前へとラフター一行はたどり着いた。
快晴の昼間だというのに、空気がどんよりと感じる。
周囲は荒地だけが埋め尽くし、生命の匂いが全くしなかった。
そんな場所に、馬無き馬車は止まる。
いくつもの石柱が立ち並ぶ、石畳みの床。
宗教的儀式を目的とした場所と思わせる、その場所にその集団はいた。
赤い衣服を身に着けた、魔法使いの集団。それぞれが面を被り、ローブを身に纏う。
その周囲には無数の悪霊達が、訪れた者達を非難するかのように飛び回る。
人間の血で汚された妖しげな集団が、一様に招かれざる客へと視線を向ける。
そしてその集団の中央に、岩の上に座る老婆がいた。
がりがりに痩せた白い肌、浮いたあばらに皺だらけの体、長い白髪。
馬車より降りたラフター一行に対し、老婆は笑う。
「こんな辺境に良く来たねえ。ご苦労様、何か食べていくかい?」
垂れ下がった皺により小さくなった目が、怪しく眼光を光らせる。
「冷凍した人間の死肉がたっぷりあるよ、赤子がいいかい? それとも妊婦の血肉かい?」
「潰れろ」
九人のランダ討伐隊。その一番後ろに立つ黒き衣服の魔女ラフター。
彼女は重圧の魔法を放ち、ランダとその周囲を押しつぶさんとした。
だが周囲の魔法使い達が、結界を張りその攻撃を防ぐ。
ラフターの牽制の魔法は、しかしランダに届かなかった。
ランダは手に持っていた赤い仮面を被る。
長い黒髪、ギョロついた大きな目、長い舌と大きな牙の生えた、赤い仮面。
それは彼女が戦いに及ぶ様相である。
周りの魔術師達と、悪霊達が、ラフター達へと殺気を放つ。
「ランダ様!」
ランダの側にいた一人の魔法使いが、膝をつく。
悪魔を模したような邪悪な赤い顔に大きな口、声は女性だが髭が生えている。
「奴らの討伐にランダ様が手を下す必要もありません! このニ・カロンにお任せください!」
「……期待しているよ」
「ははっ!」
ニ・カロンは転移の魔法を使い、ランダの側から離れた。
悪霊達がラフター一行の周囲を取り巻き、襲い掛かる。
炎の塊であるチュルルックの群れが、燃え上がりながら突き進んでくる。
変身能力を持つレヤックの群れが、大きな口の犬や、鋭い牙を持った猪へと変化して突撃する。
邪悪な魔法使い達が、火炎の弾を次々と手の内から放った。
ランダ討伐隊の八名の戦士達は、各々に動いて馬車を離れて戦う。
ラフターだけは動かず、馬車を結界で守りつつ他の八名に戦いを任せる。
彼女はただ、一番奥にいる赤い仮面のランダを見続けていた。
ゴブリンのターゲイムが次々と矢を放つ、それは空を飛び回る変化したレヤック達を射抜いていく。
巨大なコオロギが真上から落ちてくるように襲い掛かるが、ターゲイムはそちらを向かずにその顔に五本の矢を撃ちこんだ。
鋭くとがった矢に、顔を破壊されたコオロギはそのまま砕け散る。
「結界が邪魔で魔術師共は無理だな」
醜い小男は、焦った様子も無く。左右にステップしながら、悪霊達を矢で射抜いて行った。
フロッグマンは泡を操り、火の塊のチュルルックを弾き飛ばしていく。
手に持つ長い槍を回転させて、次々と魔法の泡を空中に飛ばして、炎の悪霊を撃退していった。
「ああ、もうなんかやだなあ」
長い舌を垂らしながら、蛙の戦士は泡を放ち続ける。
彼は五か月前まで、魔法に関する力を一切もっていなかった。
しかしバイオンに敗北してから、同僚の魔法使いのフロッグマンから強制的に魔法に関して教えられる。
いやいや勉強しながらも彼は、その才覚を発揮する。
こうしてフロッグマンのスペアルは、フロッグマンの国でも有数の魔法使いとなった。
「俺は戦士だっての」
父親に憧れ、腕を磨き、勝手に修行の旅に出て行かれて反抗期となったスペアル。
左右からスペアルに犬の牙が迫る。
スペアルは自分を中心とした水の竜巻を生み出し、その二匹の犬を吹き飛ばした。
さらに水の魔法で全身を包み込む。
その状態で深く屈んで、槍を構えて、真横にジャンプした。
高速のフロッグマンの特攻。
水の魔法を纏ったその突撃は魔法使いの結界を突き破り、二人のランダの信奉者の魔法使いを貫き倒した。
フレンデとトラトは背中合わせに戦う。
茶色の髪の、少女魔法使いは手投げ矢を数本取り出す。
「これ、そんなに数ないんだけど!?」
人の肘から手の先ほどの長さの棒、先に鏃の付いたそれを投げつける。
炎の塊のチュルルックに直撃すると、氷をまき散らして敵を破壊する。
トラトは風を身に纏い、飛び掛かる悪霊達を斬り倒していく。
ランダの信奉者の魔法使いの三人が、火の玉を飛ばしてきた。
銀色の少年剣士は、それをオリハルコンの剣で切り払った。
「喰らえ!」
代わりに電撃の魔法が、トラトの手から放たれる。
魔法使いの一体が感電して、その場で倒れる。
フレンデは周囲の敵の数が減ってくるのを確認すると、トラトの背中に手を付けて魔法を放つ。
強化の魔法により、トラトの時間が加速した。
「蹴散らすよ!」
「うん!」
目にも止まらない斬撃が、飛び掛かる悪霊達を細切れにしていく。
リザードマンの戦士、リソードも自らを魔法によって強化する。
飛んでくる火の玉を手で打ち払い、猪の突撃を踏みつけて、魔法使い達へと斬りかかる。
鉄のように固くなったレヤックが、リソードの斬撃をその体で防ぐ。
「その程度」
トカゲの戦士は、自らの剣を魔法で強化して、その鉄の体の悪霊を斬り捨てた。
プレゼンは八人の中で一番苦労していた。
なにせ接近戦というものは苦手であり、こういった乱戦を得意としていなかったからである。
「そんなわけでバイオンさん、お願いします」
「邪魔だ!?」
バイオン背中の鉄籠に、武具を入れるその場所に乗り込むプレゼン。
引きはがそうとするバイオンだったが、それよりも先に敵が迫ってきていた。
「糞が!」
左手のアダマントの剣を振り回し、猪になって空から突撃してきたレヤックを真っ二つにする。
バイオンの巨体に合わせた大剣は、その大きさと重さと頑丈さにより、振り下ろしただけで地面を陥没させた。
次々と迫りくる悪霊。プレゼンが水や氷の弾丸を放って後方の敵を倒していく。
バイオンは右腕の斧の付いた鎖を振り回して、離れていた魔法使いの一体に叩きつけた。
その時に、魔法使いの放った火が飛んできて、バイオンの鉄仮面の顔を焼く。
「ぐおっ!?」
「大丈夫ですか!?」
背中に乗るプレゼンが、すぐに回復魔法を使いバイオンの傷を癒した。
拳から衝撃の魔法を放ち、悪霊を吹き飛ばしたフレンデが振り向く。
「あんたたち、そんな風に連携してたんだ?」
フレンデはバイオンとその背中に乗り込むプレゼンのコンビを見て、少し感心していた。
しかし赤い少女は首を振る。
「いえ、今回が初です。前から乗ってみたいとは思ってました」
「うぜえ!」
「バイオンさん、あまり暴れないでください、落ちる!?」
「落ちろ!」
二人は騒ぎながらも、着実に悪霊達を倒していった。
「そこまでだ、貴様ら!」
赤い顔の女魔法使いが、ラフター一行を睨みつけて言った。
他の魔法使いや悪霊が、その女から離れる。
「貴様ら如きに、ランダ様の手を煩わせる必要性も無い。このニ・カロンが焼き殺してくれる!」
ニ・カロンが変身の魔法を唱えて、その身を大きな炎へと変貌させた。
炎の竜巻となって、ラフター一行に迫るニ・カロン。
「ちぃ!」
「このぉ!?」
スペアルが大量の泡を放ち、迎撃する。
フレンデも氷の飛礫を撃ち込み、炎の竜巻を攻撃した。
他の面々も次々と魔法や矢などで攻撃を繰り出す。
しかし大きな炎の竜巻は、それ全てを飲み込み突き進む。
「ぎゃははは! 馬鹿め、貴様ら如きに、このニ・カロンが皆殺しにしてくれるわ!」
そのままラフターの居る馬車まで進もうとするニ・カロン。
その先に、背中に荷物を背負った傷だらけのリザードマンが剣を構えていた。
「……槍を出すほどでもねえな」
リザードマンのブレイドが、その剣を切り払った。
炎の竜巻がその斬撃を受けて、二つに切り裂かれる。
「そ、そんな!?」
炎から人型に戻ったニ・カロンが、血を吹き出しながら地面に落ちた。
ブレイドは気にした様子も無く、その先の奥にいる敵の首長を隻眼で睨む。
赤い仮面のランダが、岩の上に立ち両手それぞれに魔法を込めていた。
右手に死病の魔法を、左手に呪詛の魔法を生み出す。
そしてニ・カロンが進み、自らの配下が離れたその空間。ラフター一行へと二つの魔法を解き放った。
ラフターがバイオン達、八人の前に立つ。
そして自らの手の先に、漆黒の空間を作り出す。
それをランダへと目掛けて解き放った。
二つの魔法がぶつかり合う。
轟音を鳴らし、衝撃で周囲の者達を吹き飛ばす。
悪霊や魔法使い達が吹き飛ばされる中、なんとか身をかがめて耐え凌ぐバイオン達。
拮抗しあう二つの神の魔法。
だがそれも数秒であり、ラフターの黒き魔法がどんどん突き進んでいく。
そして岩の上にいたランダへと魔法が直撃した。
割れ砕け、砂利となる岩。
そのうえでボロボロで倒れるランダ。
止めを刺さんと、その横にラフターがワープして魔法を放とうとする。
だがそれに反応したかのように、赤き仮面のランダが飛び上がり、魔法を掌に生み出した。
しかしラフターの魔法の方が一足早く、ランダのその胴体を黒き剣が貫いたのだった。
ラフターがかすかに震える声で、目の前の敵に尋ねる。
「おまえ、誰だ?」
赤き仮面が落ちて、素顔があらわになった女が答える。
「……おやおや、忘れましたか? 二十五年前も、一ヵ月前も私の顔を見たでしょうに?」
ランダに化けていた、その姿がみるみる若い美女へと移り変わっていく。
「ヘカテー、貴女は一度たりともランダ様本人のご尊顔を見てはいない!」
貫かれたまま血を吐き出しながら、妖艶な女が微笑した。
「お前がずっと見ていたのは、ランダ様に化け、ランダ様の言葉を伝えていた、この一番弟子のラルンよ!!」
地面を貫き、そこから老婆の二つの手が出てくる。
すぐに逃げようとしたラフターの両足を、それより早く二つの細い枯れ木のような手が捕まえた。
地面より現れた、皺だらけの老婆の顔が、ラフターを見てにやりと笑う。
「捕まえたよ、お嬢ちゃん?」
地面より大量の白い布が飛び出し、ラフターの黒い髪と衣服に絡みつく。
さらにラルンの服からも、白い布が現れ、ラルンごとラフターをぐるぐる巻きにしていく。
そこにニ・カロンが、ランダの信奉者の魔法使い達が、悪霊のレヤックとチュルルック達が次々と飛び込んでくる。
彼女達も服の中に白い布を仕込んでおり、それが飛び出してラフターの体に巻き付いて行った。
もがくラフターだが、しかし彼女が放った魔法がその布にはじかれる。
「!?」
「それは聖なる儀式用の布だよ? あんたや私みたいな、夜に近い魔女にはよく効く」
どんどんと布が絡みつき、その肢体の全てを覆い隠されていくラフター。
さらにランダの部下達も共に封じられ、その封印の力を強化していく。
助け出そうと動くバイオン達。
しかし地面より現れた本物のランダが生み出した結界が、一行を弾き飛ばした。
そして二十秒後。
巨大な布の球体が、地面に転がる。
その球体の上に立ち、ボサボサの白髪の、がりがりの体の、皺だらけの老婆が、楽しげに笑っていた。
「はははっ、ヘカテー? あんたがいずれ私を倒しに来るだろうと知っているのに、準備をしていないと思っていたのかい?」
老婆は地面へと着地する。そして白い大きな球体を撫でた。
「そもそも、ランダの仮面は赤じゃなくて、白だよ? まあ、あんたが知るわけないだろうがねえ」
老婆は腰を曲げて、ゆっくりとした動きで、落ちていた白い仮面を拾い上げる。
地面に届くたくさんの髪の毛の鬘の付いた、大きな目、大きな牙、長い舌の怪物の白い仮面。
本物のランダは、バイオン達に背中を向けて、それを顔に被ろうとした。
バイオン達のもっとも後ろにいた、ゴブリンのターゲイムが、その瞬間にランダに対して三本の矢を放った。
ターゲイムのその後ろに、白い仮面を被ったランダが立っていた。
(速い!?)
唯一、そのランダの速度が見えたリザードマンのブレイドだけが振り向く。
ターゲイムは音と気配のする後方に、顔を向けた。
ランダが空中で片手でキャッチした三本の矢が、ターゲイムに投げ返され、その胴体に突き刺さる。
そのまま何も言えずに、ゴブリンの弓兵は地面に倒れた。
ブレイド以外のメンバーは、ようやく気配に気づいて、離れるように飛びのく。
反射的に走り込んだブレイドは、背中の荷物を解いて木槍を取り出し、白き仮面のランダへと突き刺した。
ランダは老婆に似つかわしくない、軽い動きで飛び去り後ろに下がった。
その場に立ち尽くし、息を飲むバイオン達。
白き仮面を被った老婆は、敵を見ながら楽し気に揺れていた。
リザードマンの弟、リソードが思わず声をかける。
「兄貴!?」
「ああ」
リザードマンの兄、ブレイドも神の木槍と木盾を手に頷いた。
その顔には冷や汗をかいていた。
「このままだと全滅だな、どうすっか?」
鉄仮面のバイオンも、勇者と呼ばれた少年トラトも、その相方のフレンデも、フロッグマンの若き戦士スペアルもそれを分かっていた。
この相手は圧倒的すぎると、今の動きだけで理解してしまう。
バイオンの背中にいたプレゼンは、ラフターの捕らえられている白い球体を見る。
あれを解放すれば勝ち目はあるだろうと、それはプレゼン以外も思っていた事だった。
問題はランダが結界を張っていた事。
そしてランダが、近づく事を許すはずが無いという事だった。
怪物の白い仮面を被った魔女は、カタカタとその大きな口を開け閉めする。
「さあて、みなごろしだよ?」
昼の太陽の下。
ラフターを除いた状態で、バイオン達とランダの戦いが始まったのだった。
バイオンは今回も特に無し!
ニ・カロン:ランダの手下の魔女。ランダが倒されると次のランダとなる。邪悪な顔に大きな口、髭が生えている。
ラルン:チャロンアランの手下の魔女。師に匹敵するほどの強力な魔力を有し、美女や様々な動物に変化する。人間の血肉を食べ、特に妊婦や赤子の肉を好む。
ニ・カロンとラルンが、個人名なのか集団名なのかが検索してもわからなかった。
あとレヤックが語源の昆虫にリオックという大きなコオロギ(いちおうコロギスという別種)の昆虫がおり、かなり攻撃的らしい。