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第9戦 VS大熊



 フィーラ村、昼間の村長宅に人々が集まり、大きなテーブルについていた。

 そして村長の発表を聞き、人々はざわつく。


「つまり女神様は我らを見捨てた、そういう事ですか!?」

「見捨てたのではない。『理由は分からない』とラフター様は答えた」



 ラフターはモンスター除けの結界を張り続ける事により、周りからこの村が注目される事を嫌った。

 そこで先日、結界を解除する事にしたのである。

 ただ、その理由だと人々が納得しないだろうと思い、適当な理由を口にする事にした。

 早朝に村長の家に行ったラフターは、村長に対し自分の結界が来週で消えると告げ、その原因は不明だと答えたのである。


「『原因の解明は行うが、あまり期待しないように』との仰せ、来週からはこの村全体でモンスター対策を行う」

「そんな!?」

「今まで安全に生活できたのに……」

「聞いた話じゃ、モンスターに襲われて滅んだ村もあるって話だぞ!?」

 唐突に平和が崩れる事を聞かされて、村人達はざわつく。

 いくらか待ってから、白い髭を蓄えたこの村一番の年寄りである村長は口を開いた。

「なんにせよ、この村以外では普通に行っている事だ。幸い、小麦の収穫には間に合う。その後はセンターナ王国に頼み、兵士に駐在してもらう予定でもある」

 あくまでも今までの平穏な状況が異常であり、これからは他と同じく危険な状態を受け入れる。その体で村長は村人達へと話をする。

 しかし突然の村長の言葉に、村人達は納得できていなかった。



 村人の一人、若い男が手を挙げて発言する。

「それで、女神様方は今まで通り村に住まわせるのですか? 結界も張らないのに?」

「おいおい、女神様を村から追い出すつもりか?」

 他の中年の男がその発言に不快感を示した。

 だが若い男は発言を止めない。

「村の端とはいえ、兵士がここに来るとなれば、あの集団は怪しまれる。特に大男と異種族のドワーフは、暴れられたら村が滅びるぞ?」

 若い男の発言に、他の村人数人も賛同する。

「気付けば三軒も家を建てて、毎日毎晩、怪しげな儀式をしているらしいじゃないか?」

「女神の弟子を名乗る少女が、この村をうろついているのも問題じゃないか?」

「国では邪教が人々を誘惑しているらしいぞ。トコヨノカミとかいう芋虫の神様を信仰する教団だとか。あの集団もその関係じゃないのか?」


 次々とこの村の異物であるラフター達に対し、何らかの対策や追放を求める声が上がる。

 彼らは得体のしれない者達の存在が不安だったのである。何より大男の存在が恐怖の対象だった。

 今すぐに追放が出来なくとも、何らかの問題が起きた時の保険としての対策手段が欲しかったのだ。

 その声に一人の男が立ちあがり、大声を出した。

「おうおう、お前ら、黙ってきていてりゃいい気になりやがってよ!?」

 それはこの村の万事屋であり鍛冶屋でもある中年の男だった。

「今まで一ヵ月、平和に暮らせたのは誰のおかげだ? 感謝するならともかく、拒絶するなんざ恩知らずも良いとこだぜ!?」

 男の発言に、一時だけ静かになる村人達。

 しかしすぐに罵声となる。

「うるせえ! お前は金になるからだろうが!?」

「そうだそうだ万事屋! お前だけ最近、羽振りがいいだろ!?」

「てめぇがドワーフから渡された武器とかを、センターナ王国へ持って行って大儲けしているのを、村の人間は皆、知ってるぞ!」


 ギクリとした顔で声を詰まらせる万事屋の旦那。

 ラフターの所にいるドワーフの兄弟は、バイオンが持って帰った武具や練習用に作った道具を万事屋に売りに来ていた。

 それらを王国に持って行くと結構な高値で売れ、万事屋の男は最近儲けていたのである。

 その事を知っている事もあり、村人達は不満があった。

 村という集団とは基本、助け合いである。

 個人にだけ利益を与え自分には利益にならない存在を、どうして側に置いておかなければならないのかと不満があったのだった。


 村長が咳払いをした。村人達が静かになる。

 黙った村人達を見て老人は、横にあった袋をテーブルに置いた。

「女神様は結界を張らない代わりに、村への滞在の許可としてこちらをお渡しになった」

 袋を開き、それをテーブルの上に晒す。

 それを見た村人達は驚嘆の声を出す。

 金色に輝くそれは、大金貨と呼ばれるものである。


 この世界の金銭は最小単位の小銅貨、その十倍の価値の中銅貨、その十倍の価値の大銅貨、その十倍の価値の小金貨、さらに十倍の価値の中金貨、そしてその十倍の価値の大金貨で構成されている。

 そして最大の価値のある大金貨が、テーブルの上にいくつもこぼれたのである。


「滞在費としてこれを、さらに足りなければ追加するとも答えている」

 輝く金を目にして、ごくりと唾を飲み込む村人達。

「これらは村の維持費として使用する。またいくらかは全体に配ろうと思う、それでどうだろうか?」

 村長の言葉に、村人達は何も言えなかった。


「まあ、女神様方がこの村に被害を及ばせているわけでもないし……」

「モンスターが襲って来た時、助力を頼めるかもしれないし……」

「今まで助けてもらえた恩もあるし……」

「また結界を張ってもらえる可能性もあるしな……」

 ラフター達を受け入れる方向で、村人達の意見は一致した。



 モンスター対策の話は、他の村や首都国家から情報を集めてからまた話し合いをするという事で、話がまとまった。

 家から出ていく人々、村長は一人となって考え事をする。

「……別に彼らも、最初から本気で女神様方を拒絶していたわけではありません」


 村人達がラフター達を否定していたのは、その存在を恐怖していたからでも、嫌悪していたからでもない。

 理由が無かったからである。

 人は何か特別な事をする時、異物を受け入れる時、それに理由を求める。

 誰もが理由なき存在を嫌う。ならば今まで通りでいいと、その存在や行為を否定するのが人である。

 今回は金銭という形で、魔女はその理由に答えた。

 人々も欲だけで金を受け取ったのではない。ただ異物を受け入れるための理由が必要であったのである。


「それがあなたの意見でしたね、女神様。いえ、今は女神を止めて魔女になったのでしたか、ラフター様」

 家の中で一人になった老人は目を閉じて、過去を思い出す。

 それは老人の遠い思い出。女神がまだこの村を時折、訪ねて来た時の情景。

 黒い髪の女が、満面の笑顔で村人達から受け取った食べ物を口にしている。

「……なぜ今はそんな眠たそうな目をしているのかはわかりません。ですが私にとって、あなたはいつだって女神なのです」

 老人は一人椅子に座り、昔を懐かしんでいた。


 そうして一週間が過ぎ、小麦の刈り入れが終わり、フィーラ村の結界が解けた。











 一頭の獣が走っていた。

 それは体長三メートルもある巨大な熊だった。

 彼は別の村を襲い、人々を殺して喰らった狂暴な熊だった。


 彼は今まで、なぜか行けなかった空間に入り込めた事に気付く。

 王国の兵士に追われていた彼は、その空間へと突き進んでいた。

 いまだに誰も手を付けていない餌場だと彼は確信していたのだ。



 四本の太い足で、平野を駆ける大熊。

 人間の味を知り、その足の遅さを知り、集団でいる事を知る彼にとって、村は食糧庫でしかない。

 その巨体を維持するための餌が必要な彼は、兎や狐程度では腹を満たせない。

 毎日のように飢えを恐れる大きな熊。よだれを垂らし、毛だらけの体を動かし、夏の平原を駆けていた。


 その道の先に、一人の人間が立っていた。

 視覚は弱いが、犬よりも優れた嗅覚を持っている熊は、それを最初の餌だと思った。


 手足をバラバラに走り続けて、そのまま餌へと彼はとびかかる。

 大きく口を開けて、噛みつかんとした。


 その顔面に鎖の巻かれた右腕の拳が叩きこまれた。



 鼻血を出しながら、よろめき横に倒れる熊。

 しかしすぐに大きな熊は意識を取り戻し、四本足で後退した。

「ラフターめ!」

 半裸で武装が鎖しかない大男、バイオンは舌打ちをする。

「なにが今日はこの辺りで鎖投げの練習をしろだ! 熊と戦わせたいならそう言えよ!?」


 熊は立ち上がり、両手を広げて相手を威嚇する。

「……でかいな。こんなでかい熊は初めてだ」

 そんな熊の様子におびえる事無く、冷静にバイオンは相手を分析していた。

「太い首に短い手足、全身が体毛で覆われ、さらに筋肉で体が出来てやがる。これは打撃が入りにくいな」


 大熊はそのまま敵にとびかかる。

 強者である熊に技などない、ただ殴りかかり突進し、乗りかかって噛みついて殺すだけだ。

 その単純な飛び掛かりを、バイオンは横に避けてその前足を蹴った。

 さらに横に移動し、脇腹に拳を入れる。

 多少は相手にダメージがあっただろうが、少し動かす程度の物だった。

「武器があれば、瞬殺なんだがな!?」


 今度は大熊の右前足の下からの殴り。

 バイオンは鎖の巻かれた右手でそれを防ぐ。

「っ!?」

 衝撃に後ろへ仰け反るバイオン。

「このっ!」

 厳つい顔を険しくし、反撃に左手で頬の部分を殴り返すバイオン。

 だが少し動いただけで、大熊には少ししかダメージが無い。


 再度の飛び掛かり、全体重で押しつぶそうと熊は突進を繰り返す。

 その度に避けて一撃を返すバイオン、だがその太い熊の体には痛撃は与えられない。


(どうする? なんとか目でも潰すか?)

 ぎらついた目で悩むバイオン。

 男のその少しの逡巡がミスを生んだ。

「しまっ!?」

 バイオンは右手の垂れた鎖を、うっかり踏んづけてしまった。そのせいで右手が引かれ、一瞬だけ動きを止めてしまう。

 その一瞬を見逃す大熊ではなかった。


 とびかかられ、バイオンは仰向けに倒れる。

 乗りかかって全身で体重をかけてくる大熊に、バイオンは臓腑が押し潰されんとした。

「こ、のぉ!?」

 バイオンの顔が痛みにうめく。

 熊はその顔に向かって口を開き、鋭い牙で噛みつこうとした。

「くっそがぁああ!!」

 逆にバイオンは、その口に向かって自分の太い左腕を差し込んだ。


 喉奥を攻撃され、その苦しさにたまらず横に転ぶ大熊。

 咳込みながら、バイオンもまた立ちあがり、距離を取る。



 四足歩行で立ちあがる巨大熊。その視力の弱い目で、相手を睨む。

 餌ではなく強敵として、彼は殺気を放ち、全力を出そうとしていた。

 それに対し、呼吸を整えたバイオンは睨み返す。



 四足の力を込めた、全力の突進。

 バイオンはそれに合わせて、その顔面へと鎖の右拳を叩き込んだ。


 カウンターとなった一撃に、大熊の鼻骨が折れる。

 ふらつき倒れる熊。バイオンはすかさずその背中へと馬乗りになった。

 そして右手の鎖を伸ばし、その熊の首に鎖を巻いて絞めた。


 苦しさに立ちあがって暴れだす大熊。

 しかしバイオンは離れず、ますます鎖を強く引っ張った。


 しばらくして熊は息の根を止めて、倒れた。

 熊が死んだ事を確認し、バイオンは鋭い歯で笑った。













 フィーラ村の離れ、ラフター達の五軒の家の前。

 そこで少女の悲鳴が響き渡っていた。

「ぐぎゃあああ!!? やめて師匠ぉ! はなしてぇえええ!!?」

「何を言っている? まだ修行は始まったばかりだろう?」


 赤い髪と赤い目、そして新調した赤いローブと赤い三角帽子を被った少女。

 漆黒の髪と目、そしてローブを着た夜を思わせる女が、その少女の両手を握っていた。

 互いに立って向かい合い、薄目の魔女は向かいの魔女見習いへと少しだけ笑顔を向ける。


「さあ、右手から私の魔力を流し込むから、それを自分の魔力に変換し、一旦自分の魔力の壺に蓄え、そして左手から私へと戻すんだ」

「ぎゃあああ!! 体が割れる! 砕け散るぅ!!?」

「何を言う、ちゃんと魔力の循環が上手く行けば、私の魔力に魂を傷つけられないし、お前の魔力の壺は壊れない。大丈夫だ、頑張れば死なない程度の力に抑えてある」

「いぎゃぎゃぎゃ!? いだいいだいぃいい!!? 死ぬ死ぬ死んじゃうぅうううう!!?」

「叫べる余裕があるな、もう少し魔力を増やすか」

「ししょうのおに! あくま! じゃあくなめがみぃいい!!?」

「魔女だ」


 暴れまわるプレゼンだったが、しかし見えない何かに体を固定され、その場を離れる事は出来ない。

 ラフターは叫ぶ少女に対し、一切の慈悲など見せず、魔力を流し続けた。


「おい」

 鎖で熊を引きずった、大男がそこに現れた。

 バーバリアンのバイオンである。


「おお、今夜は熊鍋だな」

 振り向いたラフターは、プレゼンから手を離す。

 解放されたプレゼンは全身から煙を出し、白目をむいて泡を吹きながら、地面に倒れた。

 それを気にする事も無く、ラフターはバイオンに歩み寄る。

 近づいた漆黒の魔女に、バイオンは苛立たし気に口を開いた。

「いつになったら、修行を開始するんだ? もう前回から一週間も経ったぞ?」


 前回、砂漠の国でセクメトに蹴り飛ばされてから一週間が経っていた。

 その間、ラフターは遠見の大鏡を使って何かを探っており、暇だったバイオンは狩りや鎖投げの練習、鉄斧の素振りなどをしていた。

 ドワーフ兄弟も暇で、プレゼンの家を作り上げたりしていた。


「悪いな」

 全く悪いと思ってなさそうな薄目の顔で、ラフターは答えた。

「この一週間、世界情勢を見ていたんだ。明日からまた修行を始める」

「本当か?」

「大丈夫、ちゃんとお前がギリギリ勝てそうなちょっと強い相手を、いくらか探し出している」

「……」

「お前が死にかけたらちゃんと回収してやる、明日から全力で戦え」



 バイオンは熊の皮を剥がす為に、離れて行った。

 代わりにドワーフの兄弟。兄ガラールと弟フィアラルが現れる。

 二人は自らの白いひげを撫でながら、魔女に話しかけた。

「ようやく明日から戦いが始まるのか、修理した武具のお目見えですな」

「しかしラフター様? 今日から結界を外すのでしょう? この村は大丈夫ですか?」

「安心しろ。村に来るモンスターは村人や駐在の兵士でも勝てる相手だけだ、今の熊の様な相手はその前に処分する」

「しかしバイオンは、陽が落ちたら離れるでしょう?」

「私が倒すさ」

 ラフターが左手の平を上に向ける。すると小金貨が数枚出て来た。

「悪いが、これでお使いを頼めるか? 少しこの国の首都に行ってもらいたい」

「はあ、別に構いませんよ。人間達の奇異の目も気にした事ありませんし」

「しかしラフター様は鉄や金まで生み出せるなら、働く必要もありませんな」

 そんなドワーフの言葉に、魔女は顔を横に向けた。

「……あんまり金は魔法で生み出したくないんだよ。金の流通を管理している悪魔が睨んでくるかもしれないし」

「なにか言いました?」

「何でもない」


 お使いの内容を聞いたドワーフ達。そして小さな二人の男は魔女を見上げて言う。

「しかしこの村も安泰ですな。ラフター様に守られているなら、結界が無くとも危険はありません」

「そうそう、我らドワーフ兄弟も安心して鍛冶に徹する事が出来るという物です!」

 そんな二人の言葉に、ラフターは不思議な顔をした。

「……なんですか、ラフター様?」

「私は偽りとはいえ、かつては冥府の女神。つまるところ人間の為に作られた存在だ」

 薄目の魔女は淡々と答えた。

「ドワーフの君らを守る義理は無いんだが? お使いも金を払った取引だし?」

『種族差別!?』

 同時に声を出すドワーフ兄弟。

「ちょ、ちょっと待ってください!? バーバリアンのバイオンも守ってるじゃないですか!?」

「蛮族は人間だろ? 私の記憶がそう言っている」

『ええええ!?』

 ドワーフ兄弟は信仰するから自分達も守ってくださいと、ラフターに土下座して頼み続ける。面倒臭がったラフターは、守ってやるから信仰はやめろと言って、二人はなんとか事無きを得た。


 ラフターは人間の為の女神。彼女は与えられた役割という物を嫌っていたが、無意識に人間に得な行動を選んでしまっていた。

 だが今は、彼女はそれで構わなかった。彼女にはそれ以上の目的があったからである。


 あと気絶していたプレゼンは、幸運にも本弟子入りのための素材集めの一つ、熊の健をゲットする事に成功した。勝手にラフターが回収していただけだが。



バイオンは相手の攻撃に対し攻撃する、カウンターアタックの有用性を覚えた!


熊の健の事を書き忘れていた。

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