オレは既に死んでいる
「目覚めなさい……目覚めなさい勇者アキモトよ……」
「ン、ンン……。……ぃや……駄目です……ほんとこう休日に呼び出すとか勘弁してください……。私にも都合がありまして……。
え……プロジェクトリーダーが音信不通で……お客様が困って朝から苦情が……。あ、それで……あの、手当とかは……
あ、責任ですか……はい……いきます……でもちょっと今からだと二時間程かかるのでそれまで里山君になんとか対応を……ぇ……いない……?」
「目覚めなさい……目覚めなさい……アキモト……」
「ぁ、そうでした……。里山君はこの間社内で揉めて……心的被害受けたって長期療養してたんでしたっけ……。でも確かもうそろそろ期間終わる頃ですよね……ちょっと申し訳ないけどお願いして……
ぇ……一週間前からハワイいってまだ帰ってきてない……?今日ピースして仲間と写ってる写真ががF○cebookにアップされてる……?ぁいつ……。」
「あの、目覚めて……。目覚めてください?アキモトさん……」
「今他に社内には……え、誰もいない……部長一人……?納期が明後日の仕事があるのが発覚してそっちで手一杯……?あ、ほんとですか……。え、一時間で現地にいって……って……?」
「起きて、起きてくださーいアキモトさーん!ほら、ここ家でも会社でもないですよー!様子違いますよー!」
「車でってこの間自分車検だしたばっかなんで……タクシー……?その分はなんとかする……って以前似たような事あった時払ってもらえ……ン、ン……うるせぇなぁ……な」
何やらうるさい音が聞こえ、オレは目を覚ました。そして、一瞬呆気にとられた。
白、白、白。周りには何もない。いや、一つだけある。少し頭を起こし、斜め上をみると、妙ちきりんな格好をした若そうな女が目の前に立ち、こちらを見下ろしている。
「あ、起きてくださいました。よかった……、起きられなかったらどうしようかと……安心しました。」
心底ほっとした様に女は胸をなで下ろす仕草をしている。
いや、そもそも、ここはどこで、お前は誰なのか。
地平線の先まで続いている様な白い空間に目がチカチカするし、頭がもやがかかったように重い。
なんだか、不快な夢を見ていた様な気もする。何もない割に、ぽかぽかと暖かい気もするし眠気もある。
頭は重いが一転した様に、ほのかに幸せな感覚だ。そう思い、少し起こした頭をまた寝かし、寝返りを打った。
さらばだユング、この無意識の解析はまた暇な時やってくれ。あぁ、ねむ……。
「あ、あの。起きてください!!ここで寝られると私が困るんです、お願いします!!」
そういった声が聞こえ、身体が揺さぶられた。
ええい放せ、オレは寝たいだけなんだ。いわゆる三大欲求と呼ばれるよく起源のわからないものの中で最も強制力がある睡眠。
性欲とは物理的に縁がないオレにとっては食事と同等くらいには大切なものだ。この自由だけは、急に出ないといけなくなった用がなければ手放さない。
「起きて所定の手続きをとっていただかないと困るんですよぅ……私、まだ新人で貴方で三人目なんです……。こんな早く問題起こしちゃったら、姉様達だけじゃなく、機関の方に怒られちゃう……。」
涙声と思われる声とグズッグズッという音が背中で聞こえ始めてきた。
……なんだか、悪い事をしている気分になってきた。人間としての権利を行使しているだけなのに、何故だろう。
こう、いくら相手が無意識さんといえどさっきから背中にあたっている小さい手の様なものが若干震えている感触が如実に伝わると、流石に申し訳なく思えてくる。
仕方ないので「フンッ」と身体に力を入れ、気合で立ち上がる。どうやら、スーツにネクタイ、革靴といった格好で寝ていたらしい。皺になっていなければいいが、まぁ確かそろそろクリーニング時だったし多少は問題ないか。
そんな事を逡巡していると、口元の辺りに青白い、布の様なものが揺れながら動いているのが目に入る。
それは、少し後ろに下がると、先程みた女の形を象った。
「ああ!よかった。今度こそ、今度こそ、起きてくださったのですね!!本当に、その、ありがとうございます!!」
と、深々とお辞儀をされた。
そう「今度こそ」と連呼されるとまるでオレが聞き分けのない子供の様ではないか。27にもなってそう言われると、自分を幼く感じてしまう。
「あ、その。あの。他意……とかはないんです。ただ、お話するのにどうしても、アキモトさんの意志が必要で……。」
オレの複雑そうな顔をみて察したのか、無意識さんは横に伏し目がちにそう告げてきた。いや、一度起こされたのに二度寝しようとしたのは確かにオレの方だ。ここは謝っておくべきか、例えオレの無意識相手であっても。
「いえいえ、起こしてくださったのにすみません。それで、あの。何のご用でしょうか。
最近、働きすぎていたので身体からの休息要請でもありましたか無意識さん。ハハッ。」と、オレは苦笑混じりに質問した。
しかし、この無意識さん。中々の別嬪さんである。
先程は一瞬だったし「変な格好の女だな」としか思わなかったが、外国映画の女優の様に整った日本人離れした顔立ち、新緑というのは本来この様な色をさすのだろうなと思うような大きい緑の虹彩に淡い黒の瞳孔、「アルビノ」というのだろうか、少し金がかってみえる白い髪をなびかせている。
変な格好、と思ったのもよく見ればエジプト的なエキゾチックさを感じさせる衣装で、青く透き通った布がついた冠の布が、彼女が動く度に顔にかかるのもなんだか、艶めかしい。プロポーションとしては幼い身体付きをしてるが、スレンダーという言葉が似合うような滑らかな身体の線が服を通して見え、少なくとも現代日本でこんな子と二人で歩いていたら職質ものだろうな、と思い目を細めていると、その子がオレの身体をつっついてきた。
「えっと……あの、聞いてます?」
「は、何でしょう?」
「その、貴方は、別に今、寝ているわけでも、夢を見ている訳でもありません。」
「貴方は、既に、死んでしまっているのです。」
その言葉を聞いてオレは「はぁ、なるほど」と思った。このオレか、他の誰かさんが作った無意識の集合であるはずのこの少女さんは。
オレが既に死んでいる事にしたい訳か。子供の頃読んだ漫画の「お前は既に死んでいる」という台詞を思い起こす。なるほど、それが何らかのイメージと混ざってこういう形になって今オレの前に現れているという訳か。さっきまで重かった頭が今度は痛くなってきた、内側からくる様な痛みだ。ああ、薬がほしい。
「思い出せないみたいなので……ちょっと、失礼しますね。アキモトさん。」
そういうと、この少女はオレの前に手をかざしてきた。するとなんだ、オレの身体が膝から崩れ落ち、両手をつかないと支えられなくなった。なんだこれは、一体なんだっていうんだ。異様な疲労感を味わっている、立っていられない。
さらに、少女はそんないきなり満身創痍となったオレの頭に人差し指を近づけてくる。先程までオレには無害そうに映っていた少女が、今この瞬間に、何かとてつもなく恐ろしいものに变化してしまった様に感じる。とっさに、本能的な恐怖を感じ、指を避けようと頭を動かそうとするがまるで身体と頭が別物になった様に動かない。
「すぐ、終わりますから。」
オレの額にそのまま指を押し付けてきた少女がそう呟くと、彼女の指が閃光の様に光はじめた。
眩しさにあてられてか、その光を受け、オレの意識は、闇に落ちていった。
どれくらい時が経ったかわからないが、次に目を開けた時、オレはこう感じた。
「そうだ、カツカレー食わなきゃ」、と。
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