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尾上大輔

 数十分後、

 長い黒髪の少女が探していた尾上大輔は、取調室にいた。


 大輔は今日、彼女の小雪とデートをしに裏野ドリームランドへ来ていた。そして帰りのディナーの際、彼女にプロポーズをする予定だった。だが、その計画は永遠に叶わぬ夢となったのだった。


 大輔の正面には刑事と、壁に向かって調書を取る制服警官がいる。

 狭い部屋に三人、こころなしか壁が迫ってくるような圧迫感と、いやな熱気が部屋全体を支配していた。

 ストレステストの為に作られたような部屋で、大輔はいよいよ錯乱していた。挙動に落ち着きがなく、視点も定まらない。


「僕は殺してません!」「だからミラーハウスで一旦はぐれてしまって……」「彼女のカバンからナイフが」「気が付いたら倒れてて」「思わずカッとなって……」「彼女が僕に向かって『痴漢』とか、『助けて』って叫ばれて」「頭が混乱してしまって……、怖くなったんです!」「途中意識が朦朧として」「僕が……刺しました、刺しましたけど故意じゃなかったんです!」「家も……わりと近くて、彼女とは……学生時代からの付き合いで、同級生で――」

 刑事は大輔のまくしたてる言葉に、静かに耳を傾けていた。明らかに動揺している大輔に、同情の視線を向ける。


 ある程度頭で整理がついたのか、一旦落ち着いた大輔は、再び話し始めた。

「目が覚めた時、彼女がいなくて、探しながらドリームランドの入り口へ走ったんです。そこでゲートを出ていく彼女を見つけて、引き留めようとして……。それで……。そんなつもりは無かったんです! 突然、小雪が、彼女が、人が変わったようになって……、口論になってしまって――」

「それで『カッとなって、刺してしまった』、と?」

「違う! 彼女は明らかに様子がおかしかったんです! 口調も別人みたいに汚くて『あんた誰よ』とか『こんなのと付き合ってたの』とか……、よくわからないんですけど、そんなような事を口走っていて――小雪は普段そんな事ぜったいに言わないんです」


「刺した事は認めるんですね?」

「いや……、だからそれは――」

「あなたが刺したのを、遊園地のお客さんたち複数人が目撃してるんです……。」

「だからそれは! それは……、彼女を……、多少強引に引き留めたせいかもしれません……。そのせいで揉み合いになって、あれは揉み合っている最中で――」

「計画的だったんですか?」

「けいかく?! とんでもない! あのナイフは僕のじゃありません! 彼女ともみ合ったときに小雪のカバンから転がり出たんです!」

 口を尖らせ、上目遣いに大輔を見る刑事。しばしの沈黙が取調室を支配した。


「ん~、それにしても……、彼女の小雪さん、若くて綺麗ですねぇ」

「それがなんだって言うんです!」

「本当に付き合ってたんですよね?」

「何度もいってるじゃないですか! 小雪とはプロポーズの約束もしてるんです! 指輪だってもう買ってあるんだ! 心の底から愛してたんだ!」

「『愛してた』、今はもう愛してないから、殺してしまった、と?」

「ちょっと待ってくれ! 言葉尻を変に取らないで下さ――」

「尾上さんは、薬物とかは――」

「ハァ?! あんた何言ってんだよ!」

「いや、配慮が足りませんでした、すみません。落ち着いてください」

「ふざけるな! 落ち着いてられるか!」

 大輔は思わず『ドン』と全力でデスクを叩く。少しの加減もせず拳を強くぶつけたが、ぐつぐつと沸騰した頭ではもはや痛みも感じはしない。


「ミラーハウスの中で意識が朦朧とした瞬間があるんですよね?」

「えぇ」

 大輔はこみ上げる怒りをなんとか押さえつけ、不機嫌に答えた。

「お酒とか、それに類する物は飲んでいました?」

「さっきからなんなんです?! 飲んでませんよ! 園内で買ったスポーツドリンクくらいです!」

「それは今どこにあります?」

「持ってるように見えます? 遊園地のゴミ箱じゃないですかね!」


「う~ん、重ね重ね失礼なんですが……。どうにも、腑に落ちないんですよね」

「一体、なにがです?」

「尾上さんは、21歳でしたよね」

「そうです」

「小雪さんとは学生時代からの付き合いだったと」

「はい」

 刑事は腕を組み、難しそうな顔をしている。唇に手を当てると、何事か考え込むように低く唸った。頭の後ろで両腕を組み直すと、座っていた椅子が軋んだ音を立てる。


 沈黙が支配する取調室で、調書を担当している警官が、大輔に一瞥をくれる。その目は何かおぞましい物でも見るような目つきだった。今まで向けられた事のない、蔑みの込められたその視線から、大輔は逃げるように目を逸らした。


 俯いたまま、ただ時が流れるのを待つ。窮屈な状況で、ただただ時間だけが過ぎていく。

 

 長い沈黙で少し冷静になった大輔は、尿意を催して、

「あの……、トイレ、行きたいんですけど」

「申し訳ありませんが、腰の縄はつけたままで――」

「はい……」

 トイレに入ると大輔は息を整えた。すぐ傍にペットの手綱(リード)でも握るように、腰縄を掴んでいる警官がいるのは気になるが、なんとか落ち着こうと努力した。


 男性用小便器の前に向かう途中、大輔は鏡に映る自分の服にどこか違和感を覚える。

 

 用をたし終えた大輔は、手を洗おうと洗面器の前に立った。備え付けられた鏡に、自分の姿が映りこむ。


 大輔は心臓が凍り付くような痛みを覚えた。


「だ、誰だ……よ……、これ……」


 鏡の前に立つ男性(じぶん)は、大輔とは似ても似つかない中年のハゲた男だった。


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