寝たらゲームの世界でした
「ねえってば、聞いてる?」
急に聞こえて来た声に反応したせいか、朦朧としていた意識が急に覚醒する。
肘をついて寝ていたため、そのバランスが崩れて起きた、というのが真相らしい。
寝起きにゆさゆさと体を揺すられるせいか、若干気持ち悪い。
「まったく、声かけてきたのはあなたでしょ?ちゃんと私を楽しませなさいよ!」
何の話だろう?記憶を辿る。
(最後の記憶は、えっと)
「何よ!案内してくれるって言ったじゃない!忘れたの?」
案内?何の話だろう?記憶を更に辿る。
(そう。えっと、テスターに合格したから、パソコンもらって……)
「何?寝ぼけてるの?ならこれでも食らいなさい!」
更に記憶を辿ろうとしたところで。
「ウォーターボール!」
「……ふぉああぁ!ごふ……」
男の顔に水球が直撃した。
「起きた?思い出した?ご飯食べた?」
「ちょっとタンマ……え、何これ。夢?どこの人?」
「まだ寝てるらしいわね。このアイラ様の目の前で寝るなんて、いい度胸してるじゃない」
ここに至って、男はようやく自分の事を思い出した。
ただし、目の前のアイラと名乗る美少女のことは、なかなか思い出せない。
髪は鮮やかな緑色のセミロング。座って対峙しているのも関わらず分かってしまう、若干残念な体つき。
(何したっけ俺。んーと、昨日は……)
会社から帰ってきた後、配送のお知らせが投函されているのを見て、嬉々としてコンビニにパソコンを受け取りに行った。
その後セットアップを終えて、まとめてアカウント登録をして、「RoG」を始めて。
それから――。
「寝たことしか覚えてねぇ」
「あなたね、人をおちょくるのも大概にしなさいよ?もう一発ウォーターボール食らってみる?」
キツ目の赤い瞳が更につりあがり、右手に水で出来た球を浮かばせる。
そこでようやく、自分が誰なのかを思い出す。
そう、彼女は自分がナンパした、どこかいいとこのお嬢様で、自分は――
「えっと、すまん。今目が覚めたわ。そうだったな、うん」
エース=グロリアス。
今の文也の名前がそれだった。
◆◆
一言で言えば夢なのだろう。文也はそう思った。
その割には、エース=グロリアスの記憶がありすぎる気がしたが。
いや、今の文也はエースであり、エースが文也の記憶を持っているのが正しいような気がした。
文也の記憶では、目の前の光景は違和感だらけだ。
産まれてこの方、こんな美少女と対面したとこはない。
ついでに、周りにいる耳がやたら長いイケメンや、背が異様に低い筋骨隆々のおっさんも、人間として見たことはない人種だ。
千歩くらい譲っても、日本では、というか、外国でも腰や背中に刃物を持って、酒を飲んだりしないだろう。ましてや魔法などありえない。
しかし、エースとしては、おかしなことは全く無い。
流石にこれほどの美少女はなかなかお目にかかれないが、美人には声をかけるのがマイポリシー。
今いる場所は昼食も出す酒場で、この街を拠点にしてから通いつめている、お気に入りの店だ、安価でそれなりのモノを提供してくれるいい店だ。
腰にぶら下げている安物の銅の剣が刃こぼれしているが、所詮中古品だから仕方ない。それに、長年苦労を共にしてきた愛剣だ。
魔法は少し苦手だが、この腕一本でのし上がると決めたのだ。
いずれにせよ文也は夢だと思い、今はエース=グロリアスなのだと、ロールプレイを決め込むことにした。
妙にエースになりきることに違和感がないことは気になるが。
「あー、うん。えっと、アイラちゃんはどこに行きたいんだっけか」
「どこにって、誘ったのはあなたでしょ?ここのランチは美味しかったけど、これで終わりだったら、楽しませてもらったとは言えないわね」
呆れるようにアイラが答えるが、エースはあまり深く考えていなかったようだ。
あまり邪な考えがないところが、ちょっとしたお調子者、程度の認識にされている理由になっている。
「だったらアイラちゃん、何か見たいものとかって、ある?」
「見たいもの……そうねえ」
指を当てて、「んー」と考える素振りを見せるアイラ。
この間にエースはデートコースを考える。
彼女は街中を物珍しそうに歩いていた。となると、少なくともこの街の住人というわけではない。
ローブのフードを被って目立たないようにしていたようだが、エースの美女センサーが正確に作動した。
実際に声をかけてみると、警戒心は感じられたものの、色々褒めてみたら満更でもなさそうな感じだったので、これはいける、と。
そうして珍しくナンパに成功したわけだが、着ていたローブも上等品だったが、その下に着ていた服のセンスはそれ以上。
少なくとも裕福な家のお嬢様であることがエースの中で確定した。
ここまでの情報からすると、それ相応のデートコースを考えねばならない。
昼食を共にして警戒心が薄れたところで……うとうとしてしまったようだが、これはまだ全然リカバリーが利く範囲だ。
腹ごなしに街の名物の噴水がある公園へ向かい、そこの屋台で甘味を購入。あそこは花もよく咲いていて、カップルに人気の場所だ。
それから小物類や食器など、雑貨店が並ぶ街へと向かい、予算が合えば彼女にプレゼントするのもいいだろう。
高ければ喜ぶ女性もいることはいるが、商人の娘とかでもない限りは、色々見て回るだけでも楽しめるような気がする。
そこから先は展開次第。ディナーまで行ければいいが、さすがにお泊りまではないだろう。
そんなことを考えていたエースの思惑とは裏腹に、アイラは意外な提案をする。
「じゃあ、武器が見てみたいわね」
「へ?」
いいところのお嬢様には違いないが、変わり者なんだろうとエースは思う。
(いやいや、デートで武器屋はねーわ。流石に懐が……って、あれ?)
エースがこっそり確認した財布の中身が、思っていたより多い。
万年貧乏の割には小金が入っている事実に気付き、疑問に思う。
(おかしいな。手持ちは1000ワンくらいだったはずなんだけど)
宿は前金で2週間分払っているから問題ないが、1000ワンという残金は食費でギリギリだと思っていた。
金欠な彼だが、ここで出会った美少女との1日で使い切ることに決めていた。
今日使いきろうが、2週間持たせようが、いずれは仕事でも受けて稼がなければならないのだ。だから使い切っても問題ない。
楽天家の彼は節約する10日間より、楽しい1日を選んだのだ。
今ここには、明らかに1000ワンより多い銀貨・銅貨が入っている。
流石に彼女の目の前で取り出して数えることは出来ないが、恐らく3000~4000ワンは入っているのではないだろうか。
「あ、ああ、うん。ちなみにどんな武器が見たいの?」
「そうねぇ、やっぱりレイピアかしら?あなたは私に似合う武器って、何だと思う?」
悪戯っぽく問いかけるアイラに、魔法使いなら短杖じゃない?と言いかけて止まる。
(そうじゃないな。っていうか、これって……)
エースは言葉を選びつつ、アイラの姿を改めて見つめて、真剣に答える。
「そうだなぁ……武術の心得が全くないってわけじゃなさそうだね。長棒、所謂ロングポールとかは扱えるんじゃないかな?でも君ならある程度他にも適正があると思う。ハルバードみたいなものはちょっと厳しいと思うけど、ポールアックスやロングアックスみたいな、重量級の武器に適正を感じるね。佩刀用に短杖を差しておいて、小回りが利く短剣を備えとして持っておく。ファッションとして似合うという意味であれば、アイラちゃんなら何でも似合うと思うけどね」
軽い気持ちで聞いた内容に、本気の回答が返ってきたことに驚くアイラ。
答えた側としても、何故これほどスラスラと彼女の問いに答えられたのかは、はっきりは分からない。
エース=グロリアスは「武芸の達人」であり、ある程度力量の見極めが利く。
それでもここまで詳細に知るには、それ相応の時間がかかる。
初見では、どんな武器を使うタイプに見えるか、そのくらいしか分からない。
しかし、文也の記憶によると、この返しがベターであるように思えた。
(これって確か、武器選択イベントなんだよね……ラヴさんに聞いて知ったことだけど)
「RoG」はプレイヤー人口が少なく、新規に始めるプレイヤーは、「同じくらいの力量」のパートナーが見つからないことが多い。
ゲームとしての不都合はないが、どうしても格上のプレイヤーとパーティを組むことになりがちで、それを嫌がるプレイヤーも少なくない。
そういった事情もあり、運営が新規プレイヤー配慮として、NPCとパーティを組めるようになっている。
シナリオ進行やクエストの達成により、参加させられるNPCが増えていくのだが、NPCにはいくつかの「仕様」がある。
・基本ステータスは「レベル」に依存する。初期値は各NPCにて異なる
・「レベル」はプレイヤーと行動を共にすることで上昇する
・戦闘スタイルはプレイヤーの選択肢によって変化する
他にもNPCごとに固有スキルが存在したり、特別なクエストが発生することもあるが、文也が思い出したのは3番目のことだ。
シチュエーションは全く異なるが、チュートリアル終了後、アイナからプレイヤーに武器を選ばせるイベントが発生した。
その時には深く考えず「短杖」を選んだのだが、ラヴ曰く「ちょっともったいない」とのことだった。
アイナは最初に加入するNPCであり、レベルが高めに設定されている。
「短杖」を渡すと戦闘スタイルが「魔法使い」になり、完全な後衛職になるのだが、NPCの魔法は「あてにならない」というのがラヴの談である。
それよりも、「両手剣」や「両手斧」といった、一撃のダメージが大きい物理攻撃タイプの方が計算がしやすい。
NPCのマジックユーザーはMP切れが多発するが、物理アタッカーはST切れさえしなければ、継続したダメージソースになる。
これは文也も頷けるところが多く、RPGの某メジャータイトルの4作目がそうだった。
主人公以外がプログラムで動くため、魔法使いよりも単純な脳筋の方が使いやすかった。それと同じ理屈だと思えば、おかしくはない。
「ふ、ふーん?そうね、なかなか目の付け所がいいんじゃない?」
アイラはエースの返答に満足したらしく、上機嫌だ。
(アイラの本当の名前がアイナなのかどうかは、わかんないけどね)
文也の知る限りでは、オープニングでは既に逃走中だったため、エースとアイナの出会い自体は「ゲームの中」での出来事ではない。
だが、二頭身キャラのアイナの特徴からすると、アイラとアイナは同一人物というのがしっくり来る。
こういう思考がエースに混じると、夢とはいえ複雑な気持ちになるわけだが……。
(うーん、夢だからロールプレイしようと思ってるんだけど、現実的な思考が入っちゃダメだな)
そもそもこれは本当に夢なのだろうかという疑問はある。
夢が夢だと分かる時が全く無いとは思わないが、ゲームキャラの中に自分の記憶が入り込むのは、無粋ではないだろうかと文也は思う。
打算的に行動しようとしている自分に、内心苦笑しながら席を立った。
「それじゃあ、武器屋に行って実物を見てみようか」
そう言い終える前に、始まりは突然やって来る。
「大変だ!モンスターの大群が来たぞ!」
その叫びを聞き、エースは迷わずアイラの手を取り、街の入り口へと走り出した。