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判定

 なぜこんな事に?

 いいえ、分かってたはず。

 続ければいずれ通る道だった。



 *********************



 本日は学び舎にて勉学の終了をお祝いする式典が行われる。二学年しかない学び舎で上級生がこの場を卒業していくのだ。

 その祝典も終わりを告げる頃、一人男性が舞台の上に登場した。後ろに女性を伴って。

 彼は壇上に立つと、優美な笑みを魅せる様に浮かべた。



「この度は私も含めだが、卒業おめでとう。みなと一緒に学業に運動に勤しんだ時間を、私は忘れない」



 卒業していく上級生の中に、王族がいる。そしてその王族は直系の王子だ。

 そう、彼だ。白く輝く金髪が優美に肩まで流れて、発言の度に軽やかに揺れた。入学当時は短かったというのだから、時間の流れを感じる職員もいるだろう。



「祝いの式典の最中、この場を借りてみなへ発表がある。オリーヴィア、前へ」

「……はい」



 名を呼ばれて後ろに控えていた女性が、一歩前で歩み出た。だが、王子と並んではいない。半歩後ろに目立たぬよう立っている。彼女の髪は淡い薔薇色で、瞳は深い緑。静かな笑みを浮かべた落ち着いた女性だ。



「二年前に私との婚約を希望した、男爵令嬢オリーヴィア・フォン・グリフィード、だ」



 朗々とした口調。講堂に集まった生徒及び職員、その他諸々の関係者の耳へよく聞こえたに違いない。きっと聞き間違える人もいないだろう。



「みなも知っているように、私には入学前から暫定的な婚約者である侯爵令嬢がいる」



 微かなざわめきが講堂内に満ちるが、王子の声を遮るような大きさではない。王子の隣に立つ、男爵令嬢の彼女を見つめて続きを待っている。



「侯爵令嬢、アレクサンドラ・ザスキア・フォン・ブルクミュラー」



 内心、オリーヴィアは表情に出ない感情を、声なき声で叫び続けた。だが、王子は気にすることなく舞台袖で控えていた女性を呼ぶ。

 婚約していた侯爵令嬢を。



「アレク、ここへ」



 愛称で呼ばれ、優雅に侯爵令嬢が登場する。濃紺の髪は綺麗に束ねられ、涼やかな瞳は真紅の赤い薔薇色。侯爵令嬢の凛々しく毅然な態度に、講堂内で多くのため息の声が漏れる。

 二人の婚約者候補が揃った所で、王子が再び口を開く。



「私は、ここを卒業と共に選択しなければならない。婚約の相手を」


 王子の言葉に、講堂が水を打ったようになり、続きの言葉を待つ。


「二人を私なりに見つめ、考えた答えを報告しようと思う」


 静かな男爵令嬢とにこやかな侯爵令嬢の表情は変わらない。王子は彼女たちよりも前に立ち、目を細めて口の派を上げる。


「この場を以って彼女、アレクサンドラとの暫定婚約を破棄し、新たにオリーヴィアとする」



 そう王子が言い放った瞬間、講堂の中で大勢の声が沸きあがった。




「はい?」

 


 オリーヴィアの疑問の声はあまりに小さく、大勢の声で消される。

 この場で確かめる事が怖くて出来ない彼女は、静かに目を閉じて先程の王子の言葉を思い出そうと頑張るがなかなか思い出せないでいた。

 そうしているうちに、侯爵令嬢が軽く手を上げて大勢の声を黙らせる。

 静かになった所で、オリーヴィアに聞かせるように良く通る声でおめでとうと話し出す。



「おめでとう、そうお伝えするわ」



 オリーヴィアは固まっていた。

 王子の発言もだが婚約者の立場を取られた侯爵令嬢が、笑顔のまま壇上で祝福の言葉をつむいでいる事に驚きを隠せないでいる。

 表情に出ていないので誰も動揺に気が付かないが。



「オリーヴィア様。これから私は、貴方の臣下として支え、参謀として支え、護衛として共に生きていく所存です」



 男爵令嬢は軽く伏せていた顔を上げ、閉じかけの目を開き、侯爵令嬢を真っ直ぐに見つめる。

 なぜもこう嬉々として口上を述べているのか、彼女が理解出来ないでいると優雅に微笑まれた。心の底から祝福するように。

 だからオリーヴィアは訊ねずにはいられなかった。



「アレクサンドラ様……」

「なんでしょう? オリーヴィア様」

「貴方は、貴方はそれで構いませんの?」

「ええ。とても幸せです」

「いいえ、私は、わたくしは、貴方以上の女性を存じません」

「オリーヴィア様?」

「私よりも王子に相応しく、国に必要とされているのは、貴方です。アレクサンドラ様」


 

 侯爵令嬢の目が細くなり、薄い笑みをオリーヴィアへ向けた。恐怖ではない、奇妙な感覚がオリーヴィアの思考を狂わせる。

 けれど、気持ちが優先して心の底からの本音を伝えた。



「私は貴方を差し置いて、王子の婚約者の座を拝命する事は出来かねます」

「ほ、ほほ、ほほほほ。オリーヴィア様……」



 一歩、侯爵令嬢は彼女へ近づく。

 ほんの少しの寒気が、オリーヴィアに襲い掛かるが微動だにせずに耐えた。



「私は、貴方を、見ていましたのよ?」

「アレクサンドラ様……」



 真紅の瞳に射抜かれるも、オリーヴィアは首を軽く左右に振り、否定を続ける。侯爵令嬢は優しげに苦笑すると、視線を外して舞台袖へ投げた。

 そこに現れたのは、今までオリーヴィアに何かをしてきた令嬢たち。彼女達が彼女の前へ並び立つ。



「報告を」



 侯爵令嬢が軽く目を瞑り発言を促すと、端の令嬢から軽く目礼をしてオリーヴィアを見つめた。



「オリーヴィア様は飛沫を受けても騒がず、落ち着いておりました。それは忍耐力の強さを示しています」

「オリーヴィア様は誹謗中傷を受けても顔色を変えずに受け流しておりました。それは動揺せず平常心を保てるお方と判断します」

「オリーヴィア様は努力を自慢せず、間違いを見直し、英知を誇らない謙虚な姿勢で後輩を侮らず、常に相手への尊敬を忘れないお方です」

「オリーヴィア様はアレクサンドラ様の言葉を嫌悪せず、悪意を持たず、復讐の機会を設けるも何もしない稀有な精神の持ち主と判断します」



 令嬢達の言葉に、オリーヴィアは目を瞠り、驚かされる。



「オリーヴィア様。貴方は、いつでも、どこでも、みなに見られていたのです」

「アレクサンドラ様」

「私という第一関門は突破いたしました。次は王宮にて第二、第三の関門がございます。オリーヴィア様」

「……」



 侯爵令嬢の言葉に、オリーヴィアは軽い眩暈がして倒れたくなった。



「大丈夫です。今度は私達が貴方を支えます」



 令嬢達が侯爵令嬢の後ろに集まり、一同に礼をオリーヴィアへ向ける。その瞬間、講堂内のみんなが拍手で王子と王子の婚約者へ祝福の拍手を送った。



「男爵令嬢のオリーヴィア様の努力に!」

「華麗なる下剋上に!」

「未来の国母に!」


 白金の王子がオリーヴィアの手を取り、壇上から笑みを投げる。オリーヴィアも空気を読み、控えめに目を伏せ、小さく微笑んだ。

 彼女の頭の中には、侯爵令嬢の言葉が何度も反芻していた。


『第二、第三の関門って何?』


 大勢に祝福されながら、終わりのない道に呆然とせずにいられない。なぜなら、彼女の戦いはまだまだ続くのだから。



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