男爵令嬢 オリーヴィア 2
嘲る様な高笑いが響き渡る。
「オリーヴィア? まだまだですのね。あなたの首の上は何が乗っているのかしら?」
「アレクサンドラ様……」
王子へ愛を捧げた瞬間、オリーヴィアの生活は坂を転がり落ちるように変わっていった。
そう、彼女が薔薇を捧げた相手は王族。そして王位継承者第一位の『王子』。よりにもよって『王子』。多くいる生徒の中で、まさかの『王子』。どうして『王子』なのだか、彼女は天を仰ぎ見るしか現実逃避できなかった。
平和になるはずだった学生生活。それを思い描いていた時期が懐かしく、オリーヴィアを郷愁へと導く。玉の輿までとは行かなくとも、実家よりは上の子息との縁を夢見ていた日を。
彼女は間違えて愛を捧げてしまった『ツケ』を支払っている。
とても大きな『ツケ』だ。
王子へ相手が違ったと伝えられないし、私の捧げたい相手では無かったと説明できない。なぜなら『本気でもないのに王子へ白薔薇を捧げた娘』という二つ名が彼女に与えられて、ふざけて王族へ婚約したいと願い出た形になってしまうのだ。
その場で急ぎ謝罪し記念でしたと申し出ても、ひっそり隠れてではなく人前での宣言。目立って辞退など、不敬極まりない。学び舎及びその関係者に知れ渡っているだけに、もう学び舎で彼女の婚活の道は完全に閉ざされている。
王子へ失礼な申し出をした女性を、誰が嫁に欲しいと思うか? いや、誰もいない。
最悪の場合、王子に悪覚えされている可能性も捨てきれないだけに、実家の行く末すら暗く閉ざされるだろう。
あの場で謝罪する事も逃げる事も出来ない。
全て終わったと、彼女は自身に告げざるを得ない状況だった。
しかも、それだけではない。
『王子』へ婚約の申し出をしたのだ、つまりは暫定の婚約者である侯爵令嬢との戦いを望むと宣戦布告も申し出た事になる。
王子の婚約者は侯爵令嬢、アレクサンドラ・ザスキア・フォン・ブルクミュラー。身分だけではなく、美貌智謀共に優れた令嬢。
能力を低く見せ、侯爵令嬢には敵わないと辞退したい。だがそれだと不相応の能力で申し込んだ判断能力のない娘と嘲られる。引いては、家の方にもまた影響が……。
結果、彼女は頑張るしかない。
普段以上の努力と気力と体力を鍛え上げ、侯爵令嬢と戦う価値ありと見られなければならないのだ。
「ほほほほほ。マナーも甘い……もしかして、憶えていない?」
「申し訳、ありません」
毎日侯爵令嬢に能力の低さを嘆かれ、周りの令嬢達の冷笑を浴びつつも静かに言葉を受け止めて軽く会釈する。
侯爵令嬢が彼女に背を向けた時、足元やスカートに何かしら投げ付けられてその飛沫が付く。それは水だったり何かのお茶だったり……。毎回靴や靴下、スカートの裾が汚れるが彼女は黙って耐えた。
一度だけ、汚されて声が口元から出てしまい侯爵令嬢を振り向かせてしまったが、彼女は一瞥してため息を溢された。
汚した令嬢たちは悪びれる事もなく、小声で囁きあう。もちろん、彼女に聞こえるように。
『汚すなど』
『やはりマナーが』
『このままでは』
誰も助けてくれない。なので彼女は口答えせず嵐が去るのを待つ。制服は毎日洗濯に回すので、汚れが残る事は無い。
オリーヴィアは耐えなければならない。
一縷の望みがある限り……。
騒がず、落ち着いて、静かに学校生活を終えなければならない。
その望みとは、王子の婚約者候補として対等とは行かなくとも侯爵令嬢に迫る勢いがあったと、健闘したと思われる事。将来王妃ともなれる侯爵令嬢と張り合った事がより自身を彩る褒め言葉となり、より上位の貴族との婚姻の可能性が高まる。
その日の事だけを考え、耐えてきた。
全ては家の為に、そして自分の為に。
「たかだか確認のテストですのに、分かっていませんの?」
「他国の知識がこの程度でしかないの?」
「姿勢を崩すなど、それが貴方の限界ですの?」
「法律? 私は数ヶ月で理解しましてよ?」
「あら、薬学をご存知でないだなんて……知識が足りないのではなくて?」
「まさかこの程度で王子の隣に立つつもりですの?」
侯爵令嬢と取り巻きは毎日飽きることなく彼女を囲む。
けれど誰も気づかない、知らない、見ないで彼女を助けるものはいなかった。