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なべの底と孤独について

   なべの底と孤独について

               aoto


 小学生の息子はアニメを見ている。


「世界を救うんだ」


 テレビの画面の中でわずか10代の子供がそのような台詞をはいている。似たようなシーンと台詞を幾度も見た気がする。

 私が帰宅すると、息子はアニメを見ているか、ゲームをしているかのどちらかだったが、いずれにおいてもキャラクターたちは地球に迫り来る危機に対して闘っているようだった。

 もし仮に、そのようなフィクションの諸々がすべて現実であるならば、世界は何度恐ろしい危機に見舞われたというのだろう。そして、一体何度子供たちがその危機から世界を救ってきたというのだろうか。人知れず、何度も、何度も。まるで影のように。


 あるいはこれを、世界的危機が訪れるというこの状態を、子供たちが世間に対して抱いている認識だとすれば私は悲しい。それほどほめられた世界ではないけれど、ものごとが悲観から始まるようにつくられたわけではないはずだ。決して。   





 私はドアノブをまわして私の部屋に入った。 


 足の高い机に、その机に合う高さの椅子。クローゼットとキャビネットとパキラの鉢植え。

 三丁のモデルガンが留め金をもって、キャビネットの上の壁に並んで貼り付けられている。雑誌一つないこの部屋の住人の、唯一趣味だと推測できる物品だ。


 拳銃の趣味。その言葉を私に当てはめることは、あながちまっさらな嘘にはならない。私は、世界中のありとあらゆる拳銃の名前と容姿、使用方法から細かい特性に至るまでを空で語り続けることができる。この特技は誰にも見せることのない私の密やかな自慢の一つだと呼べるだろう。おそらく。





 パキラの鉢植えの中には本物の拳銃も仕込まれている。鉢植えの底を少しいじくると、顔を出す仕掛けになっている。拳銃は手元に忍び込ませやすい小型タイプのもので、パワーは小さいながら、使い勝手のいい代物だ。


 危険なものには極力近づかないほうがいい。その蓋然性を知りながらも、私は壁に飾られているモデルガンでは飽き足らず、鉢植えの中の本物の拳銃を手にしないではいられない。中毒といって差し支えのないほどの頻度で衝動はやってくる。


 銃弾が装着されていることと、安全装置がかかっていることを確認してから、拳銃を手のひらの底にうずめ、その重さを確かめる。

 心配することはない、いつもの重さだ。

 私は一日の安心をこのようにして得ている。パキラの下にそれがあること。重さが日々変わらず一定であること。それを手にした瞬間から、私は最後の最後までそれについて責任を負わなければいけない。一つの命題として。





 部屋を出た廊下で妻が待っていた。

「今度はいつなの?」

 私は表情を読み取られないよう、意識的に顔に仮面をかぶせた。

「私はあなたがなにか怪しいことをしているのだと気づいていました。けれどそれをあなたに伝えていいものか分からなかった」

 小奇麗なしわのある手の甲を震わせて。深い色の目の玉を小さく丸めて。今まで言わずに済ませておいたものを「それ」と呼んで、ようやく口にしたのだ。

 私は胸が痛くなった。

「なぜならそれほどまでにあなたは徹底していたから。徹底して例のそれを隠していたから。だから何年だって黙っていた。そして最近、そこに昔あったはずの気迫のようなものはなくなった。ねえ、一緒に生活をしているとよくわかるのよ。今しかないと思ったの」

 言ってしまった後で妻は大きく深呼吸をした。目には淡い涙が見えた。

「何があったのか、本当は包み隠さず話して欲しいけれど、きっとあなたはそれができない。私も求めることはしない。でも、私たちは今日からやり直せるはずよね」

 私は首を振った。

「今までできなかったことをたった今から出来るようになるものだろうか」

「できなければ、あなたは一体何のためにそれを行っていたというの?」

 妻は詰め寄った。彼女の積極的な姿をみるのは久しぶりのことだった。

「確かに、私は君がいうそれにかたをつけることができた。しかし、それが本当に終ったのか、終っていないのか、あるいは終ったものだとみなして許されるべきものなのか。すまないが、考えるほどに、どこからが始まりで、どこまでが終わりなのか、すっかり分からなくなってしまったのだ」

「いいえ、きっとあなたの中には何もないのよ。だからなのよ」

 妻は憮然と立ち去った。私には何もない。妻の言う通りなのだろう。おそらく。


 0:56 2010/03/25

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