夕食にて
夕食にて
貴乃は武としばらく、MURASAMEの事をあれこれ話したした後、別れて近くのショッピングモールへやってきた。
ここに来たのは、必要なものを見に来たのだ。とは言っても、洋服や日用雑貨等ではない。
捕食種についての文献を調べるためだ。
このショッピングモールには、図書館と、軍の情報書庫館が隣接している。
この情報書庫館は一般の人は入れないが、対捕食者専門高等学校の身分証明カードがあれば24時間閲覧可能なのだ。
もう夜の7時を回っていた。まだ時間はある、とりあえず腹ごしらえをしてから情報書庫館へ向かおうと考えた貴乃は、ショッピングモールに入っていった。
レストラン街にはありとあらゆる食が取り揃えてある。中華、フレンチ、イタリアン、その他、前対戦で生き残った同盟国の様々な国民料理も取り揃っているのだ。
戦後30年、ここまで復帰出来たのは、核爆弾の被害がなかった日本と、その技術力、そしてデザインズチャイルド政策によるところが大きい。
30年でほぼ戦前の状態まで復興した国は世界を見渡してもおそらく日本だけであろう。嘗ての超大国は捕食種に占領され、細々と生き残った人類が、隠れながら生活をしているのである。
日本は、その捕食種を殲滅し、大陸を、いや世界をこの危機から救わなくてはならない。
安穏と暮らしているわけにはいかないのだ。
貴乃は店内をぐるりと見渡すと、一番空いていそうな店を選んだ。
夕食時とあって、どの店も混んでいる、ここで時間を取ってるわけにはいかなかったのだ。
目に飛び込んできたラーメン大河屋の看板に引かれるように店内に入っていった。
それほど混んではいないが、それなりに客は居た。店内に入ると、順番待ちのため、設置してある機械に名前と人数を入力して、ソファーに腰掛けて順番を待った。
しばらくして、順番が回ってきた。
水ノ森様と名前を呼ばれ、案内された席につくと、タブレット型のメニューを取り、食べたいと思う食事を選んでタッチする。どれもドール向けに作られたメニューばかりで、量がものすごく少ない。ナチュラルな自分にはとても足りる量ではなかった。
寄宿舎に戻れば、貴乃専用の食事が用意されていて、それなりの量のある食事が食べられるのだが、外食に行くといつもこうだ、ちょっと小腹を満たすためだけでも大盛り2人前を頼まなくてはならない。
ガッツリ食べたければ、大盛り15〜6人前は当たり前なのだ。
メニューをスワイプして一通り確認すると、ラーメンライスと、チャーハンの大盛りを頼んだ。
店員が水の入ったコップを持ってくる。
「ご注文ありがとうございました」 とにこやかに微笑んで、コップを置いて立ち去った。
しばらくして、注文したものが運ばれてきた。ラーメンライスと、チャーハンだ。
貴乃はコップの水を少し口につけると、割り箸を割って、ラーメンを啜った。
そのときである、店員が近寄ってきて、「お客様お一人ですか?」と話しかけてきた。
何かと思ったが、まぁ一人できているので「はい」と返事をする。
「大変申し訳無いのですが、店内が混み始めまして、もしよろし買ったら相席をお願いしてもよろしいでしょうか?」
「相席?」
「はい、手違いでお客様をお呼びしてしまいまして、おひとり様ですから、相席でも良ければとお尋ねした所、構わないと申しますので」とその女性店員は丁寧な口調でそういった。
「はぁ、別に構いませんが」
「大変助かります。ではよろしくおねがいします、あ、こちらはサービスになります」
そういって、ソフトドリンクを置いて立ち去った。
しばらくして、「こちらになります」と店員が連れてきたのは一人の女性だった。
腰まである髪に、ほのかに漂う香水の匂い、女性らしさを感じるスラットとした服に身を包んだ女性がそこには居た。こんな素敵な女性と同席なんて、少し恥ずかしいと感じる自分にますます恥ずかしくなった。
その女性は前の席に深く腰を掛けると、右の髪をサラリとかき上げた。
その時覗いた顔を見た貴乃は、三度驚いた。
「野崎?」
「え・・・」
「野崎仄か?」
「えーと・・・・あぁ 水ノ森君?」
「や・・やぁ なんか見違えたというか、誰だかわからなかったよ」
「あぁ、私服だからかな?水ノ森君も夕食?随分食べるのね」
そう言って、目の前に並んだ食事の数々を珍しそうに眺め、そして微笑した。
「あ、俺ナチュラルだから、ここの料理では量が少なくて」
「ナチュラルなんだ。私ね、ナチュラルっていいなぁって思うの、だって、好きなものを好きなだけ食べられるでしょ?私なんて、少し食べたらもうお腹いっぱい。」
「俺はー、俺は、ドールが羨ましいと思うよ。だって、みんな成績優秀だし、容姿は整ってるし」
「でも、私のこと少しウザイ子っておもってるでしょ? 委員長だし」
そういうと、また小悪魔っぽく微笑した。
「そんなこと思ってないよ」
女子と話すのは特別苦手ではないが、今日の野崎さんは少し勝手が違った。
何が違うのか?しばらく考えてみて納得したのは、いつもの学校の制服ではなく、私服であること、しかも同学年の女子というより、何か今日は女性らしさを感じさせる。
そして、一番印象に残ったのは野崎さんが普段掛けているメガネを掛けていない事であった。
仄は、メニューから、目的の物を選ぶと、それをタッチしてメニューを戻した。
「でもなんでラーメン屋? 野崎さんなら、フレンチとかイタリアンとかいけばいいのに」
「なんででしょ?」仄は、机に肘を付き、立てた腕に顔をチョコンと載せ、上目使いに微笑んだ。
「他の店が混んでたから?」
「ぶっぶー はずれー! 私ね、恥ずかしいんだけどここの大河ラーメンのファンなの」
「たいがらーめん?」
「塩味で、さっぱりして美味しいの、ね水ノ森君も一度食べてみてよ 絶対美味しいから」
そうこうしているうちに、仄の注文した大河ラーメンがやってきた。
「おまたせしました、ごゆっくりどうぞ」 店員は、水とラーメンを置いて戻っていった。
「あ、きたきた。いただきまーす」
貴乃は目を輝かせてラーメンの丼をみる野崎仄に女性と、女の子の両方の愛らしさを見たような気がして、少し心がトキめいた。もう何年もそんな気持ちになったことはなかった。女友達はいるが、それはやっぱり友達で、ドールであって、どんなに可愛くても、綺麗でもそれ以上の感情を持ったことはなかった。なんとも複雑な気持ちになった貴乃は、自分の前に置かれているラーメンとチャーハンを頬張った。
「美味しそうに食べるのね」
仄が、クスリと笑いながら自分の箸を止め、貴乃を見ている。余計に恥ずかしくなって、さらにチャーハンを頬張った。大盛りを頼んではいるものの、大きなスプーンで山盛り3杯も掬えば、もう無くなってしまう量だ。
貴乃は口の中に残ったチャーハンをゴクリと飲み込むと、こんどは、ラーメンに手を付けた。
ラーメンとライスを交互に食べるが、それでもあっという間に丼からラーメンが消えた。
箸で3掬いほどすれば、麺は無くなるし、スープだってゴクリゴクリとすぐに無くなってしまう。
仄はすでに大河ラーメンを食べ終わっていたが、席を離れることなく、貴乃の食べる姿をじっと見つめていた。
貴乃が食べ終わったのを確認した後、仄は、「ごちそうさまでした」といって手を合わせると頭をちょこんと下げた。その姿がなんとも可愛らしく、貴乃はほんの僅かな時間だが、そんな彼女の姿を凝視した。そして、自分の顔が赤くなってないか確認するように、両手で顔を軽く叩くように覆ったのである。
「これからどこか出かけるの?」と、仄が貴乃に聞いてきた。
「情報書庫館にいこうかなぁって」
「そうなんだ、じゃぁ いきましょ」
そう言って席をたった。
いきましょう?その言葉が貴乃の頭の中で反復した。どういう意味だろう、二人で行くって事?いやいや、野崎さんとは、同じクラスだが、それほど親しいということもない、話した回数だって数えるほどだ、一体どういう意味なんだろう。
「ねぇ、いくんでしょ?」
「う、うん」
仄に急かされるように席を立った貴乃だが、大人びた姿をしているとても素敵な女性が、自分を誘ってくれているようで、なんとなく流れに任せるまま、会計へと向かった。
ハンドバッグから財布を取り出す仄の姿を見ていたら、なんとなく反射的に「あ、俺が一緒にだすから」と言ってしまった。
まるでデートではないか。言ってから少し後悔したが、もう遅い、レジの店員にカードを差し出すと、二人分の会計を終えて外へ出た。
「ごちそうさまでした。・・・・ねぇ、これってさ、まるでデートみたいだね」とうれしそうに、ハンドバックを膝で軽くポンポンと弾きながら貴乃の横を歩く仄。
「このままデート、しょっか?」 と仄が、意味深にそう言った。
デート・・・デートって・・・なんとなく頭が白くなり始めるのを貴乃は感じた。いままで女性を・・いや女子をそんなふうに異性として見た経験があまりに少なかった貴乃にとって、その言葉はあまりに衝撃の一言だった。というか、デートって男が女子に云う言葉ではないのか?そんな疑問も浮かんだ。それよりもなによりも、まずお互い付き合い始めて、そしてデートをするのではないだろうか?
「私じゃ・・・だめ、かな?」
「そんなことは・・」
「じゃぁ OK?」
「けど・・俺これから情報書庫館にいくだけなんだけど・・・」
「私も行く!」
少し先行して歩いていた仄が振り返って、にこやかな笑顔でそういった。
そして、二人は情報書庫館へ行くことになった。
情報書庫館へは歩いて5分程だったが、その間二人はなんの会話もなかった。
というより、貴乃は会話を見つけることが出来なかった。
それでも仄の横顔は何故か嬉しそうに見えたのであった。
情報書庫館に入り口に着くと、警備のおじさんに、身分証明カードを見せ、それを機械に差し込んで確認されたら、中へ入ることが出来る。貴乃と、仄は、それぞれカードを機械に差し込むと、情報書庫館のなかへ入っていった。
天井にズラリと埋め込まれた有機ELのライトの柔な光が廊下を照らしている。廊下に他の人の姿は無かった。
完全空調の効いた廊下を進むと、沢山の本棚が見えてきた。貸出カウンターが手前に有り、検索端末、アルファベットや漢字、平仮名で区分けされた本が整然と並んでいる。
「ねぇ、今日は何を見に来たの?」
今まで黙って付いて来た仄が、突然口を開いた。あまりにも静かな館内だったので、その声は思ったよりも響いて、貴乃の耳に届いた。誰も居ない静まり返った館内、別に悪いことをしているわけでは無いのに思わず唇に右人差し指を当てて、「シー」とやりたくなってしまった。
「捕食種について調べに来たんだよ」
「へー」
仄は、そういって後ろ手に両手を組むとクルリと館内を見渡した。
「ほら、近々捕食種殲滅作戦があるって噂がひろまっているだろ。それに備えて最新の捕食種のデータを見ておこうと思って」
「でも、捕食種ってまだよく分かっていないんだよ、まぁ・・・大まかな特徴とか、攻撃方法とか?そういう事は分かっても、詳しい弱点とか、繁殖方法とか、個体数の正確な数とかはまだね。なにしろ作っていた研究所が核爆弾で どかーん だからね」
「でも見ておきたんだ。ここ10年ぐらいは、高高度偵察用飛行船で、大陸を観察している膨大な蓄積データがあるはずだし、教科書には載っていない、最新の捕食種のデータも大分溜まってきてると思うんだ。」
「勉強家なんだね、貴乃君って」
貴乃君 多分、おそらく、きっと・・はじめて野崎さんに下の名前で呼ばれた。改めて考えてみると、下の名前で呼ばれたほうが、親しみがある。貴乃は野崎さんに貴乃君と呼ばれたことにより、今までよりも、より親近感を覚えた。
「あ、貴乃君って呼んでもいいかな? いいよね、デートなんだし」
デートだったね・・といいかけて、貴乃は言葉を飲み込んだ。なんだか、野崎さんの気持ちに水をさすようで、すこし気が引けたからである。
「あ、うん いいよ」
「よかった」
仄は嬉しそうに微笑んだ。
「あ、それから 私のことも下の名前で呼んでくれたら嬉しいな 仄って」
「ほ・・・仄・・・」
「はい」といって、仄はにっこりと微笑んだ。