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死とぬるま湯の俺

作者: かまたかま



 暖かい毛布の中、俺はゆっくりと目を閉じる。


 感情はいつだって曖昧なままでその境界は見えない。怒りと悲しみが同居する時もあれば、笑顔と涙がひとつになる事だってある。


 昨日、親戚の人が死んだ。

 電話口で聞いたその事実に俺は驚いた。間抜けな声を出し、恐らく目を見開いて。


 そう、俺は驚いたのだ。嘆いて涙を流す訳でも無く、呑気に飯を食っていた自分を恥じるでもなく。


 俺は寝返りを打つ。


 その人は俺より少し年上の男性で、子供の頃は良く遊びに連れて行って貰った。今思えば良く分からないが、何故か毎回ボーリングに連れて行ってくれ、とせがんだ気がする。まだ子供で力の弱かった俺は七ポンドの球を投げ、彼は十二ポンドの球を投げていた。さっき思い出した。


 俺は寝返りを打つ。


 その話を聞いてもう半日。未だに涙も、悲しみも感じない。ただ、少しの体のだるさがある。眠気は来ない。


 死とは何だろう。この世から消える事。命を枯らす事。絶望する事。

 たかだか半日考えた程度で分かれば苦労は無い。きっと人類も平和になるだろう。いつもと変わらない天井。


 ぼんやりと頭に浮かぶ。故郷の草の生えた裏道。空はいつだって白い雲と晴れた青空。そこを歩く子供は自分だろうか。いや、違う。多分知らない人間だ。


 毛布を手繰り寄せる。どうにもやる気が出ない。動く力というか、カロリーとは別のエネルギーが足りない。何か一つ後押しがあれば動ける。でもまだ動けない。

 ゴミ箱にはゴミが入っている。当然だ。そろそろ捨てないと。ゴミ箱からゴミ袋へ、ゴミ袋から回収車へ。ゴミは流れるように捨てるべきだ。


 そう、全ては流れるようにあるべきだ。血の流れは心臓からポンプで押し出すし、命は土へ還る。水垢のついた浴槽の水は渦になって消えていく。

 そういえばブラウン管のテレビも捨てなくては。使えなくなった訳ではないが、もうリビングには液晶の薄型テレビがある。

 全ては流れるように。


 俺は寝返りを打つ。


 死んだあの人は去年結婚した。結婚式に出席したが、酒で赤くなった顔は幸せそうな笑顔だった。洋式の結婚式場。柄にもなく歌を歌った俺に「ありがとう」とはにかみながら言っていた。俺の親、あの人の親。友達。沢山の人が居て、それぞれが笑顔だった。


 あの人は、自殺した。


 自分を殺す。そこに何が見えたのか。もしくは何もなかったから死んだのか。どうやって死んだのかは訊いていない。ただ、自殺、とだけ訊いた。

 やっぱり死は冷たいのだろうか。そこに意味のあるものなのだろうか。


 きっと今この瞬間に、冷たいメスで検死されているだろうあの人。ぬるま湯のような布団にくるまる俺。どちらが天国でどちらが地獄か。

 あるいは。


 考えても仕方がない事だが、考えてしまう。悲しみと命。


 さっき会った友人に「親戚が死んだ」と言った時、俺の表情は悲しみ一つ無かったと思う。むしろ冗談すら言っていた。笑い声と笑い声。死んだ彼。


 寝て起きたら仕事だ。三日後の葬儀の為に休みを取らなくては。他の人には迷惑を掛ける事になった。


 俺は、寝返りを打つ。


 生きて、死んで、笑って、泣いて。そういえば電話口の母は随分落ち込んでいた。もう若くは無いから、帰ったら美味しい物でも食べさせよう。


 あの人は死んだ。仲が良かったはず。悲しみは無いはず。ただ、ゆるゆるとした雲のような胸の内。


 葬儀は好きじゃない。


 俺はぬるま湯のような布団の中で、寝返りを打つ。

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