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辺境ごはん屋とわずがたり ~静止スキルで至高の味を永遠に~  作者: kiyoaki


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第50話 腐臭の侵入者と仕組まれた簒奪、宿場町領主への道【後編】

 数日後。爽やかな秋晴れの風が、魔の森の木々を黄金色に染め上げた日。

「とわずがたり」の扉を叩いたのは、白銀の甲冑を陽光に煌めかせたレオンハルト騎士団長だった。

 非番の折にはこうして辺境まで足を伸ばし、私の料理を楽しみに来てくれる彼であるが、その端正な横顔には憂いの色が浮かんでいた。


「いらっしゃいませ、レオンハルトさま。今日はどのようなものをご所望かしら」

 私がもてなしの熱いお茶を淹れながら尋ねると、彼はカップを受け取り、深くため息をついた。

「いや、今日は食事に来たのではない。少しばかりきな臭い噂を耳にしてね。最近この辺りで、不審な輩を見かけなかっただろうか?」

 その言葉に、私は先日の陰気な男の顔を思い出し、身を硬くした。私は、男が腐敗魔法を用いて言いがかりをつけ、店と土地の権利を奪おうとした顛末をありのままに語った。


 話を聞き終えたレオンハルトは、眉間に皺を刻み、テーブルを静かに叩いた。

「やはり、ここにも魔の手が伸びていたか。……最近、悪徳な不動産業者やごろつきどもがこの辺一帯の土地を買い漁っているようでね。君を襲ったのも、間違いなくその手合いだろう」

「でも、どうしてかしら? ここは祖父が気まぐれに買い取っただけの、何もない土地ですわ。魔の森の端に位置する危険地帯ですし。町はとうの昔に放棄されて、廃墟が広がっているだけ。価値などありません」


 首を傾げると、レオンハルトは青い瞳を真っ直ぐに私へと向けた。

「我々もそう思っていた。だが、事態が変わったらしい。『地形師』と呼ばれる土壌鑑定を専門とする土魔法の使い手たちが、最近この魔の森の周辺を精査したようでね。国の調査ではなく、あくまでも民間のものだが。その結果、どうも希少な魔力鉱石や未知の資源が眠っている可能性が高いという報告が上がった……らしい」

「未知の資源……?」

「ああ。その噂を聞きつけた商人や貴族たちが、投機の対象としてこの辺りの土地に目をつけたというわけだ。今のうちに二束三文で土地を買い取っておけば、将来莫大な利益を生むかもしれない。貴殿が所有している土地は、おかしな奴らから標的にされているのだよ」


 私は目眩を覚えた。なんてことだ……。私はただ静かに、「とわずがたり」で料理を作って暮らしたいだけなのに。実家から追放されてのこととはいえ、貴族社会と決別し、単身で辺境へやってきたというのに。世間の欲望は、私のささやかな聖域を土足で踏みにじろうとしている。

「これからも、あの手この手で君を脅し、土地を奪おうとする輩がやってくるだろう。最悪の場合、命の危険さえある」

 レオンハルトの声は、冷徹な事実を告げる。


「どうすれば……私はどうすれば、この店を守れますの?」

 震える声で尋ねると、彼は一つ頷き、力強い声で言った。

「方法は一つ。貴殿が父君から財産分与でこの土地を受け継いだのなら、王都へ赴いて正式にこの地の『領主』として登記を行うのだ。今はただの私有地に過ぎないから、奴らもつけ入る隙がある。しかし、正式な領地として国に認められれば国の法の下で保護され、みだりに手出しすることはできなくなる」

「領主……私が、領主になりますの?」

 かつては伯爵令嬢であったとはいえ、今は一介の料理人である。私が領地を持って治めるなんて、夢にも思わなかった。領地といっても町とその周辺……猫の額ほどとまでは言わないが、狭い区域なのに。


「でも、レオンハルトさま。私は法には詳しくありませんが、領主になるには領民が必要なのではありませんか? この廃墟には、私一人しか住んでおりませんわ」

 私の問いに、彼はわずかに言い淀んだ。

「その通りだ。領主として登記するには、最低でも『領民が三人以上』定住していることが条件となる。ガルド殿とコリン殿がいるが……」

「ガルドとコリンを領民として登録できれば……!」

 私が顔を輝かせた瞬間、レオンハルト団長は辛そうに首を横に振った。

「だめだ。この国の法律では……獣人やエルフなどの亜人は、正式な『領民ヒューマン』としてカウントされない」


 その言葉は、冷や水のように私に現実を突きつけた。この国に根強く残る、人間至上主義の差別的な法制度。……と糾弾するのは簡単だが、そう単純な話でもない。エルフも獣人も人間とは寿命が違うし、生活様式も違う(らしい)。まず彼ら自身が、人間や人間の社会を忌避して関わろうとはしない。

 国内の特定の地域に住んではいても、人間が作った国家に帰属はしていないし、国も介入を避けている。争いになると面倒だし、彼らには魔法が効かない可能性もある。野心があって武力でどうこうできるなら、とうの昔に攻め込んで制圧している。それが、できていないというのは……そういうことだ。

 亜人が納税などの義務を負わない以上、国民として扱い、法の下の権利を与えるのは難しい。

 人間の世界に混じって暮らすガルドやコリンは、亜人の世界では奇人変人……を通り越してもはや異端の域だろう。コリンだって迫害されて仕方なくこの国(の魔の森近辺)にやってきたわけで、何事もなければ故郷の森で暮らし続けていたはずだ。


「……切ないわ。ガルドもコリンも、あの腐敗魔法の男などよりよほど気高く人間らしい心を持っていますのに」

 私が残念そうに言うと、レオンハルトも頷いた。

「私も同感だが、今は法に従うしかない。……とにかく、あと最低二人の『人間』を見つけて、領内、この町に住んでもらわなければならない。まずは王都へ行き、エリス殿が正当な所有者であることを証明して『仮登録』を済ませるのが先だ。そうすれば、猶予期間が与えられ、当面は悪徳業者を追い払う名目ができる」

 王都。私の生まれ育った地でもある、煌びやかな都。戻ることはないと思っていた場所へ、再び足を踏み入れなければならないのか。


 私は厨房の奥で、無言で剣を磨くガルドの広い背中と、心配そうにこちらを見つめるコリンを見た。彼らにも会話は聞こえているはず。

 この店は、私の居場所だ。仲間と過ごす大切な家なのだ。それを、見知らぬ誰かの欲望によって奪われるなど、絶対に許してはならない。

「……わかりましたわ」

 私は奮起した。背筋をピンと伸ばし、かつての貴族令嬢としての……否、一人の誇り高き料理人としての強い意志を込めてレオンハルトを見据えた。


「王都へ参ります。この近辺を『魔の森の宿場町』として正式に国に登録してみせますわ。私から『とわずがたり』を奪おうとする者たちに対しては、一歩も退くつもりはありません」

 私の決意を聞いたレオンハルトは、ふっと相好を崩し、騎士の敬礼をもって応えた。

「よく言った、エリス殿。君のその誇り高さこそ、真の貴族の証だ。微力ながら私も手助けさせてもらおう」


 窓の外を見ると、分厚い雲の隙間から一筋の光が魔の森へと差し込んでいた。

 私はエプロンを外すと、窓辺に寄ってそれを見つめた。王都での登記に領民集め、町の復興、問題は山積みだが、まずは最初の一歩を踏み出さねばならない。


 魔の森の手前、この名もなき廃墟の町から、私の新たな戦いが静かに始まる。


【第一部・完】


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