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辺境ごはん屋とわずがたり ~静止スキルで至高の味を永遠に~  作者: kiyoaki


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第47話 綿雲のマカロンと高貴な白霧の落とし子【前編】

 森の木々が、初夏の眩い陽光を浴びて青々とした葉を揺らしていた昼下がりのことである。ガルドとコリンは魔の森へ行っていて、店には私一人だった。

「とわずがたり」の前に、重厚な地響きを立てて数台の大型馬車が滑り込んできた。

 黒塗りの車体には、銀糸で緻密に刺繍された豪奢な紋章旗が垂れ下がっている。剣と百合を象ったその意匠は、私の記憶の奥底に眠る忘れ得ぬもの――母方の実家であるヘスティン辺境伯爵家のものだった。


「ヘスティン家の馬車が、どうしてこんな辺境へ……?」

 私が窓辺で息を呑んでいると、扉が静かに開き、洗練された身のこなしの若い男女が店内に入って来た。先頭に立つ青年は、明るい茶色の髪と、深い湖面のような青い瞳を持っていた。

 黒を基調にした軍服に身を包んでいる。彼に寄り添うようにして歩く小柄な女性は、金髪と菫色の瞳を持ち、まるで精巧なビスク・ドールのような儚げな美しさを湛えていた。


「突然の訪問を許してほしい。僕はゼノン。東部のアマン郷を治めるヘスティン家の者だ。こちらは妻のサラベス」

 青年――ゼノンは、優雅な礼をとって名乗った。ゼノン。それは私の叔父、すなわち母の弟であるエリックの息子であり、私にとっては初めて顔を合わせる従兄弟だった。

 親族、血族。私の中に流れるのと同じ、ヘスティン家の血。その事実に、私の胸は甘やかな高揚と微かな郷愁で静かに浮き立った。……郷愁なんて変ね。アマン郷には一度も行ったことがないのに。


「ようこそおいでくださいました。私はエリス。先日、リラさんからのお手紙と共に、素晴らしい食材の数々を頂戴いたしましたこと、心より感謝申し上げます」

 私が貴族令嬢としての完璧なカーテシーで応じると、ゼノンは柔らかな微笑みを浮かべた。

「ああ、新しく来た乳母のことだね。エリス、あなたが送ってくれたタルト・タタンが、あまりにも絶品でね。うちの姫さまが大変喜んだものだから。ぜひとも作り手に会って、都会風の洒落た菓子を食べさせてあげたいと思ったんだ」


 ゼノンはそう言うと、隣のサラベスを気遣うように見つめた。彼は彼女を「姫さま」と呼び、言葉の端々に深い敬愛と慈しみを滲ませていた。椅子を引く手つきも、彼女が座るのを見守る眼差しも、まるで壊れやすい硝子細工を扱うかのように、下にも置かない過保護な扱いだった。サラベスもゼノンの奉仕を当然のように受けている。


「うちは採れる食材こそ豊かで美味しいけれど、ひどい田舎だから……。おしゃれな菓子なんて一つもないんだ。食事どころすらない。本当は姫さまを王都に連れていってあげたいけど、なかなか時間が取れなくてね」

 自嘲気味に笑うゼノン。私は彼らのために、最高のおもてなしをしようと心に誓った。田舎にはない、王都の貴婦人たちが愛してやまない華やかな菓子を作ろう。

 ふと、私の視界の隅に、先日郷紳のキースが置いていった綿菓子製造機が映った。これを使えば、王都の名物である『綿雲のマカロン』を作ることができるかしら……?


「お任せくださいませ。本日はお二人のために、特別な魔法の菓子をご用意いたしますわ」

 私は厨房へ入り、準備に取り掛かった。

 アーモンドプードルと純白のメレンゲを丁寧に混ぜ合わせ、マカロナージュと呼ばれる繊細な作業を行う。生地の艶と硬さを見極め、オーブンで焼き上げる。

 ここでも私の固有魔法【静止ポーズ】が役立つ。表面の薄いピエが立ち上がり、中がしっとりとした最高の焼き加減の瞬間を固定するのだ。


 ところが、問題が起きた。間に挟む冷たいバタークリームを作る段階で、保冷庫の氷が切れていることに気がついたのである。

「困ったわ。氷がないと、クリームが綺麗に固まらないのに……」

 私が呟くと、厨房の入り口からゼノンが声をかけてきた。中の様子を伺っていたらしい。

「氷が必要なのかい? だったら、僕が作ろう」

「……作る、のですか?」

「うん。水を張ったトレイをくれないか」

 私が水を入れた銅のトレイを差し出すと、ゼノンは涼やかな瞳を細め、指先を水面に向けた。

 瞬間、空気がピシリと凍てつくような冷気を帯びた。カチッ、という硬質な音と共に、水面から白い冷気が立ち上り、一瞬にして見事な純氷の塊が生成された。


「素晴らしい……。氷結魔法ですね」

「ああ。ヘスティン家にはよく出るらしいよ。君のお母さん、クラウディア伯母さまも、同じ魔法の使い手だったと聞いている。夏場に諒を取るため、王宮の噴水を一瞬で凍らせたとか。会ったことはないけどね」

「そうなんですね。私も母の魔法は見たことがありません。私が幼い頃に亡くなりましたから」

 ゼノンの固有魔法は、母と同じものだった。血の繋がりという目に見えない絆が、氷の煌めきを通して私に伝わってくるかのようだった。


「あの……叔父さまは? エリック叔父さまは、お元気ですか?」

 私が思い切って尋ねると、ゼノンは顔を曇らせた。彼は周囲を気にするように声を潜め、重い事実を口にした。

「いや……。表沙汰にはなっていないけれど……父は、国境のゴタゴタで一年前に戦死したよ」

「え……」

 私は絶句した。王都から遠く離れた辺境では、貴族の戦死の報など滅多に届かないが……。ということは、ヘスティン辺境伯、祖父は娘と息子の両方に先立たれたことになる。


 ゼノンは氷を見つめたまま悲しげに続けた。

「ヘスティン家は武門の家柄だからね。有事となれば、真っ先に死地に赴くのは当然だ。先日の件も祖父や僕たちだけで処理したよ」

「でも……叔父さまが犠牲になるなんて。中央に応援を要請なさればよかったのに……騎士団でも高位の魔導師でも『戦う教会』でも呼べば駆けつけたでしょう」

「いや、中央に借りを作りたくないんだ。もう……これ以上はうんざりなんだよ」


 ゼノンはゆるゆると首を振った。

「……僕も、いつ戦場に駆り出されて死ぬかわからない。でも、姫さまが子供を産んでくれたから。血の繋がりは残せた。僕が死んでも、息子は安全な領地で元気に育つ。それだけが救いだよ」

 ノブレス・オブリージュ――貴族の果たすべき義務。特権の裏に隠された、非情な現実。ゼノンの言葉には、逃れられぬ宿命を受け入れた者の乾いた諦念が滲んでいた。彼が妻のサラベスを大切にするのは、彼女を愛し、子供というかけがえのない絆を手に入れたからなのだろうか。


 私は胸が痛むのを感じながら、黙々と氷でボウルを冷やし、薔薇の香りを纏わせたバタークリームを練り上げた。ピンク色のマカロンの間にクリームを挟み、さらにその周囲を真珠のように輝く純白の綿飴でふんわりと包み込む。

「お待たせいたしました。『綿雲のマカロン、幻の薔薇仕立て』ですわ」

 私がテーブルに皿を置くと、サラベスはパァッと顔を輝かせた。


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