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辺境ごはん屋とわずがたり ~静止スキルで至高の味を永遠に~  作者: kiyoaki


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第43話 転移屋の羊肉のラグーパスタと民間に潜む高等魔法【中編】

 私はエプロンを締め、厨房に入った。先日、ラハン氏からいただいた極上の羊肉ムートンの端肉が、まだ残っている。それに、コリンが今朝、魔の森の奥で採ってきてくれた野生のキノコ類――香りの強いポルチーニに似た茸と、ほろ苦い野草たち。これらを用いて、絶品の麺料理――パスタを仕立てる。


 鍋にたっぷりの湯を沸かし、乾麺を投じる。通常、この手の乾麺は芯が残るか逆に外側が溶けてドロドロになる。しかし、私には【静止ポーズ】がある。

 湯の中で麺が水分を吸い、デンプンがアルファ化していくその過程を、魔力によって精密にコントロールする。表面に弾力が生まれ、中心にわずかな芯が残る、まさに完璧な「アル・デンテ」の瞬間。

「今よ!」

 時を止め、最高の状態のまま麺を湯から引き揚げる。


 隣のコンロでは、羊肉の脂身をじっくりと弱火で炒め、琥珀色のラードを抽出する。そこへ細かく刻んだニンニクと、森の茸を投入。高温の脂でキノコの細胞壁が壊れ、むせ返るような芳醇な香りが漂う。

 そこへ、羊肉の赤身を粗く叩いたものを加え、表面に焦げ目がつくまで強火で焼く。仕上げに、先ほどのパスタの茹で汁を少量加え、鍋を激しく振る。水分と油分が乳化し、とろりとした黄金色のソースへと変わっていく。最後に、魔法で完璧な状態を保っていた麺を絡め、野草を散らす。

「お待たせいたしました。『魔の森の恵みと羊肉のラグー、黄金のパスタ仕立て』ですわ」

 湯気と共に、獣の野性味と森の静謐さが混ざり合った、官能的な香りが店内に満ちた。テオは目を丸くし、ごくりと喉を鳴らした。


 テオは、フォークを手に取るや否や、まるで何日も飢えていた獣のようにパスタに喰らいついた。ズルルッ、という音を立てて麺を啜る。その瞬間、彼の細い目が驚愕に見開かれた。

「な、なんすかこれ……! うめぇ……! いや、マジでうめぇっす!」

 羊肉の力強い旨味と、キノコの濃厚な香り。安物だったはずの乾麺が、魔法によって絹のようになめらかな口当たりと、弾力のある歯ごたえを取り戻している。彼は言葉も発せず、ただひたすらに皿と向き合い、ソースの一滴すら残さぬ勢いで平らげてしまった。


「ぷはぁ……! いやぁ、食った食った。お姉さん、マジですごい魔法使いっすね。こんな美味いもん、王都の貴族だって食えないっすよ」

 テオはだらしなく腹をさすりながら、心底満足そうなため息をついた。私はチラリとガルドの方を見た。彼は腕を組み、面白くなさそうに壁を睨んでいる。私の心の中に、勝利の歓喜が湧き上がった。

 見なさい、ガルド。見るからに怪しい男でも、美味しい料理を前にすれば感謝の心を露わにする。これが人間の本質よ。


「お口に合って何よりですわ。……それで、この料理のお代はいかほどいただけます?」

 私が尋ねると、テオは「ああ、もちろん払うっすよ」と気前よく頷いた。懐から銀貨を五枚取り出し、カウンターに置いた。安物の乾麺の調理代としては、破格とも言える金額だ。

「ごちそうさまでした。いやぁ、命拾いしたっす。……あ、そうだ。せっかくだし、お姉さんに信じて欲しいから、俺の『転移魔法』を見せてあげるっすよ」

 テオは立ち上がり、芝居がかった手つきで指を鳴らした。


「ほら、そこのお兄さんも疑ってたみたいだし。俺がここから、一瞬で外まで飛んでみせるっす。よく見ていて。瞬き厳禁っすよ」

 私は興味を惹かれ、ガルドもわずかに身を乗り出した。民間で使われている高等魔法。それがどのようなものか、この目で見ておきたかった。テオは両手を胸の前で組み、ブツブツと呪文のようなものを詠唱し始めた。彼の足元から、青白い魔力の光が渦を巻き、店内の空気がピンと張り詰める。空間そのものが、ゼリーのように揺らぐ感覚。


「それじゃあ、行くっすよ。……【空間跳躍テレポート】!」

 目も眩むような閃光が弾けた。パァンッ! という破裂音と共に、世界が真っ白に染まる。

「きゃあっ!」

 私は咄嗟に目を閉じ、顔を覆った。直後、足元から床の感触が消え失せ、内臓が持ち上げられるような強烈な浮遊感に襲われた。視界が万華鏡のようにねじ曲がり、極彩色の光の奔流の中に吸い込まれていく。息ができず、鼓膜を劈くような風切り音が響く。


「……ッ! エリス!」

 暗闇の中で、ガルドの太い腕が私の肩を強く引き寄せたのを感じた。次の瞬間、ドンッという衝撃と共に、私たちは固い地面に放り出された。

「痛っ……」

 泥の匂い。湿った空気。そして、頭上を覆い隠す鬱蒼とした木々の影。

「えっ……」

 私は立ち上がり、周囲を見回した。そこは、見慣れた「とわずがたり」の店内ではなく、昼間でも薄暗い……森の中のようだった。シダの葉が群生し、不気味な鳴き声が遠くから聞こえてくる。


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