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辺境ごはん屋とわずがたり ~静止スキルで至高の味を永遠に~  作者: kiyoaki


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第42話 転移屋の羊肉のラグーパスタと民間に潜む高等魔法【前編】

 魔の森は、午後の気怠い曇り空の下に沈んでいた。

 私はカウンターの奥で、純白のクロスでワイングラスを丁寧に磨いていた。グラスの曲面に映る自分の顔は、どこか辺境の空気に馴染んだ柔らかな輪郭を持っていた。

 

「……だから言っているだろう、エリス。人間なんてものは、一皮剥けば己の欲望だけで動く獣と大差ねえんだよ」

 カウンターの片隅で愛用の大剣を砥石にかけていたガルドが言う。いつもの他愛のない会話。

「ガルド、あなたは悲観的ね。私は、人間の本質は『善』だと信じているわ。だって、生まれながらにして悪意に染まった赤子なんていないでしょう? 誰かのために尽くしたい、信じ合いたいという光が、人の魂の底には必ず眠っているはずよ」

 私がグラスを置きながら答えると、ガルドはフッと鼻で笑い、砥石を動かす手を止めた。


「世間知らずの嬢ちゃんの発想だな。温室で育てられた貴族の耳には、綺麗事しか聞こえないんだろうが。性悪説を信じて事に当たった方が、裏切られた時にショックが少なくて済むぜ。最初から『こいつは裏切るかもしれない』と警戒しておけば、少なくとも背中を刺される可能性は減るさ」

 彼の言葉には、どことなく諦観のようなものが滲んでいる。傭兵生活の中で体験した死闘、仲間の裏切り、人間の醜い本性などを散々見てきたのかもしれない。


 ガルドの言うことは、たぶん間違っていない。私は世間を知らないだけ……確かに。

「それでも、私は人を信じたいわ。人を疑いながら作る料理なんて美味しくならない。相手を信じ、もてなす心がないと……無理よ」

 私がムキになって言い返した、ちょうどその時だった。カラン、と無遠慮な音を立てて、店の扉が開かれた。


「ちわーっす。ここ、飯食える店っすよね?」

 そこに立っていたのは、一言で言えば「胡散臭さ」が服を着て歩いているような男であった。年齢は三十代半ばだろうか。痩せぎすの体に、色褪せてくたびれたローブをだらしなく纏っている。鳥の巣のようなボサボサの髪の間から覗く目は、周囲を値踏みするようにキョロキョロと動き、口元には軽薄な笑みが張り付いていた。


「いらっしゃいませ。……どのようなご用件でしょうか?」

 私が貴族の微笑みを浮かべて尋ねると、男は気安い足取りでカウンターに近づいてきた。

「俺、テオって言います。しがない『転移屋』をやらせてもらってて。……いやいや、怪しいもんじゃないっすよ。うちは真っ当な店っすから。お上にも申請してるし、ちゃんと合法っすよ」

 テオと名乗った男は、両手を振って愛想笑いを浮かべた。転移屋。その言葉に、私は内心驚きを隠せない。

 転移魔法テレポーテーション――空間を跳躍し、人や物を別の場所へと瞬時に移動させるその術は、空間把握能力と莫大な魔力を要する高等魔法である。通常は王宮の魔導師や、高位の神官など限られた者しか行使できないはずの秘術。それを、こんな薄汚れた平民風の男が「合法」などと謳って商売にしているのか。

 レオンハルト騎士団長は、表でも裏でも転移魔法を商売にしている者はいるようなことを言っていたけれど。


「お前が転移術師だと? うさんくせえな……」

 ガルドも同じことを考えたようだ。鋭い眼光で男を射抜いた。殺気に満ちた威圧感に、テオは「ひっ」と肩をすくめたが、すぐにまたヘラヘラと軽薄な笑いを浮かべた。

「いや、本当っすよ。ただ、俺の魔力じゃ飛ばせるのは一人だけだし、距離も一キロメートルが限界なんすけどね。しかも使えるのは一日一回だけ。それでも、急ぎの商人とか訳ありの駆け落ちのカップルとかには重宝されてるんすよ。特に国境辺りでは……ね」


 謙遜しているのか自慢しているのかわからない口調で語る彼を、私は観察した。一人だけでも、一キロメートル以内でもたいしたものだと思う。感じる魔力の波動は微弱だが、確かに魔素の匂いが漂っている。本当に魔法使いではあるらしい。


「それで、テオさま。本日はどのような……」

「いやぁ、どうにも腹が減っちまって。でも、あいにく今は金があんまりなくて」

 テオは背負っていた布袋の中から包みを取り出してカウンターに置いた。それは、束ねられた乾麺だった。くすんだ黄土色をした、保存食用の硬い麺。粗悪な小麦粉で作られており、そのまま茹でても粉っぽくて美味しくない。平民の携行食である。


「これ、ある商人から運賃代わりに貰ったんすけど、俺は料理できなくて。お姉さんは魔法の料理人なんでしょ? これで、何かすげぇ美味いもん作ってくれないっすか?」

 彼のおどけた要求に、ガルドは呆れたように息を吐いた。


 なんだか怪しいけど、私の料理人としての矜持はこの挑戦を前にして静かに燃え上がっていた。安物の乾麺。限られた食材。だからこそ、腕の見せ所でもある。それにテオを満足させ、対価を支払わせることで、私の「性善説」が正しいことをガルドに証明したかった。

「承知いたしました。あなたのような旅の方に相応しい、とびきりの一皿をご用意しましょう。代金は、お食事が終わった後、そちらで決めていただいて結構ですわ」

 私が微笑むと、テオは「マジっすか! 太っ腹!」と手を叩いて喜んだ。


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