第24話 再起をかけて、一文無しの貧乏人のフルコース【後編】
銀貨数枚では心もとない……どころではない。明日、店に出せる料理も用意できない。
私はカウンター席に残り、食後のお茶を飲んでいたレオンハルトに向き直った。
「……レオンハルト騎士団長。厚かましいお願いだとは承知しておりますが、ご相談がありますの」
私は背筋を伸ばし、貴族の令嬢としての矜持を総動員して切り出した。物乞いのような真似はしたくないが、背に腹は代えられない。結局は自分の気持ち次第だ。
「この店を立て直すには、まとまった資金が必要です。……そこで、あなたさまのお知り合いの裕福な方々を紹介していただくことは可能でしょうか? 王都の貴族や、美食家の富豪など……今の私の料理に、正当な対価を払ってくださるお客さまを」
今の「とわずがたり」の客層は、魔の森の冒険者や地方を回る商人、迷い込んできた旅人が主だ。
彼らももちろん大事なお客だけど、なんといっても私はすっからかんの一文無し。ちまちま稼いでいるうちに店は潰れるだろう。
起死回生の一手を打つには、一本のワイン、一皿の料理に金貨を払えるような「太客」が必要なのだ。
しかし―― 私の期待に反して、レオンハルトの表情は曇ったままだった。彼は困り果てたように眉間を揉み、重い口を開いた。
「エリス殿……。貴女の腕前ならば、王族でさえ店に列をなすだろう。それは間違いない。だが……」
彼は言葉を濁し、窓の外へと視線を向けた。
「なんといってもここは辺境だ。私が率いる騎士団や、地方の軍の駐屯地にいる者たちの実情を、君は誤解しているかもしれない」
「実情、ですか?」
「ああ。……軍部というのは、華やかに見えるのは上層部の一握りだけだけでね。兵士たちの大半は、食い詰めた農家の次男坊や、借金で首が回らなくなった元商人、あるいは犯罪を犯して刑務所か軍隊かを選ばされたような荒くれ者ばかりなのだ。私がいうのもなんだが、ろくでもない集団だよ」
レオンハルトの言葉に、私は息を呑んだ。
白銀の鎧に身を包んだ彼が高潔だから、私は軍というものを美化して見ていたのかもしれない。
「士官クラスになれば給金も出るが、彼らの多くは実家への仕送りに追われているか……酒か博打、あるいは女性につぎ込んでいる。そして辺境とは、左遷の地でもある。都落ちした貴族の子弟もいることにはいるが、プライドばかり高く財布の紐は固い。食堂の飯が不味いと文句を言いながら、外食する金など持っていないのが現実だ」
「……」
私の甘い計算が、音を立てて崩れ去っていく。富裕層など、魔の森の近くにいるはずもなかった。軍部にしても、いるのは貧しい兵士たちと一人だけ浮いたような清廉な騎士団長だけ。
「……そうですか。甘かったですわね、私」
私は力なく笑った。再び、手詰まり感が重くのしかかる。安い食材で美味しいものは作れる。でも、それで得られるのは安い代金だけ。それでは、いつまで経っても苦しい自転車操業から抜け出せない。
沈黙が落ちた店内に、レオンハルトの低い声が響いた。
「……だが、まあ……一人だけ。例外がいるか」
私は顔を上げた。レオンハルトは、何かを振り払うように首を振り、覚悟を決めたような瞳で私を見た。
「私には無理だが……彼は違う。王族から裏社会のドンに至るまで、あらゆる富裕層に顔が利く男がいる」
「それはどなたですの? ぜひ紹介していただきたいわ!」
私は身を乗り出した。藁にもすがる思いだった。
レオンハルトは言い淀み、苦虫を噛み潰したような顔をした。
「……シレイ殿だ」
その名を聞いた瞬間、私の思考が停止した。シレイ。 嵐のように現れ、私の料理を平らげ、正体不明のまま去っていった謎の男。
「シレイ……さま。確かに、彼は将軍であられるし」
「彼の一声があれば、王都の大富豪たちがこぞってこの店へ馬車を走らせるだろう」
レオンハルトは、困惑と畏敬がない交ぜになった複雑な表情で続けた。
「今の君の窮状を救えるコネクションを持つのは……彼しか思い浮かばない」
「でも……次はいついらっしゃるのか」
「私もいつでも会えるというわけでもないし、お目にかかったらエリス殿の話をしておくくらいのことしかできない」
私は椅子に深くもたれかかった。運命とは、なんと皮肉なものなのだろう。私が自立し、誰にも頼らずに生きていくために構えたこの城。その再起の鍵を握っているのが、同じ時の魔素を持つシレイだなんて。
「……マグロ男かよ。ケッ、気に入らねえ」
話を聞いていたガルドが不機嫌そうに吐き捨てた。
「だが、あいつが持ってきた魚は本物だった。それに金払いも悪くなかったんだろ。……エリス、利用できるもんは利用しちまえばいいんじゃねえか?」
ガルドの言う通りだ。今の私に、選り好みをしている余裕はない。
「……ええ。そうね。レオンハルト騎士団長、ありがとうございます。少し希望が見えましたわ」
「そうか? しかし、シレイ殿にはあまり深入りはしないほうが……」
心配する騎士団長に、私は優雅な微笑みで応えた。
「大丈夫ですわ。どうか、シレイさまに言づけてくださいな。王都一の高貴な方々をご紹介くださいますように、と」




