絶望の旋律(パンデモニウム) 〜2年前、俺の心臓が止まった日〜
赤い屋根の喫茶店『アルテア』。その二階のベッドで、俺――フリオニールは、激しい心音と共に跳ね起きた。
「はぁ、はぁ……っ……!」
胸が熱い。肋骨の奥に、得体の知れない熱を帯びた「塊」が埋め込まれているような、異様な圧迫感。 窓の外を見れば、そこには霧に包まれた平和なフィン王国の街並みが広がっている。だが、俺の網膜には、今しがたまで見ていた「地獄」が焼き付いて離れなかった。
あれは、二年前。俺の時間が止まった日の記憶だ。
「おーい、フリオニール! また予言通り寝坊か?」
銀髪を揺らし、柔らかく笑う幼馴染のレオンハルト。 あの頃、俺たちは軍事学校の特待生だった。次世代の魔導機兵『アルテマ』の操縦士候補として、未来を疑わずに生きていたんだ。
『……フリオニール、もし世界が夢だとしたら、あなたは目を覚ます勇気がある?』
レオンハルトの唐突な問い。それが、日常の終わりを告げる警笛だった。 直後、空が割れた。 巨大な魔導要塞『パンデモニウム』が雲海を突き破って現れ、一瞬にして俺たちの故郷・ディストは炎と悲鳴に包まれた。
『逃げて、フリオニール!』
レオンハルトの手を掴もうとしたが、彼女の身体は光の粒子となって霧散していく。 導かれるように地下の最深部へ駆け降りると、そこには禁忌の生体機兵――『アルテマ・マリア』が鎮座していた。
『適合者を確認。心臓の移植を開始します』
機械的な声と共に、俺の胸に鋭い痛みが走った。 意識が遠のく中、最後に見たのは、かつての初恋の相手であり、帝国軍の制服に身を包んだマリアの姿だった。
「私よ、フリオニール。……もう二度と、逃がさないわ」
彼女の瞳に宿っていたのは、愛を越えた「狂気」。 俺の心臓が彼女の操る兵器と同調した瞬間、世界は白く塗り潰されたんだ。
「……う、ぐっ……」
現在。喫茶店の部屋で俺は胸を押さえ、うずくまった。 二年間眠っていたという実感はない。だが、この胸の奥でドクドクと脈打つ「アルテマ」の鼓動が、あの悪夢が現実だったことを告げている。
「目が覚めたのね」
扉が開いた。そこに立っていたのは、記憶の中の姿よりも大人びた、けれど冷徹な美貌を持つ帝国騎士――レイラだった。
「……レイラ、さん」
「フリオニール。貴様の心臓には、世界を滅ぼせるほどの『旋律』が宿っている。そして、それを奪い合おうとする女たちが、この街に集結しているわ」
レイラは腰の銃に手をかけ、窓の外を睨む。 そこには、帝国軍の紋章を刻んだ飛空艇の群れが、霧を切り裂いて接近していた。
「元カノ(マリア)か、それとも反乱軍か。……選ぶ時間はなさそうね」
俺は震える手で、自分の胸を叩いた。 止まっていた俺の時間が、今、最悪の旋律と共に再び動き出す。




