一陣の風
黒羽は、東京を襲った未曽有の大災害「東京災禍」のその詳細を赤裸々に語った。
俺が唯一の生存者であることはもちろん、東京の都市機能が完全に停止したこと、災害後の世間の様子や経済面による影響がその口から語られた。しかし、詳細にとは言っても、それらのような災害での被害規模や経済へのダメージについてであり、何が原因で起きたなどの災害の根幹となる情報は語られなかった。
俺は相槌も兼ねて、何が原因なのか聞くと、黒羽は一瞬に沈黙の後、原因不明だと結論づけた。黒羽曰く、その事件の瞬間は監視カメラや衛星でも捉えられず、目撃者すらも未だ皆無らしい。
災害の規模の大きさからも、他国による核攻撃の類ではないかという声もあったが、東京近郊の住民に健康被害などは見られず、さらに放射能が検出されなかったことから、その可能性は完全に否定されたと、黒羽は淡々と答える。
その一方で、俺はというと、昨日出会った謎の少女のことを(正確に言えば今日だが)、天眼瞳子のことを、あの時間の問答のことを思い返していた。彼女が俺に話した情報は、精査するまでもなく正しかった。俺が唯一の生存者であること、東京が焦土と化したこと。東京災禍対策本部長である黒羽からの、俺にとって本日二度目の説明を経て俺は改めて自分の今の現状を確認する。
しかし、両者の説明において、大きくかけ離れていたのは東京災禍のその原因。現状では、原因不明となっているその事件は、龍素の暴発によるものだとあの時天眼は結論づけた。俺は、龍素が何なのか正直理解できていないが、原因不明となっている以上それが暫定的な原因でまちがいないだろう。
そう理解すると天眼の話した内容すべてに信憑性が生まれてくる。並行世界の存在や天眼の持つ異能、そして、この世界が滅ぶこと。彼女は並行世界に伝わるその異能を俺の前で実演して見せたが、それでも俺は彼女の話を信じられなかった。
俺が16年間に渡って培った常識が、天眼との一時間にも満たない会話だけで、すべてがことごとく塗り替えられてしまったのだ。あの時間だけで何が正しいのか判断つくわけがない。でも、もし彼女の言ったことが正しいのならば、俺はもう一度彼女と話したい。差し伸べてくれた彼女の手を取りたい。俺は風と共に姿を晦ました彼女に思いを馳せる。
「……あまり驚かないのだな。君は」黒羽は俺の心ここにあらずといった反応を訝しんだのか、逃れられないよう俺にその猛禽類のような目を向ける。
「……あぁ、いえ、なんだか頭の整理がつかなくて。」俺は無知を装い、その目から逃れようとする。
「それもそうか。君は一週間ぶりに目覚めたんだ。俺からの説明はここでゆっくりかみ砕けばいい。だが、君はこの事件の重要参考人なんだ。その自覚だけはもっておいてほしい。」黒羽はそう言うと、俺に背を向け病室の扉へと歩き出す。
「明日も来る」
そう言い残して黒羽は退室していった。
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1通りの検査を終えた結果、身体に一切の異状がなく、俺は難なく身体を動かせた。そのため、後に控えていたリハビリが予定時間よりも早く終えてしまった。そうなってしまえば、病院というのは暇なもので、健康体に等しい俺はなぜか施錠されていなかった病院の屋上へと興味本位で出た。
病院の外は群青と茜が混ざった空模様で街並がよく覗ける。俺が入院した病院は思ったよりも高層で、景色を遮る建物はなく、西に沈む太陽の輪郭をはっきりと捉えることが出来た。俺は西日を背景に伸びをし、空気を意識して体内に取り込む。
(高層階は風が強いって聞いてたけど、あまり吹いてないな。それに、人気もないし落ち着く。)と俺は人と関わらずにはいられない病院から抜け出せた気がした。そして……。
あぁ、俺は孤独になってしまった。俺は今まで見ないようにしていた現実を受け止める。俺の人生は東京で完結しており、家もこれまで通った学校もすべて「東京災禍」でなくなってしまった。家族も友だちも亡くなってしまった。俺は受け入れがたい現実を太陽が徐々に西に沈むように受け入れる。次第に、涙が零れ、俺の頬を伝う。孤独ってこんなに辛くて、苦しいのか。
「泣いてちゃ、せっかくのかっこいい顔が台無しだよ☆」
俺の涙を風が攫う。突如吹いた一陣の風と聞き覚えのある楽観的な声。振り向くとそこには、俺を救世主にすべくスカウトしにきたという天眼瞳子の姿があった。